短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(83) ダブルバインド・シャドウしゃんしゃん
前回のエモ山👇
チーママが太陽を遮って、
俺は目を開けることができた。
芝生広場に、俺はあおむけに転がっていた。
チーママが、その俺を、真上から見ていた。
その真上に、強い太陽があった。
セミの声は消えていた。
俺は考えた。
なんか、こういうの、あるよね。
映画とか、マンガとか、思い出みたいなシーンだよ。
逆光の光景。
背景に強い光があって、
見たいものは影になってる。
強い光は影を濃くするし、濃ければ濃いほど、見てるこっちは拘束されていくような気がする。
公園の木々だって足元をぎっちり縄縛り、影にされてたじゃないか。
チーママの姿は真っ黒だった。
俺は考えた。
俺の上にも影は落ちてるだろうかと。
チーママが見つめる俺の顔にも、
影は落ちているだろうかと。
俺は、考えた。
影は入りこむ。
そして固める、と。
チーママのうなじから飛び出たおくれ毛が、震えてるように見えたのは、
この強い光線の下じゃ、髪の毛一本一本の存在なんてものは、かなり希薄で、
じっとしていたら、消えてしまうからかもしれない。
おくれ毛は震えていた。
じじじじじじじじと、音が聞こえてくるようだった。
ああ、俺はその震えから、目が離せないでいた。
視界に入ってくるのは、
震えるおくれ毛の向こう側でしゃんしゃん輝くグリーン色の芝生。
そっちは別空間。静止中。
さっきまでチーママにぶん回されていた木製バットは、
魂を抜かれた木偶のよう。ぱたり倒れていた。
「だいじょうぶ?」
芝生に膝をついたチーママは、俺にその魂を、吹き込もうとしていた。
とてもたまらないと思ったのは、
チーママの目に、宇宙があるからだった。
俺はそれを知っているので、
こんなに近くでその目を見つめることはできないのだ。
もしも見てしまったら、俺はその中に吸い込まれてしまう。
そして見てしまう。
かつて俺がその宇宙に見たのは、
ひとりぼっちでもそもそと飯を食う子供の姿だった。
その子供は、母親の中で死んだ子供だった。
うまれたあと死んだ子供だった。
それは生きられなかった子供だった。
母親の中で生き延びることができない子供だった。
だからひとりで飯を食う。
それは俺だった。
それが俺だった。
「あっす」
俺は急に元気になって、身体に力がみなぎった。
へたりこんでいた体は簡単に起きた。
「だいじょぶっす」
俺はすっくと立ち上がり、芝生に膝をつくチーママを見下ろした。
「だいじょぶっす」
今度は俺が太陽を遮った。
俺の影が覆いかぶさって、
笑顔になりかけてたチーママの顔は、中途半端にこわばった。
俺の影の、チーママの身体からはみ出たぶんは、芝生の一本一本に、ぎっちりピン止めされていた。
チーママが、口をポカンと開けたまま、両目をしばたかせた。
俺は、
チーママの視界で、自分の姿が影になっていることを願った。
「じゃ、俺はこれにて」
と言って、俺は、
俺の脚は、動き出していた。
すたすたすたすた歩きだしていた。
木製バットの横を過ぎ、ひっくり返ったサンダルをまたぎ、
盛り上がったグリーン色の丘をまっすぐ上ってすぐ下った。
俺はただ、縦に揺れるだけだった。
鼓膜を破るほどの強い拍動と一緒に、景色は上下に揺れながら近づいて遠のくだけだった。
ひゅうひゅういってたって何にも入って来やしない。
俺の心臓はセミの声全体より巨大で頭蓋にせり上がり、こめかみを弾き飛ばし内側から俺を破ろうとする。
これほど過剰になる意味が、俺にはわからない。
やわらかい芝生を踏むたびに、緑くさい熱が上がってくる。
踏むたびに新しくなる緑のにおいが、鼻から喉に肌にこびりつく。
満員だ。
熱さがにおいが満員だ。
すき間なく、びっしりだ。
この広場から早く脱出しなければ、俺が破裂する。
そう思った。
芝生広場は広かった。
広場をぐるりするオレンジ色の遊歩道にたどり着くまでに、俺の息は絶え絶え。
セミの声ぐわんぐわんと鳴り響き、鼓動だかなんだか。
遊歩道を横切ろうとした俺は、低い段差にけつまづく。
振り返ると、
だだっ広いグリーン色のずっと遠いところに、
チーママが突っ立ってるのが小さく見えた。
チーママのその姿は、グリーン色のクロマキーを背景に、
切り抜かれたようにくっきりと見え、ショートパンツの白色が、輝きみたいに俺を刺す。
その白が、俺の首筋を、ちりちりさせた。
なのになぜ、汗がこんなに出るのだろう。
暑さに蒸発しきらない汗。
空気はもうこれ以上、水分を必要としないのかもしれない。
俺の手のひらには、蒸発しそこねた汗が溜まった。
俺は自分のぬるっとした手のひらに、
そこからすぽんと抜け飛んでいったバットの、グリップが残していった感触を握りしめることになった。
その感触が、マボロシが残した錯覚だとわかってても、
それだけは確実に、俺の感触だった。
俺は歩き続けようと思った。
めまいに吐き気すらおぼえ、腰は重く、両脚は引きずるようだったけど、
今日この日だけは歩き続けなければいけないと思った。
夕暮れなんてものはもうこの世界にはない。
頬にこびりついた芝生が黒くしなびるだけなのだ。
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