(16)【開けた瞬間、後悔した】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-失踪編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。
【開けた瞬間、後悔した】
朝4時。
目が覚めた瞬間、思い出した。
「今日は、あれをやる日だ」
身体が重い。
特に足と腰が、
いや全身が昨日のまま
壊れているみたいだった。
昨日の疲れが、苦痛が、
そのまま残っている。
いや、苦痛は更に増えている。
逃げたい、と思った。
でも、逃げられない。
生きるためには金が必要だ。
そして、今の僕にはココしか
職場はない。
洗面所へ向かう。
まだ誰もいない。静かすぎる朝だった。
いつもこんなに静かなんだろうか。。。
コーヒーメーカーに水を入れて、スイッチを押す。
「プスッ」
豆が蒸れる音とともに、香りが広がる。
この瞬間だけ、
現実から少し切り離してくれる。
どんな朝でも、コーヒーだけはうまかった。
人間に戻れる、わずかな時間だった。
5時。
ドアがノックされた。
「起きとるか?」
松下さんだった。
「起きてますよ。コーヒー、いれました。」
「お、ええな。もらうわ」
「シャア専用」と書かれた
マグカップに注ぐ

「自分のコーヒー、ほんま絶品やな。
金貯まったら喫茶店やれや。」
「ありがとうございます。
純粋に好きなんですよ。」
少しだけ、笑った。
でも、その空気も長くは続かない。
「。。。今日、アレやな。」
「。。。ですね。」
それ以上、言葉は必要なかった。
わかっている。
今日、何をやるのか。
刻は6時に近づき、
1階の会議室へ向かう。。
誰も喋らない。
目も合わない。
タバコの煙だけが、漂っている。
ホワイトボードに名前が書かれる。
「C班」
何もかも、昨日と同じだった。
ひとつ違っていたのは、
ドライバーに任命されていた事だ。
吉田も同じ班にいた。
一瞬、目が合う。
でも、何も言わない。
無事現場に着き、
会社に到着連絡を入れる。
そして、あの建物の前に立った。
6階、7階。
昨日の続き。
終わっていない地獄。
まずは朝礼だ。
「今日はね、昨日の続きをね。
家電の荷下ろしとね。。。」
一瞬、間があった。
「冷蔵庫の中身の処理、
お願いしますね。」
やっぱりか。
逃げ道は、なかった。
「公平にやってもらうためにね。」
職長が、割り箸を取り出した。
「10本のうち、3本赤です。2本が青です。
色付きの割り箸を引いた人は、
冷蔵庫担当でね。お願いしますね。」
10分の5。つまり2分の1。
色の意味はまだ分からない。
震える手で箸を引いた。
赤だった。
終わった、と思った。
「赤の方、大丈夫です、大丈夫です。
会社からマスクと手袋、
支給しますからね。」
そう言って渡されたのは、
厚手の手袋と、しっかりしたマスク。
さらに、ゴーグルまで。

高級マスクを装着してみる。
。。。ほとんど臭いを感じない。
。。。いけるかもしれない。
ほんの少し、安心した。
吉田は青だった。
青は冷蔵庫担当には違いないが
自前の装備で作業らしい。
予算の都合だろう。
全員分は用意出来ないらしい。
つまり、
ゴーグルも、
ゴム手袋も、
高級マスクも無しだ。
吉田終わったな。
僕は、ニヤッとしてしまった。
そして、
その時が来た。
冷蔵庫の前に立つ。
電源は、とっくに切れている。
中に何があるのか、わかっている。
でも、開けるしかない。
手をかけた。
少しだけ、ためらった。
開けた。
平気だった。
高級マスクはわずかに臭いを
通すくらいで、ほとんど臭わない。
助かった。
。。。その瞬間だった。
「オェッ!!」
背後で、音がした。
吉田だった。
吐いている。
その音は、
青色を引いた2人で、交互に連鎖した。
「。。。っ!!」
言葉になってなかった。
臭い、なんてものじゃないだろう。
「空気そのものが腐っている」
と言った方が正確かもしれない。
それが、そのまま顔面に
叩きつけられていく。
目が焼ける。
鼻の奥が痛い。
喉が閉じる。
呼吸が、できない。
容易に想像出来た。
2人を見て、瞬時に理解した。
これは、
生身の人間が開けていいものじゃあない。
吉田、一瞬でもニヤッとした
僕を許してくれ。
冷蔵庫の中は、
マスクをしていても地獄だった。
液体になった何か。
原形を失った食べ物。
色も、形も、意味を失っていた。
それでも、
触らなければいけない。

