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【創作怪談】アフタヌーンティーのご予約は2名様から承ります【第3話】


エントランスと従業員通用口が異なることはよくある

倉戸さん、道岡さんの仕事上がりはいわゆるゴールデンタイムが終わったその後である。

私服に着替えた二人とともに従業員通用口へと向かう。
お客様をお迎えする華やかで開口の広いホテルエントランスとは打って変わって、
裏手で暗くて心なしかじめじめしている気もするのが従業員通用口である。
半地下駐車場の一角だから、致し方なしである。

途中で警備さんとすれ違ったので、「お疲れさまでした」の挨拶を交わしながら「避難階段の窓が開いてるかもしれない」とチェックをお願いする。

「了解、後で見ておくよ」と快く引き受けてくれる警備さんに
滑りやすいから気を付けてくださいねと倉戸さんが声をかけた。
「むかし、滑って骨折した人がいたもんな。ありがとう、気を付けるよ」

この駐車場はお客様用なので、昼行性の照明で頑張って照らしているのだけど、暗い印象が否めない。

実際にすみっこの方は闇に沈んでいる。
自転車で通勤するなら、駐車場の奥に停めていいよと言われているものの
踏み切れない理由の一つがこの暗さである。
もっとも自転車通勤を阻む最大の原因は大学近辺の自宅アパートから駅までが、
ひいてはこのホテルまでが遠すぎるという一点なのだが。

倉戸さんと道岡さんがチラッと駐車場の奥に目線を向けて、すぐに興味を失ったように歩き出す。

軽い上り坂を上がり、駐車場を出た先は、打って変わって光が溢れる繁華街、
夜こそが本番といった輝きっぷりである。

クリスマス直前ということもあり、いつも以上にぴかぴかしている。

「明日からデスマーチの始まりだな」
街の輝きを受けているのに道岡さんの目は死んでいる。

「イヴ、クリスマス当日、土日…そのまま年末年始かー」
通り過ぎるお店から漏れ聞こえる陽気なクリスマスソングに被せた倉戸さんの声も死んでいる。

うーん、かける言葉が見つからない。
私も一緒に死地という職場に赴くわけだけど、時間も職務内容もバイトのそれだしなあ

「23日が祝日だった頃に比べれば、まあマシかな」ということで二人は気持ちを切り替えることにしたらしい。

「あ、そうだ。花屋に寄らせてくれ」
道岡さんが横の通りへと進路を変更する。
「毎日、よくやるねー」と言いながら倉戸さんが続く、
すれ違う人を避けながら私も後をついていく。

大学生になって、このバイトを始めてから知ったことの一つが
「遅い時間でも営業している花屋さんがある」ということである。

季節柄、ポインセチアがずらっと並んでいる。
夜でもバケツの中には色とりどりな切花たちがいて、目の保養である。

花屋さんとは今まで縁がなかったけれど、
道岡さんと帰る時の定番コースになってからは、
連れが確実にお買い物するという大船に乗って、
お気楽にお花の説明書きを堪能することができるようになりました。
創作のネタがもりもりなんですよ!

切花のバケツの前で無造作にアマリリスを抜き取っていく道岡さん
クリスマスブッシュを少しと
薔薇の前で首をかしげると、とっくりと眺めた後で数輪の花を抜き出した。

なんていうか…数ある花の中から吟味して選んでいるという感じで……

「うわあ、道岡さん寒いです。
でもこの『お花設定』頂きました。糧にさせて頂きます。ごちそうさまです。
いつもお世話になっております。」

「『お世話になっています』を嫌な使い方しないでくれ」
げんなりした表情の道岡さんがお会計へと向かう。

店員さんの挨拶は「いつもありがとうございます」
声のトーンが高めで目が瞳孔ましましのキラキラである。

道岡さん…眼鏡もかけていないフツメンなのに罪な人だ。
お花は眼鏡を捨てた後でできた彼女への贈り物だっていうのに、本当に罪な人だ。

「新聞紙でいいです」といういつものお返事に店員さんが「ひゃい」と答えが返るのもいつものこと。
道岡さんに目線固定のままでも、くるくるっとお花が包まれるのはプロの技です。

