キャラ変えごっこ
あらすじ
筆者は今まで、個人の歴史をAIロボットと量子コンピュータとの対話を通して掘り下げる小説を書いてきましたが、行き着く先、といいましょうか、いわゆる守護霊・ガイドとの対話に行き着いてしまいました。
今回は、主人公(俊ちゃん)が死んだ瞬間から物語が始まります。
自分の〝魂の片割れ〟と一緒に〝ソースの世界〟(あっちの世)に帰る、つまり成仏する前、その片割れ(俊ちゃん2号)の死去が少し遅れたため、幽界に留まったまま、ガイドのタイゾーと今生での体験を語り明かします。
原始的な動物である人間の脳・肉体、高次元からきた魂との調整に四苦八苦しながら、自我(エゴ)を確立した後は、ひたすら様々な〝キャラ〟を着替えることが人生だったと思い知ります。
最後に、出会うことになる「俊ちゃん2号」は、誰だったのでしょうか?
1.至福のとき
やった! やっと、不自由なカラダから解放されたぞ! 生存本能のために標準装備された、不安と恐怖の感情を手放し、手段であるお金を目的に逆立ちさせる?変態?どもの社会から足抜けできた! 軽い! 何て軽いんだ!
とまぁ、そんな喜びを数え上げたら、キリがないね。
三次元物質世界での俺の名前は伊澤俊二。
1961(昭和36年)2月、埼玉県で、父母と4歳年上の兄とともに暮らす家庭に生を享けた俺は、2025年(令和7年)9月のある朝、旅行先の沖縄・北谷のホテルの一室で、眠ったまま静かにこの世を去った。死因は脳卒中。
享年64歳ね。何となく父母のように90歳を超えるまで、〝こっち〟、いや、もう〝あっち〟だね、君たちのいる〝あっち〟にいるような気がしてたし、バンドのライブと新曲づくりとか、やりたいことは少なくなかったんだけど、まぁ、いいや。執着なんかした日にゃ、〝迷い魂(不成仏霊)〟になって、その辺をウロウロし続けることになっちまうぜ、まったく。
四苦八苦のうち、長年、ずっと怖れていた「病」の苦しみを一切、味わうことなく物質世界から足抜けできたことは、この上ない至福だ。俺は何という果報者なんだろうか!
そうは言っても、それは物質世界での至福だけどね。魂本来の世界である?こっち?の至福の凄さなんてね、物質世界の感覚じゃ、とても体感できはしない。次元が違うからだよ。と言ったって君たちには理解できないし、俺も君たちが理解できるように解説できない。次元が違うからだ。なんて俺もしつこいね……。
とにかく、俺は死んだわけで、通夜や葬儀で近親者の手を煩わせることになり、悪いとは思ったが、俺に関する残務処理は全ては順調に進んだ。関わってくれた皆さんには感謝しかない。
「なぜわかるのかい?」だって? そりゃずっとそこに居たからだよ。同じ空間でも、次元が違うだけで、そっちからは見えないだけだ。
いわゆる四十九日までの間はね、国内外どころか地球外にだって、行ってみたいと思ったところに瞬間移動で行きまくった。光の速度が最も速い、と言ったのはアインシュタインだったっけ? そんなのは物質世界の次元に限定された法則でしかないんだよ。
空間、つまり場所だけじゃないよ。過去にも散々、戻ってみた。それも俺自身が同時に2ヵ所、3ヶ所とか複数の時空に同時に行くことができると聞けば、物質世界の君たちには、ビョーキとしか思えないだろう。
こんな妄想としか思われないようなことを、俺が嬉々として語るのは、生前、思い描いていた死生観通りの体験を堪能しているからだ。やはり勉強しとくもんだよ。
30歳を過ぎた頃、たまたま目にした立花隆の『臨死体験』を読み始めたのが、俺の死生観探求の第一歩だった。それ以前の80年代に読みまくった、経済人類学者の栗本慎一郎の影響もあったんだけどね。
それまでの交友関係の中で、いわゆる霊感のある友人は数名いた。そういう人達の話を沢山聞いてきたので、そういう話ってあながち錯覚とか妄想ではないと思えた。自分の五感なんかじゃ感知できないけど、そういう現象もあるのだな、と思うようになっていった。
俺の知っていた霊感アリの人達は、どこか変わった人が多かった。あくまでも、俺と出会った人達のことなので、世の中の全ての霊感アリの人達への批判ではない。
残業が続く中、地上6階・地下1階のビルの全フロアの消灯を確認してから退出していた俺に、こんなことを言った奴の人間性には、何かしらの問題があるとしか思えなかった。
「伊澤さん、昨日の夜、トイレに顔が半分ない女の子がいましたよ」
人間は五感以外の感覚を持つ人を特別視する傾向がある。これは一種のビョーキだ。人類は、未来に起きること預言したり、掌をかざすだけで人の病気を治せる人達を特別視して、ときには神に祀り上げてきた。預言者の場合など悲惨なもので、一旦、預言が外れた途端、平気で殺されたりしてきた。人間っていうのは、どうしようもなく自分勝手で愚かな生き物だ。
特殊能力があることと、神であることは全く別のこと。そんな単純極まりない基本的なロジックがわからなかったりするのが人間だ。
食欲・性欲・睡眠欲のある人間が?神?であるなんて200%あり得ない。掌をかざすだけで人の病気を治せる能力があったとしても、どす黒い醜悪な欲望を心に秘めた人間であるかもしれないのだ。
そして何よりも世俗的な宗教に感じる違和感は、価値判断の基準のほとんどが物質世界の人間に都合のいい勧善懲悪であることだ。何千年もの歴史のある哲学としての宗教の話ではない。
天国と地獄という概念も、物質世界に生きる人間の行動を律するための方便だ。そして天国も地獄も、現世という物質世界にこそ存在する。戦争・自然災害という地獄から、日常生活で感じる懐疑・嫉妬・憎悪という心の中の地獄に至るまで、それらネガティブ感情のバラエティの豊かには、舌を巻くばかりだ。
だから、俺は宗教にハマることはなかった。他人が宗教活動をすることに異を唱えはしなかったが、俺自身にはあり得ないことだった。
精神世界、いわゆるスピリチュアルに興味を持ち始めたのは、ゼロ年代も10年程経った頃だった。こちらのチャネラーの方々も、霊感アリの人達と同じように、一人一人、感じられる波長(周波数)が異なる上に、バラエティ豊かなご知見を、三次元物質世界の人間に理解できるよう解説することは難しいようだ。だから俺は、チャネラーの方々の最大公約数的なご知見を、自分の頭の中で再構成して、自らの仮説としてきた。
ところが、2020年のパンデミックと米国大統領選挙後の混乱の中、俺は9割以上のスピリチュアルのチャネラーたちに幻滅した。陰謀論とネット右翼との親和性が、極めて高かったからだ。高次元の精神性の話をのたまわったと思ったら、突然、国粋主義者と化し、自らの専門分野外にも関わらず、政治・経済のご持論を堂々と展開し始め、フェイク動画・写真を拡散しまくる。ご持論の真偽がどうのこうの以前の問題だ。そんチャネラー達に対し、俺の感性は強烈な拒否反応を示した。
そんなこともあったし、まだ再現性を感じられると思ったのは退行催眠だった。俺自身はヒプノセラピーを受けたことはなかったが、海外の研究者が著した、信頼性の高い臨床的な事例研究の書籍を読んできた。
2.俊ちゃん2号
でもそんなこと、俺にはどうでもいい次元の話になっちまったんだけどね。臨終の後、そっちからこっちの次元にシフトしてから、想定していた通り、両親・親族、それからもう忘れていた友人・知人まで、こっちの次元では自分との関係が深いのだけれど、そっちの次元では数秒しか交流してなかった魂を含めた、多くの魂との邂逅を愉しんだ。
