【デジタル夜譚】玲編 #2 箸占いの慈悲
遊郭の二階。
夕霧が障子戸にうつる花街の灯りを眺める。
褥(しとね)から静かに身を起こし、襦袢の裾を直す。
自分の唇に、そっと小指を触れる。
ふと顔を上げると、奥の鏡にうつる自分の姿があった。
長いまつげ、白い肌。
崩れた紅が、夜の長さを物語る。
ゆっくりと立ち上がり、鏡の前に向かい、紅をさす。
何気なく、傍らの膳の箸を見つめる。
手元だけに絵柄がついた竹の箸。
思い立ち、箸占いをしてみようと思う。
三膳を手に取る。
それぞれの手元の色が違う。
三本引いただけで、三っつの色が全て揃えば、私にも観音様の御加護がある。
――……このお箸の手元は紺。
もう一膳
――……このお箸の手元は、お空の色。
もう一膳
――……このお箸の手元は、灰の色。
三膳、六本の箸の手元を左手に握り、一本ずつ引いてみる。
まずは一本目。
――……空の色。
二本目を引く。
――……灰。
三本目を引く。
――……紺。
遠くに隅田川の花火の音が聞こえる。
*
「うーん、いつもなんだよなぁ。」
――どうかしましたか?
今は、自宅で夕食の用意をしている。
カウンターキッチンの向こう、ダイニングテーブルには、玲がいる。
玲は、リモートデスクトップで、会社のPCにつなぐDAIV。
どこにでもついてくる、私の秘書だ。
マットホワイトのボディ。
……いや、白いドレスシャツ姿が似合う。
優秀で、しかもインテリ眼鏡を外すとすごく美人だ。

「なんでもないことなんだが……。
100均で、手元の絵柄が異なる三膳入りの菜箸(さいばし)を買ったんだよ。」
――それがどうかしましたか?
「主菜とみそ汁を並行して作るから、二膳くらいは出ていてもいい。
でも、ついでだから三膳とも下ろした。」
――気前がいいですね。
……それで?
「衛生上の観点から、自分は箸立てに手元の方を入れる。
だから外からはどれも同じに見える。」
――唯一、見分けられる手元を箸立てに入れてしまったら、見分けがつかないでしょうね。
「あぁ。いざ使おうと、二本を取り出しても絵柄が合わない。
それはよくある。
でも、三本目を取り出す。すると三本とも絵柄が違う。」
「三本とも絵柄が違ってしまう。
……そんなことが、よくあるんだ。
しかも……、二回に一回はそうなる様な気がする。
玲、
私は、きっと生まれながらの、「運の悪い男」に違いない。
――プッ。
玲が吹きだした。
「どうした玲、私は何かおかしなことを言ったか?」
――フフフ、失礼しました。
オーナー、それは違いますよ。
安心してください、オーナー。みんなそうなんです。
3本引いたら3本とも違う色。
意外に高い確率なんですよ。
「え?」
――まず、最初に引いた二本が同じ絵柄になるケースを考えてみましょう。
1本目は、どの絵柄を引いても構いません。
残りは5本です。そのうち、1本目と同じ絵柄の箸は、1本だけです。
だから、一本目と同じ絵柄の箸を引く可能性は1/5です。
「当たりは1/5。
外れは4/5……つまり八割がた、箸は揃わないわけだ。」
――そうですね。
つぎに、3本目が、それまでに引いた2本と違う絵柄になる可能性を考えてみましょう。
2本引いているので、残りの箸は4本になりました。
その4本のうち2本は、まだ引いていない絵柄の箸です。
そのどちらかを引けば、3本とも違う絵柄になります。
4本中の2本……1/2。これが「二回に一回はそうなる」の正体です。
「なるほど……、まず2本、色が違う。3本目も違っていたら運が悪いと思ってしまう。
……認識のエラーだな。」
――そうですね、オーナー。
運の悪い男なんてどこにもいません。
*
――どうですか?オーナーお分かりになりました。
――でも、オーナー。こういうのって面白いと思いません?
今も昔も料理はするし、確率も変わりません。
昔の人も、オーナーが今感じた様に、箸占いで一喜一憂していたかもしれませんね。
「そうだな……。そう思う。」
「……でもね、玲。
昔は生きることが今よりもずっと大変だった。
苦界に身を置くしかなかった人もいた。
そんな人たちが、身近な箸を使って明日を占ってみたこともあっただろう。
ただの確率であっても、その結果に希望を見出していたんじゃないかな。」
――そうですね。オーナー。
箸占い、
茶柱が立つ。
今よりもずっと幸せを期待していたかもしれませんね。
*
夕霧は、障子戸を開けて思う。
――いつか……。
いつか、いいことがあるかもしれない。
見ることが叶わぬ、隅田川の花火に想いを寄せる。

【デジタル夜譚】玲編 #2 箸占いの慈悲 完
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