【創作怪談】アフタヌーンティーのご予約は2名様から承ります【第5話】完
黒金さまによるクリスマスオーナメント解説
「うなちゃん、今日のオーナメントはベルなのね。いいわねえ『導きの鐘』」
クリスマスオーナメントにはそれぞれ意味があるの
ベルは主の誕生告げる喜びの鐘
鐘はその響き渡る音から、『導き』『魔除け』などの意味があるのよ。
うなちゃんが昨日つけていたジンジャーブレッドマンは、生姜が健康にいいとされたことから、『無病息災』『魔除け』といったところね。
アメリカだったかしら?
外国のおとぎ話ね。
オーヴンから逃げ出したジンジャーマンが食べられないように逃げ回るのだけど、最後は食べられてしまうというお話よ。
似たような童話はあちこちにあるから、聞いたことがあるかもしれないわね。
あとキャンディケイン、赤と白のステッキのあれね。
羊飼いの杖
『仔羊を導く』という意味ね。
りんごは『知恵の実』のシンボルよ…
鰻池雛というインパクトが強い名前の店員さんが、くるくると動き回っている。
学生アルバイトだという彼女は、しっかりとした立ち居振る舞いだが、どこか気が抜けるような憎めない子である。
なんとなく可愛がりたくなる雰囲気を持っている。
「道岡さん、今日はホールには出てこれないと思うんですけど」という一言も、彼女が言うと癇に障らない。
道岡さんにお会いできないのは残念だけど、こうして同じ場所にいられるだけで、
ちょっと自分でもおかしいなと感じてしまうような多幸感に包まれるのだ。
「なんなのかしらね、これ」
同じような表情をしている向かいの友人と首をかしげる。
ともすれば、視線は彼がいるという厨房へと向いてしまうのだ…
まことによる回想
まことがまことと出会ったのは、大学の新歓コンパであった。
名前が一緒だねということで話し始めたのがきっかけで二人は親しくなった。
ちょっとした苦学生である真は、当初、古くて安い学生寮に住んでいたのだが、その学生寮は紆余曲折の末に取り壊しの憂き目にあってしまったのだった。
格安物件を探す真にまことが「うちのシェアハウス、空きがあるよ」「安いよ」と言ったことから、
大家さんとの面接、合格、引っ越しととんとん拍子に進み
真とまことは同居人になった。
真にとって誤算だったのは、そのシェアハウスの住人が真とまこと、時々大家の女性という構成であったことだった。
このため二人は同棲しているという誤解をうけるようになった。
まことが「真と結婚したら、名字と名前が一緒になっちゃうね」というようなことを話しまわっているのも誤解を助長する一因であった。
真としては、彼女のことは友人としか思っていなかったし、
もしシェアハウスの内訳について事前に気が付いていたのなら、別の物件を探したと思うのだが…
家賃に対して驚くくらいに立派な洋館と、
線の細い大家さんの「男の子が1人いてくれると助かるわ」という言葉
自分には縁のないものだと思っていた庭付き一戸建ての庭のお手伝いが思いのほか楽しかったことなどもあり、
「せっかくですが、他のところにします」と言いそびれてしまったのだ。
現実的な面では、家具家電が備え付けられていたということも大きなポイントであった。
身一つのような少ない荷物とともに、真はこの洋館に住むことになった。
まことが料理をシェアしてくれたり、大家さんの旦那が差し入れてくれるやたら美味しい料理も、真にとって有難いものであった。
まことの距離の詰め方については、多少思う所があったが、
本命は別にいるのだろうなという感じもあり、それについては放置しておいた。
ただし、個室の施錠だけは徹底した。
大家さんの祖父母が昭和に来日した折に建てられたという洋館は、
淡い緑色の板壁がそびえ、上には寺社のような緑がかった屋根が帽子のようにのっている。
内装も当時のものが残っているのだが、きちんと手が入っていて、現代的にリフォームされている。
家賃に対しておかしいだろうと思うのだが、大家さんの旦那曰く「彼女の趣味だから」とのことだ。
採算度外視で、人が住むことによる建物のお手入れ効果を狙っているのかなと真は受け取った。
浮世離れした淡い色合いの髪と肌の大家さんが「若い子のお話が聞きたいの」と言うと、そんなものなのかなと思ってしまうのだった。
初対面時に、たどたどしい英語で話しかけたところ、にっこり笑って流暢な日本語で返してくれた。
時間の都合がつけば、英語はじめ第二外国語の面倒も見てくれる大家さんの方が、真としてはまことよりも好感度が高いのだった。
男子学生による23日の証言
はい、あの日は夕方から小鹿(おしか)さんの部屋に集まっていました。
メンバーは…うーん、小鹿さんの友だちっていうつながりなので、学部とか学年はばらばらでした。
彼女、顔が広いので。
オレも1年次に彼女に声をかけてもらって、一気に友達が増えましたし、
いえ、10代のやつらは、お酒は飲んでいません。
オレも飲んでいません。本当です。
誰かが、変なものを入れたとかそういうことはないでしょうか?
