第一話:王子、転生しておじさんになる
【転生したら50代のチビでハゲでデブだった件】第一話:王子、転生しておじさんになる
私は、とある国の王子、アレクサンダー・オブロング・グレサリオ7世。
周りからは「アレックス」と呼ばれていた。
27歳。身長189cm、体脂肪率12%。黄金の髪をなびかせた美貌の噂は、隣国にまで広まっていた。足の長さは1m近く、剣を取れば王国守護騎士団の団長と互角。王立学院では薬学と医学を首席で修め、武道大会では優勝、余興で弾くピアノはプロ顔負けと評された。
晩餐会に出れば他国の姫君をメロメロにし、お忍びで街に出れば町娘をメロメロにした。

正直、モテた。モテすぎた。
事件の発端も、そこにあった。ある晩餐会で同席した魔導王国の王女から、熱烈なプロポーズを受けたのだ。
困った。好みではない。「今はまだ結婚する気はない」と丁重に断った。が、相手は引かなかった。翌日から届くラブレター。3通、4通……8通目に至っては、さすがに封も切らず無視をした。
それが、すべての始まりだった。
ある日、いつものようにお忍びで街を散策していると、路地裏で声をかけられた。
「アレックス王子、ですね」
魔導王国の魔法使いだった。痩せた男が、にやりと笑う。
「王女の依頼で参りました。あなたがこの世から消えたら、王女は次の恋にいけるそうです。──フラれた腹いせという不条理な話なのですが、こちらも仕事なので……この世から消えていただく!」
「身勝手な話だな」
戦いになった。
だが、相手は一筋縄ではいかなかった。さすがは魔導王国の魔法使い。空高く舞い上がると、両手に膨大な魔力を集め始めた。

私は剣を構えた。武道大会の覇者であり、守護騎士団長と互角と謳われたこの腕なら、空の的とて落とせる──そう、確信していた。
魔法使いが、笑った。
そして、ありったけの魔力を込めて、
「チビデ・ハゲデ・ブー!!!」
と呪文を唱えた。
極彩色の光が、世界を呑み込んだ。
* * *
──ぐっ……あ……。
体が、軽い。いや、軽すぎる。地面が、自分から遠ざかっていく。

(……これは、死ぬ……のか)
完璧だったはずの27年が、ラブレターを無視したという、ただそれだけの理由で──こんな、街角で、終わるのか。
(冗談、では……ないのか……)
意識が、暗転した。
*
*
*
*
*
「……ゴガッ……ンガーッ……」
獣の唸りのような音で、意識が浮上した。
(……なんだ、この音は)
アレックスは体を起こそうとして──起こせなかった。重い。とにかく体が重い。鉛でも詰め込まれたように、四肢が言うことを聞かない。やっとの思いで上体を起こすと、たったそれだけで「ぜえ、ぜえ」と喉が鳴った。
(馬鹿な……手脚が、こんなにも動かんとは。私の体は、どうなっている)
枕元の鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、189cmの長身でも、黄金の髪でもない。背が低く、頭頂部が淋しく、腹の突き出た、見知らぬ50代の男だった。
「……は?」
声が出た。だが、それはアレックスの声ではなかった。しゃがれた、中年の濁った声。
その瞬間──頭の奥で、何かがぞわりと蠢いた。
『──ッ!? んだよ今の……!』
別の声が、頭蓋の内側で爆ぜた。アレックスのものではない。だが、外から聞こえるのでもない。頭の中で、直接。
(……何者だ)
『こっちが聞いてんだよ! 誰だ手前ぇ! 頭ん中で勝手に喋ってんじゃねえ! ……つーか、おい、なんで俺の口が勝手に動いてんだ!?』
アレックスは混乱した。声の主は、この体の本来の持ち主──50代の日本人の男だった。そしてその男は今、自分の体を、得体の知れない何かに動かされているという事実に、恐怖していた。