「ありがとうございました」間違いなく桃色吐息な声音に見送られて花屋さんを後にする我々

「今日は城址公園を通っていってもいい?ライトアップを見ながら帰ろうよ」
倉戸さんの提案に道岡さんが頷く。

お堀の道をてくてく歩く、
外堀は暗いので女子だけの時は避ける道なのだけど、今日は道岡さんも一緒なので、安心して通ることができるのだ。

昼間はそんなことは思わないのだけど、夜の水辺はちょっと不気味である。

鯉か亀の音だと思うのだけど、真っ暗な淵から「ぴちゃん」と何かが跳ねた音がすると心臓が飛び跳ねてしまう。
びくっと身体までが飛び跳ねたのを見られてしまい、
お堀側を歩いていた私は倉戸さんと道岡さんにサンドされるポジションへと移されてしまった。

「落ちたら困る」って幼児扱いですか…

暗い外堀を通り過ぎると、ライトアップされた中堀が見えてくる。
時期柄もちろんクリスマスカラー、いつもは白い壁が赤と緑に彩られている。

お堀の中にもキャンドルのように円形のあかりが灯っている。
丸が二つくっついているとスノーマンみたいで可愛い。
バッグに取り付けたジンジャーマンとお守りが風に吹かれて揺れる。

「あのスノーマンは君のお仲間かねー」とジンジャーマンに話しかける私に「おーい、帰ってこい」と呼びかける道岡さんであった。

ライトアップのお陰か、公園内もいつもよりも人が多い。
ランナー以外にも見物に来たんだなという人たちがちらほらと、
我々もその一員である。

それにしても、夜道って誰かに見られているような気がして怖くなっちゃうよね。
そうだ怖いっていえば「さっき、休憩室にいた時に…」

先ほどのLINE騒動を話すと
「なんで夜道で怖い話を始めるんだよ」と道岡さんにげんなりされ、
倉戸さんには「現代怪談になりそうだね」と言われてしまった。

あらぬ方向、公園の遊具の方を見つめた二人は「学生の悪ふざけかな」と異口同音に締めくくって
私も「ですよね」と同意する。
なんとなく、二人の目が鋭かったような気もするけど、推定学生の悪ふざけに気分を害したのかもしれない。

「あ、ちょっとストップ」
倉戸さんはそう言って立ち止まると、コートのポケットからスマホを取り出す。
タップ、スワイプ、タップと操作した後
「これから帰るね、今日はうなちゃん付きだよ」と話しかける。

何度もお泊りさせて頂いているので、よく存じています。
これは電話ではなく、ペット見守りカメラの双方向通話機能なのだそうだ。

倉戸さんのマンションには、わんとにゃんが同居していて、来客がある時は事前に伝えるようにとわんにゃんからのお達しがあるとのことであった。
最近はどこもそうだけど、ペットの立場が高いこと高いこと。

倉戸さんがペットと会話(一方通行)をしている間、私は公園から見える街の明かりへと目を向けた。
あっちに向かって歩いていけば、私鉄のバスターミナルがあって大学方面行きのバスに乗ることが出来る。
つまり、アパートへと帰ることができる…

くいっと道岡さんに上着の襟首をつままれた
「わあ、何をしますか!」
「葉っぱ付いてたぜ」
あ、そうでしたか。ありがとうございます。

えーと、お泊りセットも持ち出しちゃったことだし。
倉戸さんを見るに、ペット様も許可を出してくれた様子だし、

今日は…うーん、正確に表現するなら
今日もお世話になります!

