わたしの北極星|あの日のわたしに会いに行く
「おじいさんがさ、ほら、そのときは不運にみえるけど、結果としてよかったってなるあの話のやつ。人生万事、なんとかかんとか…が座右の銘」
と答えていた高校時代。
「座右の銘なのに、なんとかかんとかじゃ話にならないだろう」
とつっこまれたものだ。
覚えきれないこの言葉を座右の銘にしたのは、中学のときの恩師に贈られた言葉だから。
中学3年のクラス替え。
わたしは、仲のよい友達と離れてしまった。
行き場を失ったわたしは、家庭科室に逃げ込むようになった。
その先生のことを苦手に思っている女子が多かった。
だから、ここに逃げ込んでくる人はほとんどいない。
安心して、心を開ける場所だった。
だから、たくさんの涙を流せた。
先生の悩みや愚痴も聞いた。
「膝が痛くて、病院に行ったら、『痩せなさい』と言われた」
といって、怒っていた。
今、わたしがそういう歳になった。
先生のこと、おばあちゃん扱いしてたな。
ごめんなさい。
昼休みには、ふたりで学校を抜け出して
授業の材料の買い出しに行ったこともある。
今ならありえないよね。
いや、当時もありえなかったかもね。
こっそり「特別なこと」が楽しかった。
その先生が、教えてくれた話だった。
教科書とか辞典で文字から入ったわけではない。
だから、「人生万事塞翁が馬」なんて、難しい漢字が並んでいるとは知らなかったのだ。
それからというもの、座右の銘は、と聞かれると、すぐにこの言葉をいう。
もちろん正真正銘の座右の銘だ。
いまだに書けないけれど。
先生。
教育実習で母校に戻ったときも。
子どもが産まれたときも。
離婚したいって悩んでいたときも。
先生の前では、いつだって喜怒哀楽、全開だった。
離婚したいっていったわたしに、先生は理由も聞かず、こう言ったね。
「うちの娘も同じことを言ってるの。年金分割が済んでからにしなさいって、言い聞かせてるのよ」
あれには、一瞬、あっけにとられた。
でも、わたしが選ぶ道を、先生は見守ってくれているってわかったよ。
「年賀状を卒業する」って、最後のはがきが届いてから、
もう5年ぐらいたつのかな。
それっきりになってしまったことを、わたしは後悔しているよ。
衰えていく姿を見せたくないのかな、と思って、遠慮してしまった。
あれから、わたしは、たくさんの痛い経験を重ねた。
でも、先生。
きっと結末は、ハッピーエンドだよね。
会いたいな。
話がしたいな。
今ならまだ間に合うのかな。
先生が教えてくれたあの言葉も
先生も
わたしの北極星。
【この物語はまだ続きます】
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