薬害イレッサ訴訟から考察 国が医師に責任を押しつける可能性
前回、初めて裁判を傍聴して記事を書きました。これまで、HPVワクチンについてはいろいろと調べてきましたが、裁判の行方について考えるために過去の薬害訴訟についても掘り起こしをしてみようと思います。今回は、2002年7月に発売され、たった5ヶ月で180人が副作用の間質性肺炎で亡くなったという肺がん治療薬「イレッサ」について掘り起こしました。
国が薬害と認めない「イレッサ薬害」
「イレッサによる副作用死は、事前の十分な情報提供がされないなかで起きたものだ」と、2004年に東京と大阪で患者・遺族らが、国と製薬会社(アストラゼネカ社)を相手に裁判を起こしました。けれども、以前の記事で紹介した書籍「薬害とはなにか」の目次(下記参照)を見ると、イレッサが見当たりません。
コラムのところまで見ると、「イレッサ薬害 国が薬害と認めない薬害」というタイトルで書かれています。
厚労省が学校に配布している「薬害を学ぼう」という教材にも、イレッサ薬害は書かれていません。国が記載を拒んでいるそうです。
以下は、日経新聞の記事(2013年4月12日付)をもとに、補足しながらまとめました。訴訟は東京と大阪で行われましたが、話が複雑になるので東京に絞ってまとめてあります。
肺がん治療薬「イレッサ」の副作用を巡り、死亡患者の遺族が国と輸入元の製薬会社「アストラゼネカ」に損害賠償を求めた訴訟は、国と製薬会社が勝訴しました。そして「イレッサ」は現在も、各医療現場で使用されています。
一審・東京地裁判決は添付文書の欠陥を認めて「国は安全確保のための行政指導が不十分だった」とし、国と製薬会社に計1760万円の賠償を命令しました。ところが、二審・東京高裁判決は「イレッサを使うがん専門医らは(副作用による)間質性肺炎での死亡があり得ることを把握していた」として、国と製薬会社の責任を否定。原告側は上告しましたが、最高裁は原告側上告を棄却して、原告側全面敗訴の二審・東京高裁判決が確定しました。
この判決は、医師たちとって喜ばしいものなのでしょうか。
この訴訟では、医療機関向け添付文書に記載した副作用の注意喚起が不十分で、製造物責任法(PL法)上の欠陥に当たるかが争点になっていました。
当初の添付文書には、間質性肺炎の危険性が「警告」欄ではなく「重大な副作用」欄の4番目に記載されており、原告側は文書に欠陥があったと主張しました。
「イレッサ薬害被害者の会」のサイトに、添付文書が第1版から公開されています。