マンションエントランスは風圧が強くなる

公園を通り抜けるとお洒落でレトロなお高いエリアが広がっている。
倉戸さんのマンションがあるのもこの一角。
マンションポエムが捗っちゃうアプローチがどーん!
エントランスもどどーん!!
ラウンジもどどどん!!!な物件である。

初めてお邪魔した時は、Tシャツジーンズしかもサンダルな自分が場違いすぎて本気で逃走しちゃったものです。

若い女性の一人暮らしで住む場所じゃないでしょうと思うんだけど、倉戸さん曰く「相続がどーの、制度がこーの」とのことであった。
深入りしてはいけない雰囲気だったので、その時は無言でこくこく頷いておきました。

そんな私も今ではすっかり図太くなって、
ペラペラノーブランドのコートにプチプラバッグでも平然と構えていられるようになりましたとさ。
住人たる倉戸さん自体がデパート1階な雰囲気がしないことにも救われています。

アプローチの手前で道岡さんが立ち止まり、「部屋まで気をつけてな」と片手をあげる。

玄関前で発生する事件って多いといいますものね、気を付けるであります。

「りょーかい」ひらひらと手をふる倉戸さん。

「倉戸とうなも花持ってくか?分けるぞ」
「うちの子たちが怒るから止めて、
ていうか、彼女へのプレゼントをお裾分けするんじゃないよ」

エントランスの顔認証システムをパスすると、自動ドアが開き、ぶわっと風を感じる。
多分高級な空気が洗礼を施しているのだと思う。
身も心も清められるような気がします。

道岡さんの助言を胸に、自動ドアを通った後に背後をチェックすると道岡さんが駐車場に佇んでいた。
ちゃんと中に入るまで見守ってくれているなんて、心がイケメンである。
ぺこりとお辞儀をして背を向けると倉戸さんの後へと続く。

入り口とエレベーターが連動しているとかで、実にいいタイミングでエレベーターのドアが開く。
ううん、将来一人暮らしする時の理想が高くなってしまう。
まあ、絶対こんな物件には住めないだろうなあ。
うん、人は人、私は私。
身の丈にあった生活をしよう。

ごつい扉の二重ロックを解除すると、お部屋に到着である。
ホワイトカラーのもふもふ、ネコの「白」
ブラックカラーのもふもふ、イヌの「黒」が待ち構えていた。
お二人ともかなり巨大である。脚が太いの。
初対面の時は猛獣がいる!?とひっくり返りそうになりました。
懐かしい思い出である。

白がシャーっと毛を逆立て、黒がうーっと低い声で唸る。
迫力満点なので、未だにびびってしまうのだが、
小さな頃から動物という動物に威嚇されて逃げられるを繰り返してきた私にとっては…

「しろさーん、くろさーん」
わしゃわしゃわしゃ
威嚇をした後は、もふもふを堪能させてくれる二人は天使である。
天然のすべすべ柔らかさが最高です。

「ただいま」という倉戸さんの手をふんふん嗅いだ後で、全身を擦り付けまくる白と黒
倉戸さん、愛されていますな。

まったりお茶を頂いて過ごしていると、あっという間に日付が変わろうかという時間になってしまった。
まだまだ宵の口と言いたいところだが、
明日からホテルは大忙しだし、
午前中から集中講義も待ち構えているしなので、大人しく消灯することになりました。

マンション自体もそうなんだけど、ベッドのレベルも段違いでして
お泊りさせて頂いた翌日は肩がすっきりしている気がするんだよね。

おやすみなさい

十二時辰の中でも丑三つ時の知名度はずば抜けている

どれくらい寝ていたのだろうか、ふっと目が覚めた。
ぼんやりとした視界の中で蛍光表示の時計が2:00を刻んでいる。
妙に動悸がするのは…カフェインの取りすぎかも

ええっと、そういえばスマホが鞄に入れっぱなしだった。
明日じゃなくて、今日はこのまま講義に直行するんだから、充電しておかないと

そーっとベッドを抜け出して、ソファに置かれている鞄の中からスマホを取り出す。

電源が入っていないので、画面は真っ暗でうっすら鏡のようになっている

そこには眼鏡をかけた顔がぼんやりと映っている…ような気がするけど

あれ?
眠る時に眼鏡を取ったよね、今かけてないよね、眼鏡
あれ??

