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第二話:転生王子、ハゲと向き合う

転生したら50代のチビでハゲでデブだった件。 第二話 転生王子、ハゲと向き合う

【あらすじ】
私は、某国の絶世のイケメン王子アレックス(27)。とある逆恨みから「チビデ・ハゲデ・ブー!」という呪いをかけられ、目を覚ますと――チビでハゲでデブな50代のおっさん「ヌシ」(蕪木としぞう)の身体に転生していた。資産はあるが、糖尿病に乾癬、鬼嫁付き。いまは一つの体に、王子とおっさんの二つの意識が同居中。前世の知識とAI執事を武器に、このポンコツな身体と人生を、私が立て直す。
(>フォローすると、50代の体を王子と一緒に立て直せますw)

これまで:死にたくない王子に押し切られ、ヌシは渋々、人生の立て直しを承諾。(第一話はこちら)
今回:まずは頭髪から。だがヌシの育毛法は、王子を激怒させる代物だった。


転生二日目の朝は、混乱から始まった。

目を覚ましたアレックスは、顔を洗おうと右手を伸ばそうとしが、右手よりはやく、左手が勝手に持ち上がる。

(……なんだ? 動かそうとしたのは右手だ)

『うおっ、なんだ急に。俺は左手なんか動かしてねえぞ』

二人が同時に体を動かそうとすると、腕は痙攣したように震え、結局どちらも動かなくなる。顔を洗うだけのことに、二人がかりで五分かかった。

試行錯誤の末、ひとつの法則が見えてきた。

(……わかったぞ。私が左、お前が右だ。左手と左目は私が、右手と右目はお前が動かせる。別々のことをするぶんには、互いに干渉せん)

『マジか。……お、ほんとだ。右手は俺の自由になる』

ヌシは早速、右手でスマホを掴み、寝転んだまま漫画を読み始めた。アレックスは呆れたが、左目で部屋を見渡すぶんには好都合だった。

(妙な体だが……使いようはあるな)


問題は、風呂場で起きた。

服を脱ぎ、鏡の前に立つ。全身が、アレックスの視界に晒される。


(……ひどいな)

『うるさい』

(いや、待て。これは指摘せねばならん。この腹。内臓を守る筋肉が、完全に脂肪に置き換わっている。胸も垂れ、尻も垂れ、肌には張りがない。私が前世で鍛え上げた肉体とは、まさに正反対だ)

『いちいち実況するな! 恥ずかしいだろうが!』

(恥も何も、同じ体だ。今さら隠すものもあるまい)

ヌシは耳まで赤くした。50年生きてきて、自分の裸をこれほど克明に論評されたことはない。しかも相手は、逃げ場のない頭の中にいる。

もっとも、ヌシは面倒くさがりだが、不潔ではない。風呂は毎日入るし、爪も切る。髭も剃る。「だらしない」と言われるのだけは、昔から我慢ならなかった。育ちのせいか、そこだけは妙に律儀なのだ。――ただ、髪と腹だけは、いくら気にしても、どうにもならなかったのだが。

(だが……ふむ。一番の問題は、ここだな)

アレックスは手鏡を手に取り、頭を、姿見に合わせ鏡にして映し出した。頭頂部が、淋しく光っている。


風呂上がり。ヌシは洗面台の前で、濡れた髪のまま、おもむろに育毛剤のボトルを手に取った。トントントンと頭に育毛剤をつけて、適当に指でなじませる。

(待て。今、何をした)

『ん? ミノキシジルだよ。育毛剤。これ塗っとくと毛が生えるんだ』

(その塗り方は何だと聞いている。なぜ髪が濡れたまま塗る)

『え? 風呂上がりだし、ついでに……』

(馬鹿者ッ!)

頭の中で怒声が響き、ヌシは思わずボトルを落とした。

(薬剤というものはな、頭皮に届いてこそ意味がある。髪が濡れていれば、薬は水に薄められ、流れ落ちるだけだ。私は王立学院で薬学を首席で修めた身だぞ。塗布の基本は「清潔な頭皮を、乾かしてから」だ。それと――今、適当に塗ったな?)