(待て。落ち着け。私はアレックス。とある国の──)
『落ち着けるか! なんだお前、霊か!? 取り憑いたのか!? 出てけ! 俺の体から出てけよ!!』
(出ていきたいのは私のほうだ! なぜ私が、こんな……こんな不格好な肉の塊に閉じ込められねばならん!)
『肉の塊だと!? それ俺の体だぞ、ぶっ殺すぞ!!』
(殺す? 同じ体に入っている私を殺せば、お前も死ぬぞ、愚か者が!)
『…………』
罵り合いが、ぴたりと止まった。
二人とも、たった今、自分の口から出た言葉の意味に気づいてしまったのだ。同じ体に乗っている。片方が死ねば、もう片方も道連れになる。
長い沈黙のあと、男のほうが、低く唸った。
『……マジで、なんなんだよ、これは。夢か? 俺はまだ寝てんのか?』
(夢ではない。残念ながら、私にとっても悪夢だがな。……順を追って話す。私の名は、アレクサンダー・オブロング・グレサリオ7世。周りからは"アレックス"と呼ばれていた。王立学院を薬学と医学で首席で出て、武道大会を制した、とある国の王子だ。魔法使いに妙な呪文をかけられ、気づけば──お前の体の中にいた)
『アレクサンダー……? 王子ぃ? 魔法ぅ? ……はあ。頭おかしくなったのは俺のほうかもしれん』
(信じる信じないは好きにしろ。だが現に、私はこうしてお前と喋り、さっきはお前の体を勝手に動かした。これは事実だ)
男は、しばらく黙った。それから、観念したように息を吐いた。
『……仮に、仮にだぞ。お前の話が本当だとして。だったらなおさら出てけよ。俺は俺で、もう静かに暮らしてんだ。金もある。親の遺産で3億。アパートの家賃収入に、たまに来るコンサルの業務委託、それと株の配当。ぜんぶ合わせりゃ、月に100万は入ってくる。働きづめにならなくても、誰にも文句を言われず、ゆっくり腹を出して暮らす──それでいいんだよ』
(まったく、欲のない男だな。私がお前の歳まで生きられたなら、もっと──)
『もっと、何だよ』
(……前世の私は、晩餐会に出れば他国の姫君を虜にし、街を歩けば町娘が振り返った。望めば、いくらでも美姫が侍った。人生とは、本来そういうものだ)
『はあ!? 出たよ自慢。あのなあ、モテたモテた言ってるそこの若造。俺の何がわかるんだよ。こちとら生まれてこのかた五十年、チビでブサイクで通してきたんだ。今さら姫君もクソもあるか!』
(若造ではない。27歳だ。──まあいい。話を戻す。お前、誰にも文句を言われず、と言ったな。だが、家に帰れていないだろう)
『……っ』
(記憶が流れ込んできた。お前、立派な一軒家を持ちながら、そこには住んでいない。妻に──鬼嫁とやらに疎まれ、自分の持ちアパートの一室に追いやられている。家賃を生む物件の片隅で、いびきをかいて寝ているのが、お前の"ゆっくり"の正体か)
『うるせえ! 余計なお世話だ! 金があって、飯が食えて、寝る場所がありゃ十分だろうが!』
(……ふん)
そこで、アレックスは言葉を止めた。違和感に気づいたのだ。さっきから、この体が、おかしい。
(……お前、喉が渇いていないか)
『あ? ……まあ、最近よく渇くな。それがどうした』
(やたらと水を飲み、夜中に厠で目が覚めるだろう。さっき記憶を覗いた。お前、医者にはっきり言われているな。「糖尿病です」と)
『……ヘモグロビンエーワンシー、7.5、だったか。ジャヌビアっていう薬は、飲んでるよ』
(ジャヌビア、とやらが何かは知らん。だが私は薬学と医学を修めた身だ。その数値の意味はわかる。7.5──薬を飲んでなお、よくはなっていない値だ。医者に「このままなら薬を増やす」と言われたはずだ)
男の意識が、ぐっと詰まった。図星だった。
(私の国にも、同じ症状で身を持ち崩した貴族がいた。"飲水病"と呼ばれていた。喉が渇き、水を飲んでも飲んでも渇く。放っておけば、やがて目を悪くし、足を悪くし、命を縮める。──お前は、もうその病の中にいる。ただ、引き返せる場所には、まだ立っている)
『…………』
(それから、この肌だ。腕や脛に、赤く盛り上がった発疹がある。皮が、白く粉を吹いて剥がれている。痒くて、つい掻いてしまうのだろう)
『……乾癬、っつーやつだ。医者に、体質とストレスだって言われた。薬塗って、まあ、だましだましやってる』
(だましだまし、な。だが、これも体の内側が荒れているしるしだ。暴飲暴食、運動不足、酒──心当たりは、いくらでもあるだろう)
『……うるせえな』
(なあ。お前、なぜこうなった。記憶を見るに、もとは怠け者ではないな。きちんと学を修め、会社勤めもしていた)
『……IT系の、コンサルだよ。これでも、それなりにデキる男だったんだ』
(だろうな。だが、働きすぎたな。深夜の飯、不規則な睡眠、運動する暇もない日々。気づけば腹が出て、数値が狂い、嫁に疎まれ……そうして、何もかも諦めた)
『……っ、わかったような口を』
(わかるさ。体を見ればわかる。これは、怠けた者の体じゃない。戦いすぎて、倒れた者の体だ)
男は、何も言い返せなかった。
(いいか、よく聞け。これは脅しではない。今すぐどうこう、という話ではない。だが、このまま不摂生を続ければ──五年後か、十年後か、お前の体は、確実に病に呑まれる。目を失い、足を失い、命を削る。私は前世で、そういう末路を、嫌というほど見てきた)
『…………』
(そして、ここが肝心だ)
アレックスの声が、初めて、わずかに揺れた。
(お前が死ねば──私も死ぬ。今度こそ、完全に消える。……それに、な。この体と一心同体になって、わかった。健康だったころの私の体とは、何もかもが違う。肩と首は鈍く痛み、足は重く浮腫み、皮膚は絶えず痒い。そして、この全身にのしかかる重さ。──こんな体で、いつ倒れてもおかしくないのではないか? そう思うと、恐ろしくてたまらん)
(私は前世で、理不尽に殺された。剣の腕も、美貌も、学問も、何の役にも立たず、ただ呪文ひとつで命を奪われた。死ぬのは、二度とごめんだ。私はまだ、死にたくない)
男は、何も言えなかった。頭の中に響くその声には、王子の傲慢さの裏に隠れていた、剥き出しの恐怖があった。こいつは、本気で、生きたがっている。自分の体を使って。
『……はあ』
長い、長いため息が漏れた。
『……あのなあ。俺はもう、五十路だぞ。今さら痩せろ、運動しろ、生活変えろって、できると思うか? 三日で挫折するのが目に見えてんだよ。今まで何回失敗してきたと思ってる』
(一人でやってきたからだろう)
『あ?』
(今度は、私がいる。お前が怠ければ、私が動かす。お前が甘いものに手を伸ばせば、私が止める。お前が逃げれば──こうする)
ズキン、と、こめかみに鈍い痛みが走った。
『いってえ! ……っつーか、それ脅迫だろ!』

