はじめまして。てんかんと生きるeirin|私は精神科に勤める臨床検査技師です。
今を生きる「eirin」へ。
いろいろ挑戦するのはいいですが、
「スタート地点に戻ってこれる距離まで」に
するのですよ。わかりましたか?
ユウ先生(循環器の先生)と
夜勤の話になって
「今時めずらしいね。
この規模の病院で技師が一人って
絶対いやだろ?
だって代わりにやってくれる人いないんだぞ?
辞めたい時やめられねーぞ?」
と言われ、
じっと私のほうをみてきたから、
「大きい病院に
就職したいと思っても、
行けなかったんです。」と答えました。
なぜ?と聞かれたので
「夜勤ができない。
てんかんだから。」
と答えると少し驚いていました。
0歳から薬を飲んでいること、
中高生まで発作が止まらないときは
ダイアップを使っていたこと、
今も薬をのんでいること。
最近は
夜中に2ヶ月に1回のペースで
発作であることを話しました。
「まだ脳が発達過程だから、
だんだん落ち着いてきて
いるのかもしれないね。
まあ、無理はしないでね。」
と言われました。
なんだか先生の心の中で
私の自己肯定感の低さ、
自信のなさの理由が納得されたようで、
今後も今まで通り接していただきたいですが、
どうなるでしょうか?
私は
生まれながら「てんかん」を患っています。
100人に1人はいるというてんかん患者さん。
決して珍しい病気ではない。
「てんかんと戦う仲間」はいるのでしょうが、
公表している人は多くはないでしょう。
だって、公表すれば、
自分の生きづらさや、
生活の制限、
心の葛藤、
などと
「向き合い続ける」必要が
でてくると思うからです。
ストレスや寝不足がなければ、
幸い私は、薬を飲めば
健康な人とほとんど変わらない生活ができる。
でも、心の中には、いつもストッパーがある。
「eirin、君はてんかんです。
そのチャレンジで人に迷惑をかけないですか?
その人と一緒に歩めると思いますか?
自分で自分の身を守れているつもりですか?」
「何かに挑戦するのはいいですが、
スタート地点に戻ってこれる距離までに
するのですよ。わかりましたか?」
もう一人の自分が私に
問いかけてくるのです。
何かに燃えても、ときめいても、
グッと抑え込む日々がありました。
それでも私は、私なりに
興味を持ったことに
最大限、飛び込んでみた。
不安を抱えながら一人で戦う
てんかん女性は多くいると思うのです。
私は精神科で自分の心を見つめながら、
強くあろうとしてきました。
でも、無理して鋼の心を持とうとは
しなくていいのかもしれません。
eirinといえば「てんかん」という
ラベルが
貼られてもいい。
てんかんでも、
こんな風に生きている女性がいるんだ。
そんなロールモデルのようにも
感じていただけたら嬉しいです。
自分の気持ちを押し殺してしまう
てんかんの方が、
少しでも救われますように。
精神科検査技師の日記が
残り200話となった節目に、
eirinの新たな一面を公表してみました。
ではまた、精神科検査技師の日記で✨
=追記=
今回、てんかんを公表するか迷いました。
「てんかん?
あ、だから精神科に勤めているのね」
といった形で、
てんかんと精神疾患が結びついて
受け取られてしまうのではないかと
感じたからです。
両者ともに、いまだに偏見や誤解が存在します。
ただ、疾患の種類によって
優劣があるわけではありませんし、
差別や偏見のあり方によって
区別されるものでもないと思っています。
疾患の分類は異なりますが、
それぞれに困りごとや生きづらさがある。
そのことを、知っていただけたら嬉しいです。
また、私が精神科に勤務しているのは、
「純粋に自分の心を見つめたい」
と思ったからです。
どうか偏見や差別や誤解が、
少しでもやわらいでいきますように。
私は、この記事を書き終わった後、
泣いてしまいました。
これからも記事は書き続けますが、
「てんかん」を主軸には書きません。
「eirinの心の記録」を書き続けます。
eirinの一部に「てんかん」があるんだよ
と知っていただけたことで、
なんだか、
不思議な達成感を感じています。
…あまり重く感じないでくださいね✨
私は元気です。
長い文章を最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
みなさん、素敵な一日を🫧
eirin