『……気が向いた時に、まあ、一日一回か、二回か……』

(決まっていないのか)

『うっ』

(ミノキシジル外用は、朝晩の一日二回、時間を空けて使い続けて初めて効くものだ。気が向いた時に、濡れた頭にかけて、それで生えると思っていたのか。お前は今まで、高価な薬を頭から流して捨てていただけだ)

ヌシは反論できなかった。確かに、説明書を読んだ記憶はない。なんとなく買って、なんとなく使っていた。


だが、本当の地雷は、その後だった。

『……まあでも、塗るやつだけじゃねえんだ。実は、飲むほうもやってる』

(飲む?)

ヌシは得意げに、引き出しから小さな錠剤のシートを取り出した。

『ミノキシジルのタブレット。10mg。これがまた効くらしくてな。しかも個人輸入で取り寄せてるから、めちゃくちゃ安い。日本で買うより五分の一の値段で――』

(……今、10mgと言ったか)

アレックスの声のトーンが、変わった。

『お、おう。多いほうが効くだろ』

(おい。私はこの体に同居してから、ずっと感じていた違和感がある。動悸だ。時折、心臓が不規則に脈打つ。それと、足のむくみ。……お前、これを飲み始めてから、心臓がドキドキすることが増えていないか)

『……言われてみりゃ、たまに』

(やはりか)

アレックスは、左手でスマホを掴んだ。ヌシが止める間もなく、慣れない手つきで――それでも王立学院首席の理解力で――猛烈な速度で情報を検索し始めた。

(……なるほど。ミノキシジルの内服は、もともと血圧を下げる薬だ。血管を広げる作用がある。だから副作用として、動悸、むくみ、最悪の場合は心臓に負荷がかかる。この国では、発毛目的の内服は正式には認められていないのだな。それを、お前は10mgも。素人が、医者の管理もなしに)

『で、でも、効いてる感じはあるんだよ』

(効く前に死んだら意味がないだろうが!)

頭の中に、雷が落ちた。

(いいか。攻めの薬で無理やり生やそうとして、心臓を壊して死ぬ。そんな間抜けな死に方があるか。せめて5mgに減らせ。いや――それ以前に、だ)


アレックスは、少し冷静になって続けた。

(お前、抜け毛を止める薬は飲んでいるのか)

『ああ、デュタステリドってのを。これも効くって聞いて』

(デュタステリド……ふむ。作用は強いが、その分、副作用も侮れん。お前のように自己流で薬を足し引きする人間が、いきなり強いものに手を出すのは感心せん。まずはフィナステリド――この国ではプロペシアや、その後発のフィンペシアと呼ぶようだな――あたりから、医者の管理下で始めるのが筋だ)

『フィンペシアのほうが弱いんじゃないのか』

(弱いのではない。穏やかなのだ。ハゲというのは、本来の髪の生え変わりの周期が乱れて、短いサイクルで抜け落ちる。だから幼い細い毛だけになり、ハゲて見える。フィナステリドは、その乱れたサイクルを正常に戻す。だから――効果が見えるまでには時間がかかる。半年、あるいはそれ以上。だが、土台から立て直すなら、こちらのほうが確実だ)

『半年か……長えな』

(お前、五十年かけてその頭にしたのだろう。半年を惜しむな)

ヌシは、ぐうの音も出なかった。

(とにかく、だ。塗る薬の使い方はデタラメ、飲む薬は素人判断で量を盛り、抜け毛の薬は副作用の強いものを自己流で。――お前のやっていることは、育毛ではない。ただの自殺行為だ)


『そこまで言うか』

(言う。いいか、明日、医者に行け。皮膚科でも、専門のクリニックでもいい。今飲んでいる薬を全部見せて、量も含めて、専門家と決め直せ。命に関わることを、ネットの安い個人輸入と勘の良さで判断するな。それは「成功」ではない。「運が良かっただけ」だ)

正論だった。ぐうの音も出ない正論だった。

『……わかったよ。医者、行く』

(最初からそうしろ)


(……ところでヌシ。お前、もうひとつ大きな勘違いをしている)

『なんだよ、まだあるのか』

(お前は、髪のことを、すべて薬で解決しようとしている。塗る薬、飲む薬、また別の薬。だが――その前に、やるべきことをやっているのか)

『やるべきこと?』

(考えてもみろ。髪は、頭皮という土壌から生える作物だ。いくら上等な肥料を撒いても、土壌が痩せていては育たん。まず、その土壌を耕すのが先だろう)

