伝説のアニメ『U-GAIM』はMSX2ゲームPVだった?昭和同人誌特集
ともかくこの2分のショートアニメを見て下さい。当時の超人気アニメ『重戦機エルガイム』と『魔法の天使クリィミーマミ』が夢の合体を果たした『Pony Metal U-GAIM』のプロモーション映像です。メカ美少女が激しい銃撃戦で暴れまくり、何故かその正体はメイドロボ。クライマックスでバスターランチャーをぶっ放す場面は必見です。
『Pony Metal U-GAIM』は元々同人誌から派生したキャラクターでした。1985年から88年にかけて、ファングッツ、コミック、ガレージキットなどが多数発売され、その集大成として3分間のアニメPVが作成されたのです。












このPVは長らくテレビ番組やOVAの宣伝用ではないかと思われていたのですが、実はMSX2用ゲームのプロモーションだったことが判明したんですよ!



今回はMSX業界でも殆ど話題に上らなかった、この作品が辿った経緯を紐解いていきたいと思います。同時に80年代同人誌の圧倒的熱量も特集しますよ!
★ゲーム雑誌の広告や僕の所持品以外、明記のない資料はヤフオクやアマゾン、海外のまとめサイトなどからの転載となります。ご了解下さい🙇
★今回は参考資料が少なく、間違った記述があるかもしれません。その点ご了解下さい🙇
❶アニパロが生んだメカ美少女


アニメとマンガの深い関係は語るまでもありませんが、その融合した一つの形がアニパロ文化でした。アニメの二次創作は黎明期から行われていましたが、特に1979年の『機動戦士ガンダム』以降、アニパロはアニメファンの熱狂的支持を受けるようになりました。
その筆頭はアニメ界の無法者こと『月刊OUT』で、アニパロを強烈に推して大々的な特集を組んでいます。ライバルの『アニメージュ』や、大御所漫画家が多数連載していた『マンガ少年』、しまいには御大手塚治虫先生の『火の鳥』までパロっちゃう怖いもの知らずのアウトローぶりを発揮していました。








一方でこのアニパロは同人誌文化と極めて親和性が高く、その後のコミケ開催の大きな原動力となったことは間違いありません。アニパロも当初は完全なギャグ作品やパラレルワールドの二次創作が中心でしたが、次第にオリジナルをオマージュした独自作品が登場していきます。その中でもひときわ人気となったのが『U-GAIM』だったのでした。




『U-GAIM』はいわゆる『メカ少女』と呼ばれるカテゴリーの作品です。以前海外のオタクに
🤔「何で日本人は軍艦も競走馬もみんな美少女化しちまうんだ。」
と聞かれたんですけど、
😁「好きなものを混ぜるのが日本の伝統芸能なんだよ。メガテンとかもそうだろ(ウソ™)」
てなことを適当に答えたことがありました。ともかく
🤩「メカは好き、でも美少女はもっと好き!だったら合体だ!」
という狂った発想は、日本のオタクにとってごく自然だったと思うんです。『メカ少女』がどのあたりから発生したのかは定かではありませんが、ガンダムシのモビルスーツを美少女コスプレ風にした『MS少女』は1980年代に既に定着していました。何しろバンダイが公式に『アーマードレディー』というプラモシリーズを発売してるくらいですからね。

エゥーゴカラーですが、ティターンズカラーのレシピも掲載するなど妙なこだわりが…


「モビルスーツ武器セット」のハイパーバズーカを装備可能ってマニアック過ぎる!

