団地綺譚 葬送と再生の境界 第6話 社宅をDIY
◇小説の紹介
昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。
社宅と言われた塔状の住棟、いわゆるポイントハウスの最上階には屋根がなかった。
屋根がないと報告すると、課長は電話口で笑い飛ばした。
「何、言ってるんだ、
建築士ならセルフビルド、DIYくらいできるだらぁ!」
変なところでJDL弁の課長に毒づきながら、ちょっと考えてみる。DIY、まあ子供の頃やっていた秘密基地みたいなものか、今ならもっとマシにやれるよな。
昔、造成地の大雨の後にできた谷状のくぼ地に秘密基地をつくったものだ。
早速、住棟ごとにあるゴミステーションを回ってみよう。各棟にゴミステーションがあり、粗大ゴミもそれなりにあった。
退去する時に、これ幸いと捨てていくのか、ありとあらゆるものが置いていかれていた。ガスコンロや洗面台、システムキッチン、冷蔵庫、扇風機、なんでもござれだ。生活の抜け殻みたいなものだ。
めぼしいものを抱えて歩くと、住棟のアイストップの植栽が無惨なまま放置されている。
実家の植栽を思い出す。更地となってしまったが、実家には、お袋が愛でていた植栽が森のようにあった。
結局、手入れを手伝ったこともなかったな。
物憂げに社宅へ歩みを進める。
途中、トムがついてきた。
「餌は何もないぞ!」
トムはゴロゴロ言いながら部屋までついてきた。
さて、いきなり団地の再生だ、どうするか?
まるまる一部屋分と少し屋根が無い。
設計図もない、いきあたりばったりのDIYだが
枠組みを決めて進めていく設計業務と違い、わくわくしてくる。
こういうことがしたかったのかもな・・・
何をやってもいいのだ。
気に入らなければ、いかようにも、その都度、変えていい。
なんという開放感。
いつもの仕事のことは棚に上げて、浮き立つ気分を抑えられない。
今のところ晴れ続きだが、夜露はつらい。
一室はブルーシートを重ねて、その下に段ボールで寝床をつくるとするか。
結局、リビングの屋根は間に合わない。
お陰でトムは陽を浴びてぐっすり昼寝だ。
夜は星空を見上げて寝るか
五階なら蚊も来ないかな。
おっと念入りにやり過ぎた。寝床は段ボールで何重にも重ねて、かまくらのようになってしまった。ま、これなら寒いことはない。
問題は雨音だが、どうにも辛くなったら事務所の仮眠室で寝ればいいか。
さて問題は、風呂だ。さすがに風呂は欲しい。風呂の部分だけ屋根が抜けている。なぜか浴槽も跡形もない。蛇口だけ残っている。どうしたものか。露天風呂としてもバランス釜と浴槽が見つかるまで、ブルーシートで水風呂と風呂にしとくか。
部屋の四隅にブルーシートを引っ掛けてなんとか湯船をつくる。
慎重に浅めに水を張って行水する。
星空の行水もいいね。
夕暮れで誰も男が行水してると思わないだろうと思って、早速、行水してみる。浅い水に仰向けになりつつ、窓の隙間から、隣接するポイントハウスを覗ってみると、最上階に灯りがない。
まさか、どれも最上階の屋根がないとかないよな・・・
急に寒気がする。行水もほどほどにしないと。
気がつくと水が溢れていて、玄関から流れ出しかけている。
慌てて蛇口を閉める。
ちょっとブルーシートじゃ、頼りないなあ。
まさか床は抜けたりしないだろうな。
水は意外と重い。
風呂となると余裕で一トンだ・・・
この辺りが、一介の建築士、構造設計者様でない悲しいところ、計算してみようなんて気はさらさらない。
よし、落ち着いたところで、家族に電話してみよう。
「なんとか、住めるようにした」
「あら、良かったじゃない」
「屋根はないけどな」
少し間があって、
「開放的でいいわね。」
くすくす笑う声がする。
「いやいや笑い事じゃない。これじゃ先が思いやられる」
「あら、そうなの」
どうも家族には、この異常事態としか思えない状況が、現実味がないようだ。
そりゃそうだ。実家がいきなり更地ときて、社宅は屋根がない・・・
たわいもない家族との会話に、安心したのか、うとうととそのまま寝てしまった。
実家の夢を見る。
ぼんやりと実家の庭が浮かんでくる。
庭を眺めるふたつの影・・・お袋と親父が並んで庭を見ている。
2人とも意外と仲良かったんだよな。
微笑ましい気持ちになっていると、急にお袋の首が180度まわる。
庭の木を切ったら承知しないぞ!
