コーチングで変化した、私のワークライフバランス
はじめに
この投稿は別の場所に掲載している「コーチングで変化した私のワークライフバランス」というシリーズ投稿を再編成・リライトしたものです。
社会人になってからどういうキャリアを経てコーチングを学び始めたのか、そして学び始めてから2年程度の間に何が変わったのか、ということを時系列で綴っています。
2017年当時の投稿をベースにしていますので、今見ると、やや整理がついていない部分もあるのですが、これからコーチングを学ぼうとしている方には有益な情報もあるかと思い掲載することにしました。
キャリアには波があり、良いときも悪い時もあるものです。
また、一見「今が充実している」と感じていても、後に「あれが行き詰まりの原因だった……」と気づくようなこともあります。
私の経験と対比する形でご自身の歩んできた道を振り返り、今どういうタイミングにいるのかを考えながらお読みいただくのも良いと思います。
また、ご自身にとって、コーチングを学ぶことにどんな意味がありそうか、を探りながらお読みいただくのも良いかもしれません。
いずれにしても、ご自身のキャリアやワークライフバランスを考える上で、ご自身をより理解し、前を向くためのお役に立ちましたなら幸いです。
そしてお読みになった後に、「私にはコーチングが必要かも」「トラストコーチングで学んでみたいかも」とお感じになった方は、ぜひ講座のご受講をご検討いただければと思います。
まずはどうして私がコーチングを学ぼうと思ったのか? というお話をしていきたいと思います。
少し手前過ぎるかも、とは思ったのですが、社会人になってすぐのころから、お話を始めさせてください。キャリアのひとつひとつの積み重ねが、最終的にコーチングを学ぶことに繋がったと思うからです。
それでは、始めましょう。
1.仕事も遊びも充実!のはずが……東日本大震災で一変
社会人になったとき、「これで、思いっきり好きなことができる!」と私は意気揚々としていました。始めて自分でまとまった収入を得ることができ、何をするにも誰の許可もいらない生活、というのは、学生時代に思い描いていたよりも自由なものでした。おかげで、習い事をしたり、旅行に行ったりと、かなりのびのびと過ごしていました。
仕事も、幸い先輩に恵まれ、丁寧に仕事を教えてもらうことが出来ました。
入社当初から人事に配属されたこともあり、一番最初に担当したのは社員の退職手続き。当時、対応内容を教えてくれた先輩が「今まで会社に貢献してくれた人たちだから、感謝を以て対応してね」と話してくれたことを、今でも覚えています。
しばらくして仕事に慣れてきたころ。入社して3年目ごろだったでしょうか。
先輩が産休・育休に入り、職場は慢性的な人手不足に陥りました。
毎日深夜残業、貯まる仕事。苦手な仕事も多く、上司は厳しい。
かなり強いプレッシャーの中で仕事をする日々へと突入します。
が、当時の私は、それくらいではへこたれませんでした。若かったこともあって、体力があったことも影響していたと思います。
それまでと変わらず、休日は、旅行に行ったり、ゲームをしたりかなり飛び回っていました。きっと、そうして息抜きをしていたんでしょうね。
ほどなくして、学生時代からお付き合いしていた夫との結婚が決まります。
仕事はきついものの、他は概ね順風満帆。
そう感じていた矢先に起こったのが、2011年3月の東日本大震災でした。
ちょうど、結婚式と新婚旅行の手配が全て終わったタイミングでした。
当時の職場は神奈川県川崎市。ビルの高層階で、立っていられないほどの揺れが起こりました。デスクはひっくり返り、壁にネジ止めされていた棚もひっくり返るのではないかと思われるほど。
もちろん震源に近い地域や、津波の被害があった地域とは比べ物にならないくらい、被害は小さかったです。5時間かかったとはいえ、徒歩で自宅まで帰れましたし、帰り着いた自宅も、多少物が落ちたくらいで、被害は軽微でした。
とはいえ、そうはいっても
毎日、電車が動くかわからない
明日は電気がつかないかもしれない
という非日常は、かなりのプレッシャーとなってのしかかってきました。
そんな中で、私は地方の事業所への転勤を命じられます。
「会社の事業をストップさせるわけにいかないから、停電の影響のない地域で勤務してほしい」という理由からでした。
事業が平常に戻るまでの一時的な措置でしたが、当時は、いつ復旧するか、まったく見通しがたたない状態です。結局、そもそも飛行機がいつから飛ぶか不明ということで、結婚式・新婚旅行は泣く泣くキャンセル。さらには、入社してから続けていた習い事もやめて、地方支社へ転勤しました。結婚前から単身赴任したような状態でした。
2.「私がしっかりしないと」プレッシャーと責任感の中で
ご記憶の方もいらっしゃると思いますが、幸い1か月半ほどで、関東の計画停電が概ね終了します。これに伴い関東でも通常業務ができるようになったので、私は4月末ごろ東京に戻ることができました。
戻ってきてまず対応したのは、保留になっていた結婚届の提出です。GWにあわせて結婚休暇もいただき、やっと一息つけたという感じでした。
ところがGW休暇が明けても、仕事は元通りというわけにはいきませんでした。
震災に伴って、仕事が大幅に増えていたのです。
余震のたびに全国の社員の安否確認
海外事業所からの状況問い合わせの対応
社内での義援金募集
被災地への物資搬送手配
他にもいろいろ
直接かかわったものだけでも、かなりのボリュームがあったと思います。
仕事は忙しい
しかも、事業はどうなるかわからない