少年チャンピオン・コミックス10巻の表紙から切り抜きました。




『U-GAIM』はそのネーミングの通り『重戦機エルガイム』のパロディですが、モチーフになったのは『魔法の天使クリィミーマミ ロング・グッドバイ』だと思います。作中でマミがSF映画『二つの世界の物語』を演じると言う設定なのですが、ここで機械人間としてコスプレするマミちゃんが登場。このニ作品にインスパイアされたのではないでしょうか。














❷『U-GAIM』同人時代


『U-GAIM』の同人誌は数々の作品を手掛けたシナリオライター重馬敬先生が中心となり、1985年に第一弾が登場しています。ただ実質のキャラデザとイラストのオリジナルは、作画担当のまぁくⅡ先生とのことですね。その後設定資料集なども含めて多数の同人誌が発刊されました。激しいロボアクションとメイドロボの日常が交差するというハチャメチャな世界観で、80年代同人パワーが凝縮されたような内容です。多くのクリエイターが参加する中で更に人気アニメのキャラが乱入し、凄まじいまでの熱量を放っていました。
マンガ、小説など多岐にわたる媒体が掲載され、ファンアートなどもかなり充実していたようです。豪華なメンバーがゲストとしてイラストを提供しているので、当時の同人界隈で大きなムーブメントになっていたことが伺えますね。




















僕は当初『マシンロボ クロノスの大逆襲』のレイナ・ストールちゃんがモデルかと思ってたんですが、1986年放送開始なので『U-GAIM』の方が先なんですね。レイナちゃんはTVアニメにおける『メカ少女』の元祖的存在でした。







❸ゼネラルプロダクツでの販売


しかし当時の同人誌は現在よりも桁違いに流通量が低く、アニメファンの中でも存在を知る人は僅かでした。『U-GAIM』が更に広く知られるようになったのは、ゼネラルプロダクツでの販売が一つの要因だったようです。というのも僕が『U-GAIM』を始めてみたのは模型雑誌に掲載されたガレージキットの記事だからなんですよ。こういう物が実際に販売されていると言うのが衝撃でした。


ゼネプロはオタキングこと岡田斗司夫氏が大阪で経営していた、日本で最初期のオタクグッツ専門店でした。伝説の(にもうなってしまいました💦)アニメ制作会社ガイナックスの母体となったことでも有名ですね。ここら辺の経緯は島本和彦先生の『アオイホノオ』に詳しいです。1983年の情報番組『ズームイン!!朝!』で特集された映像が残っています。店長の岡田さんも登場し、店内や商品を紹介しているので当時の雰囲気を感じて見て下さい。
ゼネラルプロダクツはかなり豪華なカタログを発行していました。ここに『U-GAIM』のキャラグッツが長らく掲載されていたんですね。実は1987年に東京に移転した店舗が僕の実家のすぐ近くで、MSXのゲームと一緒に購入した事があるんです。アニメショップ、アニメイトの目と鼻の先の場所にオープンしたので、友人のFM7くんやX1くんと
😁😲🤭「やっぱり大阪人は商売上手だなあ」
と噂したのを覚えています。








誌面も店内も相当カオスでしたね。


お店を出て振り回していたら、速攻でお巡りさんが飛んできました。



1990年『ふしぎの海のナディア』の放送が始まる頃、ガイナックスの存在はアニメファンの中で際立っていました。クオリティの高さもることながら、作中から伝わってくる圧倒的な才能を誰もが感じていたと思います。作品には様々なオマージュが盛り込まれており、過去作のファンからクリエイターとして羽ばたいていったという熱量を強く感じました。





『天空の城ラピュタ』を見た時
🤔「これに比類する冒険活劇はもう出てこないだろうな」
と思っていましたが、『ふしぎの海のナディア』の勝るとも劣らない内容に完全に考えを改めました。毎週のワクワク感はハンパなく、毎回放送日が待ち遠しかったです。1990年放送開始ということもあり、90年代アニメ新世代を高らかに宣言した傑作と言えるのではないでしょうか。
OPは本作の魅力が凝縮されていて、見るたびに何か体の中にエネルギーが注入されるような不思議な感覚になったことを覚えています。何か辛いことがあった時、森川美穂さんの「ブルーウォーター」を聞くだけで元気を貰えますよ!
『今君の目にいっぱいの未来、全てを輝かす‼️』






