50歳を過ぎても、中2病|あの日のわたしに会いに行く
わたしのなかを言葉が流れていく。
思考が言葉となって、分析が始まったり。
絵を描くように風景を言葉にしたり。
こころの動きが言葉になったり。
あふれてくる言葉たちをキーボードにのせないと、それらはすぐに消えていく。
消えていってもいい。
消えた方がいいかもしれない。
ちょっと前まではそう思っていた。
まだ、ブログというシステムさえもこの世にない頃。
ネット日記という時代から、わたしはネットに言葉をあげていた。
日常のきらきら光る瞬間、あたたかい瞬間を切り取った。
息子たちがまだ小学生の頃は、そんなわたしをあたたかい目でみてくれていた。
でも、中学生になると、批判まではいかないものの若干冷ややかに見ていることを感じていた。
そんなとき、息子が「中2病」という言葉をあざ笑うかのように使っていたのを耳にした。
世間でもそんな雰囲気で使っていることは知っていた。
わたしもそれに含まれるような気もするし、違うような気もした。
実際のところどういう意味なのか知らなかったので、恐る恐る聞いてみた。
…それって、母ちゃんのことでしょうか…
沈黙という名の同意があったように思う。
あぁ、わたしは中2病なんですね。
かれこれ30年患っているんですね。
車での移動中だったため、そのとき具体的にどんな言葉で説明されたかは覚えていないし、表情もつかめていない。
息子は、わたしのブログを読んではいない。
だから、中2病だと確定診断がでたわけではない。
それでも、自分のどこかにその気があることだけは、自覚させられた。
あれから、また10年の月日が流れた。
わたしは、いまだにその病気を患っている。
わたしは、根っからのポエマーだ。
心は、夢見がちな少女。
ロマンティスト。
それが、わたしにとっての中2病だ。
どうやら世間では、詩や感傷的な言葉は少し気恥ずかしいものとして扱われているらしい。
だから、そんな世界で生きているわたしは、生まれつきの中2病なのだ。
小学校高学年になると、ノートに詩を書いて、勝手に詩集をつくっていた。詩が好きな友達は、それを自分のノートに書き写してくれた。
ありがちだけれど、卒業文集には、「詩人になりたい」と書いている。
息子たちの卒業文集の保護者メッセージにも、わたしは詩を書いている。
後になって、ママ友から「娘があの詩をすごく気に入っているよ」と聞いたこともある。
あぁ、わたしは昔からずっとポエマーだったのだ。
そしてきっと、息子たちにも、母がポエマーであることは、とっくにばれていたのだ。
インスタには写真とショートフレーズをのせるスタイルを基本としていた。感性が合って絶賛してくれる人もいたけれど、概ねスルーだ。
スルーならまだよい。
先日の同窓会で、「最近、インスタあまりみないね。」と鼻で笑われた。
あざ笑われたわけでもなく、どこかあたたかみのある笑い。
そこには、「あなたらしいね」という言葉が隠れていたように思う。
でも、その「あなたらしいね」が何なのか。
ずっともやもやとしていたけれど、あれは「相変わらずの中2病だね」といわれていたんだと今、気づいた。
多くの言葉をのせていたブログを友達の娘がみつけて、愛読していたと聞いた。
それ以来言葉をのせるのをやめた。
身近な人に一方的にみられることは、自分だけが裸になっているような気がした。
でも、noteに来たら、たくさんいるじゃないかと心が喜んだ。
そっか、隠して生きてきた(つもり)だけれど、ここでは脱ぎ捨てていいんだ。
そんな気がした。
50代の方々の記事が楽しい。
衰えていく体のこと。
家族との距離感。
他人とのかかわり方。
それらを面白おかしく書いている。
詩を書く人もいる。
文章を書くことを楽しんでいる人たちが、こんなにもたくさんいるのかと、嬉しくなった。
そうか、それでいいのか。
文字に変換したものを見返すことをほとんどしないわたしだけれど、放置していたブログを片付けにいったら、思わぬ宝を見つけたような気持ちになった。
それは、タイムカプセルであり、神様からのメッセージでもあった。
忘れていた子どもたちとの思い出。
生きるためのヒントや気づき。
日々のささやかな出来事がこんなにも愛おしくあたたかいなんて。
あの日のわたしに会いに行く。
そんな機会を手にすることができた。
だから、また書いてみようと思う。
心のおもむくままに。
未来のわたしが、今のわたしに会いに来てくれる日まで。
そして、息子がそれを見つけたとき
「母ちゃんは相変わらず中2病だな。」
そう言って鼻で笑うんだろう。
それもまたよきかな。
