松本暮らし~春(③地元の御柱祭と信州の御柱)
豪快な木落しで有名な諏訪大社の御柱祭を知らない人はいないと思います。でも、松本の御柱祭りを知る人は少ないのではないでしょうか。
信州にいると諏訪の神さまへの信仰の広さ、深さを感じます。
私が住んだ里山辺地区・須々岐水神社の御柱祭は、引っ越し直後に出会ったお船祭りの翌日(5月5日)に催行されました。6年に一度のおすすめ行事です。(ヘッダーの写真は、建てる直前の御柱)
本連載は、通過する旅に物足りなさを感じ、“滞在する旅” を試した私の体験談と、その結論としての “2年間限定移住のすすめ” です。
信州ファンや滞在型の旅が好きな方の参考になれば、と思います。
私のライフワーク「昔の人びとの楽しみ方」の名残りも探っています。
地元の御柱祭り

御柱祭は、柱を立てる1年前にはじまります。木を選び抜き、持ち主の許しを得て伐り、神社へ嫁入りする形で鳥居の前に運ばれるのです。神事を重ねます。

運ばれた御柱に、各町会の人が乗って木遣りを歌います(高声なので、諏訪では「鳴く」といいます)。

「〽キヤレー 皆さま ごめんなよー 今日はめでたい里曳きでー」などと歌い出し、世情も取り入れたオリジナルの歌詞を披露します。
歌い終わったら、全員で「ホイサ、オイサ」と景気づけ。
木遣りを終えたら宮入りです。

御柱は本殿の周りに4本建てますが、里山辺地区では、本殿の前の御柱をあらかじめ後方に移設しておき、祭りでは、2本の御柱を立てます。
諏訪大社のように4本の御柱を運び込んで立てている地域もありますが、人手不足が悩みどころ。「我々も建てるのは2本だけにしよう」という他地区の人もいました。
コスパ・タイパ、しかも娯楽が増えた近現代では、祭りは簡略化される傾向です。しかし、ムダパである祭りが人びとを惹きつけたら、ヨサコイのようなイベントになり、簡略化されるどころか、盛大になっていくようです。
楽しければ、人びとが集まり、お金が動き、企画も増え、さらに活性化する、昔から同じ繁栄のスパイラルですね。人びとは祭り好きです。

なかなか、建たないなあと思っていたら、後ろのおじいさんが “なにやってるだ” と言い残して、ヤグラに駆け上り、ホイサホイサと景気を付けると、柱が上がり始めました。盛り上がる~、テキパキと指示したのかも。


「お船祭り」に続けて拝見した「御柱祭り」。松本暮らしのスタートで、神さまを身近に感じました。
下記の本には、木遣りの歌詞や祭りの詳細が、多くの写真とともに記載されています。著者の太田さんは、この御柱祭でも写真を撮っていました。地元ゆかりの方です。
諏訪をはじめ、信州の社や祠に立つ御柱
諏訪大社だけでなく、諏訪地域では多くの社に御柱が立っています。祠にも立っています。
諏訪の神さまは、建御名方神(タケミナカタ)。大国主神の息子で、「国譲り」で敗れ、諏訪の地に移ったとされています。

諏訪大社の御柱祭のとき(寅と申の年)、諏訪地方では、多くの神社で御柱祭が行われます。8~10月が多いです。
御柱祭は、松本だけでなく、飯田、伊那、上田、長野など信州中部の各地で行われています(松本・須々岐水神社の御柱祭は、酉と兎の年です)。
諏訪の神さまの影響力、強いですね。御柱祭の日は、当地の風土を感じた一日でした。
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