判決では、「抗がん剤には一般に間質性肺炎の副作用があり、肺がん治療を行う医師が添付文書を読めば、危険性を認識できたのは明らか」と判断。製薬会社が、「イレッサ」特有の急速に重篤化する間質性肺炎を予見できたともいえないとして、添付文書の記載は不適切とはいえないと結論付けられました。
製薬会社の責任
この判決については「立命館法學」2013年 第4号で、吉村良一氏(執筆当時:立命館大学大学院法務研究科教授)が詳しく解説しています。
「薬害イレッサ」における製薬会社の責任
吉村良 一(執筆当時:立命館大学大学院法務研究科教授)
まずは、「最高裁判決の概要」部分から一部引用します。
a )最高裁判決の概要
最高裁は,以下のように述べて,原告らの上告を棄却した。
② 「本件輸入承認時点においては,国内の臨床試験において副作用であ
る間質性肺炎による死亡症例はなく,国外の臨床試験及び EAP 副作用
情報における間質性肺炎発症例のうち死亡症例にイレッサ投与と死亡との因果関係を積極的に肯定することができるものはなかったことから,
イレッサには発現頻度及び重篤度において他の抗がん剤と同程度の間質
性肺炎の副作用が存在するにとどまるものと認識され,被上告人は,こ
の認識に基づき,本件添付文書第 1 版において,『警告』欄を設けず,
医師等への情報提供目的で設けられている『使用上の注意』欄の『重大
な副作用』欄の 4 番目に間質性肺炎についての記載をしたものというこ
とができる。
そして,イレッサは,上記時点において,手術不能又は再発非小細胞肺がんを効能・効果として要指示医薬品に指定されるなどしていたのであるから,その通常想定される処方者ないし使用者は上記のような肺がんの治療を行う医師であるところ……そのような医師は,一般に抗がん剤には間質性肺炎の副作用が存在し,これを発症した場合には致死的となり得ることを認識していたというのである。そうであれば,上記医師が本件添付文書第 1 版の上記記載を閲読した場合には,イレッサには上記のとおり他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在し,イレッサの適応を有する患者がイレッサ投与により間質性肺炎を発症した場合には致死的となり得ることを認識するのに困難はなかったことは明らかであって,このことは,『重大な副作用』欄における記載の順番や他に記載された副作用の内容,本件輸入承認時点で発表されていた医学雑誌の記述等により影響を受けるものではない。(以下略)」
最高裁では、製薬会社側は添付文書に「間質性肺炎があらわれることがある」と書いたので、肺がん治療を行っている医師ならば抗がん剤同様に間質性肺炎が致死的となり得るとわかるはずだと判断されたのです。
吉村氏は、「イレッサ」は従来の抗がん剤とは異なり、分子標的薬であり従来のような副作用が生じない薬として専門医の間に期待感があったことや、「間質性肺炎発症の副作用について無防備な記述」が医学雑誌等にあったこと、そして、当初は必ずしも専門医によってのみ投与されていたわけではないことを指摘しています。
前述のコラム「イレッサ薬害 国が薬害と認めない薬害」にも、製薬会社が開発段階から「これまでの抗がん剤より効果が高く、1日1回の経口投与で既存薬より副作用が少ない医薬品である」という情報を提供していたことが書かれています。さらに、マスコミや専門家の一部もより期待感を高めるような紹介をしていたのです。
そのような流れで「イレッサ」を処方しようとしたときに、あの添付文書の書き方だけで、間質性肺炎で死亡する可能性があるとわかって処方するのが当然と言われて、医師たちはどう思ったのでしょうか。
吉村氏は、下記のように考察しています。
最高裁の論理は,抗がん剤による副作用として間質性肺炎の危険性は認
識されているので,副作用情報として間質性肺炎に言及しておればイレッサも同様の副作用を持つことが認識できるはずというものであり,これでは,なぜ,承認直後に被害が多発し,緊急警告によって発生が減ったのかという点は説明不能であり,また,「医師等の 1 ∼ 2 人が読み誤ったというのであればともかく,多くの医師等が読み誤ったと考えられるときには,医師等に対する情報提供の方法が不十分であったと見るべきである」とした東京地裁判決の指摘や,指示・警告に問題がなかったとする大阪高裁判決に対する,「では,販売後わずか半年で間質性肺炎によって180人が死亡し, 2 年半で死者557人に上ったのはなぜか。……医師たちは危険を分かりながら副作用死を出してきたというのだろうか」との疑問(毎日新聞2012年 5 月27日社説)に答えることができない。
上記にある「緊急安全性情報」の発出については、PMDAのサイトにまだページが残っています(2025年5月25日時点)。
「イレッサ」は商品名であり、一般名は「ゲフィチニブ」です。
ゲフィチニブによる急性肺障害、間質性肺炎についての「緊急安全性情報」の発出について 平成14年10月15日
経緯
1.ゲフィチニブは、手術不能又は再発非小細胞肺癌に使用されている抗悪性腫瘍剤である。海外での承認事例はなく、我が国で初めて承認された医薬品である。
2.間質性肺炎の発現については、既に治験段階から報告があり、これを踏まえ販売開始時より使用上の注意の重大な副作用の項に「間質性肺炎」を記載して、医療関係者の注意を喚起しているところである。
しかしながら、アストラゼネカ株式会社より、本年7月16日の販売開始以来22例(うち死亡11例)の間質性肺炎を含む肺障害が、また、医療機関から本年10月、同様の報告が4例(うち死亡2例)厚生労働省に報告された。これらの症例には投与開始後早期に症状が発現し、急速に進行する症例がみられている。
3.このことから、今般、間質性肺炎について警告に記載するとともに、使用上の注意を改訂し、また「緊急安全性情報」を医療機関へ配布して、本副作用について改めて医療関係者の注意を喚起するよう、アストラゼネカ株式会社に指示したところである。
そして、添付文書も改訂されました。下記はコピーのようなので白黒ですが、「警告」部分は赤く目立つようになっていたと思います。

2002年12月の改訂では、さらに強調されています。

これにより、イレッサ投与後に間質性肺炎になって死亡した患者は急減しました。
厚労省 ゲフィチニブ安全性問題検討会 議事次第より
資料No.9 緊急安全性情報を発出した前後における間質性肺炎及び急性肺障害の発現状況(PDF)

