見出し画像

第三話:王子、糖尿病と戦う 

転生したら50代のチビでハゲでデブだった件 第三話 王子、糖と戦う

【あらすじ】
私は、某国の絶世のイケメン王子アレックス(27)。とある逆恨みから「チビデ・ハゲデ・ブー!」という呪いをかけられ、目を覚ますと――チビでハゲでデブな50代のおっさん「ヌシ」(蕪木としぞう)の身体に転生していた。資産はあるが、糖尿病に乾癬、鬼嫁付き。いまは一つの体に、王子とおっさんの二つの意識が同居中。前世の知識とAI執事を武器に、このポンコツな身体と人生を、私が立て直す。
(>フォローすると、50代の体を王子と一緒に立て直せますw
 物語の第一話はこちら

これまで:ハゲの治療を、正しいやり方で仕切り直すことになった二人。 今回:だが王子が髪以上に恐れていたのは、ヌシの血に潜む“静かな殺し屋”だった。

※( )は王子アレックスの声、『 』はおっさんヌシの声です。

*  *  *

頭髪の一件が、ひとまず「医者に行って仕切り直す」と決まった翌朝のことだった。

アレックスの声は、いつになく低かった。

(ヌシ。髪の話は、進め始めた。あれはあれで、大事だ。……だが、私が本当に恐れているのは、髪ではない)

『なんだよ、改まって』

(お前の、血だ)

ヌシは、まだ事の重さをわかっていなかった。寝起きの右手で、いつものように甘い缶コーヒーのプルタブを開けようとしている。

(その手を止めろ)

『うおっ、頭痛!』

アレックスが「やめろ」と強く念じると、こうして俺の頭にズキリと痛みが走る。同じ体に同居して以来の、この王子の“拒否権”だ。逆らうと、地味に痛い。

『……なんだよ、コーヒーくらい』

(聞かせろ。お前のその病――糖尿病とやら。いつからだ。最初は、どうだったのだ)

ヌシは、面倒くさそうに、しかし観念して話し始めた。

『……もう、十年くらい前かな。四十代の前半だ。なんか体がだるくて、やたら喉が渇いて、しょっちゅう小便に行く。おかしいなと思って病院で血を採ったら……医者の顔色が変わってな』

(数値は)
『ヘモグロビンエーワンシーが、13.5だったかな。医者に「すぐ入院してください」って言われた。あの時はさすがにビビったよ』

(即入院だと!?)

アレックスが、息を呑むのがわかった。数値の意味はまだ飲み込めずとも、「ただちに入院」という言葉の重さだけは、王子にも痛いほど伝わったらしい。

『で、まあ、入院はしたくなかったから、薬だけ飲むことにした。ジャヌビアってやつ。そしたら、するすると数値が下がって、7%台に戻った。「ああ、薬飲んどけば大丈夫なんだ」って、それで安心しちゃってな』

(それから、どうした)

『どうもしてない。十年、そのまんま。薬は飲んでる。数値も、まあ7%台で落ち着いてる。今のところ、別に困ってることもないし。目も見えるし、飯もうまい。だから――』

(だから、放っておいた、と)

『……まあ、そういうことだ』

白状すれば、サボってきたどころの話ではなかった。毎年届く「要再検査」の封筒は、開けるのが怖くて、見なかったことにして引き出しの奥へ突っ込んできた。薬さえ飲んでいれば大丈夫だと、その薬を言い訳に、締めのラーメンも、寝る前のアイスも、「まあ、いいだろう」で済ませてきた。たまに数値が少し下がれば、「俺、意外と大丈夫な体質なのかも」と都合よく解釈して、祝杯のビールを開ける始末だった。

(……今、全部、聞こえていたぞ)

『え』

(言い忘れていたが、お前が頭の中で考えたことは、私には筒抜けだ。同じ体に住んでいるのだからな。――再検査の封筒を、十年、開けずに捨ててきただと? 薬を言い訳に、夜食のアイス?)

『う、うるせえな! 心の中まで覗くなよ!』

頭の中が、しん、と静まり返った。

嵐の前の、静けさだった。

(――この、大馬鹿者がァァァ!!)

『うおおおっ!? なんだ急に、頭ん中で叫ぶな!』

(十年だと!? 十年、その数値を、放置しただと!? 「困っていない」だと!?)

