「私、テイカーだったのかもしれない」と気づいた日のこと。
「私は、何も持っていない」
「誰も、私のことなんて見てくれない」
「愛されないのは、私の価値がないからだ」
今思い返すと胸がぎゅっと痛くなるけれど、
私はこれを思い込みだなんて少しも思わず、
ずっと "真実" として信じ切っていました。
誰かの優しさに触れても、
「どうせ社交辞令だよね」
「本当の私は嫌われるに決まってる」
そうやって怖くて疑って、距離を置いてしまう。
そんなふうに、
自分の殻に閉じこもって、生きてきた。
だけど、ほんとについ最近のこと。
考えごとを巡らせているときに、
ふと気づいてしまったんです。
ほんとうは、私は "与えられていなかった" んじゃなくて、
"受け取ってこなかった" だけなのかもしれない。
ずっと「何もない」と思い込んでいた手のひらには、
ほんとうは、たくさんのものが載せられていた。
でも私は、それをちゃんと見ようとしなくて、
落としてしまっていた。
そうして振り返ってみると、
心のどこかで薄々気づいていたような気がするんです。
受け取ったら、同じだけ返さないといけない気がして、
「私には何もない、与えられない」って怖くて、
逃げていたのかもしれない。
受け取りベタは、時として、
"無意識のテイカー" に見えてしまう。
テイカー:満たされなさから、もっと欲しいと感じてしまう状態。
誰かが与えてくれていたはずのものを、
私はちゃんと見れていなかった。
満たされなさは、
「足りない」「それじゃない」「もっと欲しい」
そんな心の奥の叫びに変わって、
より一層、他の人から求めてしまっていた。
気づいた瞬間、
どうしようもなく恥ずかしくて、
申し訳なさで胸がいっぱいになりました。
でも…
私は、気づくことができた。
もう30代中盤なんて、いい歳になってしまったけれど。
きっと、たくさんの人を傷つけてしまったけれど。
「これまでたくさんもらっていた」
そのことに、やっと気づくことができた。
気づけたなら、前に進める。
ちゃんと、受け取れる自分になれるはずなんです。
もう、"無意識のテイカー" には戻らない。
もしあなたも、どこかで同じように
「テイカーだったのかもしれない」って
感じることがあったなら。
どうか、自分を責めないであげてほしいです。
テイカーに見えるときって、心が満たされていないときなんです。
足りなくて、寂しくて、
「もっとほしい」と感じてしまうのは自然なこと。
それを責めると、余計に心の傷が深くなってしまう。
まずは、
「そっか、私は寂しかったんだね」
「ずっと頑張ってたんだね」って、
自分にそんな声をかけてほしい。
それだけで、
張りつめていたものが、すこしずつほどけていきます。
自分と向き合うことができたら。
一歩ずつ、次に進んでみる。
・「ありがとう」を素直に言ってみる
・褒められたら、否定せずに「そうかも」と言ってみる
・「嬉しい」「助かった」と声に出してみる
・少しだけ、相手の目を見てみる
半歩ずつでもいいんです。
その積み重ねが、
「受け取っていいんだ」って感覚を育ててくれます。
心が少し満たされてくると、
「私には何ができるだろう」
「相手は何が嬉しいんだろう」って、
自然と与えたいって思えるようになる。
努力しなくても、無理をしなくても、
満ちたところから優しさは溢れていくから。
過去を、そんなに重く抱えなくていいんです。
恥ずかしさや申し訳なさを感じた分、
あなたはこれから、たくさんの人に優しくできる。
だいじょうぶ。
あなたは、ちゃんと変わっていける人だから。
どうかこれからのあなたの手のひらに、
ふわりと温かい優しさが乗りますように。
そして、そのぬくもりを、
そっと受け取れますように🎈
ちずのnoteでは、
●心をゆるっとほぐしたい
●半歩ずつでも、自分らしく進みたい
そんなあなたに寄り添う言葉をお届けしています🎁
半歩でもいいから進みたい、そんなあなたへ💌
"書くこと"と向き合うあなたへ🍀
シニア保護猫とのくらし🐈
読んでくれてありがとうございました🫧
「スキ❤」のお返しとして、看板娘の ”うちのこ” からお礼をさせていただきます🐈
ぜひ「スキ❤」をぽちっとしてみてください🎶
フォロー&コメントも励みになります!
いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます☺
いただいたチップで、うちのこにおやつの ”ちゅ〜る” を買わせていただきます🐈♪