[37]【意を決して】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
◾️この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
僕が生きてきた記録です。
集金業務を終え、帰宅した夜八時。
僕はコーヒーメーカーをセットした。
蒸気と一緒に、コーヒーの香りが部屋に広がっていく。
今から、コーヒーを飲みながら吉田に電話する。
そう決めていた。
新しく契約した携帯からだと、番号を知らないから出てくれないかもしれない。
だから、プリペイド携帯からかけることにした。
残っているチャージ分で、十五分は話せる。
なるべく遅くコーヒーが出来てほしかった。
けれど、こんな日に限って、コーヒーが出来上がるのがめちゃくちゃ早く感じる。
マグカップに注ぐ。
ひとくち飲む。
ちゃんと味がする。
全身にカフェインが巡っていく。
プリペイド携帯を手にした。
この前、母に携帯を契約してもらってからは使っていなかった。
たったそれだけなのに、ずいぶん懐かしいものに感じる。
電話帳を開く。
電話帳と言っても、登録されている番号は数件しかない。
吉田の名前は、すぐに見つかった。
親指が、通話ボタンの上で止まる。
意を決して押した。
耳に当てる。
一回目の呼び出し音。
その途中で、つながった。
「元気やったか? この前、電話くれたやろ?」
普通に出てくれた。
本当に、普通に。
「あ、うん。元気よ。ようやく電話できるくらい落ち着いたけん、電話した。色々、ごめんね」
「ええで、そんなもん。お互い生きとって良かったで」
吉田の声は、思っていたより明るかった。
「俺は今、また人夫出しに戻ったで。手っ取り早く生活出来るのは、これしかないわ」
「僕は新聞配達してる。茨城の鹿島で」
「茨城か。そんな遠くでもないなぁ。今度、飯でも食うか?」
「怒ってないと?」
少しだけ、声が小さくなった。
「あの時はな、怒るっちゅうか、びっくりしたわ。でもな、俺も一人になって身軽になった分、動けたんや。その日に飯場に入ったで」
吉田は笑った。
「なんか俺の方こそ、ありがとうやで」
胸の奥に、引っかかっていたものが少しだけ取れた気がした。
「そっか。良かった。あ、新しく電話契約したけん、番号教えるよ」
それから僕たちは、近況を話し合った。
不思議だった。
あんなにドキドキしながら電話したのに、話し始めるとすぐに打ち解けた。
吉田は吉田のままだった。
僕も、少しだけ昔の僕に戻れた気がした。
コーヒーを飲む。
美味しい。
めちゃくちゃ美味しい。
窓の外を見ると、夜空が綺麗だった。
僕たちは、今度会う約束をした。
→次の話[38]【人生の底を知ってる人たち】
6/21更新
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】


【第二章・新聞配達編】