裸眼だからぼんやりとしか見えないのだけど
これは一体

動悸がより一層ひどくなる

画面に映る誰かが、こちらに手を伸ばしてきている…?
え、これって画面こえてない!?

暗い部屋の中で浮かび上がった白い手
疎らに剥がれた赤いネイル
その手が私の口元に触れた
ひどく冷たい

ぞわっと指から肩にかけて鳥肌が起こる

唇の端に引っ掛けられた指に力がこめられて、
短い紺色の爪が食い込む
私の口が…

うわ、うわあ

ぽすん
叫びだしそうになったその時、気の抜けたような音で背中を叩かれた。
背中から右腰にかけて、ふんわりとした何かを押し付けられる

「う…わあ、白さんかあ」
白くて大きな猫の白が私の右手に、ぽっすんぽすんと猫パンチ(弱)を繰り出してくる。
爪が出ていないので痛くはないのだけど、大きい手だから中々の揺れが起こる。
それに何より…
「白さん、なになに?なんなのー?かっわいいなあ」
白さんが可愛すぎる
スマホを手放し撫でまわさせて頂きます。
ものすごい舐めてくるし、すり寄って来るし、
おネコ様、至福です。

あれ、闇に紛れてもう一匹のもふもふがいた。
黒くて大きいおイヌ様の黒

先ほど手放したスマホの上に伏せをした!?
心なしかニヤリと笑われた気がする。

「くろさーん、私のスマホ返してよう」
小声で懇願する私の背中にのしかかる白
もう一押し、お願いしようと思ったところで
黒が私の顔をベロンと舐めた。

アニマルセラピー効果なのか、猛烈に眠気が襲ってきた。

「いいから朝まで眠っていなさい」背後から、そんな声が聞こえた…ような気がした。
えっと、この声、男の人の声なんだけど…だれ?しろ…??

「スマホは後で充電しておいてやるから」
今度は正面から違う声、またもや男の人の声…くろ??

ああ、これ夢なんだ。

ぷっつりと意識が途切れた。

一晩あけて、私はソファに突っ伏して…いなかった。
ふかふかのベッドの中で目覚める。

黒に下敷きにされていたスマホはいつのまにかワイヤレス充電器の上にある。

昨日の夢は寝ぼけながらスマホを充電した影響で見たものだろうか?

スマホから手が伸びてくるホラーといい、白と黒が人の声でお喋りしたことといい荒唐無稽だった。

簡単な朝ごはんを作っていると、
絶妙なタイミングで倉戸さんがむにゃむにゃ「おはよう」と起きてくる。
足元には黒と白がぴったりくっついている。
朝から愛されまくりである。

「ああ、人が作ってくれたご飯って最高」
めっちゃ簡単なものですが、喜んでいただけて嬉しいです。
「倉戸さん一つお尋ねしたいことがあります」
「え、何?急にシリアスな雰囲気になって」

「白と黒のことなんですけど」
むぐっとむせた倉戸さんが落ち着くのを待って続きを問う
「この二匹、雄ですか?」

「あ、はい。二人とも男です」

まあ、夢は夢なんだろうけど、ちょっと気になったので確認したかったのです。

朝の時間はあっという間に過ぎていった。
倉戸さんと白黒にぴたっと寄り添われながら、恐々電源を入れたスマホだが、
LINEは軒並み「送信取り消し」となっていて、昨日の狂乱が嘘のように静まり返っている。
自分から自分への着信ありが、不可解ではあるが、何かの誤操作だろう。

鞄につけていたお守りが取れていたので、ジンジャーマンくんの隣へと再び結びなおす。

そうこうしている内にバスの時間が迫って来た。
倉戸さんに「それじゃあまた夕方、職場で」と別れを告げると、バス停目指して飛び出す私。
玄関前で白黒が思いっきりすりすりしてくれたので、気分爽快である。
わんにゃんにはあらゆるものを浄化する神秘が宿っているのかもしれない。
肩も背中もめっちゃ軽くなりました。