ヌシは、ぽかんとした。

(第一に、血の巡りだ。頭皮は、体の一番上にある。ただでさえ血が届きにくい。そのうえお前は、一日中座って、肩も首もガチガチに凝り固まっている。これでは、せっかくの薬も、養分も、頭皮まで運ばれん。――風呂で、指の腹で頭皮を揉め。爪を立てるな、傷つく。生え際から頭頂部へ、円を描くように。毎日だ)

『マッサージか……地味だな』

(地味なことを続けられる者だけが、結果を得る。前世の騎士団も、華やかな剣技の前に、毎朝、地味な素振りを千回やっていた)

(第二に、食事だ。髪は、何でできていると思う)

『……知らん』

(たんぱく質だ。髪の主成分は、ケラチンというたんぱく質だぞ。なのにお前の食事ときたら、米、麺、菓子、酒――糖ばかりで、髪の材料がまるで足りていない。肉、魚、卵、豆。材料を体に入れんで、どうして髪が作られる。糖尿の数値が悪いのも、髪が貧相なのも、根は同じだ。食うものが、間違っている)

『……耳が痛え』

(第三に、眠りだ。お前のいびき――あれは、ただうるさいだけではない。深く眠れていない証だ。髪も体も、眠っている間に修復される。眠りが浅ければ、いくら薬を飲もうが、修復が追いつかん)

ヌシは、もはや反論する気力もなかった。

(よいか、ヌシ。薬は、最後の一押しだ。土台は、血の巡り、食うもの、眠り。この三つ。これらを疎かにして薬にすがるのは、穴の空いた桶に、高い水を注ぎ続けるようなものだ。――金は裏切らんと言ったお前なら、わかるだろう。基本という名の元手を惜しんで、薬という名の利息ばかり求めても、増えはせん)

『……うまいこと言いやがって』

(事実を言ったまでだ)

ヌシは、ぐうの音も出なかった。だが――不思議と、嫌な気はしなかった。薬を買うことばかり考えていた自分が、いかに楽をしようとしていたか、図星を突かれたからだ。


その日の夜。

ヌシが右手でスマホをいじっていると、左手が勝手にパソコンのキーボードを叩き始めた。アレックスだ。昼間の検索ですっかり「この世界の知の道具」に魅了されたらしい。

(……信じられん。この板きれと箱が、世界中の知識に繋がっている。王立学院の大図書館が、手のひらに収まっているようなものだ)

『まあ、便利だよな』

(しかも、これは何だ。問いかけると、答えが返ってくる。「チャットGPT」……「ジェミニ」……「クロード」?)

アレックスは、AIアシスタントに育毛の最新研究を質問し、返ってきた回答に目を輝かせた。

(素晴らしい。これは、執事だ。私の国にも、優秀な執事や付き人がいた。私の体調を管理し、予定を整え、必要な知識を耳打ちしてくれる者たちが。……懐かしいな。まさかこの世界で、彼ら以上に物知りな執事に出会えるとは)

ヌシは、頭の中の王子が、少しだけ寂しそうに笑ったのを感じた。普段は傲慢なこの男にも、帰れない故郷があるのだ。

(決めたぞ、ヌシ。私はこの「執事」たちを使いこなす。お前の健康も、髪も、これからはデータと知識で立て直す。勘と運の時代は終わりだ)

『……お前、ほんと現代に順応するの早いな』

(優秀だからな)

『出た、自慢』


翌週になって、アレックスはヌシの「日常」を知ることになった。

ヌシは、週に二日ほど、パソコンに向かって誰かと話している。

(これは、仕事か?)

『まあな。ITコンサルってやつだ。昔いた会社のツテで、たまに相談に乗ってる。"このシステムはこう直せ""その投資はやめとけ"って助言するだけ。体は楽だし、報酬は悪くない』

(ふむ。座って喋るだけで報酬を得るのか。それと――この「アパート」とやらも、お前のものなのだろう)

『ああ。親父の遺産が三億ほどあってな。そのまま寝かせとくのはもったいないから、アパート買って人に貸して、家賃をもらってる。あとは株。配当ってのが、持ってるだけで金を生むんだ』

アレックスは、素直に感心した。

(……意外だな。健康のことになると、まるで子供のように勘で動くお前が、金のことになると、これほど理にかなっている)

『うるさいな。金は裏切らねえんだよ。体と違ってな』

(その理屈を、なぜ自分の体に適用せん)

『……ぐっ』

アレックスは思った。この男、決して無能ではない。むしろ、現代という戦場では、相当に賢く立ち回っている。ただ一点、自分自身の体だけが、ずっと後回しにされてきたのだ。


そして、アレックスがどうしても理解できないことが、ひとつあった。

ヌシは、立派な一軒家を持っている。にもかかわらず、そこには住んでいない。住んでいるのは、自分が大家をしているアパートの、一室だ。

(なあ、ヌシ。私はずっと疑問だったのだが。なぜお前は、自分の家に住まず、こんな離れのような部屋にいる)

『……嫁だよ』

(妻?)

