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【読書】小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える (テンミニッツTV講義録 4) その1

出版情報

本記事は下記の一連の記事のうちのその1である。


断絶を乗り越えた2人+1人の評論家

 近現代史における日本人の精神的な「断絶」は2回あるという。
 1回目は明治維新2回目は戦前戦後の断絶だ。

 本書の著者 浜崎はまず、小林秀雄吉本隆明を紹介する。

 小林秀雄は明治の終わり、吉本隆明は大正の終わり頃の生まれなので大体20歳(約1世代ほど)の隔たりがある。
 小林はイヤでも1回目の断絶の影響を受けざるを得ないところにいたし、吉本は正面から2回目の断絶を喰らってしまった。

 小林秀雄の課題は「西洋近代と、近代以前の日本人の生き方との断絶を乗り越えること」p 20。文明開花にさらされた日本人が、イデオロギーを超えた「日本人の呼吸感」を見出し、それを「伝統」として自覚すること。そこに改めて西洋文明を「接ぎ木」する。これが文芸評論家小林の仕事であったp 20。
 吉本隆明の課題は「戦前と戦後の断絶を乗り越えること」p 20。その起点は「玉音放送」だ。「国家」と自分とを重ね合わせていた皇国青年が、突然突き放され、何も分らないといった風に「自然」の中で茫然自失とし」「言葉を失い」「イデオロギーに挫折しても変わらずそこにある」「「自然」」と「「大衆の現象」」と呼ぶべきものに包み込まれる体験。それを通して表現することで言葉を取り戻していくp56-p57。

 さらに3回目の断絶が高度成長期にあるという。
 日本人が田舎という故郷をなくし、完全に根無草になった。それを浜崎はオルテガにならって大衆化と呼ぶ。現在の米騒動、米不足の淵源。田舎という共同体を「自分のこと」として考えられなくなっていった成れの果てが今日の米不足なのではないだろうか?(いや直接的にはGHQの政策や自公の減反政策、Z省の緊縮財政ですよ?でも結局それは私たち日本人がそれを許してきた。私たちが現在の状況を生み出したのだ、というところに立たないと次の一手を主体的??に打つことはできないと思うのだが…どうだろう?)。

 本書の著者 浜崎は3回目の断絶を乗り越えるためにもう1人の評論家 福田恆存を紹介する。福田恆存は小林秀雄の最後の弟子と呼ばれ、年代的には小林と吉本のちょうど中間の大正元年の生まれだ。福田は戦後になっても旧仮名遣いを使い続けた福田にとって戦前戦後は断絶たり得なかった。では、福田は何を課題としたのか?

 福田恆存の原点は「孤独をどう乗り越えるか」だったp120。「田舎から攻めのぼってきた山手人種(近代の知識階級)と、彼らから見捨てられた下町人種(前近代からの伝統)、そのどちらにも完全に属すことができない「孤独」」p121。福田の孤独はどこか現代の私たちにも通じるものがあるのでは、と浜崎は問いかける。そう、高度成長期後、失われた30年を生きる私たちに共通する孤独…。

 この3人を軸として、本書は展開していく。そして断絶を乗り越えた先人の姿を見せてくれる。それをヒントにしてね?と著者は伝えている。

 というわけで、本書はコンパクトにして濃密。例によって、この記事を読むよりよっぽど味わい深い。以降は、目次をつけますので、目的のところに飛ぶのでも、ここで離脱するのでも。どうぞ、そうしたいようになさってください〜。
若干ネタバレ気味でもあるので、それが気になる方も、離脱をどうぞ〜。


文学者がつくってきた近代日本社会??

