【創作怪談】アフタヌーンティーのご予約は2名様から承ります【第2話】
モバイルオーダーは賛否両論のツール
アフタヌーンティーのお飲み物にはセカンド (おかわり1杯) が付いております。
おかわり自由ではなくて本当に申し訳ございません。
スコーン等の口中の水分を奪う食べ物に加えて、怒涛のお喋りタイムはさぞかし喉が渇くことかと思いますが、1杯までなのです。
何卒ご了承下さいますようお願い申し上げます。
お席へお通しした後ですが、
お客様のスマホを用いたモバイルオーダー
あるいは、こちらの呼び出しベルをご利用ください。
賛否両論あるモバイルオーダーだが、肌感覚ではやはり若者の利用が多い。
若者に分類される私もモバイルオーダーに抵抗はない。
尤も、ガチの呼び鈴があるのならば、それ一択であるのだが。
呼び鈴には浪漫があるのである。
執事とかメイドが静かに素早く駆けつけてくれるという浪漫があるのだ。
余談はさておき、そんな肌感覚を裏付けるように月見里さまのお席からはモバイルオーダーによるおかわりの依頼が入り、
今現在、紅茶を運ぶ私なのであった。
白いポットが二つ
それを包むティーコゼーは苺と鳥の図案が最強に可愛らしい。
提供間違い防止のために、茶葉ごとに色違いになっている。
個室の前に到着
さあ、ノックをしようかというタイミングで通路の奥から声がかかる
「あ、店員さん!鰻池さん!こちらも注文お願いね!!」
よく通るお声の黒金さまご一行のどなたかである。
モバイルでもベルでもない直接コンタクトももちろん全然ありである。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
ノックは3回
あくまで上品に、しかし確実に
数秒待って扉を開ける
個室にいたのはまたもやお一人であった。
月見里さまがお一人
ティーポットの入れ替えに合わせてテーブル上の黒いスマホをどけて下さる。
お気遣いに感謝いたします。
向かいのお連れ様サイドには黒とシルバーのカメラが置かれている。
カメラには詳しくないが、なんだか本格的なものに見える。
下段から上段へ、順序通りに食べ進められている様子で、
残りは最上段のスイーツたちである。
苺のサンタクロースにトナカイのマカロン
レアチーズなスノーマン
キャンディケインやベル、林檎等々のモチーフを詰め込んだデザートカップ
ジンジャーマンクッキーは形はジンジャーマンですが、生姜は無しの万人受けするお味で仕上がっております。
チラ見で可愛さを堪能して、お部屋を辞す。
お残しは許しませんなどとは言わないが、きれいに食べてもらえると嬉しいものである。
さて、次は戦場だ。気合を入れていくぞ。
「失礼いたします」
アフタヌーンティーの良いところをもう一つあげるなら、
お値段が最初に決まっているところだろうか。
割り勘が容易いのである。
「ドリンクのおかわりは別のものにしてもいいのかしら?」
おかわりは同じ種類のものでお願いしております。
「あら、いろいろ飲んでみたかったのに残念だわ」
ちらっと確認すると、皆さんいい具合にお茶の種類が別々である。
皆さまでシェアして頂ければと思います。
「ちょっと、スパークリングワインがあるわよ。最後に乾杯とかいいんじゃない!」
「それ素敵ねえ」
「いいわあ」
「私はスパークリングは苦手よ」
「普通のワインにすればいいじゃない」
「カクテルがいいわ」
「モクテルじゃなきゃダメよ、私は車なんだから」
怒涛のトークによって、おかわりのドリンクに加えて
最後にアルコール各種の乾杯が決定されてしまった。
一律定額
明瞭なる割り勘の味方であるアフタヌーンティーの落とし穴
追加注文による金額の変動が起きてしまったのだ。
お飲み物ごとの金額のバラつきは中々のもの
…と、くれば、お会計もまた戦場になりそうである。
「それにしても鰻池さんって珍しい名字ね」
「お友達にはなんて呼ばれているの?」
「うなちゃん?かわいいわ」
「今どきの子の名前みたいね!」
「お隣さんの小学生がまさに『うなちゃん』なのよ。名前の方ね。」
「うなちゃんとお揃いね」
マダムたちが怒涛の距離の詰めかたをしてきた結果