『だ、だって、本当に困ってなかったんだよ!』

(……いや。待て。私が怒鳴るより先に、確かめるべきことがある)

アレックスは、ふっと声を落とした。

(喉の渇き、多尿、だるさ。それを十年、薬だけで蓋をして放置した――この話、私はどうにも嫌な予感がする。前世の記憶に、引っかかるものがあるのだ)

『予感?』

(飲水病、と私の国で呼ばれていた病に、症状がよく似ている。それを軽く見た者が、後でひどい目に遭うのを、私は見ている。……だが、私の知っているのは、あくまで前世の、古い知識だ。この国の医学では、実際どうなのか――執事に、確かめる)

アレックスは、左手でスマホを操り、すっかり使い慣れたAIに問いかけた。第二話で「執事」と見込んで以来、彼が現代の正確な情報を確かめるときの、相棒だ。

(執事よ。糖尿病という病を、放置するとどうなる。包み隠さず教えてくれ)

返ってきた回答を、アレックスは食い入るように読んだ。前世で薬学を修めた素養が、その情報の意味を、的確に噛み砕いていく。そして――読み終えたアレックスの声は、低く、震えていた。

(……ヌシ。これは、私の勘ではない。今、調べて確かめた、事実だ。よく聞け。お前が今、痛くも痒くもないのは、治っているからではない。お前の体が、悲鳴を上げる機能ごと、静かに壊されているからだ)

(糖尿病というのはな、血の中に、糖が多すぎる状態が続く病だ。そして、その余った糖は――お前の全身の血管を、内側から、少しずつ、確実に傷つけていく)

(まず、細い血管から壊れる。目の奥の血管がやられれば、ある日突然、見えなくなる。糖尿病は、後天的な失明の、最大級の原因のひとつだそうだ。腎臓の血管がやられれば、腎臓が働かなくなる。そうなれば、週に三度、何時間も機械に血を通して洗う――人工透析だ。一生だぞ)

『……っ』

(足の血管と神経がやられれば、傷に気づけなくなる。小さな傷が腐り、壊死する。最悪の場合、切る。足を、だ。……これは、私が前世で見た光景と、寸分違わん。飲水病の貴族が、足の指から黒く腐っていった。あれは、惨かった)

ヌシの顔から、血の気が引いていく。

『……ああ、そうだ。確かに、昔そう言われた気もする。足の壊死だとか、透析だとか。……でも、毎日普通に生活できてるもんだから、いつのまにか、記憶の隅に押しやって、忘れたことにしてたんだ』

(都合の悪い真実を、見なかったことにしていた、というわけだな)

『……返す言葉もない』

(しかも、だ。この国で、お前と同じ病、あるいはその予備軍が、どれほどいると思う。……何百万、何千万という単位だぞ。国民病だ。なのに、お前のように「困っていないから」と放置する者が、あまりに多い。痛みが出た時には、もう手遅れなのにだ)

(いいか、よく聞け。お前のその「7%台で落ち着いている」も、私に言わせれば、まったく安心できる数字ではない。十年、ぎりぎり崖っぷちを歩き続けて、ただ数値が、それ以上、上がっていないだけだ)

(病院へ行くぞ。今すぐだ)

『今すぐって、お前……今日は何も予定が』

(予定など知るか。髪は「いずれ」でいい。だが、これは違う。一日でも早いほうがいい)

『いや待て、心の準備が』

その瞬間、ヌシの左足が、本人の意思とは無関係に、ずいっと玄関のほうへ踏み出した。

『うおっ!? 足! 俺の左足が勝手に!』

(私が動かしている。歩け。靴を履け。お前が右足で踏ん張るなら、私は左足で引きずってでも連れて行く)

『わかった! わかったから引きずるな! 近所の手前、恥ずかしいだろうが! 自分で歩く! 歩くから!』

こうして、転生してから初めて、二人は連れ立って(物理的には一人で)、街の糖尿病専門のクリニックへと向かったのだった。

診察室。

白衣の医師は、ヌシの十年来の経過と、最近の検査結果に目を通していた。穏やかそうな、ベテランの医師だった。

「蕪木さん。正直に言いますとね、よくこの数値で、大きな合併症を出さずにここまで来られたな、というのが感想です。運が良かった部分もあります。ですが――」

『ですが、なんでしょうか、先生』

説明を聞きながら、ヌシは妙な状態に陥っていた。右目はまっすぐ医師を見て、相槌を打っている。だが左目は、手元のスマホに落ちていて、左手が、医師の言葉を凄まじい速さでメモしているのだ。アレックスが、一言も聞き漏らすまいと記録している。

傍から見れば、医者の話を聞きながら、片目だけスマホをいじる、ひどく失礼な患者である。

「……蕪木さん、あの、スマホ、見ながらで大丈夫ですか?」

『あっ、すみません! メモです、メモ! 大事なお話なので!』

(構わず続けたまえ、医師殿。私はすべて記録している)

