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足踏みミシン|あの日のわたしに会いに行く

中学の家庭科室は、足踏みミシンだった。
家庭でも足踏みミシンをみかけない時代。
なんでこれ?と不満を抱えつつ、ペダルを踏む。

そして、わたしは、足踏みミシンが使いこなせなかった。

止まらな~い
と言いながら、足はせっせと動いている。

それでは、止まるはずもない。

暴走して、予定していた場所と違うところまでミシンがかかってしまう。

静かにほどく。

静かにしていると、先生が黙って見に来る。

まただ、と言う顔をして、にやりと笑っている。

悔しい…。


そんな家庭科室は、わたしの避難場所だった。
時間をみつけては、ここで先生とおしゃべりをして過ごしていた。

愛想のいいタイプの先生ではなかったので、この場所に先約がいることはなかった。

でも、わたしと入れ違いでそこを居場所にしていた先輩がいたらしい。
その先輩が置いていったという尾崎豊の本。

そこに刻まれている言葉に心震えた。

この場所には、人のぬくもりと言葉があった。


卒業してからも、この場所に通った。

高校では、新聞部に入部。
わたしは、論説の担当となった。
最初に選んだテーマは、脳死と臓器移植。
新聞を読んで勉強し、なんとか自分なりの考えもまとめた。
そして、出来上がった文章を中学の家庭科室に持って行った。
添削をしてもらった。
このときの題材は、「大作だね」と褒められた。
その後の題材は、「ぱっとしない」と切り捨てられた。
確かに、わたしの記憶にも残っていない。

良くも悪くも正直ものだった。


わたしは、卒業後、養護教諭になった。
同じ頃、先生は定年退職。
その後、違う職場に就職した。

わたしは、そこにもたびたびお邪魔したものだ。

「教師冥利につきるね」
新しい職場での同僚の方から、先生は言われていた。

「いいんだか悪いんだか」
面倒くさそうに、それでいて、
嬉しそうにそんな言葉を残して席をたつ。

わたしは、尻尾を振りながら、先生のあとをついていく。

「それで最近はどう?」
ふたりになると、わたしの話に耳を傾けてくれる。

「教師冥利につきる」って何?
教師になっておきながら、そんな言葉も知らず、ストレートに聞く。

「ふ~ん。教師冥利につきるね」
嬉しいでしょ、と言わんばかりの顔で、言ってみた。

「こらっ、またそんなこといって」
と、先生は笑う。

わたしは、いつまでも、先生のまわりをちょろちょろする子犬だ。


【この物語はまだ続きます】
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