普通ならそのまま本来の世界に向かうはずだったのだが、もう少し、俺はそっちの三次元物質世界に近いエリアに留まることになった。
俺がそっちの世界で肉体を借りて過ごしている間、本来の世界(ここからは「ソースの世界」と呼ぶ)にいて、ずっと俺の行動、いや行動だけではなく、思考まで見守っていてくれたタイゾー(性別は男性としておく)と一緒に。タイゾーのような存在は物質世界では、ガイドとか守護神、守護霊と呼ばれている。
物質世界での肉親・友人達の魂と邂逅した後、タイゾーの姿(姿といっても物質世界の人達に説明するなら、光の球のようなエネルギー体)を認知した俺は、懐かしさだけではなく、無限の安心感に包まれた。
二人きり(俺自身もタイゾーと同じエネルギー体)になった俺たちは、この中途半端なエリアに留まることにした。
タイゾーは早速、俺にメッセージを伝えてきた。実際にはテレパシーだが、わかりやすいように物質世界での会話として表現する。
「サキシマ、いや、まだ物質世界の伊澤俊二、俊ちゃんでいいか?」
俺もそのほうが良かった。サキシマとは、ソースの世界での俺の名前だ。
「うん、それでいい。タイゾーのほうはタイゾーのままでいいけど」
「わかった。それで俊ちゃんね、通常通り、もうソースの世界に戻っても良かったんだけど、俊ちゃんの本体から分かれた、もう一人の俊ちゃんの魂がね、こっちに戻ってくる予定が少し伸びちゃったのよ。伸びたと言っても物質世界での時間の話だけどね。だから、面倒にならないよう、ここでもう一人の俊ちゃん、そうだね、俊ちゃん二号が戻るのを待つことにしたんだ」
もう一人の俺、俊ちゃん二号の概念を説明するのは難しい。ソースの世界にいる俺が、そのまま三次元物質世界の人間に転生することはできない。
そんなことをしたら、低波動で原始的な人間の体など、一瞬にして吹き飛んでしまう。魂本来のエネルギーが大きすぎるからだ。
そこで俺は自分の魂の数十パーセントを分離して、物質世界の人間の胎内に入り込む。分離といっても、ソースの世界にいる俺の魂とは常時接続している。人間でいる間、そんなことは忘れさせられているし、実感などできないが。
不可能なことなどない、全てが完全な想念の世界にいる魂が、不条理だらけの物質世界に転生する目的は、不完全な世界で、不条理な体験することによって、自らの魂が完全であることを実感するためだ。
不可能なことなどないとは、どういうことか実感できるかい? 例えば、宝くじで12億円当たれば、奇跡が起きたと誰もが歓喜するだろう。だがソースの世界では、12億円を当てたいと想起すれば当たるのが当たり前。もし当たらなかったらそれは奇跡で、そんな奇跡など起こることはない。実感できるはずないよね?
もっとも、ソースの世界には、物質世界のような貨幣経済などないし、宝くじを買う愉しみなどないけどね。自分が思い浮かべたものが何でも現実化してしまうソースの世界では味うことのできない、肉体でしか感じることのできない快感を味わうために、不条理にまみれた物質世界への転生を、俺たちは繰り返しているのだ。
肉の塊を目で見て愉しみ、焼ける音を聞き、香りに酔いしれ、味と食感を愉しむ。五感でステーキを堪能するのは、物質世界の肉体がなければ不可能なのだ。
俺はタイゾーにこう尋ねた。もちろん、テレパシーでね。
「タイゾー、本来なら、俺はタイゾーに導かれて、ソースの世界に帰るんだよね? 光のトンネルの中を移動して。そして、今、この時点でもそうなんだけど、脳を含めた原始的な肉体から離れた俺からは、喜怒哀楽の感情が消えつつある。ソースの世界に着いたら、俺はタイゾーをはじめとした、物質世界ではガイドとか守護霊とか呼ばれていたエネルギー体とともに、物質世界での一生を振り返る。自分だけでなく、自分が喜ばせたり悲しませたりした相手の感情を、自分の感情として感じながら」
「そうだよ。俊ちゃん、よく勉強してきたよね」
「だからね、俺が俊ちゃん2号と一緒にソースの世界へシフトする前、まだ完全に俺が物質世界の生々しい感情の渦から解き放たれるまでの間にさ、物質世界の?毒出し?をしてみたいんだ」
物質世界の人間のように一瞬、考え込むなんてことはせず、タイゾーは快く承諾してくれた。
「いいよ、俊ちゃんがそう望むんだったら」
3.性格の形成
「俊ちゃんさ、あの肉体に入ってから、だいぶ苦労したよね」
「うん、こうして肉体を離れたからよーくわかったけど、64年の間ね、俺はずっと違和感を抱えたままだったんだよ。どうして、ここからあそこまで移動するのに歩いたり走ったり、飛行機や電車、クルマに乗らなきゃいかんのか? といった漠然とした違和感は、俺の肉体の潜在意識にこびりついたままだった……」
「いや、俊ちゃん、全ての人間とまではいかないけど、そういう違和感があるのは異常ではないさ。でも、俊ちゃんは母親の胎内から出る前でも出た後でも、魂と肉体、肉体といっても特に脳だよね、魂と肉体の調整にとてもてこずった……」
「うん、そりゃ大変だったさ……」
ソースの世界とは、物質世界の人間にはイメージすることのできない高レベルの〝愛〟の世界だ。
そんなソースの世界とは対照的に、旧石器時代から過酷な自然環境と、競争だらけの人間社会をサバイバルしてきた人間の肉体には、強烈な生存本能に基づいた暴力性、そして恐怖と不安という負の感情が満ち満ちている。
母親の胎内に宿った魂は、宿った途端、脳細胞、内臓、全身の細菌、DNA、RNAとの間で、気の遠くなりそうな協調と対立を繰り返し、調整に調整を繰り返す。
高次元の愛という〝お花畑〟のような状態では、物質世界での過酷な生存競争を生き抜くことなどできないし、高次元のソースの世界では体験できない学びを得ることも不可能だ。
愛にまみれた魂は、不安・恐怖・憎しみ・嫉妬・疑いをはじめとする、あらゆるマイナス感情を自らの内に取り込まねばならない。なにしろ人間の脳の中には、爬虫類の脳さえある。それらの脳が必要不可欠ということは、三次元の物質世界で生き抜くのは、いかにハードでシビアかということの証なのだ。自分が傷つくことも、他人を傷つけることも、生きる上で避けられないどころか、必要なのだ。
で、俺もこうしてここ、物質世界では幽界と呼ばれているここから、タイゾーとともにソースの世界に帰ったら、垢落としのように、自他のネガティブな感情によって傷つきまくった魂を癒してもらうことになる。
「それにしてもタイゾーさ、あの人間の肉体の原始的な頑固さには、ほとほと悩まされた。母親の胎内から出た後もね……」
「俊ちゃんさ、俺も長いこと人間に転生してきたんで、それはわかるよ」
「そうだったよね、わかってくれるよね。こっちからの影響としてはさ、魂が体験してきた夥しい量の記憶を、人間の脳の側坐核に収納させる。一方、人間のDNAの中にはさ、肉体先祖の記憶とか意思が詰まりに詰まっている」
「顕在意識では、ソースの世界と前世の記憶を一切忘れてるけど、その裏の潜在意識と超意識では、魂と肉体のせめぎ合いと調整が続いていたわけだから、バランスのとれた性格なんてできるわけがない、って言いたいんだよね? 俊ちゃんは」
「うん! 人間存在って不可解極まりないからこそ、文学とか芸術ってやつが成立したんだって、よーくわかったよ」
まだ幽界に留まっている俺にはわからないが、魂と肉体のバランス、つまりそれが〝性格〟になるのだが、ポジとネガのバランスが絶妙の性格の人間なんて、物質世界でどの程度の比率で存在するのだろうか?
