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ヒロトと談志⑧パンクとしてのブルハーツと談志と、ロックと落語の理想型

前回の記事では、ブルーハーツの楽曲の「人にやさしく」と「パンク・ロック」を取り上げながら、その強烈な歌詞についてやブルーハーツが起こした革命について、その歌詞の中の価値観の逆転性についての話をしてきた。


今回の記事でも、さらにこれらの曲について話を掘り下げつつ、ブルーハーツと立川談志が、ロックと落語というジャンルでそれぞれに起こした革命について読み解いていこう。

「人にやさしく」というアンチテーゼ


前回の記事で、ブルーハーツの「パンク・ロック」や「人にやさしく」といった楽曲が、当時のロック・パンクシーンの中でいかに衝撃的な問題作だったのかということを書いた。

それまでの一般的なイメージでは「不良の音楽」とされていたパンクを「やさしいから好きだ」と歌い、そんなパンクバンドの風貌でありながら「人にやさしく」という曲を歌うブルーハーツというバンドとそのメッセージは、言うなれば当時のロック・パンクシーンの中では相当な異端だったのだ。

だからこそ、ブルーハーツの曲と歌詞は鮮烈なインパクトを世間に与え、さらにそのバンドの躍動的なライブパフォーマンスも含め、多くの人の心を掴むことにつながっていった。


そしてその見方を変えるのであれば、「パンクバンドが『人にやさしく』というタイトルの曲を歌う」ということ自体が、「不良の音楽」というステレオタイプなイメージが出来上がりつつあったパンクに対する、ある種のアンチテーゼのようなものであったとも言える。

それはつまり、「人にやさしく」というタイトルでありながら、ある一面では「不良の音楽」というイメージに閉じ込められつつあった当時のパンクという音楽とシーンに対して、「そんなの関係ねぇよ」と中指を立てるような楽曲でもあったということだ。


そしてブルーハーツの曲と歌詞が、そんなパンクの既存の表層的なイメージを壊し、パンクロックの本質を照らし出したことで、パンクは「不良の音楽」というくびきから解き放たれて、さらに多くの人の心に届く音楽になった。

結果的にブルーハーツが起こした革命とは、「既存の価値観を壊していくことで、形骸化した旧態依然のものを刷新する」という、まさにパンクというカルチャーがロック史の中でもたらしたものそのものだったのだ。


「パンクはロックンロールの理想型」


ヒロトは、「パンクはロックンロールの理想型」という言葉を口にすることがある。

1950年代にアメリカ合衆国という多様な人種が集う国で起きた多くの人々の交流の中で、様々な文化や音楽が混ざり合いながら生まれたロックンロールという音楽。

時代の波の中で様々なバンドやミュージシャンがロックを奏でていく中で、ロックの名のもとに多くのサブジャンルが生まれ、その音楽的な姿を多様な形に変えながら発展していった。

しかし、1970年代の半ばを迎えるころにはロックは音楽カルチャーとして巨大化していく中で、一時的に音楽表現としての飽和や形骸化のような時期を迎え、ロックンロールがその核に本来持っていたはずの若者による初期衝動的表現や、荒々しい躍動感といったものが軽視され失われつつあった。

そんな中でニューヨークやロンドンの若者達が、過剰な音をそぎ落とした初期のロックに立ち返ったようなバンドサウンドを、同時多発的に奏で始めることでパンクムーヴメントが起こり、ロックは再び本来の初期衝動的な精神とサウンドを取り戻したとされている。


これが前述のように、パンクが「既存の価値観を壊していくことで、形骸化した旧態依然のものを刷新する音楽カルチャー」とされる理由だ。

そして、パンクが反抗や破壊を象徴する音楽であるとされるのは、パンクがロック史の中で果たしたこのような役割と経緯に起因するものである。

ちなみに、2025年のフジロックのROUTE17 Rock’n’Roll ORCHESTRAのステージにゲスト出演した際に、ヒロトは「世の中がどんどん壊れているのはなんでだかわかるか?新しくなるためだ」というMCをしている。


