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MSX最高の美少女、岡田有希子さん・東芝PASOPIA パソピアIQ

レトロPCにはアイドルがつきものですが、MSX史上最高の美少女は岡田有希子ちゃんで決まりだと思います。異論は認めません😁
ヤフオクに出品されるパソコンカタログの中で、有希子ちゃんの物だけが段違いに高額だったりと根強い人気のある彼女。前回の松田聖子さん以上に気合を入れて行きますよ!今回も昭和の写真集の雰囲気で楽しんでください。

1985年5月の広告

❶破滅型芸人から第2の松田聖子へ


元々東芝パソコンのブランド・PASOPIAのイメージキャラクターは横山やすし・木村一八親子でした。1983年5月発売のPASOPIA7及び1983年11月発売のパソピアIQ(東芝のMSX)の広告に二人が登場しています。当時から漫才より飲酒や暴力での不祥事で報道される方が多いという感じで、正直東芝のセンスを疑いましたね。
当然お茶の間でのイメージは最悪で、胡散臭さ爆発の息子の木村一八とのコンビはこのマシンの将来を暗示していたような・・・
酩酊&暴力という、漂う反社の香りに僕の母上は心底嫌っていて「東芝のMSXだけはダメ」とくぎを刺されていました😅


東芝MSXのブランド名はパソピアIQ。
「IQの差で選べ!」といいつつこの二人にはIQの欠片もない感じ🤣


最初期に一気に4機種を投入していて意気込みが伺えます。

ちなみにその後、息子の木村一八はナムコットのCMに登場。「2001年の大人(クリエイター)達へ」(1986年-1987年)という名キャッチコピーで、ゲーム少年達にも有名になりました。テレビドラマの『毎度おさわがせします』(1985年TBS)の主役に抜擢され中山美穂ちゃんと共演するなど許せない…アワワ人気絶頂に😁
しかし1988年11月25日、タクシー運転手に対し一方的に暴行を加え傷害容疑で逮捕されるという最悪の展開になります。この時も酩酊していたそうで、親子そろってどうしようもない奴ですね。
この時回し蹴りで暴行を加えたらしく、ワイドショーで盛んに報じられました。僕はこの頃少年空手の道場に通っていたのですが、このとばっちりで母上に辞めさせられそうになったのでよく覚えているんです。
もしファンの人がいたら申し訳ないのですが「ぼうりょく」には絶対反対ですよ!😟


この頃はとっぽいカッコいいお兄ちゃんだったのですが…


現在ではすっかり親父さんの2Pカラーのようになっています😁

「2001年のクリエイター達へ」のCMはムチャカッコよく、今も記憶に残っています。クリエイターの意味を先生に聞いて「創造者」だと教えて貰ったのも懐かしい思い出です。森山周一郎さんの渋いナレーションがドはまりしていて、ラストのキメ台詞に痺れました。特に「ワルキューレの冒険 時の鍵伝説」と「スカイキッド」が大好きでした。「オンナは強い」「バロンとマックス、お前らは最高だぜ!」

しまいに「怒るで、しかし」とリストラされたやっさんの後釜として採用されたのが有希子ちゃんだったのです。切り替わった時期は恐らく1984年末あたりで、前年アイドル歌手デビューしていた彼女は『年間の休日が1日だけ』という人気絶頂期でした。「第2の松田聖子」と言われていた有希子ちゃんの起用は、恐らく前回紹介したソニーHiTBiTの松田聖子さんを多分に意識していたのだと思います。
そんな経緯でパソピアIQの広告は、やっさんの家族ドラマテイストから有希子ちゃんのラブラブポエム路線に180度変更になっていきました。


パソピアはワープロ機能を強化していたので、有希子ちゃんのラブラブポエム路線に。

僕はこの時期、近所にある東芝のショールームであるパソピアサロンなるものに入り浸っていました。広告にあるように
「ゲームあります、お気軽においで下さい」
とあるので小学生連中は喜んで遊びに来ていましたね。そんなある日会場中にあった全てのやっさん関連のポスターが撤去され、まるでアイドルコンサート会場の如くに変貌していました。
僕は有希子ちゃんのファンだったので彼女の笑顔に会うのが楽しみでしたし、毎月のMSXマガジンの広告も真っ先に見ていました。それがあんな悲しい結末を迎えるとは、当時は思いもしませんでした。

東芝はショールームにかなり力を入れていました。


僕の通った店はこんな感じ。壁にゲームソフトがあって、自由に貸し出しOKでした。


そのうち小学生同士でケンカになったので、一人1時間に限定されました😅


当時もこんな感じでポスターが使われていました。


❷パンフレット&ポスター

出来る限りの物を集めてみました。岡田有希子ちゃんの微笑に癒されて下さい😍


1984年11月の新聞掲載広告。交代直後ですね。


ポスターの数々。色々なバリエーションがあります。






1986年 この時期からMSX2に


1986年 珍しいカレンダー



1984年最初期のカタログ



裏面


1985年のソフトカタログ


数は少ないですがパソピア7のポスターも。


おまけで科学万博-つくば‘85の東芝パビリオンの物。僕も参加しました。

❸雑誌広告&記事


1985年3月

岡田有希子ちゃんに恋レター貰ったらジャギーガビガビでも東芝に忠誠誓います!😍しかし電波系の恋文だなあ。
僕は 「織田信長の人間五十年、夢幻の如く也」の人生で、センチメンタルグラフティ以外でラブレターを貰ったことがありません。せつなさ炸裂!😭


1985年7月

             1ページ広告


1984年12月


1985年4月


1985年6月


1985年8月


1985年10月

             2ページ広告


1985年1月


1985年6月


1985年8月


1985年9月


1985年10月

             雑誌記事


学研中学三年コース!1985年3月号



中一時代13 1985年1月号付録「パソコンでニューイヤー。有希子のわくわくポスター」 結構本格的な内容ですね。



有希子のパソコン・ゼミ。凄いプレミアが付いてます。

❹パソピアCM集

岡田有希子ちゃんが登場する東芝パソピアIQのCM。何と高画質にしてUPしてくれた方がいました、ロングバージョンなので必見です。今回は自ら歌う「Believe In You」をバックに登場!

