アーシング──地球は電子に抱かれている。【手神さまからの手紙⑰】
アーシングという健康法をご存知でしょうか。
「素足や素手で、地球に直接ふれる」という、いたって簡単なもの。
本当に簡単なので、わたしも日課のひとつにしています。
おすすめの健康法でもありますので、その基本的な仕組みについてお伝えしていきますね。
わたしたちの暮らしは、普段わたしたちが意識している以上に、電氣とともにあります。
電氣製品にそれが流れるのは当然のこととして、一見電氣とは関係のなさそうにみえるもの……たとえば人体にも、「生体電流」と呼ばれる微弱な電氣が流れていて、呼吸や筋肉の収縮、栄養の摂取など、生命の維持に不可欠な活動を支えています。
地球そのものも、電荷を帯びています。
地球を、「地表付近」という意味に限定して使うなら、それはマイナス電荷を帯びている、ということになります。
マイナス電荷を帯びるとは、「電子を潤沢に保有している」ということ。
逆に、「電子を失う」と、物質はプラスの電荷を帯び、それは「酸化」と呼ばれます。鉄なら錆びた状態ですね。
地表と同じように、わたしたちの体も本来、総体的にマイナス電荷を帯びているのが理想とされています。
体がマイナス電荷を帯びているとき、体は以下のような状態になります。
《マイナス電荷を帯びたときの体の状態》
・副交感神経が優位に働き、体はリラックス状態に導かれます。
・血液中では、ひとつひとつの赤血球が電子によってコーテイングされるため、血が「さらさら」と流れます(イラストA左)。
・活性酸素が中和されます。
逆に、体の電荷がプラスに偏ると、以下のような問題が起こりやすくなります。
《プラス電荷を帯びたときの体の状態》
・交感神経が優位になり、体は緊張します。長時間その状態が続くと、筋肉にコリやこわばりが生じます。
・赤血球を覆う電子が足りなくなるので、血球同士の癒着が起こり、血液が「どろどろ」になります(イラストA右)。
・活性酸素がたまり、ストレスや疲労を感じやすくなります。

こうきいたらどうしたって、「電子をしっかり体に蓄えておきたい!」という氣持ちになりますよね。
その電子を、すぐそこにある「地表」から補充するのが、アーシングです。
人体は、電氣を通す「導体」ですから、素手や素足で地面にをふれたそのとたん、地表の電子は体内に流れ込みます。
たったそれだけのことで、体の回復力が発動する。
こんなに身近で簡単な健康法、活用しない手はないなあと思うのです。
実際、野生動物たちは、そうして、絶えず地球から電子の補給を受けながら暮らしています。
地表にふれてさえいれば、電子は自動的に体に流れ込むのですから、「常に供給される電子によって癒され続ける」のが、地球に暮らす生き物の、本来のあり方なのかもしれません。
そんななかで、人間がその恩恵にあずかれていないのは、わたしたちが、電氣を通さない「絶縁体」に囲まれて暮らしているからです。