❹『U-GAIM』MSX2版の謎を追う

散々引っ張っといてなんですが、非常に資料が少ないので断定はしにくいんですよ。結論から言うとアスキーからMSX2用ゲームとしての発売予定はあったようです。これは1988年のゼネプロカタログに記載があるので間違いないと思います。しかしプロモーションアニメが先行して完成したにも関わらず、ゲーム本体は制作が難航してしまい、結局御蔵入りにりになってしまったのが真相のようですね。

「アスキーから発売予定のMSX2用パソコンゲームのプロモーション」と明記
緊急追加記事 明貴美加先生のコメントです
リンク先のnoteの記事でいくつか誤認があって、自分が当時描いた設定はあくまでゼネプロで展開するための商品の一部で、MSX2用のゲームの設定では無いです。ゲームの方は原作同人誌が使われていたような気がします。アニメがゲームPV用に作られたのは間違いないです。 https://t.co/1ghdy6iLR2
— 明貴美加 (@mikaakitaka) July 2, 2026
『当時描いた設定はあくまでゼネプロで展開するための商品の一部で、MSX2用のゲームの設定では無いです。ゲームの方は原作同人誌が使われていた』
とのことでした。僕はXのアカウントを凍結されてしまったのでお返事ができないのですが、明貴美加先生コメントありがとうございました🙇
スクロールしてUがアクション出来るものまでは作ってました。
— 明貴美加 (@mikaakitaka) July 2, 2026
なんと!動いてるとこ見たかったです😭


僕が調べた資料の中でMSXの表記が確認できたのはこの2つだけで、殆どが「パソコンゲームのPV」とされています。
先に紹介した設定資料集の記事に1987年12月28日とあるので、アニメPVの制作は87年中にスタートしたのではないでしょうか。となるとゲームの企画も同時期に行われたと推測できます。
ここからはあくまで僕の妄想なのですが、MSX規格の提唱元であるアスキーはゲーム部門を持ってはいたものの、MSX2では中々ヒット作を開発出来ていませんでした。MSX2は初代に比べてグラフック機能が大幅に強化されていたので、それを活かしたアニメ色の強いゲームとして『U-GAIM』MSX2版は企画されたのかもしれません。
時系列で考えると1986年末に廉価版MSX2の決定版と言える『パナソニックFS-A1』が発売され、MSX陣営は一大旋風を起こしていました。その販売のキラーコンテンツとして『U-GAIM』が選ばれたような気がするんですよ。もし発売までこぎつけていたら、同人から発展した独自色の強いMSXのオリジナルタイトルとして伝説化していたように思うと残念でなりません。

最もMSXのゲームが華やかな時期で、MSX2普及の大きな原動力になりました。




以前MSX版の開発に携わった方がTwitterで資料を公開したことがあるようなのですが、現在では残念ながら見ることが出来ません。幸いなことに某所にアーカイブが保存されていたので転載しますね。まごうことなきMSX2のグラフィックで、推測するにアクションゲームだったような気がします。PVに登場した赤いZ-GAIM変形機体もドット化されていてメチャクチャ面白そう!




緊急追加記事・発売日情報発見!
盟友ソルバルウさんが所持しているサイバーコミックス第3巻の読切漫画の解説ページで記述があったそうです。
「あのアスキーからMSX2用パソコン・ゲームとして登場だ!横スクロール型シューティングゲームで、ファミコンなどでは見られない美しいグラフィックが自慢だぞ!10月中旬発売予定。価格未定」
書籍の発売日が1988年8月なので、その年の10月発売予定だったのでしょうか。これでファミコンに勝つる!時期的にFDD版だったのかも。ソルバルウさん貴重な情報感謝です🙇


