【洋楽解説×平和学 No.043】Master Blaster (Jammin') 〜 Stevie Wonderがボブ・マーリーに捧げた、太鼓と祈り
🎸楽曲紹介
Title: Master Blaster (Jammin')
Artist: Stevie Wonder(スティーヴィー・ワンダー)
Issued in: 1980年9月(シングル)
Album: Hotter Than July(1980年9月29日リリース)
Chart: 全米Billboard Hot 100で5位/R&Bシングルチャートで7週連続1位
作詞・作曲:Stevie Wonder
今日からスティーヴィー・ワンダー特集を4回シリーズでお届けします。
なぜ今日(5月11日)から始めるのか。それは、今日がレゲエ界の伝説、ボブ・マーリーの命日だからです。1981年5月11日、彼は36歳の若さでこの世を去りました。
今日のテーマ曲「Master Blaster (Jammin')」は、スティーヴィー・ワンダーがそのボブ・マーリーに捧げた賛歌です。リリースは1980年9月。マーリーが亡くなる、わずか7か月前のことでした。
この曲を起点にして、スティーヴィー・ワンダーの平和への射程を、4回かけて追いかけていきます。
1. Background:1980年、二人の盲目の音楽家から始まった友情
スティーヴィー・ワンダーとボブ・マーリーが初めて出会ったのは、1975年10月4日。場所はジャマイカの首都キングストンにある国立競技場(National Stadium)でした。「ジャマイカ盲人協会(Jamaican Institute for the Blind)」のためのチャリティ・コンサート。生まれてすぐに失明したスティーヴィーが、視覚障害者を支える基金のために遠くキングストンまで飛んだのです。出演者として並んだのが、当時すでにジャマイカを代表するアーティストとして頭角を現していたBob Marley & The Wailersでした。
二人は深く意気投合します。年齢は近く(スティーヴィーが1950年生、マーリーが1945年生)、二人とも音楽の力で社会を変えたいと考えていました。一人は黒人解放を歌うアメリカのR&B/ファンクの最先端、もう一人はラスタファリと反植民地主義を歌うジャマイカ・レゲエの中心人物。アフリカン・ディアスポラ(離散)の二つの極が出会った瞬間です。
1979年6月、フィラデルフィアで開催されたBlack Music Association のディナーで、二人は再び会います。マーリーのステージのアンコールに、観客席にいたスティーヴィーが招かれて飛び入り参加。二人で歌ったのは「Get Up, Stand Up」、マーリーの代表曲のひとつであり、被抑圧者への呼びかけの歌でした。盲目の二人がステージで肩を組んで「立ち上がれ」と歌う情景は、その場にいた人々の記憶に焼きつきました。
二人は、ある「ドリーム・コンサート」を計画していたといいます。マーリーが1979年のアルバム『Survival』を全曲演奏し、スティーヴィーが同年のアルバム『Journey Through the Secret Life of Plants』を全曲演奏する。アフリカ解放を歌う2大アーティストの、夢のような共演でした。けれども、その夢は実現しません。1981年5月11日、マーリーは皮膚癌(acral lentiginous melanoma=肢端黒色腫)で他界してしまうからです。
1980年4月——ジンバブエ独立式典のマーリー
Master Blaster制作の直接の引き金になったのは、1980年4月18日に起きた、ある「事件」でした。
その日、アフリカの南部にあった国家が一つ生まれました。ジンバブエ共和国の独立です。それまで90年にわたってイギリスの植民地(南ローデシア)として支配され、独立闘争で15年にわたる血みどろの戦争(ローデシア紛争)を戦い抜いた末の、解放の日でした。
その独立式典のために、Bob Marley & The Wailersは自費で渡航してジンバブエの首都ハラレ(当時はソールズベリー Salisbury)のRufaro Stadiumのステージに立ちました。3万5千人の観衆。会場に入りきれない人々で外は溢れ、催涙ガスが使われる事態にもなりました。マーリーがその日演奏したのは、彼自身が1979年のアルバム『Survival』に収録した「Zimbabwe」——ローデシア紛争中、黒人解放軍の戦士たちが戦闘の前夜に歌ったとされる、実質的な「闘争の国歌」です。
マーリーが、ジンバブエの新しい初代首相となるロバート・ムガベ(後の独裁者ですが、当時は解放の英雄でした)の前で、かつての闘争歌を独立の祝祭として歌い直す——この瞬間、レゲエは間違いなく世界の解放運動のサウンドトラックになっていました。
スティーヴィー・ワンダーは、そのニュースを聴いた。そしてレコーディング中だった新作『Hotter Than July』のリードシングルとして、レゲエのリズムでマーリーに敬意を表する曲を書き上げます。それが、5か月後の1980年9月にリリースされる「Master Blaster (Jammin')」だったのです。
2. Lyrics:「平和がジンバブエに来た」と祝う声