ポジティブな感情しか、いや、そもそも感情というものがない魂と、生存本能のためにあらゆるネガティブな感情を標準装備した肉体とのバランス。
物質世界で人間は、家族・親戚・教師たちに育てられ、洗脳される。洗脳という言葉からはネガティブな印象を受けるだろうが、それも物質世界の厳しい環境を生き抜くための不可欠な手段であり、その本質は〝愛〟なのだ。
しかし、愛にもとづいているとは言っても、「このままのお前ではダメだから」というネガティブな動機を前提として、社会生活をスタートさせられることの弊害は小さくはない。その最大の弊害は自己肯定感の著しい低さだ。
「どちらかというと俺はね、幼児期から魂の占める比率のほうが高かったように思う。だから集団生活が苦手だった」
「そうだね。幼稚園の2年間、昼休みに友達と遊んだことがなかった、というか遊んだこともあったんだけど、自分じゃ覚えてないでしょ?」
「よく見てたね、タイゾーは……」
「全部、見てたさ。母親の胎内に宿ったときから、沖縄のホテルで至福のときを迎えるまで」
確かにそうだ。タイゾーはガイドとか守護神と呼ばれる存在なんだから。
「タイゾーね、俺の性格なんだけど、やっぱ、アンバランス感があったよね。自分でも自覚してたけど」
「別に不思議ではない話なんだけどさ、俊ちゃんにはこんな傾向があったよ。魂の?愛?と肉体の?怒り?。怒りってのは、正義感や遺恨、ルサンチマンといった感情のことね。その愛と怒りが結びつくと、恐るべき破壊力を発揮して、自分でもその力に酔いしれてしまうという……」
「それはよく自覚してたさ」
「他人からは、よくわからない人と言われてきたよね? 俊ちゃんのピュアな魂に惚れ込んだ人に対して突如、肉体の原初的で暴力的な欲望をむき出しにして、不快感・不解感を与えて呆れられたり……」
「タイゾー! 不解感なんて、またくだらない造語を!」
「そりゃ、俊ちゃん、厳密に言うと俊ちゃんの本体と似たり寄ったりだからね。魂と肉体の発露をコントロールできない要領の悪さも、とても他人とは思えない……」
テレパシーを通じて、タイゾーはわずかに皮肉を込めた微笑みを浮かべながら、こう語りかけてきた。
4.〝キャラ替えごっこ〟
「俊ちゃん、それでね、今回の人間生活で一番、印象的だったのはどんなこと?」
「あのね、タイゾーさ。そんなことお見通しでしょ?」
「いちおう聞いてみただけだよ。お互いヒマだし」
高次元である幽界にも、ヒマなんて概念あったけっけ? と気になったが、願ったことは100%叶っしまうのが当たり前のソースの世界っていうのは、あまりにもヒマすぎるので、人間への転生はヒマつぶしの要素もある、という考え方も物質世界でよく見聞したものだ。こっちの世界がヒマ過ぎるのは事実だ。
「それは言うまでもないね。大いなる想定外は、一度も結婚をしなかったこと。その上、交際した女性はたったの2人。しかも交際期間はとても短かった。物質世界にあった〝彼女いない歴〟ってやつがさ、十数年、二十数年に達していた。食欲・性欲・睡眠欲という物質世界の三大欲求は?人並み?にあったと思うんだけど。ま、睡眠欲が一番強かったかもしれないけど、十代から二十代にかけての俺が予想などできなかった、極めてアンビリバボーな人生だったよ……」
俺がもらしたそんな感慨に対する、タイゾーの返事は想定内だ。
「俊ちゃんさ、それって俊ちゃん自身が選んだ結果、って今更、言うまでもないよね。魂が人間として物質世界に転生する前、ソースの世界では入念にシミュレーションを行ったよね?」
「うん、今、この時点での俺は、そのときのことを思い出しつつある。でも、ソースの世界でいくらシミュレーションを行ってもさ、そのときは、感情を伴っていないんだよね。だから、物質世界で過ごす未来の自分の姿を丹念に追うことはできるけど、その時々でどんな気持ちになるとか実感できない。だから、物質世界の人間だった俺は、散々、ネガティブな感情に支配され振り回されてきた。俺の意識が完全にソースの世界に移行するのにまだ間があるんだったらさ、せめて、ここで?毒出し?をさせて欲しいんだ」
「ああ、そういうことね。いいよ、付き合うよ」
「ありがとう。俺がここで愚痴りたいのはね、〝俺は何て異性運がないんだ!〟と悲劇のヒーローのように悩みに悩んだことなんだよ」
「たしかに悩んだよね。俊ちゃんて、20歳のとき、渋谷でモデルにスカウトされたこともあったし、決してモテないわけではなかった」
「もし、外見がモテない男だったら、懸命に努力はしたかもしれない」
「でも俊ちゃんの性格じゃ、努力したってうまくいかないことになっていた。魂と肉体のアンバランスに基づいた致命的な性格だったし……」
「そうかもしれない。幼児期から少年期にかけて、運動神経がオンチで体も細かったことに、どす黒いコンプレックを抱きながらも、結構、俺ってモテるかも? と感じ始めたのは高校生からだった。身長も177cmあったし」
「俊ちゃんがコンプレックまみれだったのは中学生時代までだった。でも、高校生になってハッピーになったわけでもなかったよね? まだ自信だって脆弱だったし。大学生になってポストパンクのロックバンドを始めたあたりだね。58㎏しかなかった体重と足の長さが?武器?になるかも? と気づいたのは」
やはりタイゾーはよくわかっている。
「自分がモテることに気づく前の話だけどね、〝モテる男の宿命〟みたいなことを実感したんだよ。それは嫉妬される、しかも勘違いで嫉妬されるという、迷惑極まりないことだった。ある女性に対し、恋愛感情など200%なかったのにも関わらず、ただ楽しそうに話をしていただけで、強烈な勘違いによる嫉妬と憎悪の念を受けたことは何度もあった。そういう体験は、50歳を超えても続いていたよ」
「しかも、俊ちゃんて、自分から知らない女性に声をかけてナンパをするタイプじゃなかったのにね」
「そう。いわゆるナンパってしたことなかった。大学生になってからはロックバンドを始めたこともあって、その流れで夏の海、冬のスキーの経験は皆無だったし」
「逆ナンされたこともあったよね?」
「一番、最初は19歳のときだったと思う。50歳を目前にしたある日、常陸大子で手相を占ってもらったら、俺の本質は、女性に養ってもらうヒモなんだと言われたことがあってね」
「ところが、20歳を越えた俊ちゃんは、誰からもヒモになれと言われたわけではないのに、なぜか強烈にヒモのように生きていくことを憎悪していた」
たしかに、自分でも不思議だった。
「不思議だったでしょ? もしその占い師さんの言ったことが俊ちゃんの本質だったとしたら、俊ちゃんは自分の本質を確信犯的に嫌って、本質とは真逆の人生を送ろうとしたってことになるよ」
「そのあたりのカラクリはさ、ソースの世界に戻れば一挙に納得させられるだろうけど、人間として物質世界で生きていたときには、大いなる謎だった」
「いや、俊ちゃん、何かを薄々、感じてたんじゃないの?」
「そうだね。その占い師さんにそんなことを言われてから考えたんだけどね、物心ついた幼児期から、ある意味、俺はモテたんだ。しかも、とことん受動的にね。だから、ヒモというのは俺の本質だったのかもしれない」
「俊ちゃん、そういうのをね?キャラ?っていうんだよ。物質世界での人間生活ってのはさ、俺たちの本来のフィールドであるソースの世界からすれば、ある意味、遊び場でもあるのはわかるよね? だから人生ってのはさ、?キャラ替えごっこ?でもあるんだ」
5.不器用ですけど
「今になって思うんだけどさ、もっと俺に余裕があったら、〝キャラ替えごっこ〟を意識的に楽しめたかもね」
その俺の感慨を、タイゾーは一刀両断に斬り捨てた。