文学と近代化

 いやいや、近代日本社会を作ったのは、政治家であり、それこそ勤王の志士であり、経世済民を実践した各種実業家でしょう、法律家でしょう、というのはものごとを一面からしかとらえていない。

 浜崎は第1講の第1節を「「文学者」が作ってきた近代日本社会」と題している。私はあらゆることに素人なので、何事かを偉そうに述べることはできないが、明治維新で成し遂げた『近代化』というものは中々に厄介なもので、「自国言語で近代化を成し遂げる」というのは相当にハードルが高いことのようなのだ。

 手元にないので、引用ページを示すことはできないが、外語大名誉教授の岡田英弘はマレーシアでの大学教育の自国語化(つまりマレーシア語化)を観察??する機会に恵まれたようなのだが(多分1960年代から1970年代にかけて)、相当に努力を重ねたが、成功裡に終わったとは言えなかったようだ(シナ(チャイナ)とは何か (第4巻) (岡田英弘著作集(全8巻)))。井上ひさしの戯曲『國語元年』は「全国統一話し言葉」制定に励む役人を描いた喜劇だ。また別の例。日清戦争に敗れた清の若者たちは日本にこぞって留学し、大量の日本語(二字熟語の漢字、西欧の概念を日本ではすでに翻訳済みだった)をシナに持ち帰った(文法も幾分日本語に寄ったという)(近代中国は日本人がつくった)。
 上記はいずれも近代を国民にもたらすために自国語を「作り変える」努力の例である。

 自国民が共通に読み書きでき、近代化に必要な概念がこなれた自国語になっていく。そういった土台がなければ、国民国家も、富国強兵も、できやしない。大学教育を日本語で行うことができ、「言文一致体」(口語をそのまま文字にする文体)が普通のこととなっているのは、まことに喜ぶべきことなのだ。

(ここで本書とはまったく異なる私自身の興味関心をぶっ込んでみるが、誤解を恐れずに言えば、近代化によってもたらされた言葉や文体というのはある種のデータベースのキーでありフォーマットだと思う。ここでいうデータベースは人間の集合知だ。汎用人工知能はこういった全体への理解も伴うものなのではないか?言葉をキーにしてネットワーク状に情報が抽出される(暗黙知にも似たニューラルネットワーク??)。それを元に人間が分かるような文章を生成するのが生成AIなのでは?いえ、素人なので、全然的外れなこと言ってるかもですが…💦)(今後、この分野も素人ながら学んでいく予定っす)。

西洋の言葉をそのまま翻訳しても、それを日本の歴史的文脈の中に落とし込むことはできないし、翻訳語と、その概念も、日本語の中に馴染んでくれません。にもかかわらず、それをもって「自然な日本語」を作り出さなければならなかった人間、それが近代日本の文学者だったのです。

日本人の「断絶」を乗り越える p15-p16

 例えば、言文一致体がようやく整ったのは、明治20年代前半、二葉亭四迷が『浮雲』を書いた頃だったという。
 法律や政治や経済や社会を下支えしているもの。それは実は文学なのだ、と浜崎は言うのである。

戦前と戦後を代表する2大批評家の挑戦

 小林秀雄の課題。「西洋近代と、近代以前の日本人の生き方との断絶を乗り越えること」。浜崎は、小林はこの課題に自覚的であったというp17。
 これは生半可なことではない。日本の歴史的文脈にも日本語にも自然には馴染んでくれない翻訳語と概念をもって、自分にとっての自然な呼吸をともなう何がしかを表現していく。

…そこに文学者たちの様々な「葛藤」と「苦しみ」のドラマが生まれる…。
…その延長線上に、その「葛藤」と「苦しみ」を見つめ、それを反省する文芸批評というジャンルが拓かれ、さらには、そのような「文学」を通じて、日本人のあるべき姿、生き方を問いただそうとする小林秀雄や吉本隆明などの文芸評論家が登場してくることになる…

日本人の「断絶」を乗り越える p18

 小林秀雄と吉本隆明には、さまざまな、ある種の対立軸が存在する。小林は「戦前」、吉本は「戦後」の批評家だ。小林は晩年に近づくほど「美の世界」に隠遁し、吉本は生涯にわたって「社会的発言」を積極的にしていく。また「保守」か「革新」かという政治性も違うp18。
 だが、2人には通じ合うものがあったのでは、と浜崎はいう。「近代社会と自然との葛藤に折り合いをつけるという主題」が。さらに浜崎は2人の中間の年代に位置する福田恆存を介して「自然」という言葉を、本書の後半で深く掘り下げていくと述べている。