靴底に使われるゴム製品も、アスファルトの地面も、建物に使用されるセメントや木材も、みんな絶縁体ですから、そこで地表からの電子の供給は遮断されてしまいます。
結果、暮らし方によっては、何日も、何週間も、何か月も、地表の電子を全く受けとる機会なく過ぎていく──そんなことが起こり得るのが、現代社会におけるわたしたちの生活です。
だからといって、野生動物と同じ暮らしを望むのは現実的ではありませんし、この寒い季節に裸足になることを勧めたくて、この記事を書いているわけでもありません。
けれど、知っていればできることも、きっとあります。
生きている草木は「導体」ですから、てのひらで、公園の木や庭の植物にふれるだけでも電子は体に流れ込みます。
積もった雪に手をあてるだけでも、アーシングは起こります。
冬は、乾燥のために、体の電荷がプラスに偏りやすい季節でもあります。
だからこそ、ほんの小さな行動が、目にみえないところで体を癒し、血液をさらさらに導くことを……体のために、ご自身のために、ときおり思いだしていただけたら嬉しいなあと思うのです。
さて、ここまでアーシングの仕組みをお伝えしてまいりましたが、ここからは、それに基づいた、わたし独自の世界観のお話になります。
よろしかったらおつきあいくださいませ。
電子は、わたしたちの暮らす地球に満ちています。
目にはみえない電子に、そっと手をのばすだけで、それは容易に手に入ります。
そんな電子のあり方を、わたしはなにかに似ているなあと感じるのです。
幸せ。
そう。
電子って、幸せに似ている──。
「青い鳥」のお話を持ちだすまでもなく、どんなに遠くまで旅をしても、そこにある「幸せ」に氣づきもせず、受けとるすべを持たないままでは──求める「幸せ」は手に入らないことを、たぶん多くの人が知っています。
そんなふうに「どこか」にある幸せをやみくもに追い求めるのは、電子に満ちた地表を、絶縁体の靴を履いて歩きまわるのに似ていると感じます。
本当は、幸せは「そこ」にあるのに──それを受けとれていないのは、もしかしたらわたしたちが、知らず知らずのうちに、心を「絶縁体」で覆っているからかもしれません。
もしそうなら、幸せを手に入れるには、それを脱いだらよいのだと思います。
ただ直接、世界にふれる。
ただやわらかな「素肌」で世界を受けとめる。
それだけで、きっと幸せは、わたしたちの心に自動的に流れ込みます。
電氣の流れを妨げているのは、ゴムやモルタル、アスファルトなど様々な物質ですが、心の絶縁体は、おそらく物質ではありませんよね。
なにが心の絶縁体になっているか──。きっとそれは、人それぞれ。
「原因」を探る試みもよいと思いますが、あまり難しく考えず、ただそれを脱いでしまえとイメージするだけでも十分だと感じます。
靴を脱ぐとき、靴の素材を把握しようとは……たいていの人は思わないですものね。
心の絶縁体も、きっと同じです。
ささっと脱いでしまえばよい。靴を脱ぐように。上着を脱ぐように。
それに上手に脱げなくても、ただ「世界」に向かって「両手」を伸ばせば「アーシング」は起こります。
そこに、「つながり」さえ生まれればよい。
受けとる道があればよい。
だって、わたしたちの暮らす地球は、あふれるほどの電子と幸せに満ち満ちていますから!
最後に、心を込めてこの言葉を。
ありがとう、地球。
ありがとう、世界!
さて、ここからは、マガジン「手神さまの手紙」より、記事のご紹介です。
アーシングは地球から電子を受けとる方法ですが、実際にはわたしたちの体自体、ちゃんと電子を保有していますし、自らそれを生みだす機能を持っています。
赤血球のイラストのところでご説明したように、体内の電子の数は、体の状態によって増減します。
逆にいうと、生活の工夫で電子の数を増やすことって、案外容易にできるのです。
そのコツをシンプルにいうと、緊張状態から自分を解放してあげること。
つまり自分をリラックスさせることです。
それには、しっかり休息をとったり、氣持ちを穏やかに過ごしたりなどの方法がありますが、大切な人と「ふれあう」ことも大きな助けになります。
そういうなかでも、親と子の、手を通したふれあいは、独特の癒しや喜びにつながりますよね。
今回は、そんな記事を書いてくださった4名の方を、ご紹介させていただきます。
まずはこちら。
すうぷさんの、「手が覚えている記憶」。
すうぷさんのお嬢さんは、子どもの頃、チアリーディングの団体に所属し、練習に明け暮れる日々を送っていたそうです。
「慢性的な筋肉痛で身体中がガチガチ」だったお嬢さんの体をマッサージでほぐしていたことを回想しながらの、すうぷさんの言葉が心を打ちます。
引用したい箇所がたくさんあるのですが……そのなかから、親を経験した人ならきっと誰もが共感できる、こちらの文章を抜粋します。
長女は覚えているだろうか。
覚えていなくてもいい。
足裏に感じたずっと前の安らぎが
少しでも彼女の生きる力に繋がっていたら
こんなにうれしいことはない。
手を通して伝えた安らぎが、いつか我が子の「生きる力」につながったとしたら……本当に、こんなに嬉しいことはありませんね!
続いてこちらの記事です。
PTAかいちょーさんの、「あなたと手をつなぐこと」。
四人のお子さんの子育てのなかで、何度もPTAに関わることをご経験され……近年は、お子さんたちの通う中学校、そして高校のPTA会長を、同時に三年間引き受けていらしたPTAかいちょーさん。
いよいよこの春、そのPTAをご引退だそう……。
この場をお借りして、お疲れさまでした!とお伝えさせてくださいね。
さて、ご紹介した記事は、末っ子のお嬢さんとの「仲直り」のひとこま。
そもそも心の通じあった親子であることが……エピソードからひしひしと伝わってきますね!
先日、
娘と
小さな行き違いがあって
お互いにとげとげしあっていた。
(中略)
そんなとき
いっしょに道を渡るタイミングで
どちらからともなく
手をつないだことがあった。
(中略)
つないだ手から
お互いの思いが伝わってきて
ちょっと泣きそうになり、
そうして
きゅっとつないだ手は
しばらく離さないまま
そのままわたしたちは仲直りした。
続いては、
かずみんさんの、「過去からの#手『手紙』」。
かずみんさんは、ご自身のおかあさまの手を思いだしながら、こちらの記事を書いてくださいました。
一部引用させていただきますね。
洗濯物を干す手
お料理を作るお母さんの手
お母さんと手をつなぐ私の手
お母さん
私もお母さんになったけど
まだまだ
お母さんにはかなわないや
ご自分のお母さまへの愛情を、感謝を、こんなに素直に表現できるおとなって素敵です。
そんなかずみんさんをみながら育つお子さんは、きっと、母親にやさしい子になりますね!
最後はこちらです。
御手洗育さんの、「手と手と手」。
過去に投稿されたご自身の記事を紹介する形で、手にまつわるお子さんとの思い出をお伝えくださいました。
引用は、その過去記事、「ぞうくんのさんぽ」から。
お子さんが幼い頃好きだったという絵本の原画展に、育さんがおひとりで訪れたときのひとこまです。
その場面になると、次が気になってしかたがない息子は身を乗り出し、私の手をつかんで、早くめくるよう急かすのだった。
みんなが池の中に落ちることはもう知ってるはずなのに、何度読んでもそうだった。
展示室でぞうくんの顔を見ていたら、あのとき力一杯私の手をつかんだ息子の手を思い出した。
しっとりとくっついてくるような小さな手のひら。
不意に涙が出そうになり、慌ててハンカチを取り出した。
育さんと小さい息子さんの過ごした大切な時間が──「はい、どうぞ」って、わたしにも、幸せのお裾分けを差しだしてくれた氣がしました。
素手で、素肌で──受けとらせてもらいますね!

「手神さまへの手紙」の企画にご参加くださったみなさまに、心からお礼を申し上げます。
お寄せいただいた記事を、毎回できるだけひとつのテーマに沿いながら、順次ご紹介しています。
遅筆ゆえ、ご紹介に時間がかかっておりますが、どの記事も大切に思いながら書いています。すべての記事のご紹介まで、しばしお時間をいただけましたら幸甚です。
みなさんの「#手」の記事を収録したマガジンです。↓↓↓
みなさまの「#手」の記事を紹介した、わたし自身の投稿「手神さまへの手紙」シリーズ。そちらをまとめて収録してあります。↓↓↓