クリスマスと集中講義「両方」やらなくっちゃあならないってのが

大学前バス停が大学の最寄りのバス停である。
ただし、バス停を降りた目の前に建物があるなどと思ってはいけない。
登らなければならないのである。
山みたいな丘みたいなキャンパス内をひたすらに登る。

ぜえはあ息を荒げて、時間ぎりぎりに講義室に滑り込む。

今日はクリスマスイヴ
ただし、集中講義の真っ只中
故に単位や資格目的の学生で混雑している筈なのだけど
講義室の席は疎らに空いていた。

ざわざわとした落ち着かない空気の中で「昨日のLINE」という言葉が飛び交っているのが聞こえてくる。
鈴川さんが言っていたように、あちこちに送信されていたのだろうか。

いや、同じものかはまだ分からないのだけれど…

「倒れた子が」とか「救急車と警察」「刺された」なんて不穏なワードもちらほら混ざっている。

高校までだったら、クラスの朝礼や全校集会などで何らかのお達しが出るのだろうけど、
大学にはそういった一斉に集まるという機会がない。
ほとんどないのだ。

だから、私みたいなボッチはより一層情報から取り残されていくという訳である。

気もそぞろな学生を一切顧みず、他大学からやってきたおじいちゃん先生の講義が開始される。
一人称僕の銀縁眼鏡の初老の教授は最強の萌である。
ベストとループタイという完璧な装い、最高です。

さて、眠くなることが必至の講義かと思いきや…
先生の話しは雑談が3割入っていて、この雑談が面白かった。

「民話で名前を言い当てられると逃げる、力を失うという存在がある一方で
名前を言うことによって祟られるという伝承もあります」

「実名敬避俗と言いまして、中世までには本名を呼ぶことを避ける習俗があったわけですが、畏敬の念から本名を忌避していたという面は失ったものの、
現代もSNS上でのHNによって、本名を隠すという行為が行われていますね。
人によっては、HNの方が本名よりもしっくりくるのではないでしょうか?」

「口は怪異の入口にもなり、霊的な存在がそこから入ってくると思われている」

「共通しているのは、返事をしないこと、関わらないことで難を逃れることができるということですね。
沈黙は金、雄弁は銀」

ものすごい面白いのですが、この講義は統計学の講義なのです。
散布図の点が口に見えるか目に見えるかというところから話が脱線していきました。
先生、私には点にしか見えません。

ちなみに、先生の助手さんは口じゃなくて目に見えると言っているそうな。
先生は目は目玉が入っているから入り口にはならないんじゃないかな、それに僕には眼鏡がありますしね。と仰っていた。

yes、眼鏡は最強の装備ですと頷きつつ、こうも思う

「先生も助手さんもお疲れなんじゃないかな」

学生アパートの共用廊下はちょっとした社交場かもしれない

「行きはよいよい、帰りは怖い」ではないけれど、下り坂は疲れるものである。
集中講義というだけあって、朝から午後までみっちり詰まったスケジュールを終えて、いったん帰宅。

1日ぶりの我が家は、学生街の端っこにあるちょっと古めのアパートである。
誰にでも分かる良いポイントは家賃が相場よりも安いこと。
住んでみて分かった最大の長所はなんとGから始まるあのモンスターが出たことがないということ!
倉戸さん曰く「うそでしょ…」
私も信じられないのだけど、出ないんですよ。本当に。

外階段を上る音が響き渡る古アパートなんだけど、住めば都である。

倉戸さんがお泊りに来てくれるならいつでもウェルカムではあるが、
素敵なマンションにお住まいの社会人がわざわざここに泊まる理由は皆無である。
以前、女子大学生の日常を見学したいという名目で訪問を受けたことはあったが、それだけである。

なるべく静かに上るように心がけているのだけど、スニーカーでも響き渡る階段の音よ。
まあ、誰かがやって来たというのが丸わかりということだから鳴き廊下の一種だと思ってください。