お部屋から下がる時には私への呼びかけは「うなちゃん」になっていた。
よくあることなのだけど、私が相手を覚えるスピードと相手が私を覚えるスピードがまったく釣り合っていない。
何なら全く知らない人も私を知っているという有り様、
珍しい名字あるあるである。
それにしても、今日の廊下はなんだか寒い、
避難階段の窓が開いていないか後で確認した方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、今度はボブカットが可愛い月見里さまのお連れ様とばったり出会った。
分かります。
紅茶の利尿作用によってトイレが近くなるのですよね。
美少女でも誰でもそこは変わらないのです。
気持ち右側に寄ってすれ違いのためのスペースを開ける。
彼我の距離が近付き、何やらこちらをじっと見つめるお連れ様
彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「あの…ホテルの皆さんが付けているクリスマスオーナメント可愛いですね」
組み合わせた指の先はきれいに整えられている。
ギャラクシーな紺色のネイルがきらりと光る。
あの…お連れ様の爪も相当可愛いです。
心中で真似をしてしまう私であった。
お連れ様が何を言っているかというと、
クリスマスシーズンの我がホテルでは名札と一緒にミニサイズのクリスマスオーナメントを各人身に着けているのだ。
ちなみに私が付けているのは、ジンジャーブレッドマン
つぶらな瞳と大の字ポーズが可愛いあの子である。
可愛いのだけど、人型クッキーとか人形クッキーと言うとちょっと怖い響きに感じてしまう。
言葉の問題かな。
さて、出来る眼鏡の私が推測するに、
お連れ様のこの発言は私の名札を確認するための前振りである。
多分彼女たちの個室では
「すっごい名字の店員がいたんだよ。なんとね『うなぎいけ』!」
「マジか、気付かなかったよ」
「マジだよ。あとで見てみなよ」などという会話が繰り広げられたのであろう。
珍しい名字あるあるである。
こうしてまた私を知る人が増えるのだ。
「ありがとうございます。クリスマスシーズンにはこうして色々な飾りを付けているんです」
名札が見えやすいように、心持ち胸を張る。
お連れ様は私の胸元を見て、顔を見て…満足して頂けたのだろうか
「そういうの、いいですね」と呟くと会釈をしてお手洗い方面へと歩き出した。
ちなみにこのオーナメントは配布品なので、クリスマス後はそのまま頂戴することもできる。
時間制めいっぱいに過ごすか否かはお客様次第
アフタヌーンティーのお席、個室のご利用は開始時間より120分とさせていただきます。
120分は長いか短いか
飲食をするだけならば十分すぎる時間であるが、お喋りをするには足りないという人も多いのではないだろうか。
退屈な講義の90分間は地獄だが、楽しいトークの120分は2倍速、3倍速くらいに感じられるものなのである。
お時間をはみ出してしまうお客様も多々いる。
かと思えば、早めに切り上げるお客様もいる。
予想があたるのも楽しいし、外れるのもまた楽しい。
基本的に楽しんで立ち向かわなくては、人生やってられない…
なんてことを考えているのは現実逃避かもしれない。
現在の私の持ち場はラウンジ受付カウンター
目の前には、受付を正面に展開するマダムの群れ
「これは、鶴翼の陣!」…なんて、ますますの現実逃避をしてしまう私でした。
何が起こっているかというと、ただのお会計なのだが
「私が出すわよ」
「だめよ、この前払ってもらったじゃない。今日は私が出すわ」
「割り勘にしましょうよ」
「飲み物代が違うから自分で払うわ」
「全員で割っちゃえばいいじゃない」
「たまには私にも出させてよ」
お判りいただけただろうか?
レジ前名物のお会計談義である。
「なぜ部屋で決めてこない」とアルバイト初期には思ったものだが、
倉戸さん曰く、あれは劇場だから、ここで開かれるものなんだとのことである。
劇場なら仕方がないか。
「とりあえず支払っちゃうから後で話し合いましょう」
ご一行の代表者 黒金さまによる救いの声!
