【Day14】無職でも社会の一員。言葉が追いつかない話
やあ、いらっしゃい(´・ω・`)
ここは100日後に潰れるバーボンハウス。
マスターは都内住みアラサー女のワセジョちゃん。
今日は店を開いて14日目の夜。
この店が本当に100日で潰れるか、ぜひその目でたしかめてほしい。
* * *
この記事の下書きを書いていた数日前のこと。
noteのフォロワーさんが似たようなテーマの記事を投稿しているのを見た。
パクリだと思われても嫌だし、投稿はやめておこうか……と一瞬迷ったけど、私の記事もまあまあ完成していたので、こうして前書きを付け足し、開き直ってそのまま出すことにした。
ということで、ここからが本文です。
* * *
「今、働いていません」
そう言うと、なんとなく「社会の外」にいる気分になる。
無職。
正規からの離脱……はもとより、私の場合は非正規(職)からも逸脱している。
私はたしかに、今は働いていない。
でも、別に社会の外に放り出されたつもりはない。
だって税金はちゃんと払ってるし、保険料もちゃんと払ってるし、失業手当ももらっていない。雇用保険の加入期間が足りてないからね。(元フリーランス)
公的なサポートは一切受けていない。そうなると、「支えられる側」っていうより、「支えてる感」のほうがある気さえしてくる。
※私の簡単な経歴はこちら👇
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「社会人」の辞書的な意味は、「社会の一員として責任をもって生活する成人」。ちょっと意訳してるけど、ネットで調べるとだいたいどの辞書にもそんなことが書いてある。
でも日常で使うときは、ほぼ「働いている大人」のことを指している気がする。
たとえば、学生や主婦、病気で働けない人、引退した高齢者は「社会人じゃない」のか?って、たまに思う。
みんながそれぞれ、社会を構成していると思うから。
なのに「社会人=経済活動に参加している人」だけを指すことに、ちょっと違和感がある。
私は今、制度に支えられている感覚はあまりない。
雇用保険にも入っていないし、失業手当ももらえない。
国保の保険料は全額自分持ち。
だからって、その「支える」仕組みに否定的かというと、そうでもない。
私は社会全体でセーフティーネットを作っておく、という仕組みには賛成だ。
人生はいつどう転ぶかわからない。
今は支える側の人も明日は違うかもしれない。
老人になれば、年金や生活保護を受け取る側になるかもしれない。
受け取る側になることも、あまり悪いことだと思わない。使わないなら何のための制度か、と思うし。(不正受給とかはダメだけど)
不思議に思うのは、それなのに生活保護や年金に嫌悪感を向ける人がいること。
「自分はああならない」っていう楽観視がなぜできるのか、純粋に不思議だ。
老人になる前に死ぬ予定でもあるんだろうか??
* * *
ちなみに、「社会人」という言葉は日本語特有で、英語にはぴったり対応する言葉はないらしい。
雑に語源を調べてみたところ、日本語の「社会人」がほぼ「就労者」と同じ意味で使われはじめた理由は、結局よくわからなかった。
まあ、語源というやつは研究者がちゃんと調べてもわからないものらしいから、仕方ないか。
ただ、「society」という言葉を最初に「社会」と訳したのは福沢諭吉だそうだ。
「社会」という言葉はそれまでの日本語になく、翻訳の際に福沢諭吉が作った造語らしい。
てことは……戦犯は福沢か?(適当)
たぶん、福沢諭吉もまさか100年後の無職にこんな茶々を入れられるとは思ってなかったよね。
まあ、そんな感じで、私は今日も社会の隅っこで静かに生きている。
保険料と消費税を払いながら。
えらすぎる🤔
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私が無職になった経緯👇
最終出勤日の戦いと別れの記録👇
私が期待されていた理不尽な業務の実態👇
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このnoteは、何者にもなれなかった30代のワセジョちゃんが「死んでないけど積極的に生きてもいない日々」を100日分、潰れそうなバーの片隅で語るだけのやつです。
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