「いや、無理っしょ。俊ちゃんは、とことん不器用な性格を形成することになっていたわけだし」
「不器用ってやつも俺の本質かもね。高倉健の〝不器用〟とはだいぶ違ってたけど……」
「俊ちゃんはね、〝中二病〟に見事に嵌ったけど、そのあたりの時期にね、潜在意思の中で、異性とともに楽しく充実した人生を過ごすよりもね、カッコつけちゃってさ、孤高の存在として人生の意味を探求するとか、そっちの方向に舵を切っちゃったんだよね。それもね、剣道をやっていたのに運動音痴で、団体戦のレギュラーになれなかったとか、体が細かったという、どす黒い深淵な劣等感を原動力にしてたからね。理解できるでしょ?」
「うん、そんな気はしていた。だけど思春期から青年期、具体的には高校から大学にかけてね、世の中にはもっと色んな楽しみがあるんだということに目覚めちゃってね、色んな〝キャラ替えごっこ〟を試み始めたようだ……」
「そうだね。高校の3年間、第一に埼玉のとある県立高校の生徒というキャラ、第二に学校帰りと休日に地元でパチンコを嗜んでいたキャラ、第三に新左翼セクトの高校生組織のリーダーとして三里塚・狭山闘争に熱中していたキャラ。当時の俊ちゃんのアイデンティティが最も色濃かったのは第三のキャラだったんだけど、大学進学とともに、政治活動から離れ、ポストパンクバンドのギタリストとか、新しいキャラの獲得にいそしんできた。不器用ながらも、結構、愉しんだんじゃない?」
タイゾーはさっきと逆のことを言ったが、まぁ、いいとしよう。
「そりゃ高校生の頃は肉体的にも金銭的にもしんどかったけど、楽しいことは楽しかったよ。デモ・集会への交通費とかの活動資金の一部を、放課後と休日のパチンコで稼いだりしていたし、学校・パチンコ屋・セクトで付き合いのあった人達は全く違った人種、というのもね、リアルタイムでの貴重な体験っていうか、とにかく面白かった。当時、あまり意識はしていなかったけど、三つのキャラを使いこなしてたという実感はあったよ」
やはり、思春期から青年期っていうのは感慨深いもんだ。
「しかし。大学、それも現役で入学した地方色豊かな富士見大学ではなく、翌年に入学した都会色豊かな芙蓉大学は、俊ちゃんの本質とは相いれなかった華やかな世界だったよね」
タイゾーの言った通りだった。俺はわざと自分のカラーとは正反対の環境を選んだ。その動機は……好奇心だった。それからタイゾーはこう畳みかけた。
「そして、華やかな世界に幻惑された俊ちゃんは、どうしようもない不器用さで女性達にアタックして、ことごとく失敗を繰り返してきた。見事としか表現できないような失敗のオンパレードだった」
タイゾー、キツいけど、本当のことだ……。
「ま、今、タイゾーが言ったどうしようもない不器用さで、女性との関係構築にことごとく失敗してきたのは、紛れもない事実だ。好みの女性とはうまくいかず、好みでない女性から好かれ困惑し続けた」
「そう、20歳前後のときには、人生最大の挫折を体験して、?ザ・トラウマ?としか表現できないような、負のスパイラルの渦を自ら生成してしまった。それから20代と30代の頃は、自らの異性運のなさを嘆かざるを得ないようなミスマッチの出会いを、嫌というほど繰り返してきた」
「あのぉ、タイゾーね、この場では、ひたすら俺の愚痴を聞いてもらおうと思ってたのに、タイゾーは俺の傷口を広げるようなことばかり言うね。ソースの世界に行けば、タイゾーはおろか、どんな存在からも責められたり、反省を求められることはないけど、俺自身が恥ずかしくて耐えられない気持ちになることはわかっている。それなのに、俺が愚痴をこぼすのに合わせて、タイゾーは俺のことをチクチクと刺すつもりかい?」
「いや、俊ちゃんとこういう話をしているとね、自然に突き刺すようなことをいってしまうのは、俊ちゃんがそういう人生を送ってきたから、としか言いようがないんだよ……」
結局、〝身から出たサビ〟ということなんだろう。
「いや、俊ちゃん、今、〝身から出たサビ〟と思ったようだけど、物質世界に人間として転生する前、ソースの世界で、異性とのミスマッチを繰り返しまくって、終生、独身で通すことを決めてたんだから、独身で生き抜いたこと自体、なにも気にすることはないさ。ただ、その時々でどんな感情に浸ったのか? という経験が大切なんだよ。ポジであれネガであれね」
そうなんだよね、わかっちゃいるけど……。
「うん、タイゾーさ、もうわかってるとは思うけど、俺も五十路になった頃には、独り身でいることに馴染んでいた自分に気がついたさ。五十路になってからも〝モテ期〟ってのがあったのは意外だったけど。とにかく、身体的にも精神的にも、他人と一緒に生活するなんてとても無理だろうって気がついた。大体、結婚っていうのは若くて何もわからないうちに、勢いでしてしまうに限るわけで、俺自身、独り身であることが最大の幸福だとね、つくづく身に染みたよ。それもソースの世界で決めたことだったんだね」
「まあね」
俺は続けた。
「それに、独身でテメーひとりが生きていければいいという状態だったから、出来たことも少なくなかったようだし」
ここで話がまとまったな、と一息つこうとした俺に、タイゾーはさらに追い打ちをかけるようなことを言った。
「あと、俊ちゃんね、14歳の頃、俊ちゃんは〝中二病〟に嵌って、潜在意思の中で、異性とともに楽しく充実した人生を過ごすよりも、カッコつけて、孤高の存在で人生の意味を探求する方向に舵を切っちゃったって言ったけどさ。そんなこと顕在意識では全く忘れていたのに、潜在意識で後生大事に抱えていたことを思い出したほうがいいよ」
「え、どういうこと?」
「精神世界への興味と探求、ってことさ。モダンの時代の政治・経済への興味と関りを捨て、ポストモダンの時代には、左右対立のようなモダンをディスってきた。それからさらに齢を重ねた後、俊ちゃんが自らの内に確立した精神世界。それって、本質的には〝中二病〟とおんなじなんだよ。メタ認知すりゃ、すぐにわかることだと思うよ。実際、SNSでもそういう内容の投稿を繰り返してきたじゃん」
「ああ、そうね。マウントをとるつもりがないといいながら、マウントとってたし……」
6.ミッションコンプリート
「それにしても俺ってさ、高校生時代に限ってのことだけど〝キャラ替えごっこ〟を意識的に愉しんでいたよね。実際には嫌なことも多かったけど」
新左翼活動家だった高校生時代、洋楽・邦楽とも普通に音楽を聴いてきた俺が、活動家としてのアイデンティティもあり、バンドとかで楽器を演奏する人達のことを、軟派扱いして内心、軽蔑していた。今でいうと精神的にマウントをとっていたことになる。
それでも、セクトの全国最大の拠点校、富士見大学に入学し、半年間休学した翌年、芙蓉大学に入学してから、内心で軽蔑していた楽器を演奏する人になってしまった。
ここでタイゾーは、大して俺が気にしていなかったことを言った。
「〝キャラ替えごっこ〟なんだけどさ、ここでいきなり俊ちゃんの〝軟派化〟の話にいく前に、高校生時代のことを振り返ってみようよ」
高校生時代の?キャラ替えごっこ?について俺は、自分の中で整理がついたと思っていたのだが。
「今更、何を振り返るの?」
「俊ちゃんね、社会人になってから臨終するまでの間、自分は一体、社会に何を残してきたのか? とかね、そんなに真剣じゃなかったけど、少しは気になっていたんじゃないの?」
「うん、そう言われるとね。学生時代も社会人になってからも、例えば起業家の連中のような、社会的な?成果?を挙げた記憶はないね……」
「いや、俊ちゃんは高校の3年間で成果を出しちゃったんだよ」
どういうことだろうか?