直ちにリストラを行う可能性は低いとは思いましたが、給与や賞与のカットくらいはあるかもな……と思いました。
「これは、生活費が厳しくなるかもしれない」
そう感じた、私が、何をしたかというと。
……それまで楽しんでいた娯楽を封印しました。
習い事の再開は断念、旅行も封印。
服などの買い物も最小限にして
飲み会も行かない。
残されたのは、「コストパフォーマンスがよい」と感じられた読書とゲームくらいだったでしょうか。いずれにしても全て家でできるものばかりでした。
そして、ここから文字通り「家と会社を往復するだけ」の日々が始まります。
朝、出勤してひたすら仕事をし、帰ってきてからは寝るまでひたすらゲーム(あるいは読書)をする。その繰り返し。もうほんとに、仕事とゲーム・読書しかない生活です。
ちょうどその生活サイクルができあがったタイミングで、職場で転機がありました。
はじめて後輩ができたんです
それまで、近隣の部署に新人が入ることはありましたが、まったく同じ部署に入ったのは、はじめてでした。
そのとき、私の中でスイッチが入りました。
これからは先輩だ
もっとしっかりしないといけない
見本になるような行動をしなければいけない…
もちろん、それまでも仕事で手を抜いていたつもりはなかったんですが、なぜかこの時、強烈に「しっかりしないと」と思ったんですよね。
そこで始めたのが早朝出社です。
当時の上司が、「夜残業するより、朝早く出社した方が効率がいい」とよく言っていたので、真似して実践することにしたわけです。
始業は8時40分なのに、1時間以上早い、朝7時半には出社、そしてひたすら仕事……
それで、効率が上がって定時退社!になるとよかったんですが、現実はそうはなりませんでした。
確かに、早朝出勤することで、仕事は早く進むようになりました。
ただその結果、次々と追加の仕事が舞い込んで来るようになってしまったんです。
一方で、新人指導も一筋縄ではいきませんでした。
何しろ始めてでしたから。
当然ながら新人に仕事を教える時間が必要です。
出来ない部分は私が残業してフォロー。
任せられない仕事も、私が残業して対応することになります。
結局、早朝出勤の結果は「仕事している時間が増えただけ」でした。
それでも、早朝出勤を続けました。
いつのまにか、そうしないと仕事が回らなくなっていました。
当時の担務は、私が入社して以降、私が一人で担ってきた仕事です。他にわかる人はおらず、どんな細かい仕事も自分でやらなければいけない状態でした。
全体としての人手不足も相変わらずです。
私が抜ければ、担当している多くの仕事が止まります。
担当している仕事が止まれば、影響を受ける人がたくさんいます。
どんなにしんどくても「私がやらなくちゃ……」と思いました。
仕事が止まること、そのしわ寄せが社員に行くことが耐えられませんでした。
ですが、長時間労働・ひとりで仕事を丸抱え……疲労がどんどん貯まっていきます。
疲れ切っていた私、家では、夫に「休日寝てばかりいるね」と言われていました。
楽しみは、あまり考えなくてもいいテレビとゲーム
本はほとんど読まなくなりました。
体重が一気に落ちたりもしました。
夜寝ているのに、昼間もずっと眠い、とにかく眠い。
そして、ずっと1人でやっている変わり映えしない仕事。
そんな日々が続く中で、私ははっと我に返りました。
ヤバい!
わたし、仕事とゲームしかしてない!
一気に焦りが湧き上がってきました。
どう考えても、今の仕事を永遠にやっていて、自分が成長できるとは思えない。
あれ、このままずっとこの生活が続くの?
わたし、ずっとこのままなの?
なにかしないと!なにかしないと!!
焦った私は、「そうだ、資格を取ろう」と思い立ったのです。
3.資格試験に落ちて気づく「これ本当に私に必要?」
思い立ってすぐ、試験勉強を始めました。
(ちなみに、この時目指したのはコーチングの資格取得ではありません)
今思えば、疲労困憊なのに、あの時だけやけにフットワークが軽かったな……
それだけ焦っていたんでしょうね……
もうずっと仕事携わっていた内容に関連した内容の資格だったのでちょっと勉強すれば受かるはず!と思っていたのもあると思います。正直、ちょっと舐めていたかもしれません。
けど、勉強を始めてすぐ、その見通しが甘いものだったということに気づきました。
とにかく試験範囲が膨大だ、ということがわかってきたからです。
そこで私は、わずかに残っていた娯楽の時間も削ることにしました。
仕事とゲーム、の生活から、仕事と勉強、の生活に全面シフトしたんです。
当時、その試験に合格するために必要な勉強時間は600時間~1000時間と言われていました。 その時間を捻出するために、早朝から仕事、帰って来てから勉強、休日は全部勉強。
とにかくずっと勉強していました。
そして、試験に望んだ1年後。
結果は……
不合格でした。
ショック……
文字通り頭を殴られたような感じがして、茫然としました。
そして、ショックで頭が真っ白になっているときにある疑問が頭をもたげてきたのです。
「わたしのやりたいことって、これだったっけ?」
と。
その資格の取得を目指したのは「今の仕事と関連しているから」でした。
ですが、その資格を取った後、今の自分の仕事がどう変わるのかをあらためて考えた時に、そっちに行くので、本当に良いのか?と思ったんです。
もちろん、資格試験の勉強を通して、新たに得られた知識もあります。
そうした知識を活かして、仕事の幅を広げていく道もあるでしょう。
ただ、その「知識を活かして広げられる幅」、どう考えても、自分が好きではない、得意ではない方向にしかなくないか……?
