"仕事が一番"になれない私は、ダメですか
この記事は、看護師として頑張りたいけど、仕事以外にも大切なものがある人に向けて書く。
「もっと働ける人が正しい」という空気の中で、罪悪感を感じたことがある人に、読んでほしい。
最初に言う。
仕事が一番になれない私は、ダメですか。
そう思ったことがある人に、まず伝えたい。
ダメじゃない。
全然、ダメじゃない。
看護現場では、「仕事優先」が美徳になりやすい。
休日に勉強している人が「意識が高い」になる。
残業をいとわない人が「頑張っている」になる。
プライベートより仕事を優先できる人が「使える」になる。
気づいたら、そういう空気が職場にある。
誰かが意図してつくったわけじゃない。
でも、いつの間にか「仕事に全部捧げられる人」が正しいような空気になっている。
もっと働ける人が、"正しい"ように見える。
子どもがいる。
親の介護がある。
自分の体を守りたい。
自分の時間を大切にしたい。
それを言うと、なんとなく申し訳なくなる。
「私は頑張れていない」
「もっとできる人の方が、患者さんのためになる」
「こんな私が看護師でいいのか」
そこまで思ってしまうことがある。
でも、少し立ち止まって考えてほしい。
大切なものが複数あるのは、弱さじゃない。
子どもがいる。
それは弱さじゃない。
介護をしている。
それも弱さじゃない。
自分の時間を守りたい。
それも、弱さじゃない。
「仕事を大事にしたい」と「人生を大事にしたい」は、
どちらかを選ぶものじゃない。
両方あっていい。
両方大切にしようとしていい。
ここで、一つ視点を変えてみたい。
看護師として患者さんに関わるとき、何が一番必要だろう。
技術は、もちろん必要だ。
知識も、必要だ。
でも、それだけじゃ届かない場面がある。
不安でいっぱいの患者さんに、言葉をかけるとき。
家族が泣き崩れている場面に、そっと寄り添うとき。
退院後の生活を、一緒に考えるとき。
そこで必要なのは、技術や知識だけじゃない。
「人として経験してきたこと」が、じわっと出てくる。
人生経験は、看護の解像度を深くする。
子育ての不安を知っている人は、
入院中の子どもを持つ親の気持ちに、自然に寄り添える。
誰かを失った経験がある人は、
悲しみの場面で、言葉の選び方が変わる。
介護をしている人は、
退院後の生活が、想像ではなく、実感として見える。
恋愛して、傷ついた経験がある人は、
心が折れている患者さんの横に、ただいられる。
これは、特別な能力じゃない。
ちゃんと生きてきた人が、自然に持っているものだ。
ワークライフバランス、という言葉がある。
仕事と生活を、バランスよく保つ。
どちらかに偏りすぎないようにする。
でも、私はこう思っている。
バランスじゃなくて、つながっている。
私生活での経験が、看護を深くする。
看護での経験が、人生を豊かにする。
仕事と人生は、天秤の両端じゃない。
お互いに、影響し合っている。
仕事をするために生きているわけじゃない。
生きていくためだけに仕事をしているわけでもない。
仕事をしているときも含めて、あなたの人生だ。
看護師長として、患者さんやご家族の人生を大切に思うのは当然だ。
でも、それと同じくらい、
一緒に働くスタッフの人生も、尊重したいと思っている。
あなたの仕事の時間も、プライベートの時間も、
全部含めて、あなたの人生だから。
看護だけしていても、看護は深くならない。
これは、看護をおろそかにしていいということじゃない。
人として、ちゃんと生きることが、
看護師としての力になるということだ。
大切な人がいる。
大切な時間がある。
大切にしたい自分がある。
それを守ろうとしているあなたは、
ダメな看護師じゃない。
人として、ちゃんとしている。
だから、きっといい看護師だ。
次回は、「看護以外の時間が、私を看護師にしてくれる」を書く。
プライベートの経験が、どう看護につながっていくのか。
もう少し具体的に掘り下げます。