「だめよ、そう言って後で受け取ってくれないじゃない」
一瞬で撃破された…
このやりとりをひたすら耐え忍ぶ時間、楽しいと言えば楽しいのであるが
問題は黒金さまたちが「次の予定があるのよー」と早めにお部屋を切り上げてきたことである。
時間ぴったりのご利用であれば、他のお客様たちのお帰りの後が黒金さまたちのお会計になっていたので、
少しくらい時間がかかっても大丈夫だったのだが
このままだと…
私の心の声「次の予定あるんじゃなかったんですか?」は届かないまま
月見里さまがやって来てしまった。
ラウンジに広がる鶴翼の陣を前に、片手に伝票、片手に布張りボストンバッグを持った月見里さまが立ち尽くしている。
頑張って、月見里さま
確か鶴翼の陣って背後から破るのが定石だった気がするから
そこから強襲して…というのは冗談で
横から回って受付まで辿り着いていただければ、先にお会計ができます。
意識の半分はマダムたちに向けつつ、
月見里さまにアイコンタクト試みるけれど、
あつい陣形に阻まれ、私の合図は月見里さまに届かない。
黒金さまがお財布をカウンターにのせている状態ですが、
ここまで来ていただけさえすれば、
「お先にお会計させて頂きます」と言うことができるんです。
あ…いつの間にか倉戸さんが月見里さまに話しかけに行っている。
二人で鶴翼の陣、もといマダムたちを大きく回り込んで移動を始める。
頼りになる先輩のおかげで月見里さまは無事に受付へとたどり着けそうだ。
私の横で、倉戸さんが月見里さまのお会計を進めてくれている。
黒いスマホをかざすと、QRコードを読み取るおなじみのあの音が響く。
マダムたちの視線が音源に集まる。
注目を浴びる中で、ごちそうさまでしたと軽く頭を下げた月見里さまが
レシートを断り、踵を返す。
「いちごのネイルかわいかったわね」
マダムその1の言う通り、月見里さまの指先はいちごのネイルチップで彩られていた。
指先まで隙なし、素晴らしい。
「スマホって上手く使えないのよ」
「分かるわあ」とマダムたちが盛り上がっていると
黒金様が小さな声で「まとめてお会計お願いするわ」と囁いた。
取り出したカードは漆黒のあれである。
「かしこまりました。お支払いは…」
一括ですよね、分かっておりましたとも。それにしても小声が出せたのですね…
お支払いは無事に終わったものの、場所を移して黒金様ご一行のお会計劇場は続いている。
お急ぎではなかったのでしょうか、上演時間がかなり長めである。
同時にお会計をした月見里さまの姿はとうにないというのに…
黒金さまの帯どめ、深いレッドの血赤珊瑚を眺めながら、
この大きさは絶対魔法が出せるに違いない。
珊瑚は水属性だろうけど、血赤珊瑚は火属性でもいけそうな気がする…と創作用のメモを脳内で展開する。
やるべきことが済んだ後のまったりタイムである。
お、劇場の観客…ではなくて、月見里さまのお連れ様がいるではないか。
お二人揃った姿をついぞ見なかったが、お帰りも別々だったのかな。
お連れ様はツートンカラーのカメラで螺旋階段の写真を撮っている。
この階段かわいいですよね。
このフロアから見下ろすと、1階の照明がきらきらピラミッドみたいで実に良いのですよ。
受付内の伝票に目を落とすと、月見里さまはお二人分お支払い済みとなっているので、問題なし。
存分に撮影してお帰りください。
「次の予定とは一体なんであったのか」という疑問が膨らんで弾けそうになる頃
お会計劇場はようやく幕を閉じ、黒金さまたちもお帰りになる。
「うなちゃんまた来るわね」というお声頂きましたが、
「道岡さんによろしく」とのお声が圧倒的であった。
道岡さんったらフツメンなのに、なぜこんなにモテるのか…
謎過ぎです。
マダムの群れに続くように月見里さまのお連れ様も階段へと向かう
重そうなトートバッグが肩に食い込んでいる。
照明を反射してバッグにつけられたリボンの飾りが二つ輝いている。
細かな所もかわいいなんて素晴らしい。
彼女も月見里さまも眼鏡をかけてくれていたら真に最高だったのだけど…
最後に一度、お連れ様が振り返った。
目が合ったかは正直分からないのだけど、軽く一礼。