そして、ヒロトは当時起きたパンクムーヴメントのサウンドを聴いたときの興奮を、以下のように語っている。

僕が中学3年生のときにパンクロックが出てきたんですけど。
僕、音楽を聴き始めたのは中学1年生で。

その時はもちろんパンクなんてなくて、当時はラジオから聞こえてきた60年代のブリティッシュ・ビートグループの楽曲に僕は、「なんじゃい、これは?」と思ったんです。
それまで音楽に全然興味なんかなかったし。

だけど、ラジオ聴いてたら、ある日突然ガビーンときたんですよ。それが60年代のビートグループだったの。
そんで、60年代のビートグループをたくさん聴いてみました。

で、ロックってそんなに面白れえのかと思って、同時代の74~75年に現役でバリバリ売れてますよっていうものも聴いてみたんですけど、それは全然つまらなかったんだ。「なんじゃこんなん、つまらん!」って。

その時に、もし俺だったらこんなふうにやるのになっていう理想型があったんだよね。「関係ねえよ!やらせてみろよ、俺に」と思ってたの。
だけど、だれもやらないっていうのはどういうことなんだと。

そんで、中学3年の時にパンクが出てきたんだけど、したら「あ、これじゃん!やっている奴いるじゃん!上手くいってるんだ。先にやりゃあよかった」って。

そこに僕の描いてたロックンロールの理想型があったの。やられちゃったんだよ!

その意味で、今も自分のなかで鳴ってる理想型を具現化していきたいんですよね。

bridge 2003年2月号


ここで語られているように、当時の初期衝動的な魅力を失いつつあったロックに対して、原点回帰のようにシンプルでストレートなサウンドだったパンクにヒロトはやられて、そこにロックンロールの理想型を見出していた。

そして後にヒロトが立ち上げたバンドであるブルーハーツ・ハイロウズ・クロマニヨンズも、そんなヒロトのロックンロールの理想型を、ヒロト自身の曲と歌詞とパフォーマンスによって、バンドメンバーと共に具現化してきたものだと言えるだろう。


さらに、上記のヒロトが発言した同じ対談インタビュー内で、「ヒロトと談志③」の記事でも紹介した渋谷陽一とヒロトによる発言の一部を、以下に再度引用する。

渋谷「落語家としての談志が好きなの?」
ヒロト「もちろん!すげえもんだと思う、あの芸は。すごすぎちゃう。」

渋谷「談志は、いわゆるカウンターとしての位置づけがずっとあるけれども。
ヒロト「いや、あの人こそがスタンダードだと僕は思うんですよ。正しいやり方だと思うよ。

渋谷「でも、ある意味でブルーハーツみたいなもんだよね。あれを正統だとすれば、今まであまりにも正統がなくて、突然変異的に正統がやってきたという。

ヒロト「いや、だってさあ、ロックンロールの理想型が現れるときっていうのは必ずそうですよ。パンクだってそうじゃない?面白いものは、いつもそう。なんかカウンター的に出てくる。
で、それを自分たちがやったっていうふうに受け取られると、非常になんかカッコ悪いんだけど(笑)これは談志さんの話なんですよ。」

bridge 2003年2月号


ここで渋谷とヒロトが語っているように、ブルーハーツというバンドとそのメッセージ性は、それまでの既存のパンクバンドの枠組みから考えれば異端でありカウンターでもあったが、同時にそれは突然変異の正統でもあり新しいスタンダードでもあったと言える。


そしてそんなブルーハーツやヒロトとマーシーから影響を受けたミュージシャンやバンドは枚挙にいとまがなく、数えきれない人達がブルーハーツを聴いてパンクやロックを好きになり、バンドを始めるきっかけとなっていった。

