べーしっ君と手塚治虫が見た科学万博。つくばExpo'85資料一挙公開
1985年はつくば科学万博に染まった一年でした。ニュースや新聞でも盛んに報道されましたが、最も特集されたのは雑誌だったと思います。経済誌、学術誌、教育誌などがそれぞれの視点で科学万博を紹介してくれました。今回は自分の専門?であるパソコン雑誌を中心に、手持ちの資料を出来る限り公開します。
同時に僕の体験した感想と、会場内から発信していた科学万博放送局「ラジオきらっと」や企業CMなど各パビリオン紹介のアーカイブを纏めてみました。ラジオ放送では意外な大物声優が登場していますのでお楽しみに!

❶べーしっ君と科学万博

科学万博はその名の通り科学技術がテーマでしたから、パソコン雑誌では必ず特集されました。最も人気があったパソコン雑誌ログインでは、イメージキャラクターであるべーしっ君が担当。目森一家で科学万博に遊びに行くという設定で、パソコン少年の目線で科学万博を解説してくれます。


べーしっ君が参加したのはやはりパソコンに関係ある「NEC C&C」「富士通」「日本IBM」など。まずはNEC館のCMです。
NEC C&Cパビリオンのラジオきらっと紹介は、何と元祖峰不二子こと増山江威子さんが担当されてるんですよ!ルパンと一緒に万博のお宝を盗みだしそう😁(多分僕が聞いた限り💦違ってたらスイマセン)

NEC館は直径32メートルの巨大パラボラアンテナが特徴で、科学万博の写真などでも盛んに使われました。観客参加型の映像シアターはタッチパネル式のクイズやゲームが展開され、観客の多数決でストーリーが分岐するマルチエンディング方式を採用しています。NECは当時最も勢いがあったPC企業だったため、かなり気合の入ったパビリオンでした。

科学万博では意外にもMSXを始めとするパソコンは殆ど登場しませんでした。唯一の例外だったのが日本IBM館。日本ではほとんど普及しなかったIBM JXがズラリと並びゲームがし放題で長蛇の列でした。僕もここでロードランナーを遊んだ記憶があります。

目玉だったHSSTリニアモーターカーは走行距離が片道僅か350mで速度も30Kmとガッカリしました。それでも車体が浮き上がる瞬間は感動しましたね。美人なコンパニオンさんが懇切丁寧に解説してくれたことを覚えています。この記録映像は当時の様子を詳しく伝えてくれています。


細かい所では会場のあちこちに休憩所がありました。畳敷きなのでここでゆっくりとお弁当を食べることが出来たので非常に助かりました。科学万博は非常にお財布に優しいイベントだったと思います。さらりと親父が「お嬢さんエミーに似ておる」とスーパーセクハラ発言しています🤣


ログインのもう一つの顔であるオールザットウルトラ科学ではサイエンスライターの鹿野司先生がレポートしてくれました。科学万博は名だたる大企業が展示している以上、マスコミは下手な批判はできません。しかし先生は忖度なしの辛口批評で滅多切り。一読の価値ありですよ。
やはり科学万博は一般人、特に子供向けの出展が多かったので、鹿野司先生のような専門家の目から見ると物足りない点も多かったのかもしれません。
❷手塚先生万博を語る・万博とロボット

1985年の科学のオピニオンリーダーと言えば手塚治虫先生に他なりません。
先生が大いに科学万博を語る対談を大公開!SF作家小松左京先生も加わってファンにはたまらない内容です。
「将来パソコンを使いこなしている世代」って僕達のことですよ!