だたアニメアールや毛利和昭氏といった超一流スタッフが作製したPVが、アスキーの依頼で制作されたのかは判然としません。そもそも1987年あたりのパソコンゲームで、プロモーションでアニメを使用したケースすら殆ど聞いたことがないですから。肝心の開発元も謎のままです。
これも想像なのですが、もしアスキー社内で開発されていたら、何かしらの形でMSXマガジンやログインで特集されたような気がするんですよね。雑誌側としても絶好の特ダネ記事になりそうですし。僕はこの時期一番両誌を熟読していたので、記事になっていたら必ず覚えていたと思います。


ともかくゲームは御蔵入りになってしまいましたが、このPVは完成に至りました。これのVHSテープをゼネラルプロダクツが限定販売したため、多くのアニメファンに存在が知られることになります。僕もアニメの師匠から『DAICON IV オープニングアニメ』と一緒にダビング映像を見せてもらったことがあります。その頃は情報を一切知らなかったので
😲「こんな同人アニメがあるんだ、すげえなあ」
と単純に思っていました。最後のクレジットなどにもMSXやアスキーの文字は一切なかったので、まさか自分の愛機のゲームPVだなんて思いもしませんでしたよ。リンク先に製作スタッフリストが掲載されていますので参考にして下さい。



余談ですが1987年に装甲騎兵ボトムズ外伝『青の騎士ベルゼルガ物語』のMSX版が企画され、やはり残念ながら未発売になっています。こちらはゲーム自体は完成していたようで、その内容をレポートしました。クリアプレイ動画もあるので興味のある方は是非覗いてみて下さい。

❺蘇る!80年代同人誌

その後『U-GAIM』を発行するサークルProject-Uの前身であったフルーツカンパニー


やはり美少女とメカは鉄板なんですね。ここから『U-GAIM』に繋がっていったのでしょうか。
『Pony Metal U-GAIM』は同人誌から派生したキャラクターなので、今回の投稿にあたり80年代同人誌について改めて調べてみました。80年代前半の同人誌は相当なアングラ文化で、情報を取る手段が殆どなかったため謎に包まれた存在だったんです。
1973年生の僕は一回り上のアニメの師匠から噂だけは聞いていたのですが、実際に手に取ったのは1988年のコミックマーケット34に初参加した時でした。ですから『U-GAIM』のムーブメントもリアルタイムでは知らないのですが、やはり黎明期独特の凄まじい熱気を今でも感じ取ることが出来ました。
どの分野でも黎明期は異常な天才たちが跋扈する狂気の世界なので、リアルタイムで体験された方のお話は大好物なんですよ。実はオタク系文化全般造詣の深い、歴史学者の吉田正高先生が膨大なコレクションをTwitterに投稿してくれていました。その一部を転載させて頂いて、80年代同人誌について振り返りたいと思います。

吉田正高先生は歴史学者、そして偉大なるオタクの先輩として大変尊敬していました。2018年に48歳の若さで逝去された時は信じられなかったです。心からご冥福をお祈りします🙏
1981年『エピカル』VOL.1
美少女同人誌の先駆け的存在。『U-GAIM』にも関わった計奈恵先生、このま和歩先生、沖由佳雄先生などがご執筆されてます。

1983年『COMPACTA』VOL.2
MEIMU先生の表紙が素敵😍『ラプラスの魔』のコミック持ってました。

1983年『テクニカル・エクスタシー』
みやすのんき先生の貴重な同人誌。『やるっきゃ騎士』好きだったなあ。中身は解らないけどメチャ面白そう。

1984年『YEAH!』ファイナル号
『銀河旋風ブライガー』の名作同人誌。少年キャプテンなどに連載されていたJET先生の表紙イラストがメチャカッコいい!なんと362頁の超大作なのだとか。

1984年『ぴいちぱい』
伝説のムフフ❤アニメ『くりいむレモン』の第ニ作『エスカレーション』がテーマ。僕はこのアニメの影響で、ミッション系の女子高校はみんなこんな感じだと信じてました😁

