団地綺譚 葬送と再生の境界 第16話 瞳の中の深海先輩
◇小説の紹介
昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。
あれだけ激しい地形改変であった堤防決壊。数日、周辺住民が砂地の地形を楽しめたのだが、再び豪雨が襲ってきて、すっかり土砂を洗い流してしまった。そして黄色いツナギを着たガラ子たちが無数の重機を動かして、信じられない工期で復旧しようとしていた。
すさまじい音量のモーニングコールで目が覚めた。まだ早朝だ。異様に生暖かい。
モーニングコールを奏でているそれらを追いやって、身を起こす。あたり一面、白いものがうごめいている。なぜか、あの日、白い鶏は一匹残らず団地へ避難してきたようだ。よりによって、うちにくるとは!
遠目に見れば、ポイントハウスの頂部に白い塊が見え、生ビールみたいに見えるかもしれないが、泡は皆白色レグホンなのだ。
お陰で掃除は大変だ。毎日、糞掃除が必要になってしまった。おまけに鶏のせいかトムは姿を現さなくなった。
ただいいこともあった。卵がただで手に入る。
今朝も卵尽くしを食べてから出勤した。
銀狼はまだ事務所の駐車場に停まってる。
泥は掃除して、なんとか自走できるが、エンジン廻りの本格修理はこれからだ。
事務所にはもう課長と富江がいた。
あの豪雨以来、富江は物憂げだ。
「おはようございまーす!」
「おはよう。」
「おは、よう。」
富江は相変わらず、アクセントがおかしい。ずっとこうなのだろうか。そんなことを思いながら、深海先輩のことを聞いてみる。
「え、深、海さん・・・」
「そうそう、どんな働きぶりだったの?」
ショートボブの眼鏡の底をのぞき込んでみる。
その瞳の奥に深海先輩の実像が記録されて居たらなあ・・・
澄んだ瞳に吸い込まれるような感覚が芽生える、頭を振り払うとおかしな光の中の人影が見えた。ような気がした・・・
「本日付で団地再生事務所に赴任した深海申太郎です。」
え、深海先輩!
事務所の扉を開けて、理知的な青年が立っていた。それは疑いもなく深海先輩だった。
「深海さんの席はこちらです。」
「ありがとうございます。えーと富江さんでしたっけ。よろしくお願いしますね。」
「はい。」
おかしいな、富江のアクセントが普通だ。
そして事務所の奥の鏡が見える。
セミロングの女性・・・。セミロングの富江が鏡に映ってる!髪を気にしてる富江。
これは、どうも富江視点になってるみたいだ。自分が富江だという感覚はない。なんともおかしいが成り行きを見届けよう。
「団地の再生には、かなり大胆な計画が必要だね。」
机に広げた計画案を前にして、深海先輩がセミロングの富江に計画案を説明している。
「富江さん。どう?わかった?」
「あ、わかりますよ。でも難しい。」
課長が咳払いした。
深海先輩、自分、いや富江か、相手に団地の再生計画をえんえん説明していたぞ。
どういうこっちゃ?
まるでうっとりと先輩をみあげちゃってたなあ。
課長が気に入らない風情なのは、そのせいか。
深海先輩は、どうも12棟のポイントハウスに目を付けたようだ。団地内の景観が単調にならないように、棟状のポイントハウスが団地の中央の道沿いに建てられていた。
「ぼくは実は、この団地に住んでいたんです。」
え、そうなのか?
聞いたことないぞ!
「猫も飼っていたなあ。野良猫を拾ってね。ふたりきりでがんばったんだよ。」
富江は深海先輩にすっかり参ったのか?ちょっと呆けているようだ。
課長がひときわ大きな咳払いをした。
はっと気がつくと、事務所の中でつったって、富江の顔を見ていた。
腕時計を見ると、時間としてほんの一瞬だ・・・
「深海先輩・・・やっぱり居たんですね。」
思わず呟いていた。
もしかすると富江が深海先輩のことを教えてくれたのかもしれない。
しかしいったいどうやって・・・
富江はきょとんとして、こっちを見上げていた。
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