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第9話:届かぬ幸福の便|前編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱|水平思考ゲーム

はじめに

1話はこちらから

前回のお話はこちらから

本編

【前編:鏡の表(おもて)】

女は、花嫁の写真を眺めていた。

純白のドレス。

笑顔。

祝福。

世界で一番幸福そうな瞬間。

『……結婚式って、好きなんです』

女は、懐かしむように目を細める。

管理室《0番の仕切り》。

白い静寂。

音は、ない。

もう私の世界には、
何も響かない。

ただ。

女の言葉だけが、
無機質なテキストとして脳へ流れ込んでくる。

『あの瞬間だけは』

『みんな、本当に幸せそうだから』

ウェディングプランナー。

何百組もの結婚式を見届けてきた女。

洗練された笑顔。

丁寧な所作。

だが。

その瞳だけが、
ひどく乾いていた。

『でもね』

女は、小さく笑う。

『壊れるんですよ』

『浮気』

『借金』

『DV』

『不倫』

『仮面夫婦』

『永遠の愛を誓った数ヶ月後には』

『もう、お互いを憎み合ってる』

女は、
花嫁写真を指で撫でた。

『だから、好きなの』

その笑みが、
ゆっくり歪む。

『幸せの絶頂にいる人間を見るのが』

ニナは、無表情のまま女を見ている。

(……醜い)

けれど。

ほんの少しだけ、
理解できてしまう。

幸福なんて、
本当に存在するのだろうか。

『もっと好きなのはね』

女は、恍惚と目を細めた。

『その幸せが、“もう終わってる”って教えてあげる瞬間』

白い部屋の空気が、
ゆっくり冷えていく。

『挙式直前の花嫁に』

『新郎の浮気写真を渡したことがあるの』

『世界が壊れる音がするんですよ』

『あの顔を見ると』

女は、
肩を震わせた。

笑っている。

けれど。

その目だけは、
ひどく空っぽだった。

ニナは、紅茶を見る。

もう。

表面の光が見えない。

世界から、
“輝き”だけが消えている。

「……あなたのその悪意」

ニナは静かに言った。

「とても、美しい標本になりそうね」

チャリ……。

鍵束の振動だけが、
白手袋越しに伝わった。

ニナは、一枚のタイルを滑らせる。

【標本No.019:幸福の便(たより)】
娘から、
「幸せいっぱい」の内容が書かれた手紙を受け取った母親は。
それを読んだ直後、
激しい絶望と共に泣き崩れた。
一体、なぜ?

女は、楽しそうに笑った。 

『……いいわね』

『こういうの、大好き』


【後編へ続く】


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