一気に全身の力が抜けました。
と同時に勉強へのやる気も完全消失しました。
よく知られた資格です。活かし方も広く出回っています。それなのに今さら?と周囲の人には思われたかもしれません。私自身も思いました。
でも、本当にその時まで気づかなかったのです。
あるいは、自ら見ないようにしていたのかもしれません。
「とにかく、前に進んでいる私」でいたかった。
試験の不合格とともに、目標を見失う形となった私。
そこから時間も、意欲も、ぽっかりと穴が開いたように空虚なものになっていきました……
そこで一気に来たのが、体の疲労です。
もともとあった仕事の精神的負担、そして仕事量が多いことによる体の疲れ。
これが、どんどん表に出てくるようになりました。
朝目が覚めても、すぐに体が動かない。
何にも興味が持てない。
本を読む気にもなれず、ゲームをする気にもなれない。
仕事中は、1日席に座っているのがやっと……
最初は、疲れてるのかな~
休めば大丈夫だろう
くらいに、軽く考えていました。
土日はひたすら寝るようにしました。
それでも、疲労が取れません。
何をするにも億劫でした。
そして、ある日、それは起こりました。
朝、目が覚めても、体が動かない。
指一本動かせない。
這うようにリビングに行って座ると、涙がでてくる。
あとからあとから出てくる
この時初めて、あ、ヤバイ、と思いました。
なにもきっかけがないのに、涙が出てくるのは、正常ではありません。
指一本動かないのも正常ではありません。
人事として、うつやその他メンタルヘルスに関する啓発活動にも携わっていたので、ヤバイということだけは自分でわかりました。
とはいえ、仕事上休むこともできず、その日はかろうじて着替えだけをし、ほぼノーメイクのまま、体を引きずって会社に行きました。
そして、最低限のことだけ済ませ、医務室へ駆け込みます。
相談の結果、言われたのは
「とにかくカウンセラーと一度話をしたほうがよいと思います」
ということでした。
4.カウンセリング、通院、「会社を休む」ことへの葛藤
一番近い空き枠で予約を取ってもらい、カウンセラーと会うことになりました。
いろいろ話を聞いてもらったんだとは思うのですが、実は、その時、自分が何を話したかは、実はあまりよく覚えていません。覚えているのは、話すのも途切れ途切れ、つっかえつっかえになりがちで、言葉が全然出てこなかったこと。すでにかなり余裕がない状態になっていたのだと思います。
その時、カウンセラーから言われたのは
「とにかく病院に行ってください」
「とにかく仕事を減らしてください」
ということでした。
あとは「死にたい」「消えたい」と思うことがないか、しつこく確認されていたように思います。きっと、それだけ状態が悪いように見えたということなのでしょうね。
が、これだけ言われたのに、そのあと、病院に行ったのは1か月経ってから。上司に、自分の状態と通院していることを伝えたのは、さらに1か月経ってからでした。
メンタルクリニックに抵抗感もありましたし、人手が足りない状態で、上司に「仕事を減らしてほしい」と言うのにも抵抗があったと思います。
ですがそれ以上に、徐々に限界が近づいているな、という感覚がありました。
体が動かず、何もなくても涙が出る。
朝、這うように起きて、泣きながら通勤電車に乗る毎日。
上司に伝えてからは、少し仕事を減らしてもらえましたが、それでもまだかなりの仕事量がありました。そんな状態で仕事を続けて4か月ほどが経ったころ、朝起きるのがさらにつらくなってきました。出社時間もどんどん遅くなります。
そして、とうとう、朝、始業までに出社すること自体が難しいくらい、動くことができなくなってしまったのです。
ここから先は、たぶん毎日遅刻ということになる。
それならば、ズルズル出社するよりはいっそ休んだ方がいいのではないか。
ふと、そんな考えがよぎりました。
実はこの時、仕事が1年で一番繁忙な時期でした。
正直に言うと、今は休めない、休んではいけない、という気持ちもかなり強くありました。
一方で、もう無理、仕事から逃げ出したい、という気持ちもありました。
そのどちらにも耐えられず、体がスイッチOFFになってしまったのかもしれません。
とはいえ、このままフェードアウトというわけにもいきません。遅刻が多くなると後輩たちに心配をかけますし、職場全体の士気も落ちます。
そして、あの人は“そういう人”だ、というイメージもつきます。
具合の悪い人、だらしない人。イメージの種類は人によって異なるかもしれませんが、将来的にマイナスになるイメージがつく可能性が高い。
もやがかかったような頭の中で、頑張りたい気持ちや周囲への影響と、自分の体調という現実を天秤にかけ、主治医に相談しました。