時々ニュースになりますよね、危ないドラッグとかハーブとか、そういうのを、口にしちゃったんじゃないかと…
それもない?
倒れた拍子に頭を打った人だけ…他の怪我人はいない…
じゃあ…オレは、本当に何もしていないんでしょうか?
あの、こじか…ああ、いや小鹿(おしか)さんも、顔とか…口は無事なんですか?
無事…そうなんですね。
よかった……
あ、すみません。
ぼーっとしてしまいました。
あの日からどうも、ぼんやりしてしまうことが多くて…
悩み事?
オレのですか?
……実は、オレ、小鹿(おしか)さんにフラれているんです。
オレが告白するちょっと前に、彼氏ができていたとかで、「ゴメンね」って言われて。
フラれたこと自体は別に…いいんですけれど、
小鹿さんが、そのことを普通に周りに話していたのが、すごく嫌で
いえ、揶揄うとかそういう感じじゃなくて、ごく普通に話していて
オレは、自分だったら黙っているのになって思ったんですよ。
それで、本当は距離を置きたかったんですけど、
小鹿(おしか)さんって、
えーと…そういうのお構いなしに話しかけてくる所があって…
オレは…それが…すごく嫌で……
だから、もしかしたら、あの日、刺してしまったのは……
こんなことを考えていたからかもしれない……
あ、すみません……
またぼーっとしてしまいました……
あの……ボクの口おかしくないですよね……?
普通……?
それは良かった……
いえ、嫌だったと言っても、そんな殺したいなんて思うほどじゃありませんでした……
年末で、みんな疲れていたり、寝不足だったのかも……
小鹿(こじか)ちゃんは無神経なところもありますけれど、ぐいぐい話しかけてくれる彼女に救われたっていう存在は結構多いんですよ……
良い子ですよ……彼女は……
本当に何もかも、小鹿(こじか)ちゃんのおかげです……
変なことは、もう忘れて、
これからは、ボクも新しい自分になったつもりで過ごしたいと思います……
集中講義より、教授の雑談を抜粋
メリークリスマス!
鰻池雛です。
クリスマスでも教授の雑談は絶好調、すごく楽しいです。
「人形といった魂が入っていない『うつろな入れ物』は人ならざるものを呼び寄せると言われています」
人形と言えば、私の実家は古い人形がたくさんある家だった。
亡くなった親戚のコレクションを引き継いだものの、持て余しているとかで…
お母さん曰く『夜中に見たら泣くタイプの人形』がたくさんあったのだ。
「仏像は魂入れを行うことで、神性を宿すように、しかるべき手順を踏まないままでは、ただの入れ物にすぎません」
お父さんはこう言いました『ひなちゃん、お人形だぞ。これで遊びなさい』
今にして思えば、絶対にそういう用途のお人形ではなかったのだが、園児だった私は容赦なくお人形たちで遊んだ。
お友達がたくさんでヒャッハーであった。
なんなら、近所の子にも分け与えた。
『ちょっとした阿鼻叫喚』がご近所で起こったとかなんとか…
「人を模したものが人ならざるものを呼び寄せるというのは皮肉な話ですが、人そのものも、心が虚ろであると何かが入り込んでしまうのかもしれませんね」
そうそう、動き出しそうなお人形たちだったんだよね、多分。
いつの間にやら、家からは無くなっていたので、私たち園児が破壊の限りを尽くしてしまったのか、
両親が処分したのか…
「魔が差すという言葉もそんな状況を表しているのかもしれませんね」
『ぼくたちは、悪い人形じゃないよ』とは言っていないけれど、特に怖い思いはしなかったなあ。
バイト先のホラー映画上映会の人形ものには、正直ブルッたけれど…
「みなさんの前にはチャンスとともにリスクもある。
時には、休むことも立ち止まることも大切ですよ。