作業が始まる。
一つずつ、取り出す。
袋に入れる。
パッカー車まで運ぶ。
また取り出す。
袋に入れる。
パッカー車まで運ぶ。
一度に沢山詰め込むと、
袋が破れたり、重みで疲れる事を
すぐに理解した。

逃げ場はない。
連鎖する地獄。
やるしかない状況。
そして、悪い事は重なる。
吉田は、ペラッペラのマスクだった。
意味がない。
手袋も普通の軍手だ。
全く意味がない。
吉田はメガネをしている。
作業用ゴーグルではないので
残念ながら意味がない。
逆にくもったり、汚れたり、ズレたり、
不快感が増す。
僕も普段メガネをかけてるので
想像は容易だ。
軍手に液体が、染みている。
見ているだけで、わかる。
あれは、無理だ。。。
昼休み。掃除組は誰も
食事をしなかった。

昼からは、荷下ろし組も
掃除に加わる事になった。
松下さんは、さすがだった。
自前の防塵マスク。
本来チリ、ホコリ用だが、
ベラッベラのマスクより有効だろう。
自前の厚手ビニール手袋。
完全なる作業用ではないが、
普通の軍手より
はるかに有効だろう。
松下さんは、耐えていた。
全身が震えている。
同じ仕事なのに、
装備で、ここまで違う。
天国と地獄と言っていい。
いや、地獄と地獄「極」と
言うべきだろう。
作業は、終わった。
16時。
予定より、早く終わった。
職長が言う。
「今日はね、お疲れ様でしたね。
感謝を込めてね、皆さんにね。
1時間分のね、残業つけますね。」
歓声はなかった。
ただ、
終わったことだけが救いだった。
車に戻る。
臭いが、残っている。
服に、臭いが染みついている。
マスクをつける。
それでも、臭った。
コンビニに寄った。
誰も食べない。食べれない。
飲まない。飲むことが出来ない。
吉田だけは、ワンカップを一気飲みして
また吐いた。
もう、まともとは思えない。
なんだか、かわいそうになってきた。
彼も、
そう、彼もここに流れ着いた。
色々有ったに違いない。
会社に戻る。
「まず風呂や。全員、
臭い落としてからな」
そう指示された。
何度も洗った。
何度も。
何度も。
それでも、
臭いが消えない気がした。
日当を受け取る。
運転手当てと残業代で18,000円。
ありがたい。
とてもありがたい。
しかし、さすがに、今日の現場は
報酬ではなかった。
昨日みたいに
金を手にすると
不思議に元気が
少しだけ出る事もなかった。
頭に残っているのは、
あの冷蔵庫だけだった。
部屋に戻る。
弁当を買ったのに、
食べられない。
ビールだけ飲んだ。
眠った。
はずだった。
何度も目が覚めた。
あの臭いが、
まだ鼻の奥に残っている。
いや、違う。
残っているんじゃない。
こびりついている。
鼻の奥の、更に奥の
脳にこびりついている、
どれだけ洗っても、
取れない。
高級マスクをしててもコレだ。
ペラッペラのマスクの吉田は
どんな夜だろう?
想像もしたくなかった。
電源の切れた冷蔵庫を開けた瞬間から、
僕の中に、何かが残ったままだった。
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・僕のメチャクチャな人生の恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