主治医の見解は、「とりあえず1か月お休みしましょうか」でした。
1か月か。
1か月なら、まぁ、いいか。
そう思った私は、「1か月の休業が必要」という診断書を書いてもらい、会社に提出します。
そして、カウンセラーから
「休暇中は、何もしないで休んでくださいね」
「何もしていない、と言っても、女性は、家事をしている方多いですからね。それ休んでないですからね」
と、念を押されて1か月の休養に入ることになりました。
5.「自分がいなくてもいいように」わかっていても感じる喪失感
仕事に行かなくていいというのは、かなりの負担軽減になりました
なんといっても、朝ゆっくり眠れるし、仕事の期日のことも考えなくていい。
休み始めたころは体が重くて動かないのと、常に気分が落ち込んでいるのとので、1日1家事すると、もう気力体力の限界、という感じだったと思います。
が、そんな状況も、1か月ほどで多少マシになりました。
朝起きて散歩して、家では1日起きていられるまでに回復。
ちょっとはゲームや読書もできるように。
1か月たって、主治医に「どうする?会社いく?」と聞かれた時、頑張ればいけそうな感じだったので、行くことにしました。
(念のため補足ですが、この「頑張ればいけそう」という感覚には個人差がありますし、必ずしも本人が正しく判断できるわけではないので、「頑張れそう」と言う人を、周囲が安易に頑張らせてはダメですよ)
産業医面談を経て、予定通り1か月で復職。同僚からは、もしかしたらかなり順調に回復しているように見えていたかもしれません。
とはいえ、すぐにこれまで通り仕事ができる! というような、都合のいいことは起こりませんでした。
最初は、終業まで席に座っているので精一杯で、帰宅したら疲れでぐったり。
かなり綱渡りの生活が続きました。
何とか毎日の作業をこなす日々の中で取り組んだのが「1人で仕事をする」体制から「組織で仕事をする」体制へのシフトです。
これは、私が体調を崩し始めたあたりで、上司に掛け合って始めたことでした。
当時、私があまりにも多くの業務をたった一人で担当していたために、私が休暇を取ると多くの業務が止まってしまう状態にありました。
ですが、私の体調が悪くなり、勤務が不安定になったことで、「私一人しかわからないという状態は、会社としてよくない」と判断し、複数の担当者に業務を分散させる、副担当をつける、など、上司に体制の見直しを打診しました。
その後、実際に職場を長期離脱したことでその提案が受け入れられ、復帰してから、私は自分の仕事を他の人に渡していく、というのを仕事の中心に据えることになります。
「いつ、わたしがいなくなっても大丈夫なように」
それが、復帰してからのわたしの仕事の前提で、心の中の合言葉でもありました。
ただ、これはご経験がある方もいらっしゃると思うのですが、
組織として正しいことをしている、と思っていても「自分がいなくてもいいように」と考えながら仕事をしていると、どうしようもなく不安になるんですよ。
「この仕事に、自分が必要ではなくなったら、果たして自分はどうなるのか?」
ということが、頭から離れなくなるんです。
社会人になって10年近く人事のキャリアを積んできていて、その大半はその仕事をしてきました。
そのせいか、永遠に同じ仕事をしているわけではない、と頭ではわかっていても「その仕事をしていない自分」を想像できなかったんです。
とはいえ、なにかキャリアアップを…と思っても以前取り組んでいた資格試験には、もう興味は持てませんでした。
加えて、以前と違って、体力も心もとない。気分も、まだまだ不安定で、突然うつ状態になることも多い。
空き時間を全部勉強につぎ込む! というのは不可能です。
同期や、同年代の社員は、どんどん異動して、どんどん昇格していきます。
止まった時間の中に取り残されているかのような不安の中で、わたしは、
これから自分は、どうするのか?
なにができるのか?
どうやっていきたいのか?
を考え始めました。
そこで目に留まったのがコーチングでした。
6.「定期的に通わない」コーチトレーニング
コーチングについては、学生時代に本で読んだことがありました。
最初に本を読んだ時には「ふーん」という感じだったと思います。おそらくピンとこなかったのだと思います。
けれども、この時は、少し受け止め方が異なりました。
なんだっけ、これも心理系の技術だっけ?
仕事しながら勉強できそう……
今までの興味関心とは異なることをやってみるのもいいかもしれない。
そこから、コーチングスクールについて調べ始めます。
調べながら思ったのは、
体力的に、毎週通学とかは無理だな~
っていうか、今の状態で受講して大丈夫なの?
