[21]【免許更新。ただ名前を書くだけなのに】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。
【免許更新。ただ名前を書くだけなのに】
午前1時。
コーヒーをいれる。
湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気を見る。
カップを持つ。
一口飲む。
苦い。
悪くないと思った。
前みたいに、
何を飲んでも同じという感じでは
もうなかった。
味がする。
カフェインも身体に沁み渡る。
そのことに、
少しだけ救われた。
少しずつ、
普通に戻ってきている。
それは分かる。
分かるのに、頭の中には今日
行かなきゃいけない場所のことが
ずっと残っていた。
免許更新だ。
ただの手続き。
そう言ってしまえば、
それだけのことだった。
期限が来る。
行く。
書く。
撮る。
講習を受ける。
受け取る。
それだけだ。
それだけのはずなのに、
朝から気が重かった。
地図を開く。
新しい契約。
切れた契約。
入り組んだ路地。
曲がる角。
チラシの種類。
ひとつずつ確認する。
手は動く。
もう前ほど、
何度も同じところを見直して、
頭が真っ白になることはなかった。
ここを曲がる。
この家には入れない。
この並びは最後に回す。
身体が覚えてきている。
配達は、
少しずつ仕事になってきていた。
それでも今日は、
その先のことが
頭から離れなかった。
配達を終えても、
今日は終わらない。
今日の本番は、
むしろそのあとだった。
販売所へ向かう。
冷たい空気。
暗い道。
眠気。
いつもの朝だ。
皆、いつものようにいる。
新聞の束。
擦れる音。
輪ゴムの音。
咳払い。
短い雑談。
その中に今日も自分がいる。
少し前まで不思議だったそれが
今は当たり前になりかけていた。
宮本さんが、
新聞を揃えながら言った。
「今日、更新行くんやろ?」
「はい___。」
「早めに寝ろよ、って言いたいけど、
無理やもんな。」
そう言って少し笑い、
すぐまた手を動かした。
「まぁ、ちゃちゃっと終わるわ。」
昨日と同じようなことを言う。
ちゃちゃっと終わる。
たぶん、
普通はそうなんだろう。
でも、
僕にはそう思えなかった。
配りはじめる。
一軒ずつ入れていく。
ポストの口。
段差。
砂利。
犬の気配。
まだ暗い玄関。
身体は動く。
でも頭のどこかで、
ずっと別のことを考えていた。
受付。
写真。
講習。
窓口。
何ひとつ難しいことはないはずなのに、
ひとつずつ考えるだけで気が重かった。
名前。
住所。
生年月日。
そのどれもが、
今日はやけに重かった。
無事に配り終えて、
部屋に戻る。
服を脱ぐ。
座る。
コーヒーをいれる。
湯を注ぎながら、
財布を開く。
免許証。
金。
必要なものを一つずつ見る。
昨夜も確認した。
さっきも確認した。
それでも、
もう一度確認した。
忘れ物が怖いんじゃない。
行くこと自体が、
嫌だった。
コーヒーを飲む。
苦い。
ちゃんと苦い。
カフェインも身体に沁み渡る。
それが、
気持ちを少し落ち着かせた。
着替える。
部屋着のままでは
行けないと思った。
だからといって、
ちゃんとした
服を持っているわけでもない。
何を着ても、
結局は今の自分のままだった。
鏡を見る。
疲れた顔だと思った。
眠そうで、
くたびれていて、
どこか覇気がない。
こんな顔で
写真を撮られるのかと思うと、
それだけで嫌だった。
でも、
行くしかなかった。
免許更新の場所へ向かう。
空はもう明るかった。
朝の仕事を終えたあとに見る
昼の街は、いつも少し眩しかった。
人がいる。
車が走っている。
店が開いている。
こっちは
もう一仕事終えているのに、
世の中は
これから始まる顔をしていた。
建物の前で、
足が止まった。
入ればいいだけだ。
そう思っても、
身体がすぐには動かなかった。
深呼吸をする。
意味があるのか分からないくらい、
浅い呼吸だった。
もう一度、
鼻から吸って口から吐く。
中に入った。
明るかった。

蛍光灯の白さ。
床の光り方。
壁の案内。
順番を待つ人たち。
静かというわけでもない。
うるさいというわけでもない。
