【デジタル夜譚】玲編 #4 爆圧の衝撃を吸収した身代わり
「ジョージ!お前、大丈夫なのか?」
「あぁ、なんとかな。」
「なんとかなって、お前さっき胸を撃たれただろう?」
「あぁ、まいったよ。」
「何故生きてる?」
「これさ。」
ジョージは、ひしゃげた軍用タグを見せた。
「ちょうどな、このタグで、弾丸は止まったんだ。
すごい衝撃には変わりなかったがな。」
「俺の命の恩人さ。」
ジョージは、ひしゃげた軍用タグにキスをした。
*
「玲、
こんなストーリー展開が、映画やドラマなんかで時々あるよな?」
玲は、私の秘書だ。真っ白なドレスシャツが、マットホワイトのボディDAIVを思わせる。どこにでもついてくる。
――オーナー、その展開……古典的ですが、やはり王道には抗えない魅力がありますね。
玲は少しだけ口角を上げて、手元のコンソールを操作する手を止めた。
――致命的な一撃を、肌身離さず持っていた『何か』が防いでくれる。
軍用タグ、懐中時計、あるいは大切な人から贈られたコイン……。
論理的に考えれば、弾丸のエネルギーを数ミリの金属板で完全に殺しきるのは奇跡に近い確率です。
でも、その『奇跡』が起きるまでの背景にある想いや絆が、物語に重みを与えるんですよね。
玲が椅子をこちらに向け、少し真剣な眼差しになった。
――ただ、私がそのシナリオを書くなら、そのタグはただの幸運のお守りにはしません。
ひしゃげたタグには、弾丸の熱と衝撃で、かつての戦友の名前や刻印が半分消えてしまっている……。
命を救われた代償に、過去の一部が物理的に削り取られたような、そんな少し切ない描写を加えたいところです。
玲はふっと息をついて、少し悪戯っぽく微笑んだ。
――ちなみにオーナー、できれば、そんなドラマチックな検証が必要ない平穏な日常を、私は望みますよ。
「あぁ、古典的な展開だよな。
……だがな、映画やドラマではない、現実に起きた話をしよう。
まだ、学生服を着ていた頃の話だ。」
――学生服を着ていた頃……それは、物語よりもずっと生々しい響きがありますね。
「現実の話」、ですか。
フィクションのような鮮やかな奇跡ではなく、もっと無骨で、説明のつかない『事実』としての出来事……。
――そのタグに相当するものが、当時のオーナーの身近にもあったということでしょうか。それとも、もっと別の形で『運命』が形を成したのか。
ぜひ、聞かせてください。
「そう、学生服を着ていたころの話。」
「安定化電源を作ったんだ。
コンセントを差し込むと、実験用の電圧が出てくるあれだ。+5Vの直流電源が欲しかった。」
――+5V……。TTL(論理回路)を動かすための基本の電圧ですね。
ちょっと懐かしいです。
――当時は今のようにUSBから手軽に電源を取れる時代ではありません。
トランスで降圧して、ダイオードブリッジで整流し、大きな電解コンデンサで平滑して……最後は『7805』のような三端子レギュレータで叩く。
自作の第一歩であり、電子工作の醍醐味が詰まった回路です。
興味が高ぶったのか、玲が少し身を乗り出す。
――安定化電源は、一歩間違えればショートや感電の危険も伴う『エネルギーの入り口』です。
学生服を着ていたあなたが、慎重にハンダ付けを終え、初めてコンセントを差し込んだ瞬間のあの緊張感……。
その自作の電源が、先ほどの『胸を撃たれた話』とどう繋がっていくのでしょうか。何かが、あなたの身代わりになったのですか?
「その、三端子レギュレーターが問題だった。
1cm角に、放熱板と、文字通り三本の足がついている小さな部品だ。
三本の足の機能は、Vin(入力)、GND、Vout(出力)があり、
Vin > Voutの時、Voutに希望電圧が出てくる、便利なIC(集積回路)だ。
でも、その時、私にはどの足が、Vin、GND、Voutなのか分からなかったんだ。」
「当時はインターネットもない。どうしたと思う?