「俺の高校時代を代表するキャラは、セクトの活動家だったけど?」
「それだよ! 俊ちゃんはさ、芙蓉大学に入学してから、とても緩やかな形で活動からスピンアウトしていったよね?」
「うん、内心で後ろめたさを感じながらね。高校1年生の時は一人で集会やデモに参加していただけだったのに、2年生から友人達をオルグして、組織を創り上げた。そして俺がスピアウトした後、メンバーはセクトの幹部となっていった。罪悪感だろうね。とにかく後ろめたかった……」
「そうだろうね。でも、俊ちゃんは高校を卒業した時点で、ソースの世界で決めてきたミッションをコンプリートしたんだよ」
「ミッション・コンプリート?」
「そう、ミッション・コンプリート。サキシマ、そう俊ちゃんの魂の本質にはね、オルガナイザーの要素もあったわけ。つまり組織者ってこと」
「そういえばね、高校生のとき、活動家としての悩みをね、セクト上層部で俺が唯一、人間的に信頼していた人に相談したんだ。そのとき、こう言われたね。〝政治家〟になるな、あんたは〝組織者〟なんだ、って。政治家と組織者の違い。当時ははっきりと理解できなかったけど、その言葉だけは鮮明に憶えていた」
テレパシーながら、タイゾーはとても面白そうな表情で続けてくれた。
「余談だけどさ、社会人になってからの俊ちゃんは、色んな職場で〝政治家〟のように立ち回ったよね? 派閥争いの中で。みんなとても貴重な失敗だったんだけど、それもソースの世界で決めたことだよ」
タイゾーが言ってくれたことには、もちろん身に覚えがある。
「じゃ、俺はオルガナイザー、つまり組織者としてのミッションを果たしたってわけ?」
「うん」
「でも、それからずっと俺は、当時のメンバーとそのご家族に対して、後ろめたさを感じていたよ。こういうのをスピリチュアル的にはカルマとかいうんじゃないの? だから俺は、日本の歴史上の人物で人気の高い吉田松陰を尊敬しつつもね、一方では、大嫌いになったんだよ。弟子たちから呆れられるぐらい、彼らをテロリストに育成して、命を捨てさせようと画策しまくった。最後には自ら死ぬ必要などなかったのに、自らの死で世の中を動かそうとして成功させた。私心がない純真な人間だったから、その分、始末が悪い。もっとも俺は松陰先生の足元にも及ばない存在だったけどね」
「俊ちゃんがね、物質世界で後ろめたさを感じようが感じまいが、とにかくミッションをコンプリートしちゃったんだよ」
どういうことだろうか? そんな俺の疑問を読んだタイゾーは、こう言った。
「後にセクトの幹部となる人財を輩出したじゃん。それで俊ちゃんのお役目は終わり。物質世界ではね、人様のお役に立つとか、社会的な地位を築き上げるとか、そんなことだけをお役目と考えがちだけどね、全く無名の市井の人間が、家族の誰かを喜ばせた、とか、そんなことでも立派なミッションなんだよ。ソースの世界に戻ればわかるけどね」
「なるほどね。そんなわけで、20歳になる前に活動家らスピンアウトした俺でも、公安にとっては憎たらしい存在だったわけか……」
「社会的な善悪っていうのは、物質世界での価値基準だからね。現代の反社会的勢力だろうが、海賊だろうが関係はない」
「ああ、そうね、思い出したよ」
「それにね……」
タイゾーは続けた。
「それにね、本質的には独りでいるのが好きで、組織というものに向いておらず、高校生の頃から、潜在意識の中で小さな違和感を雪だるまのように大きくしてきた俊ちゃんがね、あのままセクトにいたとしたら、メンバーに対して悪影響を及ぼしたはずだったんだよ。同世代のメンバーに対しては、まだある程度の影響力があったし。そういう個人個人の思惑を超えた〝都合〟ってもんがね、あったわけさ、サキシマ、いや、俊ちゃん」
俺が政治活動からスピンアウトしてから5年後、芙蓉大学を卒業する直前、俺はセクトの中で唯一、人間的に信頼していた幹部と会った。
彼は、俺の富士見大学中退は結果的に正解だったと言った。俺の中退後、セクト内部で色々な問題が生じたそうだ。もし、俺が中退していなかったら、「あんた、潰れてたよ……」と断言した。
そして別れ際、俺にこう問いかけた。「後悔してるかい?」。後悔とは、俺が高校1年生のとき活動家になったことだ。彼と会ったのはその日が最後だった。
7.イメージギャップの快感?
「それから後に俺が繰り返してきた〝キャラ替えごっこ〟ってのは楽しいことばかりじゃなく、いや、楽しいことなんか僅かで、苦しいことばかりだったような気がする……」
「俊ちゃん、その楽しいと苦しいの価値判断は物質世界での基準で、こっちのソースの世界じゃ、両方とも楽しいということだよ」
「うん、それはわかってるけどね。それにしても俺には〝けどね〟が多いかな? まあいいや」
「そりゃ、俊ちゃんのオルガナイザーとしてのミッションのように、自分の本質に忠実なことだけを実行して生きていたら、ポジとネガがダイナミックに混在した物質世界で生きる意味なんてないさ。だったら転生なんかしないさ!」
「うん」
「俊ちゃんも実際、自らの本質である〝ヒモ〟的な生き方を強烈に嫌悪して、つまり本質とは真逆の生き方を試みて、ズタズタに傷ついたじゃん」
タイゾーは楽しそうだ。こんなにドSな奴だったっけ?