心の中を探られるの無理。模擬コーチングとか、耐えられる気がしないな……
ということです。
そんな中で見つけたのが、トラストコーチング社の馬場代表が提供していた1対1で実施する個別コーチトレーニングでした。(現在は、同内容の講座はありません)
コーチングを受けながら、コーチングを学ぶスタイル。
しかも、完全個別対応。
これなら大丈夫じゃないだろうか?
ただ、ひとつ気になったのが、これが起業を前提とした講座だったことです。
とはいえ、他に選択肢はなさそうに見えます。
とにかく聞くだけ聞いてみよう! と、私は恐る恐る、トラストコーチング社に連絡し、事前面談の形で、トレーニングを行う馬場代表との面会を設定してもらいました。
そこで聞いたのが、以下2点です。
・うつ状態からの回復中で、カウンセリングも並行して受けているが問題ないか?
・起業するつもりがないがよいか?
面談の結果、問題なしとの回答をいただき、馬場代表に押しつけがましいところがなかったこともあって(メンタルが弱っている私にとって、これも結構重要なポイントでした)、私は意を決してその講座に申込みをしました。
それから、約1か月に1回コーチングセッションを受ける生活がスタートしました。
トラストコーチング社のコーチトレーニングは、セッション中で、今の自分に必要なコーチング・スキル、コミュニケーション・スキルを教えてもらう形で進んでいきます。
基本的に
1)個別セッションで自分の考えていることを掘り下げながら
2)コミュニケーション・スキルを学び
3)それを、所定の方法(場)でアウトプットする
この繰り返しです。
私の中で、コーチングは「質問をする技術」のイメージがありましたが、実際のトレーニングではほとんど質問されることはありませんでした。
不用意に詮索されることもありませんでしたし、もちろん、セッションで傷ついて泣くようなことも、逆に感極まって泣くようなこともありませんでした。(当時やっていたカウンセリングを扱うテレビ番組を見て、コーチングにも同様のイメージを持っていました。笑)
セッションで淡々と会話して、帰ってきてからはコツコツ宿題をする日々。
自分では、この間、特に何かが変わった、ということは感じていませんでした。
あとから振り返ると、通っていた8か月の間、ひたすら宿題していたなと感じます。
ところが。
半年ほど経ったころにあった評価面談で、突然上司から「コミュニケーションがすごく良くなった」というフィードバックがあったんです。
少しずつアウトプットを続けていたことで、自分自身では感じていなくても、確実にコミュニケーションが変化していたのだと思います。
一通りのトレーニングが終わったころ、代表から「コーチとして活動してもいいですよ」とお話がありました。(先に書いた通り、本来そういう目的のトレーニングでしたからね)
ただ、この時点では、まだコーチとして活動していくということはあまり考えていませんでした。
当時はまだ副業も一般的ではありませんでしたし、ましてやコーチング単独で活動している人はとても少ない印象でしたから。
とはいえ、わざわざ8か月かけて学んだことがそれきりになってしまうのも、少しもったいないな、とも思いました。
そんなあいまいな状態の私が白羽の矢を立てたのが、その年(2015年)にトラストコーチング社が提供を開始していたトラストコーチングスクール(TCS)の講座です。
トラストコーチングスクール1期生募集の投稿を見たわたしは、一度学んだコーチングスキルの復習をするのもいいか、と1期のコーチトレーニングに申込みます。
いざ、トレーニング当日。
私は衝撃の事実に直面しました。
8か月かけて!勉強したことが!!
全部テキストに書いてあるーーーーーー!!!
(注:誇張ではありません)
がーーーーーーーーーん!!!
もちろん、1対1の個別コーチトレーニングでは、私自身の状態(うつからの回復期であるとか、過労からの回復期であるとか)を考慮してセッションをしていただいたり、具体的に私が抱えている課題やコミュニケーション上の事例をもとにスキルのレクチャーをしてもらったりしたので、それはそれは有意義で実りの多い内容だったんですよ。
が、そのことが理解した上で、いや理解しているからこそ、わかりました。
TCSのテキストでは、個別トレーニングで学んだ内容の核となることが、シンプルかつ具体的にまとめられていたんです。
このときの衝撃は、ちょっと言葉にならないです……
個別コーチングで、実例を通して学んできて、その後
「あれ?これって、どうなんだっけ?大丈夫??」
と感じていたことに対して、一気に、答えが目の前にやってきた感じでした……
その時思ったんです。
「あれ……? これ、下手なコーチングを受けるよりも、この講座を受ける方が、よっぽど効果あるんじゃないの…」
ちょうど、コーチと名乗って活動する人が爆発的に増えてきた時期でした。
と同時に、「コーチングは売れない」という流言も聞きましたし、質が高くないコーチングの話も、たくさん聞いていました。
コーチと名乗る人のブログを見てもなんだか、ちょっとズレたことを言っている人も多い気がしました(当時の私の、個人的な感想です)。
ブログやFacebookで、そういう投稿を見るたびに、実際に会って、そんな話を聞くたびに「トラストコーチングスクールを学べばいいのに!」と思っていました。
とはいえ、まだTCSは立ち上がったばかり。
正直、知名度はありませんでした。
周囲のコーチは、みんな某有名コーチングスクールとか、某老舗コーチングスクールとかの出身です。
0期、1期のTCS認定コーチも、まだ、本格的に活動している方は、多くはなさそうでした。
あれ、これはもしかして、自分でやるしかないんじゃないか?