ブルーハーツが、パンクというロックンロールの理想型の表現によってこじ開けた新しい扉によって、さらに多くのバンド・ミュージシャンの道と、音楽の可能性が開かれていったのだ。

(参考として筆者の別記事を以下に貼ります。)


そしてさらに、上記の渋谷とヒロトの会話の中でも語られているように、立川談志という存在もまたブルーハーツと同じように、まさにそれまでの落語の歴史にとってのカウンターであり、パンクでもあったのだ。


パンクとしての談志と「落語の理想型」の追求


ヒロトと談志②」の記事でも書いたが、「談志がいなければ現在の落語界の盛り上がりも無かった」と言われるほど、立川談志がその生涯に渡り落語界に与えた影響は非常に大きい。

しかし、そのような談志の数々の試みは当時の落語界からはあまり受け入れられておらず、むしろ「落語界の反逆児」として長らく落語界では異端視されている存在だった。


当時の落語家の了見からすれば、野暮で無粋と批判されかねない「落語とは何か」を問い続ける行為を繰り返し続けた立川談志。

そして、生涯を通して落語についての著作を多数発表し、「業の肯定」「イリュージョン」「江戸の風」というそれまでの落語の歴史の価値観の中で見出されていなかった新機軸となる落語論を提示していった。

さらに、自身が演じる落語でもそのネタのテーマを問い続け、セリフやサゲの改変を加える試みによって常に談志の落語も変化を続け、自らの高座を通じて新たな落語像の提示にも余念がなかった。

その他にも、落語協会からの脱退という行為を通した、既存の真打制度というシステムに対する疑問と問題の提起。

立川流の創設という新たな師弟関係と弟子育成方法の提示と実践。

落語家でありながらタレントや政治家としても活動し、批判を受けながらも世間を賑わせ続けた無鉄砲さと型にはまらない言動。


これらの、まるで“破壊と創造”を繰り返すような、談志の落語表現の営みのすべてが、談志による「落語の理想型の追求」でもあったと言える。

そしてそれは、ヒロトがパンクにロックンロールの理想型を見出し、自らもブルーハーツというバンドで当時のパンクバンドのシーンや概念を変革したこととも通じ合っている。

そのような意味で、まさに立川談志は落語界とその歴史の中におけるパンクと呼べる存在でもあった。


そして実は、そんな談志の営みのすべてが「このままでは落語は能のような存在になってしまう」という、若き日の談志が抱いた「自らが愛した落語という芸能がいずれ大衆性を失って廃れてしまうのではないか」という危機感に根差したものであった。

そのように考えると、「落語界の反逆児」と称される談志が、実はいかに落語という芸能自体に深い愛着と真摯な姿勢をもって取り組んでいたのかを感じとれる。

そしてそれは、既存のシステムや風習に対して疑問符を突きつけ、形骸化しつつあった文化や業界に風穴をあけることで、新しい価値観を提示するという、現代であればイノベーションという華やかな言葉で言い換えることもできるかもしれない。


ブルーハーツも談志も、それまでの「パンクとは本来こういうものである」「落語とはこうでなくてはいけない」という既存の価値観やイメージを逸脱し、自らが描いたロックと落語の理想型をぶつけることで、ロックと落語の新しい可能性の地平を切り開いていったのだった。


そして、そんな既存の価値観をひっくり返すことで、それまでの常識を壊していくヒロトと談志の言葉の力の背後には、前回の記事で言及したように、逆説的な論理によって物事の本質を暴こうという2人の共通した志向性が潜んでいるように思う。

そこには、既存の価値観を逆転させるような、何かしらのロックンロールの力学のようなものが働いているように感じるのだ。

なので、次回の記事では、前回の記事でも言及したこのヒロトの歌詞や言葉に見られるこの価値観の逆転性の正体を、「ロックミュージックの社会学」という本を手掛かりにしながら読み解いていこうと思う。



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