またのお越しをお待ちしております。
主だったお客様はお帰りになり、
久々にBGMの音楽が静かに響く空間が戻って来た。
ディナーまでの束の間の平穏の始まりである。
アルバイトはシフト制、本日の勤務は17時まで
大量の食器を下げて、食洗機へと並べていく。
どれだけきれいに入れられるかがポイントである。
かちっとはまると爽快な気持ちなる。
ランチ、ディナーほどではないが、
この所謂アイドルタイムにも、お客様はやって来る。
注文をとって料理を運んで、下げて、お会計
時折名札を凝視されたり…くるくると働いていると、
いつの間にか街の明かりが灯る時間となっていた。
「うなちゃん、お疲れ様。そろそろ時間だよ」
倉戸さんからも声がかかり、終業時間を迎える。
お疲れ様の挨拶をしながら、ふと避難階段の窓のことを思い出す。
ロッカールームまで階段で行くか、そうすれば確認もできるし…
「うな、おつかい頼まれてくれるか
地下のブッフェ会場にこのワゴンを戻してきてほしい」
あ、了解です。
「ついでに、これを休憩室に運んで、お前も食べてったら」ワゴンの上にはバスケット、
バスケットの中には…「スコーンだあ!ありがとうございます!!」
となれば、業務用エレベーターへ一直線
お先に失礼いたします。
地下にある従業員休憩室は窓こそないものの、
明るく、空調がきいている。
かつ、ふかふかのソファと美味しい差し入れが揃っていて
Wi-Fiも使えるという良い環境なのである。
よって時間を忘れることが多々ある。
忘れるといっても、バイトが終わって一人暮らしのアパートに帰るだけなので、時間泥棒に遭っても何一つ困らないというところが、また困りものなのである。
一度ロッカールームに上がって荷物を持ち込んでしまったことも大きな敗因である。
スマホは最大の時間泥棒だから。
スコーンは温めて食べるのがおすすめです
だから、こういうことが起きるのである。
「あれ、うなちゃんまだいたの!?」
びっくり声の持ち主はフロントの鈴川さん
同じ大学の先輩にしてバイト先の先輩でもある。
ちなみに学部は別々
鈴川さんのシフト時間は遅番と夜間の中間…
あれ、もうディナータイムが終わる時間?
びっくりである。
くつろぎすぎてしまったようだ。
「あ、鈴川さん。今日はスコーンがありますよ」
やったー!とスコーンを手に取ると、
温め直しにレンジへ向かう鈴川さん。
私が食べた時はまだ温かかったのだけど、
いつの間にか冷めちゃうくらいに時間が経っていたようだ。
「うなちゃんはクリスマスもシフト入っているの?」
「はい、何の予定もないのでここで過ごします
鈴川さんは、デートですか?」
「そうなの、繁忙期に休んで悪いなーとは思うんだけど」
「その分、繁忙期手当が出てますし大丈夫ですよ」
はにかむお顔が可愛い。
「あ、うなちゃんはクリスマス飾りジンジャーマンだったんだね」
そういう鈴川さんの名札の横にはベルのオーナメントが揺れている。
「鈴川さんはベルですね。鈴つながり」
「そう、ちょっと嬉しいよね。
私、次のシフトはクリスマス明けだから、よかったらこれ貰ってくれる?」
「え、いいんですか?ありがとうございます」
ベル可愛いなあ、もちろんジンジャーブレッドマンも可愛いんだけど
「そうだ、付け替えちゃってもいいですか?」
「もちろん、いいよ」
鈴川さんから許可も出たことだし、名札横の飾りをベルへと付け替える。
ジンジャーブレッドマンくんは…
君は、数日早いけど私の鞄の飾りとしてお迎えしよう。
スコーンを両手で抱えて食べる鈴川さんとお話している内に、
誘惑に負けた私は二つ目のスコーンに手を出してしまった。
いちごジャムもたっぷり塗ってしまう。
てらっと赤く輝くいちごジャム、もはや芸術である。
その後、体感時間はさほど経過していないはずなのに、
ふらっとパティシエ紺屋さんが登場したことによって、
倍速以上の速さで時が進んでいたことに慄く私たちでした。
紺屋さんは板さんのような和の佇まいの硬派な黒縁眼鏡のおじ様である。
眼鏡の奥の目はお優しい。
紺屋さんが差し出す追加の差し入れスイーツに歓声をあげる私と鈴川さんに目元を和ませると
