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夜の絶望と朝の苦笑

うつ病特有というわけではありませんが、落ち込んでいたり問題の渦中にいたりする人間は、どうしても視野が狭くなります。私もそうなりがちで、毎晩、這いつくばるように絶望を凝視して精神を病ませています。

思えば昨夜もそうでしたし、おとといもそうでした。きっと、それ以前の夜の同じようにして、絶望に視線を送り続けていたのでしょう。あまり記憶はありませんが、最近はメンタルが上向いたことがないので。

そうやって視野の狭い悩みを抱えていながらも、世界は広いことを頭では理解しているのです。世界とは言わず日本だけでも、さらに言えば私の家の近所にも、私の知らない新鮮な世界があるのです。きっと、普段通り過ぎる道を一本曲がった先に、あるいは風景と化しているドアを1つ開けた先に。

絶望に打ちひしがれながら眠った後、私は毎朝水を飲んでからタバコを吸います。昨夜の絶望に苦笑しながら、浮かぶ煙を眺めるのですが、そういう時に世界の広さについて考えるようにしています。狭い世界での絶望に対する、ほんの慰めのようなもので、一時的な思考に過ぎません。

道を曲がるようなことはしませんし、知らないドアを開けるような奇行にも走りません。きっと、そういう知らない世界があって、自分がちっぽけなことで悩んでいると鼻で笑うしかできないのです。

しかし、そんな頭の中の喜劇だけでもほんの少し心が救われるようで、最近は起きた時のメンタルがだいぶマシになっています。何か作業しようという気持ちがしっかりあり、その後も休み休み動けているような状況です。

しかし、日が暮れてしばらくすると、またしても絶望が頭をもたげます。内容は取り留めのないもので、将来への漠然とした不安とか孤独感とか、そんなありふれた内容です。嫌なことがあった時はそれに脳内を支配されて、頭を抱えることになりますが。

ただ今夜は少しだけ、楽に絶望を眺められた気がします。別に特別なことをしたわけじゃありません。朝に苦笑している自分を思い出したのです。今の絶望は一過性のもので、寝て起きれば鼻で笑える程度に小さくなっている…、そう考えると、少しだけ気が軽くなったように思えたのでした。

まぁ、そんな小細工をしても絶望は毎晩やってくるので、こうして手を動かして紛らわすしかないんですけどね。

たまには1泊の旅行などしてリフレッシュした方がいいんでしょうね。ただ、そういう気にもなれないし、そこまでお金に余裕もないので、そういう道楽はまだまだお預けになりそうです。

しばらくは、夜の絶望と朝の苦笑を繰り返す毎日になりそうです。

この小さな世界を覆すような、嫌なことが起きない限りはたぶん、しばらくは大丈夫だと思います。

何事もないことを祈るばかりですね。


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