『俺が家にいると、機嫌が悪くなるんだ。……これにはな、理由がいくつかある』

(聞こう)

『ひとつは、見た目だ。……結婚した時はな、俺もまだ髪もあったし、ここまで腹も出てなかった。それが、所帯持ってから、みるみるハゲて、太って。あいつに言わせりゃ「話が違う、詐欺だ」と。……まあ、言い分はわかる』

(なるほど。それは……まあ、言い返しにくいな)

『……で、もうひとつ。昔は俺も、それこそ朝から晩まで働いてた。だが資産がそこそこ貯まって、放っておいても月百万入るようになった頃、思ったんだ。「もう、こんなに必死に働かなくていいんじゃないか」って。それで、仕事をぐっと減らした』

(賢明な判断に聞こえるが)

『嫁は、そう思わなかったんだな。俺が一日中、家にいるようになったから。"うっとうしい""一日中ゴロゴロして""たまには外に出ろ"……まあ、毎日顔突き合わせてりゃ、そりゃ嫌にもなる。ある日、「あんたはアパートにでも住めば」って言われて。それもそうかと思って、出てきた』

(それもそうか、ではない!)

アレックスの声が、本気で跳ね上がった。

(聞けば聞くほど、解せん話だ。確かに、髪と腹は――まあ、結婚後に大きく変わったのは、相手にも言い分があろう。だが、働きづめだったお前が、ようやく手にした安寧だぞ。それを家から追い出す理由にするなど。よし、私が直接、物申してくる。今すぐその家へ向かうぞ。左手は私が動かす)

ヌシは、慌てて右手で自分の左腕を押さえつけた。

『やめろやめろやめろ! 行くな! 絶対行くな!』

(なぜ止める。お前は怒っていいのだぞ)

『お前は分かってない! あの人を怒らせたら、俺が逆に追い込まれるんだよ! 離れに住めてるのだって、ギリギリの平和なんだ! 波風立てたら、俺の居場所がマジでなくなるの!』

(……情けない男だな)

『情けなくて結構! 平和が一番なんだよ! ……いいか、絶対、何も言うな。頼むから』

アレックスは、深いため息をついた。前世であれば、剣の一振りで解決した話だ。だがこの体には剣もなく、あったとしてもヌシが守ろうとする「平和」の役にはたたなそうだった。

(……わかった。今は、何も言わん。だが覚えておけ。お前が髪を取り戻し、腹を引っ込め、結婚した頃の――いや、それ以上の男に戻ったそのときには。"詐欺"などという言葉は、二度と言わせん。その"平和"とやらも、その時こそ見直してやる)

『はいはい。その時が来たらな』

ヌシは軽く流したが、アレックスは存外、本気だった。この冴えない男の人生を、体だけでなく、丸ごと立て直してやろう。なぜか、そう思い始めていた。


こうして、二人の同居生活には、いくつかのルールができた。

基本的には、ヌシが体を使い、今までどおりの生活をする。別々のことをしたい場合は、右をヌシ、左をアレックスで分担する。健康に関わる重大な判断は、勘ではなく、知識と専門家に頼る。そして――アレックスの「我が国では」が始まったら、ヌシは黙って聞くしかない。

頭髪の立て直しは、こうして「正しいやり方で、最初から」仕切り直すことになった。

ヌシの五十年分の自己流は、王子の首席の知識の前に、あっさりと敗れ去ったのだった。

―― 第二話 完 ――

>次回:第三話:王子、糖尿病と戦う へつづく

🏰 この物語は、毎日(できるだけ毎日)更新しています。
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※この物語は、作者自身の体験をもとにしたフィクションです。作中に登場する薬や治療法は、効果や副作用に個人差があり、特に医薬品の個人輸入や用量の自己判断には健康上のリスクがあります。実際の使用は、必ず医師にご相談ください。

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