手塚先生をはじめメンバーの造詣の深さと先見の明に脱帽です。科学技術の進歩が、人々の生活にどのような影響を与えるかについての高度に哲学的な考察に踏み込んでいきます
在宅勤務・情報過多の危機・恋愛SLG・印刷新聞の消滅・人工知能etc.皆さんエスパーなんでしょうか。
「大衆向けのパソコン」ってMSXのことかーっ!😆

手塚先生の息子さんである手塚眞さんの登場する科学万博CMを見つけたのでUPしました。アトムヘアーとコスモ星丸くんが可愛いですね。
「父の時代は科学は夢でしたが、僕の時代は科学はともだちです」
このコピーは万博の本質を見事に現しています。
友達とは繋がること、それこそが万博の目指したテーマではないかと僕は思うんです
手塚先生は残念ながら科学万博には多忙で参加できなかったようです。1970年の大阪万博ではイラストを描かれていたのですが、先生の描く科学万博を見たかったです。

1979年に新聞に掲載された手塚先生のコンピューター・コミュニケーション社会のイメージ図。先生がその後のネット社会を体験されたら、どのように描写されたのかワクワクしますね。

おまけで手塚先生の登場するワープロのCMです。
手塚キャラ総出演「こころの物語」。
「お前さんがなくしたのは、こんな時間じゃないのかい」
お茶の水博士のセリフに泣きそうです🥹
つくば万博 には数多くのロボット達が出迎えてくれました。


前回紹介の開会式を華々しく飾った自動演奏ロボWASBOTは、「ワスボット君」として会場でも人気者に。自己紹介しながら楽譜を目で認識し、両手両足で電子オルガンを演奏する離れ業を披露してくれました。ラジオきらっとで聞いたこの様子に大興奮しましたよ。この人口ボイスにロボットも魂を持っている様に感じました。
超パワーを誇る怪力ロボFANUC MANはパソコン雑誌の表紙も飾りました。

芙蓉ロボットシアターではロボットのミュージカルが上演。上演中故障したりしてスタッフさんが駆け寄る姿は学芸会のようでした。ミュージカルを演じるロボ役者たちは僕と同じ未熟な小学生のようで親近感がわきました。

この様子は当時放送されていた科学教養アニメ『ミームいろいろ夢の旅』でも紹介されました。
第86話「科学万博 ・つくば`85」ではミームが作った演歌ロボット玉三郎が、万博会場の芙蓉ロボットの仲間たちに会いに行くというストーリー。1話まるまる科学万博の各パビリオンの紹介をする豪華な内容でした。当時の情景を解りやすくまとめてくれている貴重な資料だと思います。
豊富な科学知識を持つ、電子の妖精ミームに夢中になっていた僕は毎週日曜のお昼はTVに嚙り付いて見ていましたよ!ミームファンの方には必見です😍
松下館に登場した似顔絵ロボ、ロボッ太。ビデオセンサーとロボットが連動したシステムで、傾斜して置かれたキャンバスに何と毛筆で筆圧を変化させて約2分で描き上げます。描いてもらった子供たちは大喜びでした。
科学万博の終盤、8月23日~25日の3日間でエキスポホール(星丸シアター)で世界で最も歴史あるロボコンである’85マイクロマウス世界大会が行われました。
参加国数:6カ国(フィンランド、韓国、英国、米国、西独、日本)
参加台数:126台(海外15台、国内111台)
株式会社ナムコが特別協力し、NHKの科学万博の情報番組「ハイライト科学万博」でも放送されたこの大会は大いに盛り上がったそうです。今回残念ながら映像や資料を見つけられませんでした、スイマセン。

そして前回特集した、皆の友達コスモ星丸くん。

彼らは皆「アトムの兄弟」であったように思えたのです。

❸MSXマガジンでも大特集


パソコン雑誌で最も低学年向きだったMSXマガジンではカラー25ページの大特集を組んでいます。これはMSXマガジンと科学万博の顧客年齢層が一致したからかもしれません。かなり詳しく各パビリオンを紹介しているので、せっかくなので興味がありそうな部分だけでも見てください。


「滝の劇場 三井館」 では幅40メートルの人工滝のスクリーンに映画が上映され、それを1台21人乗りで5台連結されたゴンドラで視聴するというとんでもない豪華仕様でした。音楽はアニメ「機動戦士ガンダムシリーズ」でも活躍された三枝成彰先生が担当。電人ザボーガーそっくりのロボットが登場しています。