と、神妙に答えたヌシの口が、次の瞬間、勝手に開いた。

「――時に、医師殿。貴殿の見立てでは、この者の血管は、すでにどの程度、損なわれていると見る。眼底は。腎機能は。教えていただきたい」

医師が、ぴたりと顔を上げた。

「……えっと、蕪木さん。急に、その、口調が」

『あっ、いや、すみません先生! これは、その、独り言というか!』

「は、はあ……。まあ、自分の体のことに一生懸命な患者さんは、嫌いじゃないですが……」

医師は戸惑いながらも、丁寧に説明を始めてくれた。ヌシは、頭の中のアレックスと、目の前の医師との通訳に追われ、冷や汗をかいていた。

「今、糖尿病のお薬は、ずいぶん種類が増えて、考え方も変わってきているんですよ」

医師は、図を描きながら説明してくれた。

「昔は、とにかく血糖を下げる、という薬が主流でした。でも今は、『体のどの仕組みに働きかけるか』で、いくつかのタイプに分かれています」

(ほう。聞かせてもらおう)

「まず、蕪木さんが今飲んでいるDPP-4阻害薬――ジャヌビアですね。これは、血糖が上がった時にだけインスリンを出させる、穏やかなお薬。悪くはないですが、これ一本で十年というのは、少し心もとない」

「次に、最近とても注目されているのが、GLP-1受容体作動薬というタイプ。これは、食べた時にインスリンの分泌を助け、胃の動きをゆっくりにして、食欲そのものも抑えてくれる。血糖だけでなく、体重を減らす効果も期待できるんです。飲み薬なら、毎朝、空腹時に飲むリベルサスというものがあります。あるいは、週に一回、自分で注射するタイプもありますよ」

『え、注射……自分で? 毎朝空腹時に飲むのと、どっちがいいんですかね』

「それは、生活スタイル次第ですね。毎朝きちんと空腹時に飲めるなら飲み薬、それが面倒なら週一回の注射、と。ご自身の続けやすいほうで構いません」

「それから、SGLT2阻害薬。これはジャディアンスなどですが、余分な糖を、尿と一緒に体の外に出してしまうという、面白い仕組みのお薬です。これも体重が落ちやすい。ただ、人によっては、その……陰部に雑菌が繁殖しやすくなることもあるので、清潔にしていただく必要があります」

(ふむ。尿から糖を捨てる、か。理にかなっているが、副作用もまた、理にかなっているな)

「あとは、昔からある基本のお薬で、メトホルミン――メトグルコですね。これは、肝臓が必要以上に糖を血液に放り出すのを抑えてくれる。歴史も長くて、安価で、信頼できる土台のようなお薬です」

医師は、ヌシのデータをもう一度見て、こう言った。

「蕪木さんの場合、まずは基本のメトグルコでしっかり土台を作りつつ、食欲と血糖の両方に効くリベルサスを組み合わせる、というのが、今のあなたには一番バランスが良いと思います。体重も少し落としたいですしね」

(……なるほど。土台で肝臓を抑え、もう一方で食と血糖を整える。攻めと守りが噛み合っている。医師殿、その処方、私は理にかなっていると見る)

『(小声で)おい、お前が納得してどうすんだ……』

だが、ヌシ自身も、不思議と納得していた。十年間、なんとなく一種類の薬を飲み続けていた自分と違って、今度は「なぜこの組み合わせなのか」が、はっきりとわかったからだ。

こうして、薬は「リベルサスとメトグルコの併用」で、決まった。

そして、医師は最後に、一番大事なことを付け加えた。

「それでね、蕪木さん。これだけは、よく覚えておいてください。――お薬は、あくまで補助です。本当に大切なのは、毎日の食事と、過ごし方なんですよ」

『……食事、ですか』

「ええ。食べた後に、血糖値が急激に跳ね上がることを、『血糖値スパイク』と言います。これが毎食ごとに起こると、そのたびに血管が傷んでいく。これを防ぐのに、一番効くのは、実は薬よりも食べ方なんです。野菜から先に食べる。よく噛んで、ゆっくり食べる。食べてすぐ座り込まず、少し歩く。そういう積み重ねが、お薬と同じか、それ以上に効くんですよ」

(……聞いたか、ヌシ。医師殿も、そう言っている。私が言ってきたことと、寸分違わん)

『……二人がかりで言われると、さすがに堪えるな』

「それで、目標ですが」と、医師は続けた。「今の蕪木さんは、7%台の半ばあたり。正直、まだ安心できる数字ではありません。理想を言えば――まずは7%を切る。できれば6%台の前半くらいまで下げられると、合併症のリスクはぐっと減って、安全圏に近づきます。そこを目標にしていきましょう」

(6%台の前半……。よし、ヌシ。それが我々の、当面の目標だ)