最小の動揺と最大の連続性

 ここで、浜崎はウイリアム・ジェイムズの『プラグマティズム』を紹介するp21。ウイリアム・ジェイムズは「机上の空論ではなく、私たちを実際に幸せにしてくれる概念があるなら、それを「真理」と呼んでもよいのでは」と提案し、これを「プラグマティズム」と呼んでいるp21。
 では、私たちを実際に幸せにする状態とは何なのか?
 それをジェイムズは「最小の動揺と最大の連続性」と言い換えたp21。
 つまり私たち人間は、日々の変化の中に連続性を見出し、それが大きくなりすぎ、断絶にまで至ると「動揺」してしまうp21。断絶による動揺を鎮め、最小化しながら最大の連続性を見出すことp22。

 例えば、大地震などの天変地異。米軍原爆による虐殺。東京大空襲。いずれも、肉親や住居や自然環境との断絶を引き起こす。動揺引き起こされまくりだ。昨今の外国人問題やオーバーツーリズム。少子高齢化だって、地方の驚くほどの疲弊だって、動揺を引き起こす。目に見えるほどの断絶、とまではいかなくとも。将来を不安にさせる。
 動揺を最小化しながら、気持ちや様々な物事との連続性を持たせる??どうやって??

 そう、どうやって?が問題なのだ。

日本人の「最小の動揺と最大の連続性」が奈辺なへんにあるかを探求し、それを私たち日本人の「幸福論」の根底に据えること。これが、かれらの批評のモチーフだった…

日本人の「断絶」を乗り越える p22

ここでの「かれら」は小林秀雄と吉本隆明だ。

 前近代から近代、あるいは、戦前から戦後へと流れていく「われわれ日本人の連続性」を言葉として捉え直し、そこに、私たちの「幸福」や「自信」の手触りを甦らせること、それが、小林秀雄と吉本隆明の批評だった、と、まずは言えるかと思います。

日本人の「断絶」を乗り越える p22

ほよよ??そうか。まだ第1講だ。「どうやって?」はこれから示されるのだ。

 では、それを楽しみにしようではないか。と第2講へと続くのである。

昭和初期に登場する批評という文芸

 批評、文芸評論とは何か。wikiを見てみよう。

批評…とは、ある事物の是非・善悪・美醜などを指摘して、その価値を判断し、論じることをいう。批判(ひはん)、評論ともいう。

wiki "批評" より

 文芸評論…は、文学評論すること。文芸批評、または文学研究とも言うが、評論の対象や手法が多様なため、定義は曖昧である。小説家や作品に限らず文学とその周辺全般が扱われ、学際的な性格を持つ。…
 評論の手法や論点は多様で、各評論家・研究者の立場・学説や研究対象によって異なる。

wiki "文芸評論" より

 批評という行為が成り立つには、批評される対象がある程度確固としていなければ、批評たり得ない。あるいはフワフワ、モヤモヤしているならば、そのフワフワ、モヤモヤを定義する、捉え直すところから始めることになるだろう。いずれにせよ、そこに問題意識がなければ、批評という行為は成り立たない

 小林秀雄は「近代批評の祖」あるいは「近代文芸批評の父」などと言われるp24そうだが、文芸が批評されるためには、文芸が確立し、文芸から立ち昇る社会全体の問題点が浮かび上がらなければ、批評は成り立たない。

 そういう意味で、明治の半ばになってやっと言文一致体の小説『浮雲』が現れ、その後、森鴎外、樋口一葉、夏目漱石、泉鏡花、田山花袋、島崎藤村など、多くの著名な作家が活躍するようになり(googleAI "明治時代の小説" 2025/07/06)、大正デカダンス(退廃的で虚無的な傾向を持つ文化現象)を経て、関東大震災、昭和恐慌を経て、「あれ?富国強兵でやってきて日清日露に勝ったけど、日本らしい精神性は?」「時代の徒花あだばなのようにモボやモガが騒がれたけど、すべては崩れさり不景気になり、いったいこれからどうなるの??」と社会全体が不安を抱え始めた時に批評が現れることになる。社会全体の不安。それは「芥川龍之介の自殺」に象徴されると浜崎はいう。学歴もトップ、小説家としても超一流の芥川の早すぎる自殺(享年35歳)。彼は「ぼんやりとした不安」という言葉を残して亡くなった。そうした中で、小林の批評は現れるのである。

