[22]【免許更新、ただ返事をするだけなのに】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。
【免許更新、ただ返事をするだけなのに】
「少し、お時間よろしいですか」
声をかけられた。
最初、
自分に言われたのか分からなかった。
顔を上げると、
係の人が僕を見ていた。
名前を呼ばれた瞬間、
背中が固まった。
何かをしたわけじゃない。
でも、
名前を呼ばれるのが怖かった。
「こちらへお願いします」
案内された先は、
さっきまでの流れとは違う場所だった。
窓口でもない。
講習の部屋でもない。
少し奥まった場所。
そこに、
警察の人がいた。
胸のあたりが、
冷たくなった。
「捜索願いが出ております」
最初、
意味が分からなかった。
言葉は聞こえた。
でも、
頭の中に入ってこなかった。
捜索願い。
僕のことか。
僕を、
誰かが探している。
「こちらとしては、事件性なし、健康状態も良し、自らの意思で家を出られていることが確認できていましたので、積極的に動いていたわけではありません。」
警察の人は、
淡々と話した。
責める口調ではなかった。
怒っているわけでもなかった。
ただ、
事実を説明しているだけだった。
「ただ、お母様が、免許更新の時期にはどこかで更新されるはずだからと、福岡県警の方にお願いされていたようです。」
母。
その一文字が、
胸の奥に落ちた。
重かった。
「それで、今回こちらに照会が来まして、確認させていただいた形です。」
警察の人の声は、
ずっと静かだった。
でも、
その静けさが余計にきつかった。
事件性なし。
健康状態良し。
自らの意思で家を出た。
間違っていない。
全部、
間違っていない。
僕は自分で逃げた。
誰かに連れ去られたわけじゃない。
倒れていたわけでもない。
生きている。
働いている。
新聞を配っている。
コーヒーも飲んでいる。
だから、
健康状態良し。
その通りだった。
その通りなのに、
うまく息ができなかった。
母が、
僕の免許更新の時期を覚えていた。
そんなことまで、
覚えていた。
僕が忘れようとしていたものを、
母は忘れていなかった。
誕生日。
免許更新。
名前。
住所。
生きているかどうか。
僕が捨てたつもりでいたものは、
向こう側では、
まだ捨てられていなかった。
「ご家族の方には、ご本人が無事であることをお伝えする形になります。」
警察の人が言った。
無事。
その言葉が、
引っかかった。
僕は無事なのか。
新聞配達をしている。
寝る場所もある。
コーヒーも飲める。
怪我もしていない。
なら、
無事なのかもしれない。
でも、
無事という言葉が、
自分には少し大きすぎる気がした。
「連絡を取ることはできますか。」
そう聞かれた。
すぐには答えられなかった。
母の顔が浮かんだ。
家を出る前のこと。
最後に交わした言葉。
言えなかったこと。
言わずに逃げたこと。
全部が、
一度に戻ってきた。
新聞店の寮。
朝の配達。
地図。
契約表。
誤配。
泥だらけの新聞。
宮本さんのおかず。
午前1時のコーヒー。
ここに来てからの毎日が、
一瞬で遠くなった。
僕は、
まだ逃げている途中だった。
なのに、
逃げ道の先で、
母の名前に追いつかれた。
「___分かりました。」
それだけ言うのが、
精一杯だった。
声が、
自分の声じゃないみたいだった。
警察の人は、
責めなかった。
説教もしなかった。
ただ、
必要な確認をして、
必要な説明をした。
だから余計に、
逃げ場がなかった。
誰かに怒られた方が、
まだ楽だったかもしれない。
「何をやってるんだ」
そう言われた方が、
謝れば済んだかもしれない。
でも、
誰も怒らなかった。
ただ、
母が探していた。
その事実だけが、
そこにあった。
免許更新は終わった。
新しい免許証は、
財布の中に入っている。
たったそれだけのことのはずだった。
名前を書いて、
写真を撮って、
講習を受けて、
帰る。
そのはずだった。
でも、
僕はそこで、
自分がまだ誰かの息子であることを思い出した。
捨てたつもりの名前は、
まだどこかで呼ばれていた。
消えたつもりの僕を、
まだ探している人がいた。
会場を出ると、
外の光がまぶしかった。
ポケットの中で、
新しい免許証が少し硬かった。
僕は立ち止まった。
深く息を吸った。
鼻から吸って口から吐く。
連絡しなければいけない。
母に。
自分が生きていることを。
自分で逃げたことを。
まだ、
戻れないことを。
それでも、
生きていることを。
伝えなければいけない。
そう思った。
思っただけで、
足が動かなかった。
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4/27掲載
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
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【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
