ヒロトと談志③「やさしそう」と「やさしい」の違いって?
今回の記事では、少々の自分語りを交えながら、私がこの二人の関係に興味を持ったきっかけと、ヒロトが談志について語った言葉を紹介していく。
「青春」のはじまり
私がロックに目覚め、音楽に夢中になったのは13歳の頃だった。それはきっと誰しもが経験する思春期が始まる頃の中学生の典型的な、しかしどこまでも純粋な衝動だ。
きっかけは友達が教えてくれたブルーハーツだった。それまでは流行っていたJポップの音楽をなんとなく聞いていた自分にとって、その音楽はまったく異質なもので、大きな衝撃だった。
「やばい、カッコいい。」
そして、その頃にはすでにブルーハーツは解散しており、ヒロトとマーシーはハイロウズというバンドをやっていると知った私は、当時のハイロウズの最新シングルだった「青春」を聞いて完全に心を打たれた。
そこで私は友達と一緒に、初めてライブというものを見にハイロウズのツアーに行った。
そのライブの始まり、メンバーがステージに現れてから、一曲目の演奏を始めた時の興奮と喜びを今でもよく覚えている。
「やばい、カッコいい!!」
その頃から私はヒロトとマーシーが奏でる音楽と共に、様々なロックを聴き漁るようになった。そして、ヒロトやマーシーのインタビューが載っている雑誌を見つけては読み、心躍らせるという思春期の学生生活が始まった。
思えば、ハイロウズの「青春」を聞いた時から、私の青春が始まったのかもしれない。
(…という決めゼリフをいつか書いてみたいと前々から考えていた。)
「談志の弟子になりたい」と言ったヒロト
そんな学生生活を送りながら、高校生になった頃、新たにヒロトが表紙を飾る雑誌を本屋で見つけた。
それは2003年にロッキングオン社より発売された「bridge」という雑誌で、ヒロトとドラゴンアッシュのKj(降谷建志)の二人が表紙巻頭で対談を行うというものだった。
その頃ドラゴンアッシュのファンでもあった私にとって、この二人の対談は願ってもない組み合わせで、嬉々として雑誌を買って読むことにした。
ちなみに、ドラゴンアッシュのKjもブルーハーツに影響されて音楽を始めたアーティストで、自身が受けるインタビューでは時折ブルーハーツやヒロトに対する敬愛ぶりを惜しげもなく語っている。
ヒロトとKjの対談は、二人に事前にとったアンケートを中心としながら編集長の渋谷陽一が司会となって進められていた。
二人の対談内容は当然私にとってとても興味深いものだったが、その対談の中でとりわけ印象深かったのは、ヒロトが度々立川談志に言及している事だった。
例えば、その対談アンケートの中でヒロトは「もし今、音楽から離れて別の人生を選択せざるを得ないとしたら、何になりたいですか?」という質問に「談志の弟子」と答えていた。
さらに、「バンドをやってきて、今まで一番良かったことは何ですか?」という質問に対しても「談志に会った」とまで答えていたのだった。
(これは前記事で紹介したタワーレコードのポスター撮影時の話だ。)
以下にその記事内のヒロトの談志に対する発言の一部を引用する。
渋谷「ほんとに立川談志好きなんだねえ。」
ヒロト「 もうねえ、談志さんが死んじゃったら日本の落語はどうなっちゃうんだろうと思う(笑)。でも、ものすげえいいもんだから、ちゃんと継ぎたいなと思うんですよ。」
渋谷「談志のどのへんがいいの?」
ヒロト「 やさしいとこかな。親切ではないけど、やさしい。丁寧ではないけど、やさしい。それがすごいなあ。」
渋谷「落語家としての談志が好きなの?」
ヒロト「もちろん!すげえもんだと思う、あの芸は。すごすぎちゃう。」
渋谷「談志は、いわゆるカウンターとしての位置づけがずっとあるけれども。」
ヒロト「いや、あの人こそがスタンダードだと僕は思うんですよ。正しいやり方だと思うよ。」
渋谷「でも、ある意味でブルーハーツみたいなもんだよね。あれを正統だとすれば、今まであまりにも正統がなくて、突然変異的に正統がやってきたという。」