 浜崎は、そうした全体を、クリティーク=批評という言葉を次のように解題することで方向づけしてくれる(多分こういう方向づけが浜崎の魅力であり、ある種の芸=artなのだと思う)(好き嫌い、とっつき易さは人によって評価は分かれるのかもしれないが)。

クライシス(危機)に際して、私たちは「あれか、これか」のクリシス(決断)が求められ、…私たちの生き方を反省するクリティーク(批評)を生み出す…。…さらに、このクリティーク(批評)を積み上げて行った先に現れてくるもの、それが私たちの「クライテリオン…」、要するに、私たちの価値の基準である…。…
 要するに、「あれか、これか」を決断するための規準を適切に言葉にするためのクリティーク(批評)、それが時代の要請だった…。「批評」というジャンルが、小林秀雄によって確立されたことの意味も(そこにある:引用者追記)…

日本人の「断絶」を乗り越える p33

 つまり私たち自身生き方を省みて新たな決断を言葉にしていくための批評を、まさに小林秀雄が行ったのだ、と浜崎は述べているのであるp33。「それをヒントに私たちの生きる基準を定めてみるのも一興では?」というのが浜崎の誘いだ。

小林秀雄のデビュー作『様々なる意匠』

意匠とは主義・イデオロギーのこと

 昭和4年(1929年)、小林秀雄27歳の時のデビュー作が『様々なる意匠』だ。意匠とは主義やイデオロギーのことだというp36。不安の時代にいくら、自分の外側に主義やイデオロギーを求め、かき集めても、不安が解消されることはない。ん?そりゃ、今の時代にも十分通じることはないか!!
 当時の最先端の主義やイデオロギーは、マルクス主義、はたまた、耽美主義、象徴主義、新感覚派の文学などであったp37。
 作家や運動家たちの主義主張そのものをいくら扱っても、物事の本質にはたどりつかない。むしろ、小林は、作家や運動家の作品が声だかに主張するものではなく、その作品から漏れ出す作家なり運動家の無意識に焦点を当てる。どうやって??直感で!!無意識から何が聞こえてくる??「宿命の主調低音」だという。

 ん?なんだそりゃ、だ。

直感と社会と伝統

 これを、浜崎は「「意味」を超えながら、なお主観ではコントロールできない「直感」の姿」と表現しているp40-p41。まだ、なんだそりゃ、だよね。さらに次のようにも述べている。

(ある作家の作品の良し悪しについて、うわべの説明だけで納得できるわけではない:この部分の要約は引用者による)…その作品や作家が実際にまとっている雰囲気や、その全体的な味わい、つまり、その作品や作家が生きている「宿命の主調低音」を聴くことから、私たちは、目の前の作品や作家の良し悪しを判断し、それに近づきその後で、ようやく「なぜ近づいたのか?」と分析し、反省することになる(つまり「なぜ近づいたのか」自分の真の欲求に気づくことになる:この部分の言い換えは引用者による)…。

日本人の「断絶」を乗り越える p41

 雰囲気や全体的な味わいは、「社会」や「伝統」と不可分だ。それは小林の直感がそれを求めているからに他ならない。だけど、作品の中の「社会」や「伝統」を意識的にピックアップするのではダメなんだ。小林はいう。

たゞ出来栄えだけをぎ分ける。物質の感覚が、あるいは人と人とが実際に交渉する時の感動が、どんな程度に文章になつてゐるか、さういふところだけを嗅ぎ分ける。するとそこに、消極的なものだが文学に対する社会の洒落気しゃれっけの無い制約性が得られる