私達を見比べた後に「これもあげる」とお守りを差し出した。
何故お守りが出てくるのかというと、
紺屋さんは毎日神社を通って出勤しており、
何か良いことがあった次の日は、お守りを買うというマイルールがあるのである。
お守りは端から順番に購入して、やはり端から順番に知り合いの誰かに配るというのが紺屋ルールの概要である。
だからこのホテルのスタッフはお守りを渡されたら「あざっす」と受け取ると言うのが暗黙のルールである。
ちなみに鈴川さんは「学業成就」。あざっす、卒研頑張るっスとお返事されていた。
私は「身代り御守」。あざっす、守ってもらうっスと頭を下げました。
ジンジャーブレッドマンくんのお友達になりたまえ。と一緒に鞄につけさせてもらいました。
紺屋さんが去ってから暫くすると、
向いでスマホをスクロールしていた鈴川さんが「んん?」と唸り声をあげた。
どうしましたか?と顔をあげると、鈴川さんの手の中でスマホが猛烈に震えている。
尋常ではない連続バイブレーション
「ちょっと、待って待って何これ!??」と焦りを見せる鈴川さん
「え、何事ですか?」
「いや、分かんない。本当分かんないけど、LINEの通知が止まらないの!!」
引き攣った表情でスマホを見つめる鈴川さん
異様な様子に私も目が離せない。
しんと静まり返った部屋にスマホのバイブレーションだけが響く
鈴川さんは気持ち悪そうに顔を歪めると右手と左手でサイドのボタンをぎゅっと押し込んだ。
固唾を吞んで見守る中で、バイブレーションの振動が止まり、鈴川さんが震える手でスマホをテーブルに置いた。
「はああ」とため息を吐いてソファに突っ伏す彼女に、どう声をかけたらいいか分からずおろおろしてしまう。
「あああ、もう!なんなのこの悪戯は!!気っ持ち悪い!!!」
がばっと起き上がりおかんむりの鈴川さんに「何があったんですか?」と問うてみる。
顔を歪めた鈴川さんが言うことには…
「最初はよく分からない写真が届いたんだよね。
学校のほとんど使っていないようなグループLINEにさあ、
ネイルを見せたかったのかな、手の写真だったんだよ。
クリスマスカラーだけど、なんかブレブレで、何を見せたいのかよく分からないなーって思っていたら
『拡散希望』って届いてね。
それから写真『拡散希望』写真『拡散希望』がずーっと続いている感じ」
「同じ画像がずっと来てる感じですか?」
「ううん、訳の分からない写真には変わりないけど
いろいろ違う写真だったよ
なんか動画とか音声も混ざってたなあ」
「最初は、えーと…手の写真でしょう…ネイルチップかなあ
次がチップが取れてる写真、
紺色の爪の指もあれば、チップがとれかけてる指もあるってかんじでしょう…
え、ネイルの早変わりとかじゃないよ。だって全然汚かったもん。
ブレてるし、ひっかけて取れちゃったって感じだったし
そんで、次に知らない女の子の…うーん変顔?ちょっとやばい顔が来て
カメラ落としちゃった時みたいな足元、靴が映ってる写真…
この辺からもう早すぎて良く分からなくなっちゃったんだけど、
なんかちょっとグロイ感じになってきたんだよ」
「うわあ、いたずらですよね」
「ね、きっとそうだよね。4年にもなって、酔っぱらってるのかなあ」
「不謹慎ですが、グロ画像ってどんな感じのですか?」
鈴川さんの視線が宙をさまよい、スコーンのバスケットでぴたりと止まる。
「えっとね…いちごジャムみたいな…
多分スプラッター」
「わああ、聞いちゃってごめんなさい」
「大丈夫よ、話しちゃった方が楽になるもん。
最初はね、誰だっけこの人?みたいな人が1人で送ってきてたんだけど
段々人数が増えていったのも気持ち悪かったなあ」
「うちの学校の人にしては珍しいですね」
「だよねえ」
私たちの大学は地方の中堅どころで、
よく言えばお行儀の良い
悪く言うと面白みのない学生が多いのである。
難関大学には届かないけど、地元はじめ近隣の優等生が集まる…みたいな立ち位置である。
だから、個々人の性格はどうあれ「これをやったら炎上必至でしょ、常識的に考えて」というのがある程度分かるというかなんというか…
