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"働きやすさ"ではなく、"その人らしく生きられる職場"をつくりたい

この記事は、スタッフには「休んでほしい」と心から願い、お互い様のチームをつくろうと奔走しながらも、なぜか自分自身が一番休めていない、そんなすべての管理者に向けて書く。

「師長だから仕方がない」
「自分が我慢すれば現場が回るから」

そう自分に言い聞かせながら、どこかしんどさを抱えている人に、届いてほしいと思っている。

正直に言う。

私はスタッフに、有給を自由に使ってほしいと思っている。

子どもの急な発熱、学校の行事、家族の介護、あるいは大切な人との旅行。

どんな理由であれ、プライベートの時間も大切にしてほしい。

そう思っている。
本気で、心からそう願っている。

これまでの記事でも、私の本音をバラバラと書き綴ってきた。

1本目で「子育てや人生の多様な経験こそが、看護の解像度を深くする」と書いた。

2本目で「自分のための旅の経験が、回り回って仕事の視野を広げてくれた」と書いた。


3本目で「誰かが突然いなくなっても、みんなで自然に支えられる現場をつくりたい」と書いた。


どれも嘘偽りのない、私の理想の看護現場の姿だ。

物理的な数字や、どこにでもあるような一般論の裏で、ふと現実の自分を振り返ったとき、強烈な矛盾にぶち当たる。

「私の有給、全然消化できてなくない?」

笑えない話だ。


スタッフには「人生を楽しんで!」と言いながら、管理者の私が一番、現場に縛り付けられている。

「師長だから」という目に見えない鎖が、自分自身をがんじがらめにしている。

自分がやった方が、話が早い。
自分が現場にいないと、何かトラブルが起きたときに不安だ。
せっかく回り始めた病棟の動きを、自分の不在で止めたくない。

その気持ちの根底にあるのは、間違いなく「責任感」だ。

現場を愛し、スタッフを守りたいという、管理者としてのプライドでもある。

正式なデータがあるわけではないけれど、肌感覚として、多くの管理者が同じように「自分が一番休めない」と悩んでいるのではないだろうか。

気づいたらどうだろう。

自分が一番、心のゆとりをなくし、一番休めない人間になってはいないだろうか。

想像してみてほしい。
毎日アンテナを張り巡らせ、トラブル対応に追われ、髪を振り乱して疲弊している師長の後ろ姿を。

それを見ているスタッフは、一体どう思うだろうか。

「師長って、本当にかわいそう」
「あんなに大変なら、私は絶対に師長になりたいなんて思わない」

これでは、次世代のリーダーなんて育つはずがない。

いくら口頭で管理職のやりがいを説いたところで、後ろ姿が「しんどさ」を物語っていれば、誰もついてこない。

きらきらした、楽しそうな上司がそこにいること。

それ自体が、実は組織の最も重要な「文化」の一部なのだ。

自分の人生をちゃんと愛し、プライベートも仕事も欲張りに楽しんでいる管理者がいる。

その背中を見せることで初めて、スタッフの中に「あんな風になれるなら、私もいつか管理者になってもいいかもしれない」という小さな芽が生まれる。

だから、私は決めた。

キレイゴトの理想論で終わらせるのをやめて、現場が自然に回り、自分もスタッフも豊かに生きられる「仕組み」をつくることにした。

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私が現看護師長として、日々の現場で主任やスタッフたちと泥をすすりながら試行錯誤してたどり着いた、チームを自走させ、誰も犠牲にしないための「3つの具体的な柱」の裏側をすべて共有する。



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