小林秀雄「文学の伝統性と近代性」、『小林秀雄全集第4巻』新潮社、p251
日本人の「断絶」を乗り越える の引用による p42

 小林は「物質の感覚」や「人と人とが実際に交渉する時の感動」が、どんな文章になっているか、嗅ぎ分ける。「物質の感覚」とは物質と作家の身体との関わり、人と人とが実際に交渉する時の感動とは作家が他の人と交流した時に感じる感動のことだろう(今風に言えばクオリアか)。これみよがしに美文になっていたり、奇をてらっていたりを嗅ぎ分けるのではない。そんなところに引っ掛かるようでは批評家の直観=嗅覚はバカになっている(おっと💦)機能していない。もちろん、そこに引っ掛かったっていいけど、作家の真の感動や真の物質や人々との出会いが無意識的に表れているところ、を嗅ぎ分けるのだ。趣味が悪い??趣味が悪いんですよ、批評家は。そのためには意識ではなく、評論家自身の無意識を働かせる。だから評論家自身もある種、裸になって、何がしかを晒して評論することになる(無意識はコントロールできない)。それによって得られるのは「社会の洒落気しゃれっけの無い制約性」だ。つまり、作家個人、評論家個人の感性と言いながらも、それは社会や文化や伝統によって制約されている、と言っているのだ。それを作家も評論家も分かち持つ。あえて言えば作家も評論家も共通して感動するツボ(大きく反応するツボ)、というわけだ。それが集まったものが「日本人としての感性」であるといい、小林はそれこそが「伝統」の真の意味だというのであるp42。これって、ものすごい洞察だよね(そして、これこそ、AI時代に必須な洞察だと私は思う)。

 社会の制約性は伝統の制約性に外ならぬ。民衆とは伝統の権化である。
 僕は伝統主義者でも復古主義者でもない。何に還れ、にに還れといはれてみたところで、彼等の還るところは現在しかないからだ。そして現在に於て何に還れといはれてみた処で自分自身に還る他はないからだ。こんなに簡単でしかも動かせない事実はないのである

小林秀雄「文学の伝統性と近代性」、『小林秀雄全集第4巻』新潮社、p252
日本人の「断絶」を乗り越える の引用による p42-p43

 小林は「社会の制約性は伝統の制約性に外ならぬ」と言いながら「自分自身に還る他はない」ともいう。つまり小林にとって「伝統」は自分の外側に存在する"モノ"でなはくて、自分の内側にある"コト"なのだp43。

 要するに、自分の直感が反応した地点=作品を線で繋いでいって、そこにおのずと現れてくるかたち、それが小林秀雄の言う「伝統」と言う言葉の意味…。だから、それは、積極的にではなく、消極的=事後的にしか示せない…。

日本人の「断絶」を乗り越える p43

小林秀雄、スゲーなぁ。そして浜崎洋介も。

「文芸についての評論」から「文芸としての評論」へ

 「近代文芸批評の父」と言われる小林秀雄p24。それは「文芸についての評論」から「文芸としての評論」へと昇華させた、ということでもあるだろうp46。

 浜崎洋介は、小林の批評に通底する4つの主題テーマと、小林の仕事の全体像を3つのポイントにまとめて紹介している(こういうのが浜崎の真骨頂なんだよなぁ)。

  • 小林の批評に通底する4つの主題p43-p44

    • 下記4つは、絡み合いながら、小林秀雄の批評を支えていく。その有機的な一体感を味わうことが、小林秀雄の批評を読むということ。

    • (1) 「様々なる意匠イデオロギー」に対する不信と批判

      • 直観を置き去りにした理論体系は、全く信用に値しない。これは小林秀雄の一貫した倫理=価値規準であった。

    • (2) 「直観」の擁護

      • 分析より先にある「そうとしか感じられない力」、己のうちなる「直感力」による判断。

    • (3) 「宿命」の引き受け

      • 「直観」はそうとしか思えないものなので、選ぶことはできない。「ある作品との思いもよらない出会いを媒介し、その作品世界の中へと連れ込むものとしての「直観」」「だからこそ「批評」は、己の「直観」と切り離せないのであり、己の「宿命」とも切り離せない」p44。

