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団地綺譚 葬送と再生の境界 第17話 深海先輩とトム

#連載小説 #長編小説 #ファンタジー小説 #小説

◇小説の紹介
 昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。

あらすじ、目次、登場人物紹介はこちら

事務所の駐車場に停めた銀狼の運転席に座って一服する。さっきの幻影は何だろう。富江の瞳に深海先輩の記憶が見えたような気がした。

どうもこの団地に来てから不可思議なことが起きすぎる。仕事に疲れているにしてはおかしい。おかしい割には気分は落ち着いている。正常バイアスが働いているのか、それともそれほど異常なことではないのか。

銀狼のサイドミラーに映る影があった。みるとトム。トムが高校生ぐらいの少年に寄り添っている。

めずらしいな、トムがほかの人間になつくとは・・・

サイドミラーをじっとみると、高校生の顔に見覚えがあった。
その高校生は深海先輩によく似ていた。

ドアを開けて後ろを振り返った。
そこには深海先輩おろか、トムもいなかった。

いったいどういうことだ。
事務所に戻ると富江は珍しく髪をとかしていた。少し、ぼーっとしたままショートボブの黒髪をとかしている。なめらかなきれいな黒髪だ。

そういえばトムもよく毛づくろいしていたなあ。

昔うちにいたトムのことを思い出す。急にどこかへ行ってしまったな。
いったいどこへ行ったのだろうか。

トイレは外へ出していたから、何か事故に遭ったかもしれないし、行方知れずだ。最近、社宅に姿を見せない方のトムもどうしていることやら。

昼休みに社工場に行ってみようかと思ったが、あの富江そっくりの男に出くわすのも嫌な気がして事務所で食事を済ました。

あの男の富江も黒髪はサラサラできれいだった。

いったいどういうやつだ。富江にそっくりだが、双子か何かか。今日の呆けた感じの富江に聞くのもはばかられるな。そういえば外で二人に出会ったことがないな。


銀狼の修理に2週間かかった。その間、書類棚をあさってみたが深海先輩の記録は残っていない。ようやく銀狼が戻ってきた日、課長は珍しく終日外出していた。自分なりの再生計画をの業務をすすめ、定時となった。

銀狼はようやく走れるようになった。幸い深刻なダメージは受けておらず、見事に復活したのだ。修理が経費で落ちたのは幸いだった。課長が仕事で使っているからと妙に馴れ馴れしく手続きしてくれた。

どうも川の氾濫以来、課長の態度がおかしい。以前よりも馴れ馴れしくなった。親密度が増すという感じではなく、こちらのご機嫌伺いのような気持ちの悪い感じだ。深海先輩のことは、社の記録にも残っていなかった。団地事務所に出向して、そのまま行方不明。

自分もそうなるのか、嫌な気分だ。

くさくさした気分を吹き飛ばそうと、少し違う道を銀狼に走らせて社宅へ向かう。外周道路の坂を上がり、右折する。老人憩いの家と児童センターの三差路を通るとき、今度はリアミラーに、またあの少年がみえた。慌てて銀狼を停めて、振り向くが居ない。

銀狼を停めたまま、もう一度、リアミラーをのぞき込む。
少年は黒猫を抱きかかえて、児童公園へむかっていき見えなくなった。

銀狼を脇へ停めて、児童公園へ行ってみる。団地内に4か所の大きな児童公園がある。姿が見えなくなったのは事務所に近い、細長い公園だった。

児童公園は夕方のせいか、人影も少なく夕日にブランコの影が長く伸びていた。ブランコの脇に見覚えのある黒猫がちょこんと見えた。

トム

トムは寄ってこなかったが、近づいても逃げることもなく抱き上げることができた。あの忌々しい白い悪魔に社宅に占領されてから、トムはやってこなくなった。トムはそっと体を預けてくるとゴロゴロと喉を鳴らした。

深海先輩はあの黒猫と暮らしていたのかな・・・

つぶやくと、ふとトムが見上げてくる。
なんとも聡いまなざしに、吸い込まれるような気分になる。

おまえ、毎日やってくるけど、どこかで飼われているんじゃないのか。

瞳が見上げたその先に、高校生の深海先輩がいた。
深海先輩にそっと抱き上げられた。またトム目線になっている。先輩に撫でられて、トムはゴロゴロ言っていた。とても穏やかだし、気持ちがいいようだ。

深海先輩が高校生ということは、この黒猫は社宅に来ていたトムではない。

時期を考えると20年以上前・・・

まさかそりゃ、ウチで飼っていたトムじゃないか!愕然とする。トムはトイレは外でしていたし、ちょくちょく出掛けてどこかへ行っていた。

川を越えて団地へ来て、深海先輩と会っていたのかトム・・・

「もう一緒に住むか。え・・・」

え、トムはうちの猫だよ!先輩

そんな、あの時、トムが居なくなったのは・・・

トムに、そんな心の叫びが聞こえるわけはなく、気持ちよさそうに撫でられたままだ。

「僕はひとりぼっちなんだ・・・」

にゃあ

トム!ダメだ。いっちゃダメだ・・・

先輩に抱かれたままどこかへ向かってゆく。いくつかのポイントハウスを通り過ぎて、三叉路のポイントハウスに足が止まる。

ここだよ。ここの五階に住んでいるんだ。

ここ35号棟の五階とは、今、自分の住んでいる社宅のことだった。

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