松本暮らし、2年半(①松本へのあこがれ)
本記事からはじまる連載は、通過する旅に物足りなさを感じ、“滞在する旅” を試した元エンジニアの “2年間限定移住のすすめ” です。
信州ファンや滞在型旅行が好きな方のお役に立てればと思います。
信州の山の高さに魅せられた学生時代
松本へのあこがれ、正確には北アルプスを望める松本平(松本盆地)へのあこがれ、は中学の修学旅行から始まりました。
一番高い山が1,125mの大阪平野で育った私は、3000m級の山々に目を奪われました。しかも、岩肌。

松本平は、南の塩尻市から北の大町市まで広がっています。
高校生になると、友人とテントを担いで、松本から美ヶ原、霧ヶ峰へと旅しました(大阪からは、名古屋から木曽路を経て松本に入り、信州を回るのが定番ルート。松本は玄関口なのです)。
そこで見た草原!


当時のヒット曲、太田裕美の『赤いハイヒール』(1976年)に、“緑の草原、裸足になろうよ”、という一節があったのですが、「ここじゃないか」と思ったぐらい。
大学ではサイクリング部に入り、毎年、信州へと出かけました。
山だけでなく、峠も高くて自転車旅にはきつい地域ですが、なけなしのお金をつぎこんだのは信州。乗鞍岳、美ヶ原、霧ヶ峰、八ヶ岳(麦草峠)、志賀高原(渋峠)・・・。景色に魅せられました。
スイスへもカナダへも行ってみたけど、
大学時代には自転車をスイスに持ち込んでアルプス山麓も巡りました。
山々のスケール感は信州の2倍でしょうか。氷河が削り取った荒々しい岩肌は忘れ得ぬ光景です。
新婚旅行は、カナディアン・ロッキーをドライブ。谷の広さ、氷河、草原のスケールは、信州の高さと北海道の広さを掛け合わせても、はるかに及びません。
しかし、遠いので、お金も時間もかかります。
何よりも、日本語を喋る人たちが住み、出汁や醤油ベースの食べものが主流の日本が落ち着きます。
そうだ、松本に住んでみよう
国内では、松本平から眺める山々は格別。
世界一ではないとしても日本一だ、と思っています。

会社員時代は移動する旅を楽しんでいましたが、シンガポールで2年間の駐在生活を経験してからは、通過する旅ではなく、“滞在する旅” を志向するようになりました。
つながりができたり、行事を深く味わえたり、周辺へ足を伸ばせたり。思い出が心に刻まれるのです。
私は、山を見るのが好きですが登山はしません。山の上よりも、人びとが暮らす町や村、街道を訪れるのが好きです。
日本有数の山々が見える松本平や信州へ行きたいし、そこでの暮らしを知りたい、かつての暮らしも知りたい、との思いがつのりました。
そんなこんなで、「退職後は、松本に住んでみよう」となりました。
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