団地綺譚 葬送と再生の境界 第2話 蘇る銀狼
◇小説の紹介
昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。
池鯉駅の駐車場で、愛車を受け取る。
駐車場の一番奥にシートがかかった一台がある。
シートに埃は溜まっていない。
ゆっくりとシートを外す。現れる旧車のオープンカー。
シルバーのユーノスロードスター、NA8。
実家に眠っていた二十年ものだ。
無理を言って預かってもらっていた。
この葬儀の間に、しっかりと整備した。車検も取り直したし、部品も交換、すっかり大丈夫だ。
チノパンのポケットから、古びたキーを取り出す。
ユーノスのマークが鈍く光っている。
助手席に回りドアをゆっくり開けて、大きなかばんを放り込む。
そうこいつには大きなカバンを飲み込むトランクはない。
運転席に回って、ドアを開けて体を滑り込ませる。
ちょっと車内を見渡して、マツダスピードのシフトノブを握って、目をつぶる。
ようやく乗れるな。銀狼。
こいつの名前だ。狼ってのは子供っぽいが、しなやかな走りっぷりは、自分としては立派な狼だと思ってる。
キーを差し込み、イグニッションをひねる。
ブロロロロ……
銀狼が、ゆっくりと目を覚ます。
鈍い振動と共にシルバーの筐体がゆっくり滑り出す。
「いい音だ」
腕時計を見ると16時過ぎだ。
「まだ時間があるな、事務所によって行こう」
私は、ギアを2速に入れて、ゆっくり交差点を曲がる。
ちょっとライトを点けていくか。
銀狼は目を開けると、ちょっとユーモラスな顔になる。
「これでいいんだよ」
最近の車は、妙に鋭い顔をしている。
それをみるたびに、こいつの丸い目が恋しくなる。
駅前から、ちょっと考えて左折して幹線1号へ出る。
お土産買い忘れちゃった。
あれを買っていこう。
池鯉市といえば、太あんまきである。
幹線1号、通称幹1を走り、太あんまきの富士田屋本店によるか。
太あんまきとは、薄焼きの生地であんを巻いた和菓子だ。池鯉名物で、名前の通り太い。それだけだが、これが旨い。
考えてみれば、地元のものでお土産とはこれいかにだが、本人が食いたいんだから仕方がない。N鉄に乗る前に買えばよかったな。
富士田屋では好物の揚げあんまきが売り切れだった。
前日の売れ残りを揚げているという都市伝説があるが、子供の頃よく食べた。
団地へと向かう、東海通りを東へ向かう。池鯉市は、もう勢いを失った地方の街だった。
農協の角を曲がり、まっすぐな直線となる。
少し、いたずら心でアクセルを踏み込む。
銀狼は夕闇の中、翔けるように疾走する。
バックミラーに、光が映った。
妙に低い車高。爆音のマフラー。ヘッドライトが青白い。 プリウスだ。なぜかプリウスだ。
来るか。
ギアを落として、アクセルを踏み込む。銀狼が唸る。 並んだ瞬間、プリウスは赤信号を無視して交差点へ飛び込んだ。
銀狼は止まる。
青白いライトは、交差点の直前で、角の駐車場をショートカットして暗闇へ消えた。 運転席と助手席、異邦の顔立ちが二つ、こちらを一瞥して笑った気がした。
追えるわけがない。というより、追う気にもなれない。 あれは銀狼の走る道じゃない。
——まあいい。
ふいに、黒い影が車の前を横切った。
「——っ!」
ブレーキを強く踏み込む。
タイヤが悲鳴を上げる。
ヘッドライトの光の中で、1匹の猫がこちらを見ていた。
黄色い目。
じっと、逃げない。
その足元だけが、白い。
……白足袋だ。
次の瞬間、音もなく茂みに消えた。
「黒猫だ、不吉な・・・」
「でもまてよ、今の猫、白足袋でしっぽが短い」
ジャパニーズボブテイル・・・
日本猫特有の曲がったしっぽを持つ野良猫だった。
トムに似ている気がした。
昔、飼っていた猫だ。
気がつくと、もう実家の近くだった。
消えたか、トム・・・
——両親と同じように。
戌渡川に掛かる団地橋を渡り進む。
事務所は、団地の角にある。
もと派出所だった場所だ。
——誰かを、見張るためのように。