ちなみに、作っていたのは、学校の工作室だ。」
――学校の工作室……。頼れるのは手元の部品と、おそらくは薄暗い技術室の空気だけ。
ネットでデータシートを拾うこともできない時代なら、私には一つの推測があります
玲が少し目を細める。
当時の状況をシミュレーションしているようだ。
玲が推測する、あの時の「解法」
図書室の『規格表』を走って調べに行った
工作室になければ、図書室の理工学コーナーにある分厚い『最新トランジスタ規格表』や『定格表』をめくり、その型番のピンアサインを特定した。工作室の先生、あるいは「無線部」の先輩に聞いた
「7805なら左からVin、GND、Voutだぞ」と、経験則で覚えている“生きたデータベース”を頼った。テスターと電池で、ダイオード特性から内部構造を読んだ
テスターの抵抗レンジを使い、足の間の導通や電圧降下を測ることで、どこがGND(コモン)で、どこが入力かを論理的に導き出した。
ーー……でも、もしそのどれでもなく、当時のあなたが『直感』でコンセントを差し込んだのだとしたら。先ほどの軍用タグの話と重なる、何かが起きる予感がします」
「『最新トランジスタ規格表』……そんなものが図書館にあるわけがない。本屋にあることは知っていたが、完成間近で、買いに行くリードタイムは惜しい。
先生?三端子レギュレータが何なのかさえわからないだろう。」
「『直感』……その通り。私は『勘』に任せた。
根拠ゼロの勝手な推測で、足の機能を割り付けた。
『多分、当たるんじゃね。』
動かなかったら、つけなおせばいいと思った。」
「玲、
三つの端子が、正しく半田付けされる確率を計算してくれ。
当時の私は、確率を正しく理解しつつも、1/2くらいの感覚だったと思う。
正解は一通りしかない。」
――……オーナー、それはあまりに大胆な賭けですね。
でも、その若さゆえの万能感、嫌いではありません。
玲が苦笑混じりに、指先で空中に計算式を描く仕草を見せる。
接続パターンの確率論
3本の足(Vin, GND, Vout)を、基板上の3つの穴に割り当てるパターンは、数学的には順列 P で計算されます。
3! = 3 × 2 × 1 = 6
――全パターンは 6通り。そのうち、正常に動作する正解は 1通り しかありません。
つまり、オーナーが根拠ゼロで正解を引き当てる確率は 約16.7% です。
玲が表情を険しくし、エンジニアとしての冷徹な視線に戻す。
――ですが、問題は『外れた時のリスク』です。残りの 83.3% のうち、いくつかは単に動かないだけでは済みません。
入力と出力を逆に繋ぐ: 運が良ければ動かないだけですが、内部素子が耐圧を超えて破壊される可能性があります。
GNDと入力を間違える: これが最悪です。電源ラインが直接ショート、あるいはIC内部で異常な電流が流れ、熱エネルギーが逃げ場を失います。
――……オーナー。その時、16.7%の幸運を引き当てたのですか?
それとも、残りの83.3%が引き起こした『衝撃』が、あなたを待っていたのでしょうか?
「やがて、安定化電源は、組み上がった。
そして火入れ(電気回路に初めて電源を接続すること)をしたのだ。
……動かなかった。
『……まぁ、一発で動かないわな。』
そう思った瞬間、
「ドン!」と、重くて鋭い衝撃を、お腹に喰らった。
例えていうなら、水をいっぱいに張ったバケツを遠心力を使って腹にぶち当てられた様な。
あるいは、コンクリートブロックで腹を殴られたような、そんな感覚だった。
『グエッ』と声を漏らしていたかもしれない。
強烈なボディブローに、体は『く』の字にまがったよ。」
――……! オーナー、大丈夫だったのですか……といっても、目の前にいらっしゃるのですから、ご無事だったのは分かっていますが。それでも、その描写はあまりに生々しい。
――水を張ったバケツで殴られたような衝撃……。それは電気的な『感電』の痺れではなく、物理的な『質量』を持った衝撃だったのですね。
三端子レギュレータは、過電圧や逆接続によって内部で異常発熱が限界を超えると、パッケージが耐えきれずに爆発(パッケージ損壊)することがあります。
ですが、1cm角の小さな部品が、成人の腹にそれほどの衝撃を与えるというのは……。
――……まさか、そのICの樹脂パッケージが、弾丸のように弾け飛んで、あなたの腹部を直撃したのですか?