「あ、UNACHAN先生だ。ちっす」
アパートのドアの前で柵によりかかっていたのは、同じ二階にお住いの一色さんであった。

「UNACHAN」は私のHNである。
作者名で呼んでくるのは本来NGかもしれないのだが、私の場合ただの綽名に聞こえるので、本名を呼ばれるより寧ろ目立たない。

一色さんとは夏のイベントでばったりしたことから私の創作活動がばれているのであった。
一色さんはオカルト系配信者、オカルトに懐疑的なオカルト系配信者で
オカルト研究会を追放?脱退したという経歴の持ち主
霊のじゃなくて、例の自費出版もやっているのであった。

冒涜とか挑発とかは一切ない平坦な語り口と「おばあちゃんの漬物食ってれば、霊とか呪いとか全然平気だから」がくせになるチャンネルである。
私は漬物紹介番組だと思って見ている。

私と遭遇したのは彼が腐った男子だからではなくて、
一色さんの彼女が私の読者だったからである。
彼女も同じ大学の学生…オタク同士ってひかれあっちゃうよね。
行動範囲が被るからだと思うのだけど。

その遭遇以来、一色さんとは挨拶にプラスして世間話をする間柄なのである。

あと特筆すべきこととしては、一色さんが時々ブルーライトカットのための眼鏡を装着していることだろうか。
いいぞ、ブルーライトカットメガネ!もっと広がれ!!
私はブルーライトカットメガネも全力で応援しています。

そういえば昨日のLINE、
あれは、まさに一色さんが好きそうな話題である。
何か知っているかなと思って、聞いてみたところ
彼にも届いていたとのこと…

あっちの方で何かトラブルがあったみたいなんですよね
冬休み始まった奴らが騒いでいるのかなと思っていたら、
あのLINEが届き始めて、
うちのアパート壁が薄いから「きっも!!」って声がいくつか聞こえてきたんすよ。

それから、救急車の音がめっちゃ近付いてきたんで、
結構みんな外に顔出していて話をしてたら、やっぱり同じようなLINEが届いていたんすよね。

みんな学部も学年もバラバラでしたね。

まあこんな時期だし、酔っ払いの悪戯かなとか
急性アルコール中毒でも出たんかなとか話していたら

パトカーまで来てたんすよ

気になって、野次馬しに行ってみたら
倒れているヤツがいたり、パニックってるのがいたりで、
結構な騒ぎになっていて

中心の方はよく見えなかったけど、
結構な声で友だちの口を刺したって言っているのが聞こえたっす

「刺したって…まさか昨日のLINEの画像って…」
「いや、倒れて頭打ったくらいはあったみたいっすけど、
そういう刺されたとか殴られたみたいな人はいないって話でしたよ」

それでねーと一色さんの話は続く
ダウナーな語り口調でぞわぞわが止まらない…鳥肌たっているよ、私。

「そんで野次馬してたら、なんか口裂け女みたいな変なのに話しかけられたから、UNACHAN先生も気を付けてくださいね」
「口裂け女?」
昨日、一瞬だけ見てしまった画像が脳裏に蘇る。

「はい、『私のこと知ってますか?』って聞かれたんすよ」

「あれ、口裂け女は『私きれい』じゃなかったっけ?」

「あ、それはそうっすね。なんで口裂け女だって思ったんだろう?

まあ、『知っていますか』っていうことなら、
誰かは分かったんで普通に答えたんすよ。
お前『まこと』だろって

知ってます?女装男のまことのこと」

「眼鏡のまことちゃん…?」
「最近は眼鏡かけてることもあるっすね、多分それっす」
「あの、まことちゃんって男の子なんですか?」
「あ、そこから?普通に男ですよ。
女装で大学来るようになったのは夏休み以降っすけど」