自分でTCSの良さを発信して
自分でTCSを売っていかないと
せっかくの良コンテンツが普及しないんじゃないか?(←失礼)
絶対に、このコンテンツが必要な人はたくさんいるのに!
そこから、私のコーチとしての活動が始まりました。
7.思わぬ副産物:副業を始めて体調が整う
下手なコーチングを受けるよりも、高額な研修を受けるよりも、TCSを学ぶ方がずっと価値がある!
と、自分の手で、TCSを普及させることを決めた私。
とはいえ、このときも会社を辞めるつもりはありませんでした。
まだ体制づくりの途中だということもありましたし、会社に貢献できる部分があることもわかっていました。
幸い、会社に副業禁止規定はありません。
(かつて自分で規定を作っていたので知っていました)
よし、副業でいこう!
まずはそう決めて、どうコーチ業を進めていくかを考えました。
一番のネックは、体調が不安定なことと、時間が限られていることです。
そこで、体調を崩さないように、まずは睡眠や食事を調整しました。
夜は遅くとも12時にはベッドに入る
食事は抜かない
生活リズムが崩れるような飲み会は極力避ける
一方で、
TCS勉強会には、多少無理をしてでも行き
インプット補強のために体力の許す範囲で、博物館通いを再開
読書の幅も広げました
おかげで、1年を通して、体調不良で会社を休んだのは、会社でまん延していた超強力な風邪にやられた1回だけ。
1日座っているだけで精一杯だった頃にはとても考えられない回復ぶりです。
そのことに気づいたときは、自分でも驚きました。
TCSについては、
ブログやFacebookで発信するのがいいのか?
実際に人と会うのが良いのか?
など、いろいろ試行錯誤していました。
ひとつだけ決めていたのは、信頼を損なう行動はしないこと。
それは、たとえば、安易に値下げをしてお客様にとってのサービスの価値を下げることをしない、とか、だまして申込みを誘うようなやり方をしない、とか、そういうことです。
いずれにしても、活動がストップすることが一番のロスだと感じていましたから、どんなにしんどくても、「動き続けるために、何をする必要があるのか」を常に考えていました。
そんな中、会社ではどうだったかというと、実は仕事の効率がものすごく上がりました。
体調のためにも、副業のためにも、絶対に残業はしない、と決め、毎日自分でも驚くほどの集中力で仕事を片付けていました。帰り際は、いつも、ちょっとクラクラしていましたね(笑)
最終的に、仕事量としてはさほど以前と変化がなかったにもかかわらず
「毎日定時だと、仕事してなさそうに見えるから、ちょっと他の人の仕事を分担してくれないか」
と上司に打診されるまでになりました。
この時は、必要とされていると実感して、とても嬉しく感じました。
とはいえ、その打診があったとき、ほかの人の仕事を引き受けるのは、とてもリスクがあることだな、とも私は思いました。
それは、自分の時間が……という意味ではなく、他のメンバーから、効率よく仕事をする、ということを考える機会や、その仕事について学ぶ機会、つまりは、本人の「成長の機会」を奪ってしまうのでは? と思ったからです。
なので、その懸念を上司に伝えた上で、繁忙期を中心に、成長の機会を奪わない形で仕事を引き受けることで調整をしました。
実際のところ、私が全部やったほうが早い仕事もあったと思います。
ただ、それをしてしまうと、いつまでたっても「私しかわからない仕事」が残り続けることになりますし、元々取り組んでいた「他にもできる人を育てる」という目的から逸れることになります。
どの仕事が、成長のための仕事なのか?
どの仕事が、わたしが代わってやっても問題ない仕事なのか?
