【ハッピーライティングマラソン#60】都合の良い直感
朝、傘を持つか迷う父。「なんとなく降る気がする」という直感で傘を持って出かけたら、案の定タ方に雨。「ほら見ろ、俺の勘は当たる」と自慢げに帰宅した父に、娘が静かに一言。「先週、宝くじも“当たる気がする”って買ってたよね」。的中と大外れ、二つの直感を並べられた父の反応が見どころの4コマ。

「都合のいい直感」
朝、玄関で慎一はしばらく空を睨んでいた。
天気予報は見ていない。ただなんとなく、灰色の匂いがする気がした。
「うーん……なんとなく、今日は降る気がするな」
そう呟いて、傘立てから一本を抜き取る。誰に言うでもない独り言だったが、口に出すと妙に確信めいて聞こえた。慎一は自分の勘というものを、若い頃からわりと信じている。理由はない。ただ、当たった時のことだけをよく覚えているのだ。
その日の空は、見事に彼を裏切らなかった。夕方、会社を出る頃には土砂降りになっていて、慎一は誰よりも堂々と傘を広げて歩いた。まるで自分だけが未来を知っていたかのような足取りだった。
「ほら見ろ陽菜!お父さんの勘、当たったぞ!」
玄関を開けるなり、濡れたスーツのまま胸を張る。娘の陽菜はソファでスマホを見たまま、顔も上げずに「オレってエスパー?」と小さく呟いた父を一瞥した。
そして、ひと呼吸置いてから言った。
「そういえば先週、“当たる気がする”って言ってた宝くじは?」
部屋の空気が、すっと冷えた。
慎一の脳裏に、テーブルの隅に追いやられた一枚の券が浮かぶ。「外れ」の二文字が、今さらのように鮮明に思い出された。あの時も同じくらい自信があったはずなのに、なぜかその記憶だけは都合よく薄れていた。
「……当たった日だけ記憶に残る仕組み、なんとかならないか」
うなだれる父の前で、陽菜は静かにお茶をすすりながら、ひとこと。
「直感、都合よすぎ」
それ以上、何も言わなかった。言う必要もなかった。
人は誰しも、当たった直感だけを大事に胸にしまい、外れた直感はそっと引き出しの奥にしまい込む。慎一もまた、そうやって「勘のいい男」を演じ続けているだけなのかもしれない。
けれど、次に彼が「なんとなく」と言った時、娘は今度もきっと、同じ顔でこう返すのだろう。
「はいはい、エスパーさん」

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