結果、より一層面白みがなくなるのでした。
鈴川さんと無言の共通認識を通わせて、へらりと笑う。
彼女の表情からすこし強張りが取れた。
「私の所、学部だけじゃなくてサークルとか色んなグループLINEにメッセージが届いていたけど…
うなちゃんのスマホは静かだね、大丈夫かな?」
「実はメッセージの通知入れていないんですよ…
それに多分私のところまではそういうの来ないんじゃないかなあ」
何せ情報の最末端ですから
そうは言うものの、鈴川さんの純粋な心配の視線に押されて、スマホをタップする
ホーム画面の緑のアイコンの…右上に未読の数が…
「はあ!?」
「うわ、えっぐ」
み…見たことのない数が、秒針なんて目じゃない勢いで回っている。
どうなってるの、これ
通知OFFが仇となって、どんなメッセージが誰から届いているかが一切分からない
頭がぼーっとしてきた…
「わああ、うなちゃんダメだよ!!」
鈴川さんに右手をぎゅっと掴まれ、ハッと我に返る。
「開いちゃダメ、まじでキモイからね!」
「え…私、開こうとしていました?」
「めっちゃ開こうとしていたよ。開かないで放置した方が絶対いいから!」
うーん、気になる所ではあるけど、確かにわざわざ見なくてもいいかも
鈴川さんの言いつけに従い、スマホを鞄の中へと入れる。
鈴川さんがほっと息を吐くと、「あー、もうこんな時間だ」と壁にかかった時計を見上げた。
「彼氏との待ち合わせがあるから、私はもう上がるね。うなちゃんも一緒に帰る?」
待ち合わせは駅ビル上階の本屋さんとのこと…明るくて広くて品揃えが良い本屋さん、
ダメだ今行ったら散財してしまう予感しかない。
「私はもう少ししてから帰ります。でも着替えだけは一緒にしちゃおうかな」
同じ本屋さんに行っても鈴川さんと私だと、見ているコーナーが全然違うんだろうなあ
そんなことを考えながら、他愛もないお喋りをしつつ更衣室のある上階へと移動する。
休憩室のあるB1Fから上階の更衣室まで、階段を上るかエレベーターを使うかは悩むまでもなくエレベーター一択である。
立ち仕事の後の足の疲れを舐めないで頂きたい。
賄いで食べるカレーはひたすら美味しく感じる
まっすぐ帰ればいいのにと自分でも思うものの、休憩室に再び降りて来てしまった。
先ほどの騒動があるので、スマホを触る気にはなれないけれど、
私にはもう1台タブレットがあるのである。
通信アプリ一切なしの書き物専用で使っているやつ
黒金さまたちの強強ゴージャスな指輪とか帯留めに触発されて、
閃いたことがあるので、ちょっと書き留めておきたいなーと思って…
「え!うなちゃん、まだいたの!?」
無心に指を動かしていた所に、名前を呼ばれて顔を上げる
「倉戸さん…
ええ!?倉戸さんのご飯タイム!
もうそんな時間ですか!?」
賄いのトレイを携えた倉戸さんがびっくり顔でこちらを見ている。
遅番の夕食時間はいわゆる世間の夕食時間から見て遅い時間となる。
だって普通の夕食時間は繁忙時間帯だから、従業員がゆっくり飲み食いできる暇とかないのである。
「もうこんな時間だよ。何をしてたの…って、ああ入り込んじゃってたのか」
向かいに腰を下ろしながら、私の手元のタブレットから全てを察してくれる倉戸さん。
「完全に夜ですね。失敗したなあ、鈴川さんと一緒に帰ればよかった」
「うなちゃん、お腹は空いていないの?」
「うぅ、そう言われると途端にお腹が鳴り始めました」
振り返ってみれば、倉戸さんの前にも何人かの人が休憩室にやってきて
「まだ帰らないの?」と話しかけられていた気がします。
完全に創作モードONになっちゃって、生返事していました。
「もう、しょうがないなあ」と倉戸さんが業務用スマホを取り出す。
「道岡さんも休憩くるから、一緒に何か運んでもらっちゃう?」
「女神さまや」
「こんな遅くまで何やってるんだよ」お小言付きではあるけれど、
かぐわしいカレーのお皿を二つ携えた道岡さんも、また神様です。
「えへへ、ちょっと自分の世界に入り込みすぎちゃったというか何というか」
「そういうのは家でやれ、帰りどうするんだ?」
「あと数時間で私もあがりだから、今日はもう家に来ちゃう?