👸「あなたの姿抱きしめて生きていけます」

一度はこんなセリフ言われてみたいですね~😍
「愛」を虫取り網で空しく追う男の子が涙を誘います。

MSX2のセパレート機のCM。少し大人になった有希子ちゃんです。

おまけでやっさん親子のCM。ゲームカートリッジに押しつぶされそう😁このCMも色々バージョンがあるのですが、画面にT&E社のピラミッドワープが使用されています。

❺悲しいお別れ


MSXマガジン1986年5月号

有希子ちゃんはMSX1とMSX2の両機種の広告に登場してくれていました。しかし1986年4月8日、突然のお別れになってしまいます。僕はTVニュースを見た直後に前述した東芝のショールームに急ぎましたが、既に彼女のポスター類は一切が撤去され「いなかったこと」にされていました。この時は本当に悲く涙がこぼれたのを覚えています。
この悲報が冷めやらぬ数日後に発売された、MSXマガジン5月号の裏表紙は今でも忘れられません。笑顔なくどこか遠くを見つめる彼女の横には「もう大人です」とのコピーが・・・
子供心に何か彼女を取り巻く大人たちへの抗議のメッセージのように感じたのでした😥


この出来事は東芝のMSXユーザーにとってトラウマだったようで、数々の都市伝説が生まれました。1989年に書版が発行された同人誌MSX技術書の名著、MSXテクニカルガイドブックでは「システムのバグ」の項にわざわざこの怪奇現象が掲載されています。

❻パソピアIQ伝説


最初期1983年12月の広告

最後に少しだけ初期のパソピアIQのトリビアを。実は1984年度の各社パソコンの出荷台数・シェアを調べてみると、ソニーHiTBiT(21%) 、松下キングコング(20%)に次いでパソピアIQは14%と第三位ランクされています。それだけ東芝はMSXに力を入れていたんですね。勿論価格帯が違うのですが、パソピアIQ単体でNECのPC8001や富士通のFM77より売れていたそうです。

MSXはメーカーによって特色を出しにくいので、広告に力を入れたメーカーのシェアが高いことが伺えます。


1984年はMSXが一大旋風を起こしていたことが実数で解ります。
とっきーさん、転載許可感謝です🙇‍♂️


この詳しいレポートは僕がいつもお世話になっている、レトロPC情報発掘家とっきーさんのHPにありますので是非覗いてみて下さい。

とっきーさんの8ビットパソコン資料倉庫は日本で発売されたレトロパソコンをほとんど網羅していて、眺めているだけで時間が過ぎてしまいますよ。レトロパソコンユーザーは是非ブックマークを!

東芝のMSX HX-10/20/21/22については今回もレトロPCの生き字引、kznさんのnoteにまとめられています。kznさんいつも貴重な情報感謝です🙇

しかし実はHX-10シリーズ4機種にはある致命的な欠点が‥‥



パソピアIQMSX四天王を連れて来たよ

HX-10DPN💀「HX-10Sがやられたようだな…」
HX-10DP 👽「ククク…奴は四天王の中でも最弱…」
HX-10D 😈「キングコングごときに負けるとは東芝の面汚しよ…」
MSX版沙羅曼蛇😸「お前ら全員1スロットじゃん」

MSX版沙羅曼蛇はグラディウス2を2slotに差しておかないと真のエンディングにならないのでした。ゲーム以外でもMSXはカートリッジスロットで極力な拡張性を武器にしていたので、この制約はその後の足かせになったんです。


1984年6月17放送の「イクラYとN」だそうです。


ちゃんと独特のカラーリングでHX-10だと解ります


ちゃんとMSXのロゴがあるのが凄い!

一部で有名なサザエさんに登場したMSXは当然スポンサー東芝のパソピアIQ。ちゃんと独特のカラーリングでHX-10だと解るのがナイスです。これにはマスオさんもニッコリ
「へぇ、カツオくん、なかなかやるじゃないか。」


また「サイボウズ Office」シリーズのサイボウズ株式会社の創業者、青野慶久さんは中2でお小遣いを貯めて東芝「パソピアIQ」を購入し、プログラミングに熱中。憧れはコンパイルのプログラマーだったとか。
東芝パソピアIQ HX-21 → Panasonic FS-A1F → Panasonic FS-A1GTとMSX一筋。BASICもZ80もCもMSXで学ばれたというMSXユーザーの鏡のような方です。

❻最後に...次回予告


伝説となった『セーラー服とMSX』もうすぐ桜の季節なので・・・

いかがでしたでしょうか?久しぶりに岡田有希子ちゃんに会えたのですが、当時を思い出して切ない気分になってしまいました。
迂闊なことは言えないのですが、18歳での尋常でない仕事量にその一因であることは疑いがないと思います。当時日本は好景気の絶頂にあり、MSXもその活力によって生み出された文化の一つだとも思うのですが、一方で狂った負の側面の象徴が彼女だったように思うのです。あらためて心よりご冥福をお祈りいたします。

次回は最も長くMSXのイメージキャラクターを務めてくれた、工藤夕貴ちゃんを予定しております。
『セーラー服とMSX』という、まるで映画のタイトルになりそうなインパクト絶大の広告。未だに「こんな女子中学生いないだろ」というツッコミと共にTwitterで定期的にアップされているぐらい伝説化しています、お楽しみに!


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