ただ、
事務的な音だけがしていた。
名前を呼ばれる声。
紙をめくる音。
椅子の擦れる音。
短い説明。
そこにいる人たちは、
みんな普通に来て、
普通に座って、
普通に待っていた。
自分だけが、
少し場違いに思えた。
案内に従って進む。
言われた通りに動く。
止まる。
見る。
出す。
受け取る。
ひとつひとつは簡単だった。
それなのに、
胸の奥だけがずっと固かった。
記入台の前に立つ。
紙を見る。
名前。
住所。
生年月日。
ただ、それだけだった。
ただ、それだけなのに、
手が止まった。
ペンを持つ。
名前を書く。
自分の名前なのに、
久しぶりに書く気がした。
変な感覚だった。
名前は、
自分のもののはずだった。
それなのに、
その字を書いた瞬間、
今の自分がそこに引き戻される気がした。
次に、
住所を書く。
そこでまた、
手が止まった。
間違えたわけじゃない。
書けないわけでもない。
でも、すぐには書けなかった。
今、自分がいる場所。
今、自分が帰る場所。
そこを文字にするだけで、
胸の奥がざわついた。
たぶん、誰も気にしていない。
隣の人も、
後ろの人も、
窓口の人も、
そんなことを気にするはずがない。
それでも、
自分だけは気になっていた。
生年月日を書く。
今日が誕生日だ。
その数字を見て、
変な気持ちになった。
また、年をひとつ取った。
めでたいとは思わない。
ただ、
日にちだけは
何もなかったように進んでいく。
こっちの都合なんて、
少しも聞いてくれない。
紙を出す。
窓口の人は事務的だった。
愛想が悪いわけでもない。
優しいわけでもない。
慣れた声で、
次に行く場所を言った。
それが逆に助かった。
変に気を遣われるより、
流れ作業みたいに扱われる方が
ずっと楽だった。
写真を撮る場所で待つ。
前の人が呼ばれる。
椅子に座る。
すぐ終わる。
次の人が呼ばれる。
座る。
終わる。
みんな、
それだけだった。
自分の番が来る。
椅子に座る。
正面を見る。
姿勢を少し直される。
顎を少し引いてください。
そんなことを言われた気がする。
ほんの数秒なのに、
長かった。
笑う気にはなれなかった。
かといって、
無表情も不自然な気がした。
結局、
疲れた顔のまま写ったんだと思う。
終わる。
それだけなのに、
妙にどっと疲れた。
講習を受ける。
椅子が固い。
眠い。
でも眠れない。
前で何か話している。
聞いているようで、
頭には入ってこなかった。
人に囲まれて
座っているだけで、疲れた。
誰もこっちなんか見ていない。
それは分かっている。
分かっているのに、
人の中にいるだけで
落ち着かなかった。
朝の配達の方が、
よほど身体はきついはずだった。
それなのに、
こっちの方がずっと消耗した。
全部終わって、
新しい免許証を受け取る。
手の中で見る。
新しい写真。
新しい有効期限。
見た目は、
ただそれだけだった。
何かが変わった感じはしない。
人生が動き出した感じもしない。
立ち直った感じなんて、
もちろんしない。
ただ、
逃げずに来て、
終わらせた。
それだけだった。
建物の外に出る。
昼の光が目に入る。
明るい。
それだけで、
また少し疲れた。
手続きは終わった。
そう思った、その時だった。
「少し、大切なお話があります。」
声をかけられた。
丁寧な言い方だった。
だから余計に、
嫌な感じがした。
血液が身体中を
凄い速さで巡るのを感じる。
「こちらへ___。」
言われるままについていく。
六畳ほどの個室だった。
机がある。
椅子がある。
警察官が三人いる。
「そこへおかけください。」
座った瞬間、
心臓の音が大きくなり
ドアの外まで聞こえてしまう
気がした。
何かしたのか。
いや、
何もしていない。
そう思おうとしても、
身体の方が先に反応していた。
警察官のひとりが、
書類に目を落とした。
そして、
静かに言った。
「捜索願いが出ています___。」
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・僕のメチャクチャな人生を恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