「うん、まぁ、それもあったし。芙蓉大学に入学してから、ギターを始めて、ポストパンクのバンドを始めたのも、俺の本質とは真逆だった、とは思っている……」
「そりゃそうさ! まず俊ちゃんが繰り返してきた転生の中で、楽器を演奏してたことはなかった。でも、いくつもの物質世界での人間生活を送る中、いつか楽器を奏でてみたい、さらには歌ってみたいという欲求が湧いてきた」
「そうだったんだね。中学1年生のときの音楽の授業で初めてクラシックギターを触ったんだけど、そもそも音が出なかった。弦を押さえると指が痛くなったからね」
「そういうのをね、向いてない、っていうんだよ」
「わかっちゃいるさ。でも、いわゆる〝才能がない〟ということを自覚してもね、やめられないこともあるわけで、それがロックギターだった……」
「それと、ロックっていうのも、平和を愛する俊ちゃんの本質とは相反するカテゴリーだよ」
「それもわかってた。でも自分に〝ないもの〟だからこそ強烈に追い求めるのも、物質世界での人間ってもんじゃないの?」
「うん、もちろん、ソースの世界で何度もシミュレーションを繰り返した上での、俊ちゃんの選択だったわけ。そういう無茶なことも〝愉しみ〟だからね」
「今、物質世界ではAIで自らをロックスターに仮想するのが流行ってるけど、そんなことソースの想念世界では誰でもできるよね。でも、それは想念で願ったことが瞬時に結果となるわけで、過程というものが一切ない。だからすぐに飽きる。で、リアルな過程を脳と身体で体験したいから、物質世界に転生するというシステムも理解している。物質世界でスターとなるのは、いくつもの過去生で音楽をプレイしてきた魂だけど、そんな魂でも最初に音楽をプレイしたときがあったはずだ。たぶん、俺も初めてプレイしたんだろうね」
そして、20年以上のブランクを挟みながらも、楽器をプレイしてきたし、還暦を越えてから歌を歌い始め、本格的に曲と詞づくりを始めた。
「物質世界での基準で才能があろうがなかろうが、ただやりたくてやってきた。それで十分なんじゃない、俺も」
「うん、それに俊ちゃんは、20代と30代の音楽生活を通して、職業ミュージシャンにはならなかったものの、職業ミュージシャンの〝師匠〟に弟子入りしたことで、ロックの世界というものを堪能できたよね? 下北沢で一晩中飲み明かす、とかさ、そんなことだったんだけど」
「うん、今思うとウザったいこともあったけど、総体的には愉しい時間を過ごせたね」
「その境地に達するまでの、人間関係の変遷っていうのも面白かったよね?」
「だよね? キーパーソンが何人かいて、思わぬ人とのつながりで、あれがこうなって、これがああなったとか」
音楽生活の中でも、意外な驚きもあった。
「それでね、他人が自分に抱くイメージがいかにいい加減か? ということを強烈に実感しこともあった……」
「マネージャーのことかい?」
「うん、それ以外ないね」
俺がロックギターを始めてから2年目、大学3年生の秋のある夜。渋谷の道玄坂を歩いていたら、道端に占い師のオッサンが机を置いて座っていて、何を思ったのか、俺は生まれて初めて手相を診てもらった。
オッサンはこう言った。
「君はマネージャーに向いてる。ビートルズの、えっと誰だったっけ? ブライアン……、何だっけ? とにかくその、何とかエプスタインのようにね」
そんなことを喋り始めた占い師のオッサンに俺は腹を立てた。言い返すようなことはしなかったが、自分はプレーヤーには向いていないと宣告されたようで、鬱々とした気分になったことを憶えている。
それから歳月が流れ、30代の中頃になってから、下北沢でライブの企画を実現させたことをきっかけに、あるインディーズバンドのマネージャーを依頼され引き受けた。マーケットリサーチの仕事と二足のワラジ状態だった。
多くの人達から「伊澤さんに向いている」と言われ、その気になってしまったのが失敗の始まりだった。
ちょうどポストモダンの思想的な立場から、自らの主体性を棚に上げておき、他者視線で自らのアイデンティティを再編するという?実験?の一貫として、引き受けたともいえる。
まず、他人さんのマネジメント、つまり面倒を見るなんて、B型の俺の本質とは相いれないことだったのだ。
人の喜ぶことをしたい、という欲求はあったものの、本質が?ヒモ?の俺が、ちょこまかと他人を世話するなど、嫌で嫌で仕方がないことにまもなく気がついた。面倒をみてもらいたいのはな、俺のほうなんだ、バカヤロー!
「タイゾーさ、まさに黒歴史だったよね、あの時期は。マネージャーは3年も続かなかったけど……」
「自分の主体性を棚に上げたといっても、ある意味、自己放棄だったよね」
「それに、ビジネスセンスもなかったしね。レコードメーカーのA&Rや、大手事務所のマネージャーのように、業務システムが確立されていて収入も安定しているならまだしも、インディーズバンドのマネージャーの場合、起業家、今でいうところのスタートアップの意欲と情熱、そして才能がなければね。そんなもん、俺にはなかったし」
「そんな俊ちゃんの本質を鋭く見抜いた人もいたけど、多くの人達は、俊ちゃんにマネージャーの才能があるという、大いなる勘違いをしてたよね?」
「独特の強烈なオーラがある、とかいい加減なこと言った奴もいた……」
「それもさ、面白いよね? 俊ちゃんが高校生の時から感じていた、他人の自分に対するイメージのギャップ! ナンパ野郎どころか、本質は全く逆なのに、ナンパ野郎と誤解され、僻まれることの迷惑さ。これこそ、物質世界ならではの貴重な体験なんだよ!」
「黒歴史も貴重なんて、物質世界から離れたからこそ言えるわけで、まぁ、魂の傷はソースの世界に帰ってから、じっくりと癒してもらうことにしよう」
8.ハラスメント黄金時代
「さあ、そろそろ俊ちゃん2号が戻ってきそうだ。最後にもう一つぐらい〝キャラ替えごっこ〟を振り返ってみようじゃないの?」
タイゾーにそう言われ、俺はギクリとした。
(やっぱ、その話になるわな……)
芙蓉大学を卒業した俺は、従業員数が100人程の印刷会社に入社した。
80年代の中頃、ある大手印刷会社の新入社員研修は、自衛隊の体験入隊という話を聞いていた。中小企業だから大丈夫だろうという俺の見通しは甘かった。
当時はまだ昭和だったから、そんな新人研修がまかり通っていたけど、令和の今、そんな新入社員研修自体、パワーハラスメントだろう。と思っていたら、令和になってからも相変わらず残っているようだ。これだから物質世界ってのは、しょーもないよね。内定後にそんな前近代的な研修を受けることを知った俺は、内定を断ろうかと悩んだものの、仕方ねぇやと入社した。
ところが、意外なことに、俺はこの時代錯誤でマッチョな研修に熱中してしまった。
「根っからの文系人間、しかも本質は〝ヒモ〟で、競争や争いにはとことん向いていない俊ちゃん、ここでも新たな自分に目覚めちゃったんだ!」
テレパシーでのやり取りながらも、タイゾーは爆笑するほど面白がっていた。
「目覚めたっつーか、新左翼セクトの高校時代でも、自分の本質ではなかった、他人との闘いの快楽に目覚めちゃったわけで、本質的には、軍隊的な研修にハマっちゃったのも同じだと思うよ。〝敵〟に対して思う存分、憎悪を叩きつけることと、同士とか仲間との結束を深めることってね、根っこは全く同じなんだよ」
富士山の裾野での研修が終わり、都内の本社勤務で営業職に就いた俺は、時代錯誤感の著しい軍隊的な社風を、心のどこかで嫌悪しつつも、自分と逆の価値観への興味と、意外な居心地の良さにハマってしまった。