ああ、僕はレポートの内容をしっかりと読んで評価しますのでね」
教授の眼鏡がきらりと光った…ような気がする。
優しいおじいちゃん先生な雰囲気を終始漂わせていた教授だけど、これ、評価が厳しいタイプかもしれない。
しっかり取り組まないとな。
教授の眼鏡に釘付けだった私は、授業態度だけなら二重丸確定なことでしょう。
「うなちゃんって、眼鏡の人を見つめる時の集中力が天元突破しているよね。その時だけゾーン入っているかんじっていうか」とは先日、バイト先の先輩 倉戸さんに言われた言葉。
大げさなような気もするけど、眼鏡キャラもとい眼鏡の人物を見つめる時は思わず瞬きを忘れてしまうくらいなので、
ちょっと、中二風に言わせてもらうと「その人の真実の姿を見てしまっているのかもね」
そうそう、そういえば園児の頃の私はまだ眼鏡をかけていなかったんだ。
眼鏡デビューを果たすのは小学校入学の後なのでした。
小鹿のポリシーとは
明るく向こう見ず
空気が読めないところもあるが、不思議と憎まれない
口が軽いが「絶対に言わないこと」をしっかり伝えれば、秘密を守れる
彼女がやると、なぜか炎上しない
小鹿幸のイメージはだいたいこのようなものである。
概ね正しいが、他者が知らない一面というものが彼女にもある。
自分のことでも他人のことでも、ほいほい話して
距離を飛び越えて、誰とでも仲良くなる
彼女自身には秘密などないのだろう…と思われがちだが、それは大きな間違いである。
小鹿のポリシーは「本当に大切なことは決して口に出さない」という一点である。
小鹿にとっての「どうでもいいこと」を並べ立てることで「本当に大切なこと」を守っているともいえる。
言葉にした瞬間に大切なものは失われる…口から何かが抜け出てしまうかもしれない
そんな風に小鹿は考えている。
例えば自分の綽名、今や本名よりもしっくりくる「小鹿(こじか)」についてだが、本当はあまり好きではない。
綽名のもととなっている小鹿(おしか)という名字が、生まれついてのものではないのである。
名字が変わったこと自体は別に構わない。
それに伴う、家庭内の変化も寧ろいいことであったと思う。
しかし、引っ越しだけは頂けなかった。
まだ小学生になってもいない頃だったが、
「同じクラスになれるといいね」
「ずっと友達でいようね」と言い交わしていた大切な女の子との縁がぷつりと切れてしまったのだ。
両親に言われるままに、園のみんなにお手紙を書いたが、小鹿は引っ越すことなど理解していなかった。
当然、同じ小学校に行くものだと思っていた小鹿は泣きに泣いたが
もう手遅れであった。
悲しみやら怒りやらで、大事にしていたお人形に当たり散らした。
あの子ともよく一緒に遊んだお人形の髪を引きちぎって、踏みつけて
その無惨な姿にまた泣いた。
まだスマホなんて持っていなかった頃、
近所だったので、約束はせずとも家の前で一緒に遊べたゆえ、親同士の繋がりもなかった
小鹿がまだ小鹿ではなく、もっとありふれた名字だったころの話である。
もう名前も顔も思い出せないが、ぽっかりとした喪失感とぼろぼろになった人形のことだけは、ずっと忘れられないでいる。
ちなみに、その人形はずっととってある。
「なおして」とお願いした両親は、とりあえず直してくれたが、全く満足のいく仕上がりではなかった。
「ずっと一緒にいたい」と言ってしまったから離れ離れになってしまった。
「なおして」と言ったから元通りに戻らなくなってしまった。
理屈が通っていないが、小鹿の頭にはそのように刻み付けられたのだ。
それからも小さなことから大きなことまで、その思い込みは強化されていき、小鹿は「本当に大切なことは決して口に出さない」というポリシーを持つにいたった。