以前とは異なり
「わたしがやらないと……」ではなく
「どうやったら、周りの人がより成長できるだろうか?」
を考えながら仕事をしている自分が、そこにはいました。
自分の手から仕事が離れていくことの不安は、いつの間にかなくなっていました。
とはいえ、会社とTCSのダブルワークで、明らかに仕事時間が増えたわけです。
家族との時間はどうなったのか? ということが気になる方もいらっしゃるでしょう。
そこで、当時夫に聞いてみたメモをシェアしたいと思います。
8.夫に聞いてみた!「今の私、どう?」
生活リズムを整えた結果、体調をそこそこ維持できるようになり
会社では、集中して仕事を終わらせて、定時退社を心がけ
さらには、仕事そのものを見る目も、「その人が成長できるかどうか?」
に変わってきた。
では、家庭では、どうだったのか、というと…
自分ではよくわからなかったので、夫に聞いてみました。
(ちなみに、夫は、コーチングのことはよく知りません)
以下、夫談。
(1) 愚痴が面白くなった
「以前は、なんだか深刻で暗いが愚痴が多かった。
最近は、職場での愚痴も、ネタとして笑って話しているので、聞いていて普通に面白い」
夫曰く、副業を始めたこともあり、会社に対して依存的でなくなったので、多少しんどいことがあっても客観的に見ることができ、ツッコミや笑いに消化できているのでは?とのことでした。
確かに、職場のことで、家でグチグチ言ってくだをまくようなことはなくなった……ような気がします。
(2) 察しが良くなった
「以前は、自分(夫)が機嫌が悪いときに、さらに神経を逆なでしたりするようなことを言われて、余計にイライラすることが多かった。
最近は、自分の言いたいことを、割と早く察してくれて、さらに火に油を注ぐようなことを言わなくなったので、ケンカをしても、イライラがおさまるのが早くなったと思う」
これね…確かに、以前は、膝詰めで、何時間も
「ねぇ、俺がなんで怒っているかわかってる? 口先だけで誤ってない?」
と説教され続ける、ということが定期的にあったんですよね……
もうこれ、本当にしんどいんですよ。
謝っても謝っても、なぜか、どんどん夫の機嫌が悪くなっていくんです…
夫に言われて気づいたんですが、最近は、こういう「膝詰め説教」はなくなりました(笑)
夫曰く、
・わたしが、夫が不機嫌な原因に、早く気づくようになった
・そして、「気付いているよ」ということを、夫に上手に伝えるようになった(←重要)
ことで、イライラが悪化しない傾向にある、とのことです。
イライラを全てなくす、というのは現実的ではないと思います。お互い別に育ち、異なる価値観を持っている部分もある以上、どうしたって意見の違いは出てきますから。
ただ、イライラの原因をお互いに理解し、不機嫌でいる時間が少ない方が、二人でいて楽しいので、イライラが長引くことがなくなって良かったなと思います。
(3) 自分(夫)が話す量が増えた
「前はね、あなたが一方的に話していることが多かったんだけど、最近は、自分(夫)の出した話題でも、盛り上がるようになったよね」
その結果、夫が話す量が増えたとのこと。
「前より、会話の流れがスムーズになったと思う」とも言っていました。
その結果なのか?
最近は、休日にPCに向かっているとを書いていると、夫が、話題を見つけては、一生懸命話しかけてきます。夫としても話を聞いて欲しいタイミングがあるようで、それを表に出せるようになったということかな、と思っています。
(4) 会話量が増えた…かも?
以前は、私自身がイライラしていたりすることも多かったよな~と、思います。
さらに、疲れて寝ている時間も多かったので、夫とのコミュニケーションが少なくなっていたという面も、あったかもしれません。
(実際に「いつも寝てばっかり!」と言われたこともあります)
それを考えると、夫から積極的に話かけてくれるようになったのは大きな変化かな、と思います。
いつも協力してくれている夫に感謝です。
9.コーチングを学んで変わった10のこと
最後に、コーチングを学んで変わった10のことについて、まとめてご紹介したいと思います。
ちなみに、ここまでに触れることができた話も、そうでない話もあります。
(1) 行動面で変わったこと
まずは、わたし自身が、「明らかに自分が変わったな」と感じていることです。
やはり、大きいのは、行動面での変化ですね。
①健康管理が上手になった
過労で倒れた経験から、体調不良が一番ロスが大きいと実感したこと、さらに、トラストコーチングスクールを、もっとたくさんの人に伝えよう、と思い、副業を始めたことから、健康管理に気を遣うようになりました。
とはいっても、無理をすべき場面も、それなりにあります。
そのことも考慮したうえで、どこまで頑張るか? どこから休むか? について、今、何が一番優先すべきことか?を自分なりに判断して、バランスをとることができるようになりました。
②沈黙を受け入れられるようになった
以前は、相手が黙ると、「なにか、しゃべらなきゃ!!」と、焦って、いろんなことをまくしたててしまうことがよくありました。
コーチングを学んでからは、沈黙は、相手が考えている時間だと捉えられるようになり、焦って、余計なことを言ってしまったり、話が迷走したり、ということが少なくなったなと感じます。
(2) 気持ちの面で変わったこと
気持ちや、ものの見方・感じ方の面でも、大きな変化がありました。
③仕事に対する視点が変わった
以前は、どうやったら効率よく仕事できるか? を主に考えていました。
その結果、「自分でやるのが最も効率がいい」という結論になり仕事を抱え込みがちになっていたんですよね……
もちろん、効率よく仕事できるか? は今も考えていますが、それ以上に、
「どうやったら、自分や周りの人がより成長するか?」
「どうやったら、会社全体がより上手くいくか?」
について、考えるようになりました。
④イライラがおさまるのが早くなった
「なんか仲間外れにされている気がする…」
「なんか馬鹿にされているような気がする…」
って思うことありませんか?