1985年『COMIC カクリッパvol.4 1/2』
アニメーターとしても著名な金森賢二先生の『可変少女シャルディ』などが掲載されていました。金森先生は師匠の安彦良和先生そっくりの絵柄でメチャクチャなネタをメジャー誌で連載したり、レトロパソコンPC-8801用のムフフ❤CG「面妖CG集」などを制作したりと、守備範囲がロッテの小坂並に広く大ファンでした😁
ただヤバいためかペンネームを頻繁と変えるので、その正体が全て同一人物と知っったのはネット時代になってからでした。

1985年『でっど・らいん』
僕が始めてハマったムフフ❤漫画家である蘭宮涼先生。旦那さんのうたたねひろゆき先生と共に大変お世話になりました。涼先生の描くキャラクターは80年代中期特有のテイストが溢れていて、今見ても魅力的です。

1985年『とろろいも第4号』
とろろいも1号、とろろいも3号というふざけ切ったペンネームですが・・・その正体は特撮のキャラクターデザインも手がける新貝田鉄也郎先生と、富士見ファンタジア文庫の挿絵でもお馴染みの田沼雄一郎先生という超実力派のお二人。


1985年『ラムロイドBOOK』
メジャーデビュー以前の園田健一先生の同人誌。大阪の文房具やプラモデル置いてるムサシヤさんに置いてあった「コピー同人誌」に掲載されていたラムロイドが原型だとか。



1986年『MAGICAL LORD』
『スレイヤーズ』で超ブレイクした、あらいずみるい☆先生を筆頭に、長く活躍された番外地貢先生など豪華な執筆陣による魔女っ子同人誌。僕はるい先生の『ちょっとだけすぺくたあ』が大好きだったので、ドラゴンマガジンにレギュラー参加してくれた時は嬉しかったです。


1988年のあらいずみるい☆先生。ブレイク前は色々大変だったみたいですね。
1986年『MARURU S 第3号』1988年『綺迷羅 天乃巻』
O竹(仮名)先生のクリィミーマミちゃんは本家よりカワイイかも。美麗なカラー表紙はそれだけで魅力的でした。


1986年『SUSHI創刊号』
アニメ、ゲーム、マンガ、同人、ガンダムと長きに渡り多彩な活動を続ける、ことぶきつかさ先生の個人誌。僕は『機動戦士Ζガンダム カイ・シデンのレポート』が大好きでした。ジャーナリストとして旧友にインタビューする、大人になったカイの姿が染みる名作だったと思います。

1986年『お嬢様ブック』
『うる星やつら』のトンちゃんの妹、飛鳥ちゃんが表紙。長らく活動し、PC9801の同人CGなども制作していたラインの守り商会さんの作品。そう言えばこの頃の同人誌は500円ポッキリのことが多く、コミケでは売り手も買い手も500円玉をジャラジャラさせてました。

1986年『コスプレ少女リコちゃん』1988年『女子高パニック』
「プラモのモ子ちゃん」であまりにも有名な、ふじたゆきひさ先生。相棒のウサギのラビ君そっくりのキャラが登場していますね。やはりメカ描写はハンパない精密さです。ちなみにメガドライブの超名作『武者アレスタ』のパッケージイラストも担当されています。






1987年『APPLEWORLD VERSION1.1』
森林林檎先生の「美少女+異様に描きこまれたメカ」という独特の世界が堪能できます。僕は商業誌を購入したのですが、少女の繊細な心理描写が巧みで、結局1度も実用できなかった想い出が…😅
林檎先生の本業はゲーム会社のプログラマーで、レトロパソコンユーザーならおなじみの画像フォーマット「MAG」や、グラフィックソフト「鮪ペイント」などを開発された偉大な人物です。僕もMSXで「MAG」フォーマットにはお世話になりました。鮪ペイントは「マルチペイント」として市販され、PC9801での事実上標準ソフトとなるほど普及しています。

1987年『B-WAVE excellent』
白夜書房の「パンプキン」辰巳出版の「コミックペンギンクラブ」で散々お世話になった亜麻木硅先生の同人誌。先生の描くラムちゃんは素敵ですね。

