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「学校に行きたくない」と言う小1の子。特性?甘え?それとも別の何か?【小1の壁】


「お腹いたい」

「今日、行きたくない」

「学校、つまんない」


きっと、
心当たりのある親御さんは
多いと思います。

これが、
小1の行き渋りの始まりです。

特性のせい?

甘えてるだけ?

それとも、別の何か?

親の頭の中では、
3つの可能性が
ぐるぐる回ります。

今日は、
その3つの可能性と、
私が現場で見てきたことを、
書いてみます。


教員時代、私もこれを「慣れの問題」だと思っていた

5月、6月になっても
行き渋りが続く子に対して、
当時の私は

「学校に慣れていないだけ」
「もう少しすれば落ち着くはず」

そう保護者に
伝えていました。

実際、慣れて
落ち着いていく子も
たくさんいます。

でも、
落ち着かない子もいる。

その「落ち着かない子」の中には、
今振り返れば、
別の理由を抱えていた子が
何人もいました。

特性、家庭環境、体調、
時にはいじめのサイン。

「慣れの問題」で
片付けていた自分を、
今は反省しています。


「甘えだ」と片付けることの危うさ

行き渋りに対して、
よく投げられる言葉があります。

「甘えてるだけだよ」
「みんなだって嫌だけど行ってる」
「ちゃんと行きなさい」

身内から、
近所の年配の方から、
時には先生からも
言われることがあります。

「甘え」という言葉は、
言う側にとって
便利な言葉です。

子どもに頑張らせるだけで
解決する、と
思えるから。

でも、
「甘えだ」と決めつけた瞬間、
他の可能性を見る目が
閉じてしまいます。

体調かもしれない。

特性かもしれない。

学校で何か起きているかもしれない。

そのどれも、
気づかれないまま
進んでいくことになります。

行き渋りに対して、
私たちが最初にすべきことは、
ラベルを貼ることではなく、
よく見ることです。


可能性のひとつ:特性

発達特性のある子は、
小1の環境で
強い負荷を感じやすい
側面があります。

幼稚園や保育園は、
比較的自由度が高く、
個別の配慮もしやすい場でした。

それが小学校になると、
時間割で動き、
集団で行動し、
椅子に座り続ける、という
構造化された環境になります。

ここに乗りにくい子は、
たしかにいます。

ASDの子の中には、
変化への適応に
時間がかかる子がいます。

ADHDの子の中には、
じっと座っていること自体が
身体的につらい子がいます。

感覚過敏のある子の中には、
教室のざわめきや照明が
苦しいと感じる子がいます。

ここで大事なのは、
「行き渋り=特性」と
即断しないことです。

特性は、
あくまで可能性のひとつ。

他の可能性も、
同時に検討する必要があります。


可能性のひとつ:体調や生活リズム

意外と見落とされがちなのが、
体調と生活リズムです。

入学直後は、
登下校の距離、
時間割の変化、
給食の時間、
全部が新しい負荷です。

身体は、
大人が思う以上に
疲れています。

睡眠時間が足りていない子も多い。

朝食が入らない子も多い。

便秘や慢性的な腹痛を
抱えている子もいる。

小1の体は、
まだ「学校生活仕様」に
慣れていません。

行き渋りの背景に、
単純な睡眠不足や、
起立性調節障害、
ストレス由来の腹痛がある、
ということもあります。

これらは、
医療側で対応できる場合があります。

「気合いで乗り切れ」では
解決しません。


可能性のひとつ:HSCや不安の高さ

近年、
HSC(Highly Sensitive Child)という
言葉も広まってきました。

これは医学的な診断名ではなく、
気質の特徴のひとつとして
語られている概念です。

刺激に敏感で、
他者の感情を強く感じ取り、
新しい環境への適応に
時間がかかる気質。

そういう気質の子にとって、
小1の教室は
かなり過酷な場所です。

また、
分離不安や社交不安など、
不安が強く出やすい子もいます。

これらは、
発達特性とは別軸で
存在しうるものです。

「うちの子は発達は問題ない」と
言われていても、
このタイプの気質や不安傾向で
行き渋ることがあります。


可能性のひとつ:学校で起きていること

そして、
案外見落とされるのが、
学校側の事情です。

担任との相性。

クラスメイトとの関係。

給食を残せないルール。

休み時間の過ごし方。

トイレに行きにくい雰囲気。

子ども自身が
うまく言語化できないだけで、
具体的な「行きにくい理由」が
あることがあります。

教員時代、
家庭で「特性が…」と
言われ続けていた子が、
担任が替わっただけで
別人のように
登校できるようになった、
というケースも見ました。

子どもの側だけに
理由を求めるのは、
危ういのです。


私が伝えたいのは、ここです

ここで、
強調しておきたいことがあります。

行き渋りの「原因」は、
ひとつではないことが
ほとんどです。

特性 × 体調 × 気質 × 学校側の事情。

いくつかの要因が
重なって、
朝の「行きたくない」が
出てきます。

そして、
親がまずやるべきは、
原因を特定して
名前をつけることではなく、
よく観察することです。

どんなときに重くなる?

どの曜日が特につらそう?

身体症状はあるか?

帰ってきたあとの様子は?

夜眠れているか?

このあたりを
2週間ほどメモしていくと、
ぼんやりとしたパターンが
見えてきます。

そのパターンを持って、
学校、医療、
必要なら教育相談や
スクールカウンセラーと
つながっていく。

これが、
現場で繰り返してきた
向き合い方です。


父として、今思うこと

息子の小1の頃、
最初は私も
「慣れの問題かな」と
思っていました。

教員経験のある私ですら、
自分の子のことになると、
すぐに名前をつけたく
なります。

特性のせい?

甘えてるだけ?

それとも何か?

頭の中でラベルが
ぐるぐる回りました。

でも、最終的に
役に立ったのは、
ラベルではありませんでした。

毎朝の様子をメモすること。

担任の先生と話すこと。

息子の話を、
最後まで聞くこと。

その地味な作業の積み重ねが、
息子に合うペースを
少しずつ見つけさせてくれました。


「すぐに名前をつけない」という選択

「学校に行きたくない」
という言葉に、
親はどうしても
名前をつけたくなります。

特性、と言われれば
納得しやすい。

甘え、と言われれば
腹は立つけれど
分かりやすい。

でも、
本当の理由は、
ひとつではないし、
すぐに分かるものでも
ありません。

すぐに名前をつけないこと。

それは、
親としての怠慢ではなく、
むしろ、
丁寧に向き合うための
スタンスです。

朝、「行きたくない」と
食卓でつぶやく子に、
今ならこう言ってあげられます。

「そっか、つらいんだね」

「何があったか、少しずつでいいよ」

「一緒に考えていこう」

決めつけずに、
急がずに、
よく見て、よく聞く。

それだけで、
朝の食卓の空気は、
少しずつ変わっていきます。


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