    • (4) 「伝統」の自覚

      • 「私の「直観」と「宿命」とを形づくっているものとしての「伝統」」を自覚する。小林は大東亜戦争の開始直前(昭和16年(1941))に「文芸上の仕事をするといふ事が、伝統の問題に衝き当る事なのであり、仕事のうちで伝統の正態を自得する、さういふ事を皆やつてゐるわけなのであります」(「伝統」、『小林秀雄全集第7巻』新潮社、248ページ:本書 p44)と書いている。生きて形作られている直観や宿命は、先人たちの営みの上に出来上がっていて、それは言葉で取り出すことのできない、暗黙知として自分の中に折り込まれ、織り込まれ、畳み込まれている。そういう自覚のことを言っているのではないだろうか?

  • 小林秀雄の仕事の3つのポイントp45-p46

    • (1) 「批評」

      • 戦前戦後を通して時代のイデオロギーを徹底して批判した

        • マルクス主義に対する批判、戦中の東亜新秩序や日本主義に対する批判、戦後の平和主義、戦後民主主義に対する批判。

    • (2) 「思想」

      • 「意匠」への自意識を振り払い、自分自身を透明にして作品と向き合い、そこに現れる「直観」を拾い上げ、その「直感をもたらしているもの」を素直に引き受けること。…自分に与えられた日本の「自然」と「伝統」に従うこと。小林秀雄はそれを信じた先で、まさに自らの直観を豊かにするための「道」を見出していく」ことになるp45。道ですよ、道!何とまあ、日本人らしい…!!

    • (3) 「実践」

      • 「文芸批評」というジャンルを、作品として味わうことができる自立的なジャンルへと育て上げた。「「直観」をもたらしてくれる「古典」に従い、その解釈を示しつつも、…最終的には…解釈によっては辿り着くことのできない…味わいを、目の前の「古典」を描写=模倣することによって示す」p46(スゲー文芸だな〜)。「これが読者自身の「直観」を促すための言葉、豊かにするための言葉」となるp46。

おわりに

 というわけで、一連の記事のうち、その1である。すでに十分に、旅を終えたような気分になる…。いや、これがほとんど出発点ですからね。
 その充実感たるや…。
 小林秀雄もすごければ、浜崎洋介もすごい!

 だけど…。

 第3講が終わったところで、駆け足で小林秀雄の仕事の総括を概観することはできた。
 だけど第1講の終わりに出てきたプラグマティスト ウイリアム・ジェイムズの「最小の動揺と最大の連続性」が私たちの幸せの状態だとすれば…。
 明治維新や戦前戦後という「断絶」の時期に、動揺を最小化しながら、気持ちや様々な物事との連続性を持たせる??どうやって??
 それは、まだぼんやりと提示されたままだ。
 そりゃ、天才 小林秀雄であれば、直観を擁護し、宿命を引き受け、伝統を自覚することができたのだろう。それによって、動揺を最小化しながら、気持ちや様々な物事との連続性を持たせることもできるのだろう。
 だけど平凡な私たちは??どうやって、連続性を持つことができるの?

 浜崎は第4講の最初にサラッとヒントを提示する。
「「直観」と「宿命」を「伝統」を繋げながら、そこに「日本人の自然」を甦らせる」んん??んんんん?????

 そ。旅はまだ始まったばかりだ。

 いやいやいやいや。そうじゃなくて…ご興味を持った方はぜひ本書 『日本人の「断絶」を乗り越える』をお手に取ってくださいませ〜。


引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください。

おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。

本書と連動している動画

下記は同じく戦前戦中戦後の日本人の断絶を扱った動画。


浜崎洋介の著作

小林秀雄

小林は近代日本人の課題について自覚的だった。その証として浜崎が本書で引用している『正宗白鳥の作について』は下記に収録されている。

デビュー作『様々なる意匠』は下記に収録されている。


映画

小林秀雄、中原中也、長谷川泰子の三角関係を描いたドラマ。

プラグマティズム

集合知

暗黙知

以下の2人の著作については、今後挙げていきます。

吉本隆明

福田恆存

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