子どもっぽい、って思われるかもしれませんが、大人になっても、私の場合はけっこう感じることがあったんですよ。
そしてそんな時に、真偽がわからないのに何日もクヨクヨ悩んでいることが、けっこうあったんです。
それでまた、イライラしたり、ストレスを感じたりして……
今も、もちろん、同じように感じることはあるんですが
「どうせ真偽は、わからないのだし」
と、ある程度、割り切って考えることができるようになりました。
そのおかげか、今までイライラやストレスを解消するのに費やしていたエネルギーを、「本来、自分がやりたいこと」に使えているような気がします。
(3) 周囲から見たわたしの変化
コーチングを学んだあとに、「わたしが以前とは変わった部分」について、夫や友人、同僚、上司などからもらったフィードバックです。
⑤「上から目線」を感じにくくなった
私の代名詞。それは「上から目線」でした。
……と言っても過言ではないくらい、以前の私は、
「偉そう」
「押しつけがましい」
「自分が一番頭いいと思ってるんでしょ」
と言われることが多かったのです。
コーチングで、コミュニケーション・スキルを学んでからは、なにかを伝えるときの「言葉の選び方」にものすごく気を付けるようになりましたし、言葉そのものにも、とても敏感になりました。
その結果、「上から目線」ということは、今ではあまり言われなくなりました。
逆に、「決めつけない形で話をしてくれるので聞きやすい、受け入れやすい」と、言っていただけるようにもなってきています。
⑥人付き合いで消耗している様子が減った
「人と会うと、社交ポイントが減っていく…」
と、最初に夫に言った時には、笑われたものです。
とはいえ、現実に人と会ってしゃべるのって、やっぱり気を遣いますし、消耗するんですよね。
以前は、1日仕事をするとクタクタ……
ちょっと交流会に行くと、もうヘロヘロ……
という感じだったのですが、最近は、そういうことが少なくなりました。
夫から見ても、余裕をもって人に会いに行っている、という感じで見えているようです。
コーチングを学んで、言葉の捉え方、コミュニケーションの取り方が変わったことで、1回あたりの社交ポイントの消費量が少なくなってきて、消耗している様子が減ってきたのかもしれません。
⑦人との距離の取り方が変わった
以前の私は、「人間関係は100か0」だと思っていました。
ディープに理解してくれる人か、
まったく理解してもらえない表面上やり過ごす人
の2択しかなかったんです。
それゆえに、表面上やり過ごす人、とは、あまり接触したくありませんでしたし、今分かり合える人以外との関係は全て諦めている、という状態でした。
トラストコーチングスクールで学んでからは、「この人とは、信頼関係を作っている途中」と考えることができるようになり、それゆえに、人間関係をより丁寧に扱うことができるようになりました。
その結果が「人との距離の取り方が変わったと感じる」ということなのかもしれません。
(4) 夫の感じ方の変化
最後に、先にもご紹介した、「夫が感じている夫自身の変化」です。
⑧愚痴が面白くなった
「グチを言ってても、最後にオチがあったりと、面白く聞けるようになった」
とのことです。わたし自身の捉え方の変化が、夫の気分にも、影響しているみたいです。
⑨イライラが続くことがなくなった
「最近は、自分の言いたいことを、割と早く察してくれて、さらに火に油を注ぐようなことを言わなくなったので、ケンカをしても、イライラがおさまるのが早くなったと思う」
イライラすること自体も減って、よく眠れるようになったんだとか(笑)
知らなかった!
⑩話す量が増えた
「最近は、自分(夫)の出した話題でも、盛り上がるようになったよね」
夫曰く、以前は私が勝手にしゃべっていることが多かったが、最近は、夫が振った話題でも盛り上がれるようになった、とのこと。
夫は、わたしが、上手に、ほかの人の話題を盛り上げられるようになった、と思っているようです。
10.おわりに
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この投稿では、
私がどんな経緯でコーチングを学ぼうと思ったのか
コーチングを学んで、日々の生活がどう変わったか
ということを綴ってきました。
コーチングを学んだことで多くの変化がありました。
これらは、私だけではなく、誰にでも起こりうる変化だと思います。
もちろん、あなたにもです。
また、私が経験したこと以外にも、いろんな変化を経験している人がいます。
ただ、一つだけ言えるのは、変化は漫然と過ごしていて起こったのではなく、学んだ内容を日々実践したからこそ起こったものなのだということです。
私が学び始めたころと比較しても、コーチングに関する書籍が爆発的に増えました。
本で学んだ方も、きっと増えてきているのではと思います。
ただ、コーチングも、コミュニケーションも実践あってこそだと私は思います。
一人で学んで、よくわからなかった効果を感じられない方がいましたら、ぜひ講座にいらしてください。もちろん、初めて学ぶ方も歓迎です。
あなたのコミュニケーションの知識や経験を、一緒に実践できる形へ変えていきましょう。
そして新たな自分と出会い、ご自身の人生をより充実したものにしていっていただければ、こんなに嬉しいことはありません。
【続編】コーチングで変化した、私のキャリア
2017年以降の状況をまとめた続編も投稿しています。
コーチングを学ぶ・受けることの長期的な効果に興味がある方、
トラストコーチングスクールの認定コーチって何やってるの?という方
今の黒岩ってどんな人なの?と感じた方は
ぜひこちらもお読みいただければと思います。
→コーチングで変化した、私のキャリア
くろいわやトラストコーチングについて知りたい方はこちらからどうぞ。
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