「でんでんINS館」は電電公社、現NTTのパビリオン。ラジオナレーションは銀河鉄道999のプロメシューム役の来宮良子さんが担当。いきなりネジにされそう😁
当時、東京の三鷹・武蔵野のモデル地区でしか使えなかった情報通信網INSを体験できました。運用が開始されたばかりのキャプテンシステムも大活躍。その後ISDNの普及は1990年代後半からでしたから、これは凄く先進的な取り組みです。この時期の電電公社のINS普及CMで、サザエさん一家が登場しています。
テレビ電話やFAX、キャプテンシステムが所狭しと並んでいました。実は僕は実家が吉祥寺で、叔父がNTT系列の企業に勤めていたのでキャプテンシステムのモニターを体験してるんです。このことはいずれ特集しますね。

大好きな番組でした。

前述した科学教養アニメ『ミームいろいろ夢の旅』はNTTの一社提供番組だったので、INS館はアニメでも取り上げられました。貴重なTVCMを発見したのでUPします。声優の藤田淑子さんは僕の世代だとアニメ「一休さん」の一休役、キテレツ大百科のキテレツ役が有名です。改めて冥福をお祈りいたします。




「くるま館」のラジオナレーションは怪物くん、パタリロ、巨人の星の星明子役の白石冬美さん。4人乗りのライドで「地球横断」をドライブするコンセプト。
また2050年代の未来の車をモデルで展示していました。元祖「万博の空飛ぶクルマ」は科学万博だったんです。この中でSUBARU ASG21というモデルで6WDのムーンパトロールを彷彿とさせる車が登場していました。今見ても無茶苦茶カッコイイです。


科学万博は大勢の子供達が参加したため、多くのコンパニオンさん達に支えられていました。どの資料にも素敵な彼女たちの笑顔が掲載されています。そんな科学万博の日常を山裾彩乃さんが漫画にしてくれました。必見ですよ!まさに万博は夢の場所でした。






つくば万博では多種多彩なイベントが毎日のように開催されました。特に夏休み期間は目玉企画が目白押し!

世界ミスコン、サンバと花火のカーニバル、民族芸能祭、小松左京先生の講演会、ミュージカル公演、マイクロマウス世界大会、着物と生け花のショー、ミュージカルイベント、様々なパレードなど。新人のアイドルのコンサートも頻繁と行われていました。
その後大ブレイクする浅香唯さんは、万博の情報バラエティ生放送番組『EXPOスクランブル』のレギュラー・アシスタントとして芸能活動をスタートさせています。同年6月21日、シングル『夏少女』で歌手デビュー。その後の活躍は皆さんご存じのとおりです。

特撮のイベントに詳しい方の情報によると、マシンロボの着ぐるみショーなども開催されていたそうです。またアニソンライブも行われ、ささきいさおさん、堀江美都子さん、水木一郎アニキなど錚々たるメンバーだったそうです。映像どこかに残ってないかな~残念。

おまけで1985年に放送された『巨獣特捜ジャスピオン』の第11話に登場したつくば万博。二人ともデートみたいで嬉しそう。
❹その他雑誌と星丸ランド





小学館の小学二年生の科学万博特集。学研などの子供雑誌も似た様なパンフレットを発行していました。科学万博ではこういったパンフを片手にした子供達も多かったです。


月刊アスキーでは科学万博を大人向けパソコン情報誌的視点から巨大公共事業として、約1年間の特集を組んでします。交通や宿泊などのインフラに関しては現在にも通じるところがありますね。

工学社が刊行していたパソコン雑誌PiOでの特集



小学館が発行していたパソコン雑誌ポプコムでの特集


アニメージュに掲載された「マクロスシリーズ」「アクエリオンシリーズ」などで活躍された河森正治監督のインタビュー記事。富士通館とサントリー館がオススメだとか。河森監督は今回の大阪・関西万博にも参加されているそうですから、この時の体験を生かされているのかもしれません。


遊園地「星丸ランド」を特集した業界誌。有料で13種類のア トラクションが用意されていました。ナムコも運営に関わっていたそうで、ゲームセンターもあったそうです。僕は残念ながらお金がなかったので、ここの部分については紹介出来ません。ゴメンナサイ🙇