口には出さない小鹿の大切なことの一つは、そのお人形を元に戻すことである。
それができると、またあの子にも会えるような気がしている。
理屈は全く通っていないが、口に出すことがないので、誰に指摘されることもなく今に至っているのだった。
瀬名ちゃんの帰路は岐路であった
後ろめたさがある時、走るスピードはなぜか速くなる。
学部棟から最短距離で麓へと降りるショートカットコース
転ばないのが不思議なくらいの速さで駆け下りているというのに、全然道が終わらない
変だよ、絶対に変だよ
瀬名の心の中に不安が湧き上がってくる
先ほど、鰻池雛というすごい名前の同級生とゼミ室で話をしたときのことが思い浮かぶ
うなちゃん、あの子と話しちゃったんだ…
ピザパーティーのあの日からを振り返ってみると、
小鹿から始まって倒れた人間の共通点は、つきみさとという女の子と直接話しているという点であった。
どうして自分が無事なのかは分からないが、この2日間つきまとわれている際に言われた限りでは
「まだあるんだ」「あなたはちょっと後回し」ということであった。
何がまだあるのか、なくなったらどうなるのかは理解不能だが、
このまま大学から離れれば、逃げ切れるのではないかと思ったのだ。
根拠はないが、冬休みが明ければほとぼりも冷めるだろう。
それに、私は後回しらしいから、上手くすればうなちゃんの方が先に……
だいたい、なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないのだろう
小鹿のせいじゃないか
LINEの爆撃だって、圧倒的に小鹿が多かったっていうのに、文句を言われるのは私たちなのだ、納得いかない
私が一生懸命集めている御朱印だって、私は「にわか」だなんだと叩かれるのに、小鹿がちょこっとアップした投稿はイイねの嵐ってどういうこと
いつもいつもいつも……
耳元でピシリと音がした…ような気がした
ふと前を見ると、鬱蒼とした樹々の間の薄暗い道に誰かが立っている
立ち止まりたかったけど、下り坂で勢いのついた身体は思うように止まることができなかった。
服も靴もぼろぼろの女の子
つきみさとが立っている
私と彼女の距離が近付く
やだやだ!
無理やりに止まると、身体が前につんのめる
少しでも遠ざかりたくて、後に下がろうとすると、尻もちをついてしまった。
痛い、でもそれ以上に怖い
つきみさとの足元が見える。
バレエシューズなんかで登る道じゃないよ…見当違いの言葉が思い浮かぶ。
ゆっくりと近付いてくる
ああ、この子、爪もボロボロだ…ネイルチップが剥がれたりで赤かったり、青かったり
欠けていたりでめちゃくちゃだ
ちょっとだけ、心配になり、彼女の顔を見上げる
ウィッグ…?
髪がずれている…なんかさ…その下から頭が二つ重なっている?
「あなたの番だよ、瀬名さん」
声だけは、一昨日から変わっていない
なんとなく、分かった。答えちゃダメなんだ。
尻もちをついたまま後ろに下がる
服が汚れちゃう…けど、ともかく逃げたい。
「連帯責任だから、だめだよう」
ゆっくり伸びてくる手
ぼろぼろの爪
とにかく遮りたい一心で、鞄を前に突き出した。
顔は見えなくなった。
手も見えなくなった。
でも足がそこにある。まだ近くに立っている。
沈黙に耐え切れず「あなたは『つきみさと』でしょう。どっかに行ってよ!」と叫んでしまった。
鞄で遮られて見えないけど、確信があった
いま、この子はあの時みたいに大きな口でわらっている…
「はずれ」
なによ、はずれって…
そんなの知らない
そもそもなんなのよ、これは…
「それは、もうちがうんだよ」
どうしよう、口を開けなければいいの?