しかも週末の休みには、バンドのリハーサルをやっていたのだから、自分でも意外な程、器用に生活していた。自宅暮らしの恩恵もあったが、若かったからできたのだろう。
「それまで生きてきた自分の価値観とは真逆ながら、一旦、身を置いてしまうと、それなりに居心地がいい、というのは?発見?には違いなかったね。入社3年目までは、上司や先輩社員からのパワハラを受けながらも、嫌な人だけでなく、いい人もいたしね。これが世間ってもんか? っていう納得感もあった」
「世間の初体験か」
「そのとき思ったんだけど、一般人からはカルトで恐ろしそうな新左翼セクトでもね、旧態依然なパワハラ職場でもね、共通点はあったんだよ。自分との相性がいいという意味での?いい人?と、相性の悪い〝悪い人〟がいる。これは、この印刷会社を辞めた後、転職を繰り返したいくつかの企業でも、さらに学生・生徒時代を振り返っても、おんなじなんだなってわかった」
入社3年目以降、今度は俺たちが、自分たちより若い社員に対するパワハラを当たり前のように行ってきた。入社したばかりの頃は、同期の社員達と、自分達は後輩に対してこんな理不尽なことはするまい、と語り合っていたのはどこ吹く風。こういうのも組織の内部では?あるある?なんだろうね。
「ま、なんだかんだいってさ。上司から部下、先輩から後輩へのパワハラがあって、毎年、数パーセントの社員が退職する。そういう〝ふるい〟にかけることを見越して、自社に適応できる社員を確保してきた会社も、そうとうな?タマ?だったよな……」
「あ、俊ちゃん、会社のことを批判してるけど、自分から進んでその?ふるい?にかける役割を志願しちゃったよね?」
「たしかに。当時はそれが面白かった。もちろん、罪悪感はあったよ。自分のパワハラによって退職した奴は何人もいた。後になってから、悪いことしちゃったな、という気持ちはあった」
「俊ちゃんなんだから、罪悪感はあって当然だね」
「で、タイゾーね、今思ったんだけど、それも俺のミッション・コンプリートだったわけ?」
「うん、俊ちゃんは、ある程度の罪悪感を抱きながらも、お役目を果たしたんだよ」
「物質世界ではネガティブなお役目でも、魂レベルでは良いも悪いもないお役目か……」
俺は続けて言った。
「そういえば、お役目って言えばさ、特に令和になってから、世の中のあらゆる分野で、〝ハラスメント狩り〟が進んでさ、はっきり言って見せしめとして、著名人や芸能人が糾弾され、社会的に抹殺されかねない境遇に置かれ始めた。こういうのもお役目なんだろうね?」
「うん、俊ちゃんの言うとおりだ。そういうのも物質世界で〝選ばれた〟存在である著名人や芸能人が果たす立派なお役目さ!」
「どんなに嫌なことがあっても、同じ組織という空間で時間を共有した同士ってさ、縁が切れればそれっきりになるんだけど、個人の中ではさ、多くの体験がしっかりと記憶されるんだよね。それらは自分のキャラの構成要素にさえなる。俺の世代だと、太平洋戦争に従軍した祖父や親世代が軍隊生活を回顧するのを嫌悪してたけど、自分たちだって全く同じなんだなって。反社会的なセクトでも、前近代的なカルト企業でも」
「俊ちゃんさ、反社会的とか前近代的でカルトというのも、物質世界での価値判断なんで、こっち、つまりソースの世界では全く関係ないからね」
「うん。わかってる。俺も印刷会社を5年で辞めてから、転職を繰り返したけど、企業っていうのは家庭と一緒で、みんな独自の文化・慣習があって、内部にいる人間は、自分たちの業界や会社の常識こそ、世間の常識だとビミョーな勘違いをしている。そんなことを知ったのも貴重な体験だったよ」
「良かったね! 俊ちゃん」
「パワハラ職場っていうのもね、内部で生きていた俺にとっては立派な〝キャラ替えごっこ〟のステージだったんだね」
印刷会社を辞めた28歳の俺は、知り合いから誘われ、畑違いだった証券会社のシステムエンジニアとなった。バブル経済期だったので、どこの馬の骨ともわからん俺のような奴でも転職できたのだ。
日経平均3万円超えとか、〝ブラックマンデー〟の日、東京証券取引所の前にテレビ局の中継車が群がっていたのを横目で見ていた。
当時の証券会社の営業といえば、ブラックどころではなく、ブラックホールだった。四大証券のある企業では、客を3人殺す、つまり客を3人、自殺に追い込まなければ管理職にはなれない、とか、ノルマを達成できなかった営業社員が、ロッカーの上で正座をさせられるといった都市伝説がささやかれていた。
俺が入社したのは独立系で小規模な証券会社だったから、営業職も都市伝説でささやかれていた四大証券のようにブラックではなかったかもしれなかった。システムエンジニア(SE)の俺が所属していた事務管理部門になると、営業のような花形部門でなかったかわりに、ブラックな要素は皆無だった。
バブル期のSEの職場環境は過酷で、多くのSEが繁忙期に失踪したという都市伝説が大っぴらに語られてはいたが、俺のいた会社の雰囲気はとても家庭的だった。
あえてブラックだったことを思い出すと、それは俺自身のことだった。和やかな雰囲気の社内の飲み会で、巨人ファンの事務管理部長が締めの挨拶をしようとしたところ、マイクを奪って「六甲おろし」を歌ったのは俺だった。
「あんなのは可愛いもんで、ブラックなんかじゃないって、俊ちゃん」
「そうかもね。そのまま会社のデスクの上で寝た翌朝、事務管理部長が『やあ! 伊澤君、おはよう!』と満面の笑顔で挨拶してきたのは怖かったけど」
証券会社のSEを辞めた後、フリーター生活を経た俺は、マーケティング・リサーチの仕事に就いたのだが、伝統的なコンシューマ・マーケティング・リサーチの極めて狭い業界も、それなりにブラックな要素が濃かった。
印刷会社のような前近代的なパワハラ環境ではなかったし、どちらかというとモダンの時代の左翼的な雰囲気が強かったのだが、ハラスメントというよりも、今でいうところの、コミュ障のような人が多かったのだ。
挨拶をしない、名刺交換で名刺を渡さないなど、幼児的な問題を抱えたような人達だ。そういう俺も、コミュ障ではなかったものの、一家言を持ったマーケティング・リサーチの専門家になったつもりで、マウントを取り合ったことは数限りなくあった。
恥ずかしい話ながら、部下に大声で怒鳴るなど、穴があったら入りたい行動をとったこともあった。俺はこれからソースの世界で、そういった場面で相手が感じた驚きと恐怖を、自らのものとして体験するはずだ。人間の都合ででっち上げた地獄なんてもんは存在しないし、閻魔さんのように裁いたり責める連中も存在しないけど、ある意味、こういう体験も地獄のようなもんかもしれない。
令和になってからね、フリーランスの俺に、外資の大手コンサルティングファームからスポットコンサルの仕事を頂いてね。俺自身のことを含めてね、中高年のマーケティング・リサーチャーはコミュ障だと思って間違いありません、と答えたら、クライアントの若手の人が嬉しそうに頷いていた。
もちろん、2018年の春に完全ステイホームのフリーランスのリサーチ・コンサルの仕事を始めてからは、一切のハラスメントから離れられた、と思ったものの、潜在意識にまでホワイトな意識を浸透させることでは、大いに腐心した。
〝キャラ替えごっこ〟とは、100%自身でコントロールできることではないからだ。自らの潜在意識には、ソースの世界の魂と、旧石器時代から続く生存本能のための爬虫類の記憶、さらには前世の記憶とか色んなものが混在しているわけで、ほとんど病気のような態度・言動・行動をコントロールすることは不可能なのだ。