追加記事。遊園地「星丸ランド」を特集した貴重な映像を公開してくれた方がいました。後半にNHKの科学万博紹介番組「つくばから こんにちは」が収録されています。
NHKのアーカイブでの「つくばから こんにちは」映像。貴重なソ連館の宇宙船の映像が収録されています。ソ連駐在経験が長かった父と行った経験があるのですが、担当のコンパニオン女性たちがソ連流にサボりまくっていて父が激怒していました😁
父がロシア語で「君達に愛国心はないのか」と説教すると「私達は労働者なのでサボる権利がある」と返されて唖然としていましたよ。ここら辺は誇りをもって自国を情熱的に紹介してくれたアメリカ館と対照的でした。

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009042185_00000
❺科学万博グッツあれこれ



科学万博では数々のグッツが発売されました。その中でも印象深い物を取り上げてみます。





住友館、鋼鉄館、日立館、富士通館のパンフレッド。ここでは3Dグラスをかけて立体映像を見ることが出来たので、お土産で持って帰ることができました。確か住友館の映像で鳥が飛んでくるシーンで、隣のおばあちゃんが驚いてひっくり返ってましたね。


うる星やつらのスタンプ帳。こういったスタンプ帳も色々なタイプがありました。

ドライブインで販売されていた歌入りガイドテープ「ウチャラパッチャラ星丸君」子供向けの音頭曲で、凄い電波系の歌詞だったような・・・

1985年から16年後の自分へ手紙を送る「科学万博ポストカプセル2001」。郵便局に勤めている友人の話だと住所が変わったりして大変なプロジェクトだったそうですが、そんな夢のある企画が数多くありました。フォロワーさんのお話ではちゃんと届いたそうです。


マレーシアの首都クアラルンプールの出現したコスモ星丸くん。紙ラベルの会社らしいんですが、何故彼がここに描かれたのかは謎です。


1983年からバンダイで発売された廉価ボードゲームシリーズ「パーティジョイ」で「夢の科学博ゲーム EXPO'85」が発売されています。ちゃんと公式のロゴや星丸くんが描かれていますね。

現存する巨大カブトムシの模型。僕もどこかのパビリオンで見た記憶があります。
❻ゴダイゴやアーティストが奏でた万博

Jポップでも洋楽でもないGO DIE GOの「生きて、死んで、また生きる」世界観と、朗々としたビートが刻むサウンドは唯一無二の物がありました😊
科学万博ではトップアーティストが多く起用されました。その一人がミッキー吉野氏
MSXマガジン1985年6月号のインタビュー記事で、解散コンサート直後です。ちなみにゴダイゴ最後の活動は、5月19日のイベント会場エキスポプラザでの『EXPO’85スペシャル アイ・ラブ・地球』でのライブでした。演奏されたビューティフル・ネームは世界中の子どもたちに向けての曲だったので、科学万博のテーマにピッタリでしたね。NHKで生中継されたのでご覧になった方も多いのでは。吉野氏は坂本龍一氏と同世代なのですが、黎明期からMIDIを使用しており読みごたえのある内容です。




ミッキー吉野氏はシンセサイザー開発にも参加して、この方面の第一人者でした。1978年西遊記の演奏の際に最初期のシーケンサーMC-8を使用したとありますが、何と120万円もするんですよ!当然打ち込みもご自身で行ったそうです。
「今パソコンを使ってる子供達に期待している」
とエールを送ってくれています。
ミッキー吉野氏が音楽を担当した東芝館のCM。MSXの広告にも登場してくれた岡田有希子さんが名誉館長を務めてくれました。
「有希子、興奮💛」
高精細かつなめらかな映像が観られる日本初公開のショウスキャン方式の映像と、15台のアンプと6チャンネルのドルビーサウンド、計23台のスピーカーの組み合わせはド迫力でした。これには辛口の鹿野司先生も絶賛していましたね。
巨大キャンバスにコンピュータペインティングがプロッターで描かれる様は圧巻。ソフト開発費だけで1億円かかったそうです。ロボットのコマ回しも大人気でした。僕が見た時失敗したのですが、隠れていた技術者さんが飛び込んできて調整してました。