(協力、と呼べ。……なあ、悪い話ではないはずだ。お前は、死なずに済む。私は、消えずに済む。利害は一致している。気は合わんがな)
男は、しばらく天井を睨んでいた。1人で暮らす離れのアパートの天井を。
頭の中の自称・王子は、確かに気に食わない。傲慢で、自分勝手で、人の体を勝手に動かす。だが──「戦いすぎて倒れた者の体だ」という言葉だけは、なぜか、胸の奥に刺さった。誰にも言われたことのない言葉だった。ずっと、ただの自己管理のできないデブだと、自分でも思っていたから。
(……そういえば、聞いていなかったな。お前、名は何という)
『蕪木としぞう。かぶらぎ としぞう、だ』
(としぞう、か。……いや、ヌシと呼ばせてもらおう。この体の、主(ぬし)はヌシだからな。私は、間借りの身だ)
『……なんだそれ。けど、まあ、悪くねえな』
ヌシは、ゆっくりと、自分の腹を撫でた。突き出た、重たい腹を。
『……一個だけ言っとくぞ、アレックス。俺はな、お前のために痩せるんじゃねえ。お前が"死にたくない"って言うから、しょうがなく付き合ってやるだけだ。……それと、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、足を切られんのは、嫌だからな』
(……十分だ)
こうして、絶世のイケメン王子アレックスと、何ひとつ心から納得してはいない、チビでハゲでデブの50代・ヌシとの、奇妙な呉越同舟が始まった。
これが、俺たちの──私たちの、二度目の人生の、第一歩だった。
―― 第一話 完 ――
次回・第二話。王子、ヌシの「育毛法」を見て激怒する。
「お前は今まで、高価な薬を頭にかけて捨てていただけだ!!」
🏰 この物語は、毎日(できるだけ毎日)更新しています。
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