ステイホームであっても、パートナー企業の人、クライアントとは主にメールやチャットでやり取りをする。これが結構面倒臭いというか、対面で話せば何の問題もないのに、メールやチャットだと、自分の感情をコントロールしきれず、自ら〝不本意な爆発〟を引き起こしてしまったこともあった。
9.足軽だった過去生
俺の物質世界での人間生活は、まだまだ色んなことがあったのだが、とにかく面白かった、のかもしれない。
ソースの世界の魂の一部を物質世界での人間の胎児の肉体と融合させる。その面倒くさいこと、面倒くさいこと。完璧な形での融合はほぼ不可能で、ほとんどの人間は5%ほどを占める顕在意識と95%ほどを占める潜在意識・超意識のズレを、精神と身体の不快感や病気として〝感じる〟ことになる。
「まあ、俊ちゃんのように、見事に自分の本質からの逸脱を愉しんだ人間ってのも、珍しくはないけど、多数派ではないんだよ」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだよ。物質世界で最初に伊澤家の次男の肉体と融合したとき、だいぶてこずったようだけど、それは肉体のほうに、旧石器時代から記憶された野蛮で暴力的なDNAが存在したことだけが原因だったのではなく、ソースの世界ではピュアだったはずの俊ちゃんの魂にも、夥しい過去生の記憶が引き継がれていたということも忘れちゃいけないよ」
「まだ、この幽界にいるんで完璧には思い出せないけど、21世紀、さらに20世紀より前の地球ってとんでもなかったよ」
「今、真っ先に思い出せる俊ちゃんの過去生はいつ?」
「そうだね、ついさっきまでの人生との連関だとね、16世紀後半の日本だね」
「あ、そうかい?」
「うん。俺は甲斐の国で生まれた百姓で、平時は粟・稗などの雑穀を作っていた。米を作っていた百姓は多くなかったよ。それで、戦になると足軽として動員された。自腹で槍と武具を揃えてね」
「うん、そうだったね」
「足軽っていうのはさ、命を賭して戦った末の褒美っていうのがね、乱取り、つまり敵の支配地域での暴行を伴った略奪だったわけ。つくづく野蛮だったよね」
「ま、そういう時代だったんで。もっとも日本ではね、20世紀に入ってからでさえ、太平洋戦争で地獄そのものの、塗炭の苦しみを味わったわけだし」
「1582(天正10)年、武田勝頼公が、織田信忠の軍勢に攻め込まれて、新府城を焼いて小山田信茂の岩殿山城を目指したんだけど、小山田に裏切られた。仕方なく天目山を目指したけど、田野の地で力尽き、北条夫人と跡取りの信勝とともに落命。武田家の嫡流(甲斐源氏本家)は断絶した。そのとき俺も一行に付き従っていたんだけど、田野に着くまでの間に逃亡したわけよ」
「どんな気持ちだった?」
「ひとことでは言えないけど、ま、命拾いしたことを喜んだね。後ろめたい気持ちがなかったといえばうそになるけど。でもこちとら武士じゃなかったから、生き残ってナンボでしょ? 家族だっていたし。あ! そうだ! 思い出した。おれはただの足軽じゃなくてね、実は甲州崩れのとき勝頼公を裏切った穴山梅雪の密偵でもあったんだよ! 梅雪が躑躅ヶ崎館前の屋敷から人質でもあった家族の逃亡を成功させたのは、俺の情報収集のおかげでもあったわけ。だから結果的に、勝頼公と命運を共にしなくても良かったんだ!」
「でも、その喜びも束の間だった、よね?」
「そう、それから3ヶ月後、本能寺の変があって信長と信忠が討たれちゃってね、甲斐の国を巡って、徳川家康と北条氏直が分捕り合戦を始めやがった」
「天正壬午の乱だね?」
「俺はね、梅雪公との腐れ縁もあって徳川方についたんだけど、あっけなく討ち死にしちゃた……」
「ま、40歳を超えてたし、早すぎた死ではなかったね、俊ちゃん。いや、そのときは俊ちゃんじゃなかったか」
「たしか、タイゾーだったような……」
「ハハハハハ、俊ちゃん、そんなことはね、なかったよ」
「まあね、それはいいんだけどさ。俺はさっきまでの人生でね、小学校2年の新学期から5年生の4月まで、甲府に住んでたんだよ。銀行員の父親の転勤でね」
「もちろん、知ってるさ。というか、俊ちゃんの一挙手一投足と心の移ろいまで、ずっと見てたからね」
「そうだった。それで休日には、よく家族で県内外の観光地を巡ったんだけど、その時期の家族写真を見るとね、俺の表情がどう見たって俺自身に見えなくて驚いたね。眼つきがやけにキリッとしてたり、口元が締まっていたり。神経的に高ぶって、情緒が不安定だった記憶もあるんだ」
「そんなこともあったね。その辺りで討ち死にしていた、とか、今はまだそこまでの詮索はやめておこう。そういう謎解きは、ソースの世界に帰ってからの楽しみにしておきなよ」
「そうだね」
10.俊ちゃん2号の正体
タイゾーとのテレパシーによる会話が長々と続いたが、いよいよ、俺の魂の片割れ、いや俺のほうが片割れか? そんなのどっちでもいいけど、とりあえず〝俊ちゃん2号〟とタイゾーと俺が呼んでいる奴が、物質世界での人生を終えて、こっちの幽界に戻ってくるようだ。
さすがの俺も緊張してきた。
「タイゾーさ、俊ちゃん2号って物質世界では男だったの? 女だったの?」
「さぁ? それは会う瞬間の楽しみだよ、というかもう来てるよ」
俺もタイゾーも、この幽界ではエネルギー体だ。ソースの世界での完全なエネルギー状態ではないが。そんな光るエネルギー状態の俺たちだが、物質世界で生きていたときの容姿は瞬時にわかる。
俺とタイゾーの前に現れたエネルギー体。
それは、20代だった俺が勤務していた印刷会社の後輩社員、それも女性のKさんだった。そしてKさんのエネルギー体の全ての記憶が俺の魂にインプットされた。俺たちは合体したのだ。だから、ここでKさんとの会話、つまりテレパシーでの交流の必要はないのだ。
俺から強烈なパワハラの被害を蒙ったKさんは、入社1年目で退職。その後の行方は不明だったが、うつ病を発症し自殺未遂を図ったという噂が、彼女の退職後、数年経ってから流れてきた。そしてKさんの存在は、それっきり俺の顕在意識からほとんど消えていた。
さらに、その印刷会社を去ってから十数年後。女性関係のこじれから、自殺未遂をしてしまった俺の経験は、状況は異なっていたとはいえ、Kさんが感じたのと同じレベルの絶望の体験だった、ということを認識した。
「あーあ、タイゾー。そういう、こと、だった、のね」
「うん、そういうこと。俺もね、物質世界の別の場所に魂、つまりエネルギーを分割することができるんで、俊ちゃんとKさんの人生を同時にウォッチしてたのよ」
もう俺は、それまでの俊ちゃんではなく、Kさんと合体したエネルギー体である〝サキシマ〟となっていた。
「これでやっとソースの世界に帰れるよ。俊ちゃんのほうはKさんの一生も総括して、Kさんのほうも俊ちゃんの一生も総括するんだ。物質世界の時間に換算するとコンマ数秒。一瞬だよ。ここには時間なんてないからね。サキシマというエネルギー体に統一されて、めでたしめでたし」
と、まぁ、ここで、この話も終わるんだけどね。
フツーは、ここで俺が物質世界に引き戻されて、悲嘆に暮れる、となりがちだけどね、そうはいかないのが俺の人生ってもんよ!
ほとんどの日本人は、「吾輩は猫である。名前はまだ無い」という夏目漱石の『吾輩は猫である』のオープニングのフレーズをご存知だろう。
だけど、エンディングのフレーズをご存知の方はほとんどいないよね?
ザマ―みやがれ! ってんだ!
その有難いエンディングのフレーズで、この話を締めちゃおう。
吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。難有い難有い。
(『吾輩は猫である』夏目漱石 著、新潮文庫545ページ)
了