大ファンだった岡田有希子さんのライブ。EXPOスクランブルという、万博の開会から閉幕まで放送された万博の情報バラエティ番組です。月曜-金曜に毎日生中継ですよ!
スタジオは何故かカナダ館内に設立されていて、毎回タレントやアイドル歌手たちが参加していたのでここも名所の一つでした。まだ人間を辞める前のマーシーなども登場しています。
「哀しい予感」を歌うユッコの悲しげな表情が切なすぎますよ。
シンセサイザー・アーティストとしての大御所である冨田勲先生も多くの曲を科学万博に提供しています。これは幻のNHKの番組で1分ほど使用された音楽を、エレクトーンで再現された方の映像です。冨田勲先生ファンの方必聴です!
「エレクトロガリバーの冒険-電力館」 のテーマ曲「すてきなラブパワー」も冨田勲先生が作成されています。歌うのは何と元祖“渋谷系の女王”野宮真貴さんです。
科学万博は科学技術の祭典と言う印象ですが、会場内は様々な文化事業、そして音楽や映像で彩られていました。特にエキスポプラザでは毎日無料でイベントが行われました。
ARB・レベッカ・ハウンドドッグなど若き次世代を担うアーチスト達がその情熱を炸裂させていました。文化と科学の最先端の融合が科学万博だったのです🥰
当時の番組MUSIC WAVEは新世代バンドのライブ番組として注目されていました。その中で科学万博の舞台に登場したレベッカの「LOVE PASSION」。NOKKOさんの全身から放たれる強烈なパンションは今までの女性歌手のイメージを木っ端微塵に吹き飛ばしました。演奏、歌、声、全て完璧!
歌い狂う彼女は姿は、イケイケの日本の象徴のように輝いていたのでした。
ある方が科学万博で使用された全ての曲リストを作成してくれました。阿久悠先生、羽田健太郎先生、小林亜星さん、合唱界の超大御所、池辺晋一郎先生。業界の神様が勢ぞろいしてます。
また前回紹介した坂本龍一教授、矢野顕子さんの黄金ペアで創られた住友館のテーマ曲「空に会おうよ」は科学万博を代表する名曲だと思います。今回の執筆中に39年ぶりに聞いて改めて感動し、今もずっと聞きながら書いています。
矢野顕子さんの心温まる歌詞、教授独特のポップな旋律、やまがたすみこさんの朗々とした歌声、聞いただけで幸せな気分になれる名曲です。住友館のテーマである「人間への希望」に凄くマッチしていましたね。会場内でレコードも販売されていましたが小学生には手が出せず、そのまま僕の記憶の奥底に眠っていました。

あれから長い時がたち、現在は悲しい分断の時代を迎えています。
「失くしたものを 見つけにいこうよ」
「みんなのほほえみ 失くしたものは みんなで探すよ」
僕はこのフレーズで、思わず涙がこぼれそうになりました。今こそ僕達が失くしたものを、みんなで探しに行こう。そんな教授からのメッセージを受け取ったような気がしたのです。
❼あの頃の記憶を残したい・・・




いかがでしたでしょうか?前回以上の長丁場になってしまって申し訳ありませんでした。それでもかなりの資料を削ってるんですよ。懐かしい映像を見つけると当時を思い出してしまって、もっともっと深堀したくなってしまうんです。

次回は科学万博の象徴だった、25m×40m、2000インチ超ド級TV、ジャンボトロンを特集します。この怪物を使用したゲーム大会を体験したことが切っ掛けで、僕はMSXを購入することになりました。あの時の熱狂と興奮を、少しでも皆さんに届けられたらと思っています。


今回も長文にも拘らず最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございます。またいつも僕の代わりにツイッターなどで記事をご紹介して頂いた皆様、そして「いいね」をしてくれた全ての人に心よりお礼申し上げます🙇♂️
サイボーグMSX