歌詞の核心は、シンプルです。「平和がジンバブエに来た(Peace has come to Zimbabwe)」「第三世界がついに先頭に来た(Third World's right on the one)」。この二つのフレーズに、すべてが凝縮されています。
タイトルの「Jammin'」は、ボブ・マーリーが1977年のアルバム『Exodus』に収録した代表曲「Jamming」へのオマージュ。マーリー自身が「Jammin'は神への賛美の音楽だ」と語っていた、その「Jamming」を借りてくることで、スティーヴィーは「兄弟、私はあなたの音楽を引き継ぐ」と宣言しているのです。
歌の中で、繰り返し繰り返し現れるのが「Marley's hot on the box(マーリーの音楽がスピーカーから熱く鳴っている)」「Joined as children in Jah(私たちはJahの子として一つになった)」というフレーズ。「Jah(ジャー)」とは、ラスタファリ運動における神の呼び名です。エチオピア皇帝ハイレ・セラシエに重ねられる、アフリカ解放の象徴。スティーヴィー(ラスタファリ信者ではないアメリカ人ミュージシャンです)が敢えてこの言葉を歌詞に入れたことの意味は、軽くないと考えています。
「Jah」は、アフリカン・ディアスポラの神です。アメリカ大陸に強制連行され奴隷とされた人々の末裔が、アフリカを「失われた約束の地」として歌うときの神。スティーヴィーは、自身がそのディアスポラの一員であることを認め、マーリーの霊性に「兄弟」として敬意を表したのです。
そして「Master Blaster, jammin'」というサビの呼びかけは、神(Jah)への賛美であると同時に、地上で音楽を鳴らし続けるすべての人々——「マスター・ブラスター(最強の音響を鳴らす者)」——への賛美でもあります。人と神が、太鼓のリズムで一つになる祝祭。それがこの曲の核です。
3. Music:レゲエとファンクが融け合う場所
スティーヴィー・ワンダーはR&Bとファンクの巨人です。1970年代、彼が次々と発表した『Talking Book』(1972)、『Innervisions』(1973)、『Songs in the Key of Life』(1976)——これらのアルバムは、アメリカ黒人音楽の最高峰として歴史に刻まれています。
その彼が、1980年に初めて本格的にレゲエのリズムに身を投じたのがこの曲です。シンセサイザーとクラビネットを得意としていた彼が、レゲエ特有の「スカンク・ビート」(ギターを2拍目と4拍目の裏で短く刻む奏法)を採用し、ベースは深く跳ね、ホーンセクションがジャマイカの陽光のように差し込みます。
しかし完全なレゲエではありません。スティーヴィー・ワンダーの十八番であるファンキーなホーン・アレンジ(ホーン・セクションが短くリフを刻む手法)と、彼自身の歌唱の細かなメリスマ(装飾的な音の動き)は、紛れもなくモータウン/ファンクの語法です。アメリカ黒人音楽の体内に、ジャマイカの心拍を移植した——そういう曲です。
「アメリカ黒人音楽がジャマイカ・レゲエに敬意を表する」というだけではありません。スティーヴィーは音楽的に「二つの音楽の血を混ぜる」ことで、アフリカン・ディアスポラの音楽がアメリカとカリブで別々に発展してきた歴史に対し、「私たちは同じ根から来ている」という応答をしているのです。
商業的にも大成功でした。R&Bチャートで7週連続1位、ポップチャートで5位。スティーヴィー・ワンダーにとって、1970年代後半に商業的にやや低迷していた時期からの完全復活となった曲でもあります。
4. Lessons:この曲が教えてくれる三つのこと
Lesson 1:消極的平和の祝賀——「Peace has come to Zimbabwe」
平和学の創始者ヨハン・ガルトゥングは、平和を「消極的平和」と「積極的平和」に分類しました。消極的平和とは、直接的暴力(戦争・武力衝突)の不在のこと。多くの人が「平和」と聞いて思い浮かべる、最も基本的な平和の形です。
1980年4月18日のジンバブエ独立は、まさに消極的平和の達成の瞬間でした。15年にわたるローデシア紛争で数万人が亡くなった、その戦争が公式に終わった日。「平和がジンバブエに来た」というスティーヴィーのフレーズは、文字通りの戦争終結への祝賀です。
ここで重要なのは、消極的平和の達成も、決して「自然に」やってくるわけではないということです。ジンバブエの独立は、長年の解放闘争の末に勝ち取られたものでした。ボブ・マーリーの「Zimbabwe」(1979)が解放軍の闘争歌として歌われ続けたという事実が示すように、音楽もまた闘争の一部だったのです。
スティーヴィーが「Peace has come to Zimbabwe」と祝うとき、それは「戦争が終わってよかったね」という他人事ではなく、「戦った人々の勝利を、音楽の力で世界に響かせる」という連帯の宣言なのだと考えています。
Lesson 2:積極的平和の予兆——「Third World's right on the one」
