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求人票を出す前に、勝負はついている

開業準備中の先生から、人の相談を受けることがある。正確に言えば、開業してしばらく経った先生から、だ。準備中に人の話が出ることは、ほとんどない。内装、機器、資金、集患。人は、いつも後回しになる。そして一年後か二年後、同じ先生から連絡が来る。衛生士が採れない、と。

(この順番、どうにかならないものか、と何度思ったかわからない)

私は歯科の現場を、長く内側から見てきた。うまくいった医院と、そうでなかった医院を、それなりの数、見てきたつもりだ。その中で、衛生士の採用ほど、悩み始めるタイミングと勝負がついたタイミングのずれているものは、なかった。

採れない医院の話から始めたい。

先に言っておくと、採れない医院が悪い医院だったわけではない。院長は誠実で、診療は丁寧で、患者からの信頼も厚い。それでも応募が来ない。理由を院長は、うちは知名度がないから、駅から遠いから、と考える。違う、と思いながら聞いていた。

募集をかけても来ないから、紹介会社に頼る。頼れば、手数料は目を疑うような額になる。ようやく一人採れても、続かない。衛生士が一人きりの体制が、何か月も続く。その間、院長は診療の合間に、自分で歯石を取る。笑い話ではなく、珍しい話でもない。

打ち明けると、私も昔は、採用は待遇の問題だと思っていた。給料を上げれば来る、と。実際に見てきた景色は、そうではなかった。

若い衛生士が求人票で見ているのは、給料の額面ではない。何時に帰れるか。休みはどうなっているか。そして、入ったら何の仕事をさせてもらえるのか。この三つだ。診療が夜遅くまであって、週休がきっちり取れず、業務の大半が診療の補助なら、給料を積んでも応募は来ない。比較の土俵に、そもそも乗っていないからだ。

土俵に上がっていない力士は、負けはしない。ただ、勝つこともない。誰とも組んでいないのだから。

意地悪で言っているのではない。構造の話だ。衛生士学校の学生は、求人票を並べて見る。並べた瞬間に、静かに落ちる求人票がある。誰もそれを開業前に教えてくれないまま、先生たちは開業してしまう。

もう一つ、見落とされがちなことがある。学生は、求人票より先に、医院そのものを見ている。実習で中に入り、先輩たちの表情を見て、何時に医院の電気が消えるかを見ている。働きやすい医院の評判は、こちらが発信するより早く、学校の中を回っていく。求人票は最初の接点ではなく、最後の答え合わせに近い。

採れていた医院は、何が違ったのか。

特別な採用テクニックがあったわけではない。彼らは開業前に、三つのことを済ませていた。

一つ目は、時間の設計。帰れる働き方を、院長の善意ではなく、診療時間そのものの設計で保証していた。夜の枠を削れば売上に響く。それを承知で、最初から削っていた。

二つ目は、席の設計。衛生士が予防の仕事に専念できるチェアと時間枠を、図面の段階で確保していた。治療の合間にメンテナンスを詰め込む医院と、メンテナンスのための席が最初からある医院。働く側から見れば、この二つは別の職業に近い。

三つ目は、育つ場所の設計。教育に金と時間を出すと、先に決めていた。面白いのはここからで、そういう医院には、あそこに行けば勉強できる、という評判が学校側に立つ。評判が次の一人を連れてきて、その一人が友人を連れてくる。採用がいつのまにか、募集ではなく紹介で回り始める。

三つ、と書いたが、本当はもう一つある。辞め方と、戻り方の設計だ。衛生士の仕事は、結婚や出産で一度途切れることが多い。採れていた医院は、そこで縁を切らなかった。時間を短くして戻れる働き方を用意し、休みに入る人が、代わりに自分の友人を連れてきた。辞める人が、次の人を紹介してくれる医院。そういうものが、実際にある。最初に聞いたとき、私は聞き間違いかと思った。

これらは、開業後にやろうとすると、急に重くなる。診療時間を削れば、いまの売上が減る。チェアを一台メンテナンスに明け渡せば、治療の回転が落ちる。回り始めた医院ほど、この決断は痛い。軌道に乗ってから働く環境を作り直した医院も見てきたが、あれは売上を一度落とす覚悟の要る工事だった。開業前なら、図面に線を一本引くだけで済んだはずのことに、である。

ダムにたとえるなら、水を貯め始めてから水路を掘り直すようなものだ。できなくはない。ただ、乾いた地面に掘るのとは、わけが違う。水を抜きながら、掘ることになる。

人がいなくて、医院を大きくできない。増やしたいのは患者ではなく、まず人なのだという相談。それは、開業から何年も経った医院の、いわば出口のほうで起きる。けれどその谷は、たいてい入口で掘られている。開業前に見ておくべき場所は、ここだけではない。その話は、近いうちに、まとめて書く。

土俵の上でできることは、いくらでもある。稽古も、技も、あとから磨ける。ただ、土俵を組むことだけは、上がる前にしか、できない。


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