イレッサの承認と政治的判断
さらに吉村氏は、「イレッサ」の承認と政治的判断についても指摘しています。
最高裁は,イレッサが国の承認を受けており,しかもそれがある種の政策的判断で行われたものであることを重視し,それを製薬会社の責任を認めない方向に考慮しているのではないかと思われる。そのことを端的に述べるのが,大谷・大橋補足意見である。同補足意見は,「イレッサが,手術不能又は再発非小細胞肺がんという極めて予後不良の難治がんを効能・効果として,第Ⅱ相の試験結果により厚生労働大臣の承認がなされ,要指示医薬品,医療用医薬品とされた上で輸入販売が開始されたのは,有効な新薬の早期使用についての患者の要求と安全性の確保を考慮した厚生労働大臣の行政判断によるものであり,その判断に合理性がある以上は,その結果について医薬品の輸入・製造者に厳格な責任を負わせることは適当ではない」としている。
しかし,一般的に言って,行政が承認したことは製造業者等の責任を軽減するものではない。また,イレッサが(政策的判断から)第Ⅱ相試験結果によって(つまり,第Ⅲ相試験を省略して)異例に簡略化された手続で承認されたことは,むしろ,承認後の追跡調査を含めて,国や製薬会社により高度の責任を負わせる事情ではないのか。
「イレッサ」は第Ⅲ相試験を省略し、異例に簡略化された手続で、世界で初めて承認されたのでした。第Ⅲ相試験が行われたのは承認後です。それなのに、「有効な新薬の早期使用についての患者の要求と安全性の確保を考慮した厚生労働大臣の行政判断によるものであり,その判断に合理性がある以上は,その結果について医薬品の輸入・製造者に厳格な責任を負わせることは適当ではない」と言っています。
一審で和解勧告が出されたとき、原告側は和解勧告を受け入れようとしましたが、被告側が拒否しました。そのときに、関係学会や医療機関が「国や製薬企業の責任を問うべきでない」などとする見解を相次いで発表しています。
下記は、国立がん研究センターが発表した見解の一部です。全文は、まだPDFで公開されています(2025年5月25日時点)。

このような発表に、厚労省が関与していたことも発覚しています。
厚労省は薬学関連の学会に和解勧告への反対声明を出すよう要請し、日本医学会を含めた3学会には声明文案の提供までしていたのです。確認したところ、日本医学会の声明もまだページが残っていました(2025年5月25日時点)。
この事実は、日経新聞でも取り上げられていました。
そして、厚労省は検証チームを作り、調査を行っています。

調査の結果は「書面まで提供したのは過剰なサービスであった」とするにとどまり、「直ちに不当であったということはできない」とまとめています。

ですが、結果として最高裁では国や製薬会社が勝訴しました。
最高裁が示した添付文書の重要性
このままでは助からないという病気だったとしても、患者側が承認直後の薬を使う決断をするのは簡単なことではないと思います。
改訂された第3版の添付文書は、下記のように「警告」が最初に書かれています。

そして、重要な基本的注意にも、「致命的な経過をたどることがあるので」と書かれています。もしこのような薬であるとわかっていたら、使わないという選択をした人もいたでしょう。あるいは、致命的な経過も覚悟して服用したなら、家族も後悔はしなかったかもしれません。やはり第1版と第3版では、間質性肺炎という副作用への意識が全然違うと思います。

最高裁の判決によると、現場の医師は、第1版の内容から副作用の間質性肺炎が「致命的な経過をたどる」可能性まで読み取って当然だということになります。
さらに最高裁では、「『重大な副作用』欄における記載の順番や他に記載された副作用の内容,本件輸入承認時点で発表されていた医学雑誌の記述等により影響を受けるものではない」とされました。
ということは、医師は製薬会社から「副作用が少ない」という情報を得ていたとしても、それを無視して添付文書だけで判断しなければならないということになるでしょう。
では、コロナワクチン接種に関して、首相官邸のホームページで下記のポスターを配布していたことはどうなるのでしょうか。


「どちらのワクチンでも十分な効果と安全性が確認されています」と書いてあり、1回目、2回目にどちらのワクチンを接種していても、今接種できるものを接種しましょうと読み取れます。けれども、ファイザー社もモデルナ社も、添付文書には下記のように書いてありました。


