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クルマは誰のものなのか? AIV時代の新たな境界|今週のCHINA CASE Deep Dive

週刊中国自動車業界ニュース解説

2026年08月10日~2026年08月16日

動画の内容を少し編集してレポート化したものです


ヨーロッパの美しい道を、買ったばかりの最新EVで走っている。ところが突然、車載画面に強い警告が現れ、一部のスマート機能が使えなくなる。

故障ではない。

メーカー側のシステムが、長期間にわたる海外滞在を検知し、盗難や不正輸出の可能性を疑ったためだった。

SF映画のような話だが、これは中国のZEEKRの正規オーナーが実際に経験した出来事である。

今回のCHINA CASE Deep Diveでは、この「海外ロック」騒動を入口に、AIが自動車そのものを再定義し始めた中国市場で、所有、開発、販売、ブランドという従来の境界がどう揺らぎ始めているのかを見ていく。

正規オーナーの車にメーカーが介入する時代

ZEEKRの事例は、単純なシステム障害ではなかった。

中国国内で正規購入したオーナーが自らの車で欧州を旅行していたところ、車両が長期間中国国外にあることをシステムが検知。盗難や密輸、非正規輸出などを防止するための安全保護機能が作動した。

ZEEKRによれば、車両の駆動や制動といった中核的な走行機能は停止しておらず、「車両そのものをロックした」わけではない。

しかし、車載画面には強い警告が表示され、一部のスマート機能が制限された。本人確認後に警告は解除されている。

ここで問題になるのは、「走れたか、走れなかったか」だけではない。

正規に購入した自分の車を、法的に問題のない範囲で海外へ持ち出した。それでも、メーカーは車両の現在地を把握し、その利用状況を判定し、遠隔から車両機能へ介入できる。

コネクテッドカーでは、所有者がキーを持っているからといって、車両に対する完全な支配権まで持っているとは限らなくなっている。

メーカー側には、盗難や密輸、並行輸出を防ぎ、各国の規制や正規販売網を守る合理的な理由がある。一方、ユーザー側には、「購入した自分の車をどこで使うかは自分で決めたい」という当然の感覚がある。

クルマを所有するとは何を意味するのか。

高度なコネクテッド化によって、これまで意識されなかった境界が表面化し始めている。

「消えた理想L9」が映し出した別の境界

同じ週、理想(Li Auto)の理想L9を巡っても、国境を越えた車両管理が話題になった。

中国のオーナーが、自身のL9が杭州市内から姿を消し、車両アプリで追跡したところ、中国西部を横断して新疆ウイグル自治区ホルゴスからカザフスタンへ渡ったと訴えた事件である。

当初は「1000万円級の高級車が国外へ持ち出された」という衝撃的な動画として拡散した。

ところがその後、Li側が資料を公開したことで、事件の見え方は変わった。

同社によれば、このL9には通常の自動車ローンだけでなく、地方金融機関や民間金融会社を通じた複数の担保設定が存在していた。車両譲渡関連書類やオーナー署名入り資料なども存在するとされ、Liは車両システムの問題ではなく、オーナーと債権者間の民事紛争だとの立場を示した。

結論はまだ出ていない。

しかし、「消えたL9」が興味深いのは、中国の民間金融、中古車輸出、車両位置情報、メーカーによるデジタル管理、そしてSNSによる世論形成が、一台の自動車を通じて交差したことにある。

自動車はもはや、道路を走るだけの機械ではない。

金融資産であり、通信端末であり、常時ネットワークにつながったデジタルデバイスでもある。

AIネイティブカーを作るなら、会社もAIネイティブにする

こうした車両側の変化と並行して、自動車メーカー自身も変わろうとしている。

セレス傘下の新ブランド「AIVA」は、「AIが自動車を定義する」「まずAIがあり、その後にクルマがある」という思想を掲げる。

これは、完成した車へAI機能を後付けするという意味ではない。

まず、「AIがユーザーへ何を提供するのか」を考える。

そこから逆算し、必要なセンサー、演算能力、空調、シート、照明、窓、ナビゲーション、駐車、充電、車内空間までを設計する。

つまり、AI体験からクルマという身体を“生やすという発想である。

さらにAIVAの異質さは、この思想を商品だけに適用していない点にある。

総裁兼プロダクトマネージャーの李博氏は十数体のAIエージェントを「部下」のように使い分けている。

そして全社員にもAIエージェントを持たせ、トークン使用量を原則制限せず、AI活用コンテストまで実施する。

同社ではこれを「全民養蝦」と呼んでいる。「蝦」は2026年の中国で普及したAIエージェント「OpenClaw」のロゴに由来する俗称で、AIエージェントを設定し育てることが「養蝦」と表現されるようになった。

単にChatGPTのようなAIへ質問するという段階ではない。

役割や記憶を持つ複数のAIエージェントを、実際の企業組織のように配置しているのである。社員全体へ一体ずつAIエージェントを与え、業務そのものをエージェント化する取り組みまで進めている。

AIネイティブカーを作る会社自身が、AIネイティブ企業になろうとしている。

VWまで「Physical AI」を語り始めた

さらに象徴的なのが、上汽VWの変化である。

同社は新型「ID. ERA 9X」を「Physical AI」車として打ち出し、Momentaの「R7世界モデル」を搭載する。

重要なのは、単純に中国企業の運転支援技術をVWが採用したという話ではない。

これまでのSDV(Software Defined Vehicle)は、ソフトウェアによって車両機能を定義する考え方だった。

そこからAI Defined Vehicleへ進めば、AIが車両機能やユーザー体験を定義する。

そしてPhysical AIでは、AIが現実世界を認識し、未来を予測し、判断し、自動車という身体を使って物理世界へ働きかける

その中核となるのが世界モデルである。

従来の認識システムが、「前方に車がいる」「歩行者がいる」「信号が赤になった」と現在の状態を認識するものだとすれば、世界モデルは、その環境が次にどう変化するのかまで内部的に予測しながら行動を決めようとする。

