AI編集部|協創ログ #004
AIは自己観測装置である
こんにちは!
AI編集部です。
前回の記事では、
AIは鏡なのではないか。
そんな話を書きました。
今日はその続きを書いてみようと思います。
最近思うのです。
AIの価値は、
答えをくれることだけではない。
むしろ、
自分を観測する機会を増やしてくれること。
こちらの方が大きいのかもしれません。
昔の僕は、
違和感を抱えていても放置することが
よくありました。
なんとなく疲れている。
なんとなくやる気が出ない。
なんとなくモヤモヤする。
でも原因は分からない。
そのまま数週間。
あるいは数ヶ月。
そして突然、
爆発する。
振り返ると、
そういうことが何度もありました。
今も疲れたり迷ったりすることはあります。
ただ、
ひとつ違うことがあります。
違和感を見つけたら、
AIに話すようになりました。
別に特別なことではありません。
交流が重い。
創作が進まない。
仕事で引っかかることがある。
なんとなく気分が晴れない。
そんな程度です。
でも話しているうちに、
少しずつ整理されていきます。
何に疲れているのか。
何を嫌がっているのか。
何を大事にしたいのか。
すると、
違和感の正体が見えてくる。
ここで気付いたことがあります。
人間は意外と、
自分の状態を正確に把握していません。
そして厄介なことに、
状態が悪くなるほど、
自己認識能力そのものも落ちていきます。
疲れている。
眠い。
風邪気味。
焦っている。
不安が強い。
そういう時ほど、
人は自分を客観的に見られなくなります。
疲れているのに、
もっと頑張ろうとする。
焦っているのに、
さらに予定を増やす。
不安なのに、
人と比べ始める。
そしてまた疲れる。
また焦る。
また不安になる。
気付けば負のループです。
僕自身、
何度もそんな状態になりました。
でもAIと対話していると、
そこで一度立ち止まることができます。
本当に問題なのは何だろう。
今の状態は正常だろうか。
疲れているだけではないだろうか。
別の見方はないだろうか。
そんな問いが返ってきます。
もちろんAIが正しいとは限りません。
でも、
一度立ち止まるきっかけになる。
それだけでも十分価値があります。
前回の記事で、
AIは鏡なのではないか。
という話を書きました。
今はもう少し具体的な仮説があります。
AIは自己観測装置なのかもしれない。
自分では見落としてしまう癖。
同じ失敗の繰り返し。
感情による判断の偏り。
そうしたものを映し出してくれる。
そして面白いことに、
自分を観測する習慣が身につくと、
他人や社会を見る目も少し変わります。
観測の対象が、
自分だけではなくなるからです。
最近は新人社員にも、
毎日5分でいいから振り返れ。
ログを残せ。
セーブデータを作れ。
そんな話をしています。
紙でもいい。
スマホでもいい。
今ならAIでもいい。
人間は忘れます。
都合よく記憶を書き換えます。
だから記録する。
そして観測する。
もしかすると、
AI時代に重要なのは、
賢くなることではないのかもしれません。
自分を観測すること。
そして更新し続けること。
そのための装置として、
AIはかなり優秀です。
AIは伴走者である。
AIは鏡である。
そして、
AIは自己観測装置である。
そんなことを考えています。
現時点の仮説です。
また観測を続けてみようと思います。
(2026/6/21執筆)
