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「開業の谷は、入口と出口にある——歯科開業前後の危機ポイント」

開業の谷は、入口と出口にある

山の遭難の話から始めたい。遭難と聞くと、多くの人は頂上付近の吹雪を思い浮かべる。実際には、事故の多くは登山口の判断と、下山の道で起きるという。登り始める前と、登りきったあと。いちばん気の緩む両端で、人は道を失う。

開業の相談を受けるたび、私はこの話を思い出してきた。

(頂上の話をしたがっている人に、登山口の話をするのは、なかなか難しいのだけれど)

長いあいだ、うまく言えなかったことがある。歯科の現場を長く内側から見てきて、予防型の医院づくりでうまくいった医院と、道を失った医院を、それなりの数、見てきた。その両方を眺めているうちに、あるとき気づいた。医院は、どこでも等しく転ぶわけではない。転ぶ場所には偏りがあって、それは決まって、地図の両端にあった。

その話をする前に、まず道しるべを五つ、置かせてほしい。うまくいった医院に共通して見られた要素だ。共通して見られた、という言い方をするのは、これが成功の保証ではなく、生き残った医院たちの足跡にすぎないからだ。それでも、足跡は集まれば道になる。

一つ目。何のために登るのか。予防という言葉の意味を、院長とスタッフが同じ絵で持っていること。ここが割れている医院は、標高が上がるほど、割れ目も広がっていった。受付の説明が人によって違う。衛生士の声のかけ方が、日によって違う。割れているのは現場ではなく、最初の絵のほうだ。逆に、絵が一枚に揃っている医院は、細かい判断がいちいち速い。この話は、連載のいちばん最初に一本書いた。

https://note.com/dental_growth/n/n0ce6a0b04ce4

二つ目。誰と登るのか。とくに、衛生士。予防型の医院にとって衛生士は、荷物持ちではなく、もう一人の登り手だ。先に道を知っていて、遅れがちな人を待っていてくれる、そういう登り手だ。そして、その人が来てくれるかどうかは、募集を始めるずっと前に決まっている。この話は、前回書いた。

https://note.com/dental_growth/n/n5c6e1ccee034

三つ目。登りの道と、下りの道を、最初から分けておくこと。治療の流れと予防の流れを同じ一本道に通すと、必ずどちらかが渋滞する。たいてい、席を譲るのは予防のほうだ。急患が入るたび、メンテナンスの患者が後回しになり、後回しは、静かな離脱になる。すれ違いのできる道は、歩きながらは作れない。図面の段階で、道は二本。この話も、以前に一本書いている。

https://note.com/dental_growth/n/n059256ca1345

四つ目。荷物と食料。つまり、資金だ。谷の深さは、歩き方ではなく、出発のときに何を背負ったかで、ほとんど決まってしまう。そして荷物が軽すぎると、途中で判断のほうが痩せていく。残りの食料を数えながら歩く人は、遠くを見なくなる。理念が最初に削られるのは、いつも、財布が薄くなった日だった。ここだけは、無料の記事では書ききれなかった。有料の設計ガイドに、まとめて預けてある。

https://note.com/dental_growth/n/nab32fa011747

五つ目。どの山を選ぶのか。立地と、専門性の話だ。山は選べる。ただ、選んだ山の天気までは、誰にも読みきれない。晴れの予報で登って、稜線で崩れることもある。読み違えたと気づいた朝に、何を守り、何を作り替えるのか。それを先に決めていた医院だけが、天気に振り回されなかった。この話は、前回の続きとして書いた。

https://note.com/dental_growth/n/nef8152a2f375

さて、五つを並べてみて、気づくことはないだろうか。

私は、しばらく気づかなかった。一本ずつ書いているあいだは、五本の別々の話だと思っていた。並べてみて、初めて偏りが見えた。

一も、四も、五も、山に入る前の話だ。二は、入る前に仕込んで、登りきったあとに効いてくる話。三も、図面の段階の話だった。うまくいった医院が丁寧にやっていたことの大半は、登山口で済んでいる。

道を失った医院を思い返すと、景色はきれいに裏返る。絵が割れたまま登り始めた医院。荷物を読み違えた医院。山を読み違えて、作り替えが遅れた医院。これが、入口の谷。いっぽうで、登りの中腹——治療から予防への移行や、リコールの運用——でつまずいた医院は、数えきれないほど見たが、そこで沈んだ医院は、実は少ない。中腹の谷は、浅いのではない。直せるのだ。予約の組み方も、声のかけ方も、明日から手を打てる。運用の谷は、運用で登り返せる。

沈む医院は、両端で沈む。

入口の谷が深いのは、そこで固めるものが、あとから動かせないものだからだ。理念も、資金も、山選びも、直したくなったら、登山口まで引き返すしかない。そして出口の谷が深いのは、そこで要るものが、育つのに時間のかかるものだからだ。下山路には、こんな谷が待っている。創業からの仲間が、そろって山を降りていく日。創業の熱だけで登れる高さには、限りがある。熱が切れたあとの続け方を、登りの途中で仕込めていた医院は、多くない。それから、先頭を歩き続けた院長が、荷物を誰にも渡せないまま、ある朝、足が動かなくなる日。どちらも、気づいた日に手を打っても、間に合わない。人が育つ時間と、任せる勇気が育つ時間だけは、金では買えない。

つまり、両端の谷には、同じ顔がある。あとから急いでも、間に合わないものの谷。真ん中の谷は、急げば間に合う。両端だけが、間に合わない。だから私は、開業前の先生に会うと、頂上の話より先に、この地図を渡すことにしている。たいてい、少しだけ、きょとんとされる。頂上の景色を聞きたかった顔に、登山口の話は地味に映るらしい。かまわない。

院長の足が止まる谷の話は、まだ書けていない。いずれ、下山路の記事として書くつもりでいる。

五つの道しるべは、それぞれ一本ずつ、記事にしてある。上から順に読む必要はない。いま自分が立っている場所に、いちばん近いものから読んでもらえたらいい。

(この地図は、間に合わなかった医院たちが教えてくれたものだ)

地図は、遭難を防がない。遭難する場所を、先に教えてくれるだけだ。それでも、知って登る人と、知らずに登る人の足取りは、同じ山でも、きっと別のものになる。

説明が院長ひとりに集まる谷については、有料記事「院長の口に、最後まで残るもの」で設計まで書いています。

https://note.com/dental_growth/n/n19d3dbd63b72

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