1987年『HYPERUGIKINTOKI』
森野うさぎ先生のサークル、SYSTEM GZZYの同人誌。表紙は菊池通隆先生の描く『魔法のスターマジカルエミ』の舞ちゃん

1987年ALPS興業『LOOK OUT』
80年代の人気アニメを片っ端から同人誌化した人気シリーズ『LOOK OUT』。確かまんがの森で小山田いく先生の『マリオネット師』に挟み込んで買った記憶が…😅
『ダーティペア』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『くりいむレモン』『機動戦士ガンダム』とコテコテのラインナップ。




1988年『CHOCOLATE PARFAIT SPECIAL』
『魔法のスターマジカルエミ』の同人誌を発行していた、みるくれもん企画さんのシリーズ。

1988年『MEN's Iczer-One』
『戦え!!イクサー1』シリーズをこよなく愛した、長谷部一成先生の個人誌。作品への愛が溢れていました。僕は商業誌の同人誌総集編コミックで拝見しました。90年代には格闘ゲーム系の同人誌も手掛けられています。





1988年『PRESCRIPTON』シリーズ
1980年代後半から1990年代末までのムフフ❤漫画ファンなら知らない人はモグリとも言える、わたなべよしまさ先生。このカラーの表紙は強烈に覚えています。確か悪友FM7くんから借りパクしたままだった気が…
僕は結婚を機に、この手の薄い本は全て「聖なるほこら」に封印しております😅


1988年『サーティセイバー』
佐原一光先生の超長寿シリーズ『サーティセイバー』。80年代初期を彷彿とさせるタッチは魅力的ですね。



1989年スタジオMARKⅡ『一刻館零号室』
僕がこの世界に足を踏み入れた頃は『めぞん一刻』の同人誌全盛期だったと思います。漫研の男性陣で回し読みしてましたよ。部屋の反対では女性陣が『天空戦記シュラト』のあぶない同人誌を描いてました😁

❻あの熱い時代を振り返って


いかがだったでしょうか?今回のネタ元は海外MSXユーザーからのタレコミからだったのですが、MSX界の最底辺に40年間生息していた僕も全く知らなかったお話でした。
そこで僅かな手がかりを元にネットの大海を彷徨いながら、お宝を探す旅に出ることを決意したのです。結局宝箱の中身は「未発売ゲーム」という定番のオチだった訳ですが、この久しぶりの冒険は80年代の熱い時代を感じる最高の体験でした。

これも同人文化に大きな影響を与えたと思います。

僕も僅かながら同人誌を創った経験があるのですが、何をするにもメチャクチャ大変だったことを覚えています。しかしネットのない時代「自分の作品を見てもらいたい!」というクリエイターの本能が、あの熱狂を支えていたのではないでしょうか。そこから生まれた『U-GAIM』が、愛機MSXと結ばれたことは一つの奇跡だったように思うのです。
今回取り上げた『U-GAIM』や紹介した同人誌の先生は、当時のアマチュアクリエイターの頂点にいた方々です。その天才たちが続々と商業誌に乗り込み活躍する姿は、オタクの末席にいた僕でさえ凄く刺激を受けました。その後ネット時代の到来と共にオタク文化は一気に覚醒の時を迎えるのですが、その礎はこの時代に築かれたのでは…そんなことを改めて感じました。
商業誌とはまた違った魅力を持つ同人誌たち…色んな意味でドキドキしながら手に取った「あの頃」を皆さんに想い出して貰えたら…そんな願いを込めて綴ってみました。
それではまた次回、皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
サイボーグMSX
僕は全ての知識がド素人なので、記述で間違いがあればコメント欄でお知らせください。直ぐに修正いたします🙇♂️
いつもスキ💛や凍結された僕に変わってのXでの紹介ポスト、暖かいコメントなど感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥹
校正も一応やっているのですが、なにか文章でおかしな点があったらコメント欄でご指摘頂けると有り難いです🙇