ヒロト「いや、だってさあ、ロックンロールの理想形が現れるときっていうのは必ずそうですよ。パンクだってそうじゃない?面白いものは、いつもそう。なんかカウンター的に出てくる。で、それを自分たちがやったっていうふうに受け取られると、非常になんかカッコ悪いんだけど(笑)これは談志さんの話なんですよ。」
このヒロトの発言は、当時の私にとって大きなインパクトのあるものだった。
その頃の私は、ヒロトやマーシーがインタビューで好きだと答えたバンドやミュージシャンの音源を自分も聞いて、少しでも二人の感性に近づきたいと思っていた。
「二人はこのバンド、ミュージシャンのどんな所に魅力を感じているのだろうか。」
それを解き明かしたいという強い思いに駆られながら、時代を遡りながら様々なロックやブルースも聞くようになっていた。
ある時は、ヒロトがすごいと言っていた伝説の戦前ブルースマン、ロバートジョンソンを高校の教室でヘッドホンで聞いていたら、近くにいた女子から「変な音楽聞いてるね」と言われるような、そんな奴だった。
そんな当時の私が、「談志の弟子になりたい」、「バンドをやってきて一番良かった事は談志に会ったこと」、「談志の芸はすごすぎる」というヒロトの発言を見て、「立川談志って一体どんな人なんだ!?」という強力な興味を抱くのは当然の事だった。
談志はやさしい?
ヒロトが談志についてインタビューで言及する事は度々あるが、その際にはいくつか共通して語る言葉がある。
それは前述したように、「もう一つ人生があるならば談志の弟子になりたかった」という言葉と共に、「談志はやさしい」という言葉だ。
談志を特集したNHKによる「立川談志 71歳の反逆児」というドキュメンタリー番組ではヒロトは以下のように語っている。
「人間ってそうだよなぁ、こういう事言いたくなるよなぁ」とかさ、「良かった、ああいう人がいてくれて」って思うことがよくあります。
だからね、やさしいんですよ。それはね、やさしそうじゃないの。だからやさしそうな人って嫌な人多いじゃないですか。
僕、やさしそうな人はあんまり好きじゃないんだ。でもやさしい人は好き。談志さんはやさしいんだと思うよ。
ここまでのヒロトの発言にあるように、ヒロトにとって談志は「丁寧」ではなく、「親切」ではなく、さらに「やさしそう」でもなく、しかし「やさしい」存在らしい。
あなたは、このヒロトの言葉についてどう思うだろうか?
そもそも、その頃の談志に対して世間の多くの人が抱くパブリックイメージは、歯に衣着せぬ毒舌を吐き、破天荒・型破りな言動で世間をにぎわす「落語界の異端児」というもので、いわゆる「優しい人」というものとは真逆のイメージを持つ存在だった。
ましてや落語についても大して知らない田舎の高校生だった私にとって、立川談志という人は「極まれにテレビに出てくる、よく分からないが周りに恐れられている怖いおじさん」という程度の認識しかなく、当然ヒロトが語っている「やさしさ」とは何なのかまったく理解ができなかった。
まして、「やさしそう」と「やさしい」の違いとは何なのだろうか。
そして、本来誰かの弟子になりたいなどとは言いそうにないヒロトが、「談志の弟子になりたい」とまで語った理由は何なのか。
当時高校生だった私にとって、これらのヒロトの言葉は大きな謎だった。
なので、今後の記事で解き明かしていくこれらのヒロトの談志に対する逆説的な言葉、そしてその「やさしさ」の正体とは、10代の頃の私が抱いていた謎に対する、未来の私からの回答のようなものでもある。
そして実は、これらのヒロトが語る逆説的な言葉を解き明かす事こそが、「パンクロックがやさしいから好きだ」と唄い、「ドブネズミみたいに美しくなりたい」と唄ったブルーハーツの革命、そしてロックの本質を解き明かす事につながるという事を、今後の記事で書いていこうと思う。