「本剤と他のSARS-CoV2に対するワクチンの互換性に関するデータはない」ということは、交互接種の効果や安全性についてのデータもないと読み取れます。
この部分は、最新の添付文書でも変わっていません。
最高裁の判決のように添付文書を重視するなら、下記のような追跡調査についても、無視するべきということになるでしょう。この論文は製薬会社が発表したものではなく、添付文書にも書いていないデータなのですから。「副作用が少ない」という情報に影響されずに添付文書を重視すべきなら、「交互接種は効果がある」という情報にも影響されずに判断すべきということになると思います。
そうであるなら、国も医師と同じように添付文書を読み取って、それに従うべきではないのでしょうか。それなのに、率先して添付文書から逸脱した発信をしています。
さらに、添付文書を作成している製薬会社こそ、添付文書の内容を逸脱するような広報活動を行うべきではないはずです。
過去の判例から製薬会社がすべきこと
吉村氏は、下記のように考察しています。
本件で問題になっている薬は抗がん剤であり,投与される患者が重篤な
疾病にかかっていること,一般に強い副作用がありつつあえて投与される場合があるといった事情がある。その意味で,重大な副作用が生じたことだけでイレッサに欠陥ありとして製薬会社や国の責任を論ずることは,ある意味で難しいかもしれない。しかし,このような事情があるとしても,そのことから,製薬会社の適切な指示・警告に問題はなく責任はないということにはならない。むしろ,そのような薬であるからこそ,重大な副作用情報が的確に医療の現場に伝達され,現場の医師の判断と患者やその家族への説明,患者の当該抗がん剤の使用・不使用の判断が,適切な情報を基礎にして行われるべきである。
本件における指示・警告とは,まさに,患者の自己決定を保障するものなのである。このような視点から見て,また,当時の医療の現場の実態から見て,本件の添付文書の記載が適切であったのかどうか。こう考えるならば,最高裁の判断には疑問が残らざるをえない。イレッサを投与されて間質性肺炎になり死亡した患者は多数に上っており,それがイレッサの承認・販売開始直後に集中している事実,添付文書の警告があらためられた後にはその数が急減している事実は,結果論を超えて,当初の指示・警告の問題性を如実に物語っているのではなかろうか。
最高裁の判決は、過去の判例にも反しています。
かつてのスモン事件やクロロキン事件で判決が,「製薬会社は,予見義務の履行により当該医薬品に関する副作用の存在ないしはその存在を疑うに足りる相当な理由を把握したときは,可及的速やかに適切な結果回避措置を講じなければならない」(スモン判決),「副作用情報とは,当該医薬品によって特定の副作用が発生するという因果関係を疑わせる一応の理由があるものであれば足り」る(クロロキン判決)などとしたのは,当時まだ「予防原則」という概念は知られていなかったとしても,事実上,このような予防原則の立場に裁判所が立ったことを意味しているといえよう。
そして,この予防原則でまず何よりも重要なのは,それが,「深刻な,あるいは不可逆的な被害のおそれ」,「健康上の著しい不利益をこうむる危険性」がある場合にとるべき原則とされていることである。
最高裁の判決主文には、下記のように書かれています。
全文より
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(4)イ イレッサの輸入承認時点までに行われた臨床試験のうち国内の臨床試験133例中において,イレッサとの関連を否定することができない間質性肺炎が発症した例は3例あったが,いずれも治療が奏効して軽快した。国外の臨床試験においては,各1000例以上の登録症例数を有する米国の2種類の臨床試験において計3例,その他の臨床試験において2例の間質性肺炎発症例が認められ,うち4例が死亡症例である。しかし,いずれの死亡症例についても,殺細胞性抗がん剤との併用投与,がん自体の相当程度の進行等の事情により,イレッサ投与と死亡との因果関係の存在については,せいぜい可能性ないし疑いがある程度にとどまる。
「イレッサ投与と死亡との因果関係の存在については,せいぜい可能性ないし疑いがある程度にとどまる」と書かれていますが、スモン判決では、「製薬会社は,予見義務の履行により当該医薬品に関する副作用の存在ないしはその存在を疑うに足りる相当な理由を把握したときは,可及的速やかに適切な結果回避措置を講じなければならない」とされたのです。クロロキン判決でも、「副作用情報とは,当該医薬品によって特定の副作用が発生するという因果関係を疑わせる一応の理由があるものであれば足りる」とされました。
「イレッサ」だけでなく、コロナワクチンもHPVワクチンも「その存在を疑うに足りる相当な理由」があるのに、なぜ可及的速やかに適切な結果回避措置を講じていないのでしょうか。
そして医師の皆さんが、イレッサ訴訟の判決に疑問を持たずにいたら、「国や製薬会社は責任をとらなくていい」という判例がどんどん積み重なってしまうかもしれません。添付文書に少しでも記載があれば、国や製薬会社は自分たちを守るために責任を医師に押しつけるときが来るかもしれないのです。
最高裁の判決主文には、下記のようにも記されています。
4(1) 医薬品は,人体にとって本来異物であるという性質上,何らかの有害な副作用が生ずることを避け難い特性があるとされているところであり,副作用の存在をもって直ちに製造物として欠陥があるということはできない。
「医薬品は,人体にとって本来異物であるという性質上,何らかの有害な副作用が生ずることを避け難い特性がある」のであれば、HPVワクチン接種後の症状について「ワクチンの安全性は医学的、科学的に確立されており、原告らの症状は心理的な要因によるものだ」という製薬会社や国の主張は無理があると思います。
医師の皆さんも国や製薬会社の主張に疑いを持ち、被害者の声に耳を傾けることが、国や製薬会社から責任を押しつけられないように身を守ることにもつながるのではないでしょうか。
「脚気論争」は医師必読だと思います。下記の後半で取り上げました!