お泊りセット、ロッカーにあるでしょ?」
「倉戸さんマジ女神さまや!!」
お泊りセットというのは、言葉通り着替え諸々のお泊りセットなのだけど、何も倉戸さんのお家に泊まることを前提としてのものではなくてですね、
災害等による帰宅困難時のために各従業員、ロッカーに備えおくようにというお達しがあるがために用意されているものなのです。
幸いにしてというか何というか、今までの使用実績はすべて倉戸さん宅へのお泊りなのですけど
「ダメ人間になるんじゃないぞ」
「な…なりませんよぅ、多分」
「朝起こしてもらえて、朝ごはんまで作ってもらえるから、寧ろ助かってるわよ」
倉戸さんの優しさが沁みる。
「オレも同じ頃にあがりだから、送っていってやるよ」
道岡さんも優しい。
そして賄いのカレーが最高神レベルの美味しさ。
なんだかよく分からないけど、野菜とか果物とかたくさんぎっしりみっちり煮込まれている万物の調和の味わい。
自分じゃ絶対作れないやつです。
シェフの中島さんもまた神であらせられる。
「うなちゃん、今日のお客様のこと気が付いた?」
「黒金さまがマジVIPであらせられると?」
「そっちじゃなくて、あの女の子。月見里さんだっけ?」
「月見里さんですか?彼女たち何かありましたか?」
「彼女たちじゃなくて、彼女1人。
うなちゃんのお友達が話していたのと同じ、一人二役ってやつだよ」
お友達が話していた…小鹿ちゃんが言っていたあれか。
「ええ!?私気が付きませんでしたよ。本当ですか?」
うむっと頷く倉戸さん
「そんな…同じ人だったなんて……1人で来ちゃうほどアフタヌーンティー好きだったんだ」
私がボッチへの親近感に震えていると「そういう感じ方なんだ…」となぜか呆れた目を向けられる。
「『彼女』じゃなくて『彼』、あれ男だよ」
「「ええ!?」」
道岡さんが爆弾を落とす。
「うそ、女装子ちゃん!レベル高い!!」
メモをとりたい、この感動を忘れないうちにメモしたいと騒いでいると
「そういう感想なんだ…」と一層のジト目が向けられる。
「近くで見る機会もありましたけど、それぞれ別の人に見えましたよ。
あと男っていうのは本当にわかりませんでした。お二人ともなんで分かったんですか?」
何故か明後日の方向を見つめるお二人
「…えーと、女の勘ってやつ」
「わあ、一度は言ってみたい台詞ってやつですね」
でも信憑性はないなあ
未だ明後日の方向を向いている道岡さんに視線を注ぐと
「…なんか」
「なんか?」
「匂い、みたいな?」
「体臭ですか?」
「…うん」
正直に申し上げて「道岡さん、ちょっとキモイです。」
しかし「でも、その匂いで違いが分かるみたいな設定頂きました。参考にさせて頂きます。ありがとうございます!!」
「ちょっ…待て、変態みたいに思わないでくれ。なんかアレだ。視力があがった時に鼻も利くようになったんだよ」
「なんですかそれ、聞いたことありませんよ。それもレーシックの効果だっていうんですか!?」
「いや、レーシックの効果かは知らんけど。色々とあって」
「これ以上、他に何があるっていうんですか」
話しが脱線している自覚はあるけれど、これ以上眼鏡を減らされてはたまらないという一心で道岡さんを問い詰めると、
道岡さんがはっと目を見開いた
「そういえば…」
「そういえば?」
「花粉症が出なくなったような」
「花粉症が出なくなる!?」
「倉戸さん、ダメです食いついちゃ。眼鏡を死守してください」
真面目な話、レーシックの域を飛び出しています。
3人で話していると遅番休憩時間があっという間に終わってしまう、
倉戸さんと道岡さんが仕事に戻るのを見送ると、休憩室は再び私1人となった。
そういえばスマホはどうなっているかな?
ちょっと気になったけれど、鈴川さん曰くグロ画像を1人で見る勇気は出なかった。
一人二役アフタヌーンティーねえ…
先ほどは道岡さんの「匂いで見分ける」発言が衝撃的すぎて、深く考えられなかった月見里さまに考えを巡らせてみる。
普段から眼鏡眼鏡と騒いでいる私だけど、さすがに眼鏡をかけていない人は識別できません。なんてことはない。
短時間といえども、立て続けに月見里さま、お連れ様と会っているのだから
本当に同一人物だとしたら、違和感をもっても良さそうなものだけど…
よく言われる耳の形は一人一人違っているので、誤魔化しがきかないという線はどうだろうか
月見里さまのゆるふわヘアーは上手い具合に耳をかくしていたのでお連れ様と比較できない。
手はどうかな、ごつい印象は受けなかったけどネイルが施された爪に意識が持っていかれたから、きちんとは見ていないなあ
いちごのネイルがネイルチップで、宇宙みたいなのが直塗りなら早変わりは可能か。
靴はもしかすると一緒だったかも…
鞄のあの大きさも入れ替わりグッズ一式が入っているとか、
食べきれなかった分を入れるようのタッパーでも入っていると思えば納得かな。