昨日のバイト先でのことが頭を巡る。

バイト先に現れた月見里さまは「一人二役」「あれは男」と言われていた。

大学構内で今まで見かけた『まことちゃん』と月見里さま及びお連れ様は姿形が異なると思う。

思うのだけど、そこに目を瞑れば、色々と符合する。
いや、見た目が違うって致命的だとは思うんだけど…それでもさ

「あの、『まことちゃん』なんだけど、彼女じゃなくて
彼の名字って『やまなし』ですか?」

「違うっす」

大学から下山して流れた汗が冷えてきたのか、身体が寒く感じる。
ばっさり「違う」と言われたけれど、
もう一つ聞いておかなければ、難読名字あるあるの読み間違え
「じゃあ、つきみさとですか?」と重ねて問う前に、一色さんが続けて言うことには

「名字が『まこと』なんすよ。真実の真で『まこと』
『やまなし』は『まこと』の彼女の方っす。
すげえややっこしいんすけど、彼女は『やまなし まこと』
『まこと』多すぎて訳分からなくなるでしょ」

まことちゃんはまことくんで
月見里さまもまことでまことちゃんだと
…こんがらがってきたぞ

一色さんの語りはまだまだ続く、
一色さんって平坦にずーっとしゃべり続けるんだよね。

「まことは二人ともコスプレイヤーっすよ
UNACHAN先生に初めてあった夏のイベント
あれ、あいつらも来てましたよ」

夏のイベントと聞いて、ちょっと寒さが吹っ飛んだ。

「女の方のまことが、聖とUNACHAN先生の話しで盛り上がってましたから」
聖というのは一色さんの彼女である。
聖ちゃんとWまことさんがコスプレ繋がりがあるとのことだ。

聖ちゃんは彼氏連れでBLコーナーに突っ込む猛者であるが、
一色さんがオレは一切見ません聞きませんなスタンスなため救われている。

一色さんから貰った唯一のコメントは「UNACHANってUMAみたいで良いっすね」である。
以来、一色さんからの呼びかけは「UNACHAN先生」になっているのであった。

「えーっと、それで名前を言ったらっすね
『あは、あたり』って言って、ふらーっと歩き出して
他の奴にも聞いてるんすよ、おんなじことを」

「私のこと知っていますかって?」

「そう、無視するヤツがほとんどだったんすけど、
知らねえよって大声だしたヤツが、ばったん倒れてますますパニック広がっちゃったって感じっすね。
真はすーっとどっか行っちゃいました。
真のこと知らなかったら、都市伝説キタコレって思ったんすけど

結局生きている人間が怖いっつーやつですかね。

なんか口の中がイガイガしたから、ばあちゃんのかりんシロップ飲んで寝ました」

変な奴に会ったら、目を合わさないでささっと立ち去るのが良いですよというごく常識的なアドバイスをくれる一色さんであった。
しめくくりが配信時と一緒のおばあちゃんの手作り食品なのにちょっと和んでしまう。

まことちゃんがゲシュタルト崩壊しそうな勢いの話しだった…

一応確認してみたところ、真君の彼女の「やまなし まこと」ちゃんの名字は「月見里」で合っているそうだ。

結局よく分からないまま、一色さんにお辞儀をして部屋の鍵を開ける。
一色さんもぺこりとお辞儀を返してくれた。
明るい髪色にジャラジャラのピアス、ごっつい指輪、パンクファッションの青年なので、正直最初はびびったのだけど
おばあちゃん子というだけで好感度爆上がりなのだから、不思議なものである。

なんとなく昨日の通話のことを思い出した。
「分かりますか?」と聞かれて、私は「小鹿ちゃん」と答えてしまった。

あれは小鹿ちゃんだったんだよね?

まだ夕方なのに、あたりはもう暗くなり始めていた。

続く

    【第1話
前回の話【第2話
本作  【第3話】
次の話 【第4話
    【第5話
    【あとがき・登場人物紹介等

あと2回くらいで終わる予定です。

※2026.4.4 一部加筆いたしました。
※2026.4.17 一部加筆いたしました。

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asuka@夏休み進行中につき諸々滞っております。 あらたなレーズンサンドっぽいものを探しに旅立ちます

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