『我々って言うな。俺の数値だ』

帰り道。ヌシの足取りは、来た時より少しだけ軽かった。薬が変わり、長年の不安に、ようやく向き合えた気がしていた。

だが、アレックスは、まだ終わらせなかった。

(ヌシ。さっき医師殿が言っていた、あの「血糖値スパイク」の話だ。よく考えてみろ。一日に三度の食事のたびに、お前の血管は、その「跳ね上がり」の衝撃を受け続けているのだぞ)

『まあ、医者もそう言ってたな』

(つまりだ。薬で底上げをしても、結局、毎日の食い方、過ごし方を変えなければ、血管は傷つき続ける。本丸は、薬ではない。日々の、食事と、暮らしそのものだ)

『……出た。お前のそれ、髪の時も言ってたよな。結局、食事と生活だって』

(何度でも言う。それが真実だからだ。しかも今日は、医師殿という、心強い味方までついた。――そこで、決めた。今日から、お前が一日にとってよい糖質の量を、私が管理する)

『は?』

(朝、昼、晩。それぞれ、これだけ。菓子と甘い飲み物は、当面、断つ。米や麺も、量を決める。野菜から先に食べ、よく噛み、ゆっくり食え。そして食後は、必ず歩け。食後の運動は、血糖の跳ね上がりを抑えるのに、何より効く)

『えええっ!? そんなしか食えないの!? 俺の楽しみが! 甘いものもダメ!? ラーメンも!?』

(ダメだ)

『無理だって! 五十年そうやって生きてきたんだぞ!? 今さらそんな修行みたいな食生活――』

ズキン。

『いっ……てえ! また頭痛か!』

(慣れの問題だ。最初の二週間さえ越えれば、体は必ず慣れる。前世の騎士団の新兵も、皆そう言って、皆、乗り越えた。お前にできないはずがない)

『鬼か、お前は……』

(鬼ではない。お前を、足の腐らぬ体に、透析にならぬ体に、戻してやろうとしているのだ。――いいか、ヌシ。十年放置したお前が、今日、病院へ行き、薬を見直し、食事を変える決心をした。それだけでも、大きな一歩だ。胸を張れ)

『……お前、たまにいいこと言うよな。さっき足を引きずろうとしたくせに』

(厳しく叱るのも、こうして認めてやるのも、両方とも、お前を立て直すためだ。どちらか一方では、人は動かん。これが帝王学というものだ)

『……帝王学で叱られる五十代、日本に俺くらいだろうな。……まあ、否定はしねえけどさ』

ヌシは、思わず笑ってしまった。十年間、見て見ぬふりをしてきた病。それに、こんなにも本気で怒り、本気で向き合ってくれる存在は、後にも先にも、この頭の中の傲慢な王子だけだった。

その夜から、ヌシの食卓は一変した。

だが、アレックスの目は、もう次の戦場を見据えていた。ヌシの腕や脛で、赤く盛り上がり、白く粉を吹いて剥がれ落ちる――あの、長年「体質だから」と放置されてきた肌の異変に。

(……ヌシ。一つ、聞いていいか。お前のその、腕の赤いやつ。脛の、白く粉を吹いたやつ。あれは、何だ)

『ん? ああ、乾癬な。もう二十年の付き合いだ。薬塗って、だましだましやってる。気にすんな』

(……二十年。だましだまし。お前、さっきの糖の話で、何を学んだ)

『……えっ』

(「だましだまし」「気にすんな」――その油断が、十年の放置を生んだのだろうが。同じ轍を踏む気か)

『あ。……あー……』

(次は、その肌だ。覚悟しておけ。……言っておくが、これも、根は同じだぞ。お前の体の、内側で燃えている火の話だ)

『内側の、火……? おいおい、ただの皮膚の話じゃないのかよ』

―― 第三話 完 ――

>第四話 王子、肌に潜む炎と対峙する へつづく

🏰 この物語は、毎日(できるだけ毎日)更新しています。
「王子とおっさんの、次の戦いも見届けたい」という方は、
コメントやフォローで応援していただけると励みになります!
50代の健康にむけた実験はまだまだ続きます。
次回もお付き合いください!

次回・第四話「王子、肌に潜む炎と対峙する」。二十年「体質」で片づけてきた乾癬。だがその裏には、体の内側の"炎症"という、デブにも糖尿病にも繋がる、もっと大きな話が隠れていた――。

※この物語は、作者自身の体験をもとにしたフィクションです。糖尿病の症状や治療法、薬の効果・副作用には大きな個人差があります。作中の薬や食事の内容は一例であり、診断・処方・食事療法は、必ず医師や専門家にご相談のうえ、ご自身に合った方法を見つけてください。

いいなと思ったら応援しよう!

ちびではげでぶー よろしければ応援お願いいたします!頂いたチップでさらなるダイエットへのトライやガジェットを購入して体験を記事にしていきたいと思います!

この記事が参加している募集