でも、別に…
だからどうしたって話だよね。
休憩室に置かれたイチゴを摘みながら「特に迷惑も被ってないしなあ」と呟く。
イチゴはヘタ側から先端にむかって食べていくと甘さを感じる食べ方ができるらしい。
ヘタをぷちっと取るとそう言えばイチゴってクリスマスカラーだなと気が付いた。
鈴川さんの言葉がよみがえる
クリスマスカラーのネイル
紺色の爪
なんとなくピタリとはまった気がした。
そうなると、確かめて見たくなる。
鞄からスマホを取り出してロックを解除、
ホーム画面のLINE未読数の回転は止まっている。
数字も先ほどとあまり変わっていない。
鞄に並んで揺れているお守りとジンジャーブレッドマン
ジンジャーブレッドマンくんが「大丈夫」と笑ったような気がする。
お守りの存在も心強い。
鞄を膝の上にのせて
緑のアイコンをタップ
なるほど…
近年、動いているのを見たことがない学部のグループLINEにたんまりと未読があるようだ。
そしてゼミのグループLINEもまた同様の状態だ。
共通点はほとんど使われていないグループLINEであることか。
一番上のえげつない数字を開く気にはなれず、その次に並んでいるゼミのものを開く。
「うーん?」
【kojikaがメッセージの送信を取り消しました】
これがずらっと並んでいる。
kojikaは小鹿ちゃんのことである。
メッセージを遡っていくと送信取り消しの大部分はkojikaであるが、
他にも送信取り消しをしているメンバーが何人かいる。
大量の【送信取り消し】をスクロールしていくと、ちらほらと取り消される前のメッセージに対しての反応と思われるメッセージが出てきた。
「訳が分からない」「いたずらやめろ」「迷惑」「どうしちゃったの?」「小鹿ちゃーん??」といったものたちである。
メッセージを追って行間を読むと、やはりグロ画像なるものも送られていたようだ。
ちょっとした阿鼻叫喚の後で、大量送信しているメンバー以外は無視を決め込んだ。
そして、送信取り消しが行われたという感じかな
小鹿ちゃん、こういう悪戯をするタイプじゃないと思うんだけど…
左手にスマホを持って、右手をうろうろと彷徨わせていると、
突然の振動とともに小鹿ちゃんのご尊顔がスマホに写る
び…びびって、スマホを落っことしてしまった。
テーブルの上でがたがたと音を立ててスマホが震えている
「あ…LINEの着信か……電話の通知はONだったんだ」
小鹿ちゃんからのタイムリー過ぎる着信
心臓がバクバクいっている
画面に表示された小鹿ちゃんのキメ顔をしばらく眺めていたが、
よくよく考えれば、同級生からの通話なのだから、ただ出ればいいのだと気が付く。
「もしもし…?」
ちょっと声が震えてしまったけど、それは許してほしい。
外にいるのかな、ざわざわとした話声が聞こえてくる。
そして荒い呼吸音
次いで高い声で「私のこと分かりますよね?」と一言
「えっと…小鹿ちゃん?どうしたの?」
はあはあという息の音の後で、タリルンというあの音が響いて通話が終了になる。
画面には
【音声通話 0:15】
【相手のLINEアプリが終了したため、通話が終了しました。しばらくしてからもう一度通話をお試しください。】
えーと…電話を切られてしまった?
掛けなおした方がいいのだろうか…
トーク画面に新しいメッセージがぴこんと届く
【わかる?】
そして写真が1枚
「うあぁ、いちごジャムのグロ画像ってこれかあ」
うーん…これは多分、口かな
とするとこの白いつぶつぶのは…
深く考えるのはやめよう
少し目を逸らしただけで、推定お口のグロ画像が流れ去っていく怒涛のメッセージ
あの時の鈴川さんのお気持ちがよく分かりました。
となれば、あの時の鈴川さんに倣うまで、両手でボタンをギュッと押し込む
無事ブラックアウトしたのだが、画面に映った自分に「ぴぎゃっ」と心臓が飛び跳ねてしまった。
女(眼鏡付き)の霊が映った怪奇現象かと思ったよ。
心臓をばくばくさせながらスマホを鞄に投げ入れる。
いつもはべったり蜜月な私とスマホだけど、今はちょっと触っていたくない。
こ…怖かったあ。
鞄をぎゅうっと抱きしめると、ちょうど手にお守りとオーナメントが触れた。
「怖かったよう」とお守りたちに話しかける私
お守りくんは顔がないから分からないんだけど、ジンジャーブレッドマンくんは「大丈夫だよ」とニヤリと笑ったような気がする。
もちろん妄想なんだけど、ちょっと気持ちが楽になったよ。
ありがとう。
続く
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次の話 【第3話】
【第4話】
【第5話】
【あとがき・登場人物紹介等】
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あらたなレーズンサンドっぽいものを探しに旅立ちます