今回公開された走行デモだけから、R7世界モデルによって従来不可能だった運転が可能になったとまでは断定できない。

むしろ重要なのは、VW自身が中国のMomentaと組み、中国の世界モデルを使った車両を「Physical AI」と呼び始めたことだろう。

AIは、中国新興EVだけの特殊な競争軸ではなくなってきた。

理想L9も「豪華装備」からAIアーキテクチャへ

リ・オートの理想L9の三世代比較にも、同じ変化が表れている。

初代L9が打ち出したのは、冷蔵庫、大型ディスプレイ、マッサージシート、エアサスペンションなど、「100万元級の装備を50万元級へ持ち込む」ことだった。

第二世代では、それらの完成度を高めた。

そして新型L9では、自社開発M100 AIチップや馬赫VLA、ステア・バイ・ワイヤ、後輪操舵、EMBなど、車両アーキテクチャそのものへ重点が移っている。

初代では「高性能AIチップを搭載していること」が価値だった。

新型では、AIによってクルマ全体をどう制御するのかが価値になり始めている。

ハードウェアを積み上げる競争から、AIを中心として車両全体を統合する競争へ。

わずか数年で、フラッグシップSUVの「豪華さ」の定義まで変わり始めている。

それでも、人間は「交渉したい」

ここまでを見ると、すべてがAIに置き換わっていくようにも思える。

しかし、中国の自動車販売現場を見ると、まったく逆方向の現象も起きている。

奇瑞(Chery)の小型EV「QQ3」では、一律価格を採用し、発売以来値引きを行っていない。

透明で公平な価格設定である。

ところが販売現場では、それが必ずしも消費者の満足につながらなかった。

ある女性客は商品そのものを気に入っていたにもかかわらず、「値引きできない」と知ると交渉を続けた。3回来店し、約半月にわたる交渉の末、販売店が充電設備を提供することで成約した。

重要なのは、その顧客が単純に最安値を求めていたわけではないことだ。

自分が交渉した結果、「販売店から何かを引き出した」という体験を求めていた。

初めから3000元値引かれているのと、自分が交渉して3000元を勝ち取るのでは、経済価値は同じでも、心理的な価値は違う。

中国市場では、何をいくらで買ったかだけでなく、どうやって条件を勝ち取ったかまでが商品体験になる

AIによって商品の設計が高度化しても、人間の承認欲求や達成感まで消えるわけではない。

Huawei「竹知了」が示したAI時代のブランドリスク

同じことは、ブランドコミュニケーションにも言える。Huawei HIMAを巡って中国で大きなネットミームとなったのが「竹知了」騒動である。

「竹知了」はもともと中国の竹製玩具だが、その音がHuawei常務董事Richard Yu氏の発表会での有名なフレーズと組み合わされ、パロディ動画などが大量に作られた。

やがてAIによる音声偽造や映像加工、本人への侮辱を含むコンテンツまで増加した。

HIMAによれば、関連投稿は約5万6000件あったが、実際に権利侵害として通報したのは171件で、プラットフォームが削除したのは144件だった。玩具そのものや、その販売を禁止しようとした事実はないとしている。

それでも、「Huaweiが竹知了を封殺しようとしている」という認識が広がり、結果的にミームそのものがさらに拡散した。

いわゆるストライサンド効果である。

企業には、AIで偽造された音声や肖像、名誉毀損から自らを守る権利がある。

しかし、法的に正当な対応であっても、ネット文化との距離感を誤れば、その対応そのものがブランドリスクになる。

AIがどれほど高度になっても、人間社会のユーモア、反発、承認欲求、群集心理を完全に制御できるわけではない。

AIがクルマの「本体」になった時、所有とは何になるのか

今週の中国自動車業界をつなぐと、一つの大きな変化が見えてくる。

AIはもはや、自動車へ追加される一機能ではない。AIVAはAI体験から逆算して車という身体を作ろうとしている。

上汽VWはMomentaの世界モデルを搭載した車を「Physical AI」と呼び始めた。

Liは豪華装備を競う段階から、AIを中核とする車両アーキテクチャへ移行している。

その一方で、ZEEKRの海外ロック騒動では、コネクテッド化された車をメーカーがどこまで管理できるのかという問題が浮上した。

そして販売現場やSNSでは、最先端のAIとは対照的に、値引きを「勝ち取りたい」という感情や、ネットミームを楽しみたいという極めて人間的な行動が市場を動かしている。

AIがクルマを定義する時代とは、人間が不要になる時代ではない。

むしろAIが自動車の奥深くまで入り込むほど、「誰がこのクルマを支配しているのか」「自分のデータを誰が持っているのか」「何をもって自分のクルマと言えるのか」「人間にしか生み出せない体験とは何なのか」という問題が、これまで以上に重要になってくる。

もし将来、車そのものが自分専用のAIとなり、自分の好みや行動、生活習慣を理解しながら成長していくとすれば――。

「車を所有する」という行為は、鉄やバッテリーでできた機械を買うことから、自分専用のAIと長期契約を結ぶことへ変わっていくのかもしれない。

その時、人間が本当に「所有」しているものは何なのか。

今週の中国自動車市場は、そんな問いまで投げかけている。

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