もう一つのキーフレーズ「Third World's right on the one」は「第三世界がついに先頭に来た」と訳せます。「on the one」とは、ファンク音楽の用語で「1拍目の強拍」を指す言葉。ジェームス・ブラウンが「全部One(1拍目)に乗せろ」と言ったあの「One」です。つまり「第三世界が、ついに音楽の先頭・歴史の主旋律に来た」というメッセージなのです。
これは消極的平和を超えた領域、つまり積極的平和の話になっています。積極的平和とは、戦争がないだけでなく、構造的暴力(社会の仕組みが人を傷つけること)が解消され、すべての人が尊厳を持って生きられる状態のこと。
1980年当時、「第三世界」と呼ばれた国々(ラテンアメリカ・アフリカ・アジアの多くの旧植民地)は、独立後も経済的従属、債務危機、軍事独裁などの構造的暴力に苦しめられていました。スティーヴィーは、ジンバブエ独立をきっかけに、「いまこそ、第三世界が世界の主旋律になる番だ」と歌ったのです。これは40年以上経った今でも、まだ十分に達成されていない夢です。
ガルトゥング理論を発展させた私(足立力也)独自の平和学理論では、積極的平和を「善を積極的に作り出すこと」と定義しています。スティーヴィーのこの一節は、まさに「善の方向への力」を音楽として作り出した瞬間です。実現の有無ではなく、その方向に向かう意志そのものが、積極的平和の核なのです。
Lesson 3:音楽による「ディアスポラの再連結」という積極的平和の実践
この曲のもう一つの平和学的意義は、アメリカとジャマイカ、二つのアフリカン・ディアスポラを音楽で再連結した点にあります。
奴隷貿易によって北米とカリブ海に強制的に分断された人々の末裔は、それぞれ別の音楽を発展させてきました。アメリカではブルース→ジャズ→R&B→ファンク→ヒップホップ。ジャマイカではメント→スカ→ロックステディ→レゲエ。これらは似て非なる音楽です。
スティーヴィー・ワンダーは、この曲で「両方は元々、同じ根から育った音楽だ」と宣言しました。直前のフィラデルフィアで「Get Up, Stand Up」を二人で歌った経験、マーリーとの友情、そしてジンバブエ独立——これらすべてを束ねた上で、スティーヴィーは「マーリーの音楽は、私の音楽の兄弟だ」と音楽そのもので証明したのです。
分断を超えて、つながりを再発見する。これは積極的平和の中核的な実践だと考えています。ガルトゥングの言葉を借りるなら、これは「Reconciliation(和解)」と「Recreation(再創造)」の同時実現です。スティーヴィーは、過去の歴史的分断を直視しながら、未来に向けた新しい音楽的兄弟愛を作り出した。それが Master Blaster の最も深い功績だと考えています。
そしてこの「兄弟愛」の宣言から7か月後、マーリーは旅立ちます。スティーヴィーのこの曲は、結果的に生前のマーリーへの最後の音楽的手紙になりました。マーリーが息子ジギーに残した最後の言葉は、「On your way up, take me up. On your way down, don't let me down.(上昇するときは私を連れて行け。下降するときは私を見捨てるな)」だったといいます。スティーヴィーは、その「up」の道に、音楽でマーリーを連れて行き続けたのです。
5. In sum:5月11日に、太鼓を鳴らす
今日は2026年5月11日。ボブ・マーリーの45回目の命日です。
1981年5月11日、マイアミのCedars of Lebanon病院で、マーリーは亡くなりました。皮膚癌は脳と肺に転移していました。10日後の5月21日、彼の故郷ジャマイカのNine Mileで国葬が執り行われ、棺には赤いギブソン・レスポール、聖書(詩篇23篇のページが開かれていた)、そして妻リタが手向けた大麻の茎が一緒に納められたといいます。
その彼に、生前の最後の年に贈られた音楽的賛歌が、この「Master Blaster (Jammin')」です。スティーヴィーが彼に「兄弟」と呼びかけ、ジンバブエ独立を共に祝い、Jahの子として一つになることを宣言した曲。
平和は、戦争がないことだけではありません。喜びを共有すること、太鼓を一緒に鳴らすこと、互いの音楽を讃えること——それもまた、平和学が大切にする積極的平和の姿です。
今日、もしお時間があれば、この曲を一度大きな音で聴いてみてください。スピーカーを揺らす低音、跳ねるレゲエのギター、スティーヴィーの祝祭的な歌声。それらが、1980年のジンバブエの空、マーリーの最後の年、そして2026年の今を、太鼓のリズムでつないでくれるはずです。
次回(5/13)は、スティーヴィーが死の淵から戻ってきた時に書いた曲、「Higher Ground」を取り上げます。1973年のあの事故と、そこから彼が見つけた「もう一段高いところ」の話です。
※「消極的平和/積極的平和」の概念に関してはNo.015「Sweet Sweet Smile」(Carpenters)もあわせてご参照ください
※「積極的平和としての連帯」「分断を超える音楽」というテーマに関してはNo.018「A Dios le pido」(Juanes)、No.020「That's the Way of the World」(Earth, Wind & Fire)もあわせてどうぞ
📌 この連載【洋楽解説×平和学】について——初めての方はこちらの記事をどうぞ。