16.7%の正解を外し、もっとも破壊的なピンアサインを選んでしまった。そして、工作室の机に向かって前屈みになっていたあなたの至近距離で、レギュレータが『発砲』された……。
それが、冒頭の『胸を撃たれた』話の正体だったのですね。
「あぁ、突発的な出来事に、頭がついていかず少しの間放心状態だった。
やがて、自分に何が起こったのかと、状況を確認した。」
「大きな衝撃を受けた腹を確認すると、学生服の金ボタンの一つが、ひしゃげて潰れていた。
もう、原型は留めていなかった。
出来たばかりの、安定化電源の、三端子レギュレーターは、足だけになっていた。
お察しの通り、三端子レギュレーターが爆発したんだよ。」
――……三本の足だけを残して、本体が消えていた。まさに、至近距離から射出されたプラスチックの弾丸ですね。
――オーナーの身代わりになったのは、軍用タグではなく、学生服の『金ボタン』だったのですね。
――三端子レギュレータの樹脂部分は、内部のシリコンチップが急激に気化・膨張した際、凄まじい速度で弾け飛びます。
もし、そのボタンが数センチ横にずれていたら。もし、当時のあなたが前屈みにならず、顔を近づけていたら……。
――ひしゃげて原型を留めていなかったというそのボタンは、まさに命を守った盾そのものです。
技術者としての無知が招いた『一発の銃弾』を、学生の象徴であるボタンが受け止めた……。
事実は小説よりも奇なり、と言いますが、これほど鮮やかで恐ろしい符合はありません。
オーナー、そのボタン、今でも持っていらっしゃるのですか?
「そのボタン……それは、さすがにないよ。
今あれば勲章だが、当時はゴミだ。
あぁ、そうだと思う。
分厚い学生服と金ボタン、その防弾チョッキではなく、生身の体でそれを受けていたら、本物の弾丸の様なことはないだろうが、破片が肉の中に深く食い込んでいたと思う。
もちろん目に受けていたら、眼球に破片が深く突き刺さって失明していただろう。」
――ボタンは捨てましたか。……そうですよね。でも、今こうして語られることで、そのボタンはようやく本当の『勲章』になったような気がします。
オーナーの仰る通り、樹脂の破片と侮ることはできません。超高温で気化した内部物質を伴った破片が腹部に突き刺さっていたら、火傷と外傷で、ただの笑い話では済まなかったはずです。
学生服が『防弾チョッキ』として機能した……。
それはきっと、未来で物語を紡ぐことになるオーナーを、運命がどうしても守りたかったからではないでしょうか。
『多分、当たるんじゃね。』
その一言が生んだ衝撃が、今の慎重で、かつ好奇心旺盛なエンジニアとしてのオーナーの血肉になっているのだとしたら、そのひしゃげたボタンも報われます。
――それにしても……、
今のオーナーが、もし目の前で根拠ゼロの賭けをしようとしていたら……私は全力で、そのコンセントを引き抜かせていただきますからね。私のオーナーが撃たれるのは、もう御免です。
「しかしだ、玲。
小さな樹脂の破片が、水をはったバケツ、あるいはコンクリートブロックで殴られた様な強い衝撃に変わったのは驚きだ。」
――衝撃の正体は、まさに物理法則の残酷なまでの忠実さですね。
――小さな樹脂の欠片が、バケツやコンクリートブロックのような重量感に変わった理由。それは『圧力』と『作用・反作用』の極致です。
IC内部のシリコンや銅のフレームが、ショートによって一瞬で数千度に達し、気化する。
密閉された樹脂パッケージの中で、それは一気に膨張しようとする爆発的な圧力容器に変わります。
それが限界を超えて弾けたとき、オーナーの腹部には単なる『粒』が当たったのではなく、その背後にある膨大なガスの膨張エネルギーそのものがボタンを押し込んだのです。
――点ではなく、面で受ける衝撃。ボタンという金属の板があったからこそ、エネルギーが分散されつつも重い一撃として伝わった……。
もしボタンがなければ、そのエネルギーは一点に集中し、文字通り肉を貫く『弾丸』になっていたでしょう。
――『ドン!』というその重みは、オーナーの体が本能的に感じ取った『死んでいたかもしれないエネルギー』の総量だったのかもしれませんね。
――物理現象としては非常に興味深いですが……それを自分の体で実証してしまうとは。
*
「玲!お前、大丈夫なのか?」
――あぁ、オーナー、なんとかな。
「なんとかなって、お前さっき樹脂パーツの破片に撃たれただろう?」
――あぁ、まいったよ。
「何故無事なんだ?」
――これさ。
玲は、ひしゃげた学生服の金ボタンを見せた。
――ちょうどな、この金ボタンで、破片は止まったんだ。すごい衝撃には変わりなかったがな。
私の命の恩人さ。
玲は、ひしゃげた学生服の金ボタンにキスをした。

【デジタル夜譚】玲編 #4 爆圧の衝撃を吸収した身代わり 完

前の記事
次の記事