もちろん、絶対に開けたりしないけど、開けるつもりなんかないけど
ていうか、なんなのよ、口って…
妙に間延びした笑い声が唐突に途切れた
「あなたもいたの!」
不気味な笑い声から一転、ごく普通の学生のようなはしゃいだ声が響いた。
「ここにいたんだ。あなたがいるなら、あなたの方がいい」
ちょっとカチンとくる言い方だなと思った。
でも、なんだか雲行きが変わってきたので、鞄の影で息をひそめて、成り行きを見守ることにする。
ガサガサっと音をたてて、何かが横の茂みへと飛び込んでいった。
「ああ、まってよぅ」
という声とともに、つきみさとも後へと続く。
師走には不似合いな生暖かい風が吹いた
風にのって「まってよ、うなちゃーん」という声が聞こえた気がした。
え…いまの…うなちゃん?
私の後から降りてきたの?
確かめようと思って鞄をどけると、自分が尻もちをついているその場所は、
坂の下であった。
のぞき込もうとした横手には茂みなど存在しない。
舗装された広い通路、広場のような中央通りにぽつんと座り込んでいた。
人影は疎らであったが、尻もちをついている姿が急に恥ずかしくなり、
慌てて立ち上がったが、今度は前に転んでしまった。
最悪である。
膝を派手にすりむいてしまった。
こんなの小学生みたいで恥ずかしい…
立ち上がれずにいると「大丈夫っすか?」と声をかけられた。
パンクファッションに身を包んだカップル
うわあと思ってしまったが、二人は親切であった。
「ひーちゃん、絆創膏もっているよ」
彼女の方のポーチからは絆創膏どころか、なんだか色々と出てきて膝の擦り傷はガーゼの下へと隠された。
「保険センター行きますか?あれ、今は閉まっているのかな?」
バス停に行くのでもう大丈夫です。と言ったが、足をくじいたのかよろけてしまった。
結局、二人はバス停まで付き添ってくれた。
「じゃあ、気を付けて」とバスに乗り込む私に手を振ってくれる2人に、見かけで引いてしまったしまったことを心の中で謝った。
悪いことは考えるものではないな…
手を振り返したときに、右の手首から数珠がなくなっていることに気が付いた。
なんとなく、鞄を見ると
うなちゃんから貰ったばかりのお守りとクリスマスの飾りも消えていた。
早速落としてしまったらしい。
窓際の席に座って鞄を抱きしめる。
結局、何がどうなっていたんだろう。
うなちゃんって聞こえたのが、気のせいじゃなかったらどうしよう…
いますぐにスマホを取り出してLINEでも送ればいいのかもしれないけど、
確かめて、はっきりさせるのが怖い。
家に帰ったら、実家についてお母さんに「どうしたの?突然帰って来て」と迎えてもらったら、
そしたら、うなちゃんに連絡しよう。
そう決めると、瀬名は目を閉じた。
sheとheの配信より
今でこそオカルトに懐疑的な一色(いっしき)であるが、小学生のある時まで、彼はオカルト礼賛少年であった。
幽霊も呪いもUMAも宇宙人も異世界も魔法も何もかも、本当にあればいいのに、あってほしいものはあるに決まっていると思っていた。
彼の考えがコペルニクス的転回をみせたのは、
ある夏、こども会のキャンプでの出来事が契機だった。
森林アスレチックにカレー作り、花火、昆虫採集と遊び尽くしてからの就寝消灯
ぐっすり眠っていた一色少年は、真夜中になぜか目を覚ましてしまった。
「ここはどこだろう」とぼんやり考えるのが先だったか、
耳が異様な音を捉えるのが先だったのか…
あたりには金属を打ち付けるような音が響いていた。
カーン、カーン…
風の音とか気の音ではない、明らかな金属音
丑の刻参りだ
一色少年は瞬間的にそう悟った。
汗が噴き出る。
もしかしたら、もう少し違うものもちびり出たかもしれない。
カブトムシをゲットしたあの時
奥の方に古びた神社があったのを思い出した。
あそこで、いま…
びっしょり全身にかいた汗が徐々に冷えていく
震えが湧き上がり、がたがたと歯と歯が打ち鳴らされる。
金属音が途切れた
気付かれてしまったのだろうか?
音を立ててはいけないと思うのに、歯の根が合わない
もう一度、ひどく近くで金属音が響いた…
…あれ?
なんだか、近すぎないか?
勇気を振り絞って、タオルケットから這い出した一色少年は、
先ほど捕まえたカブトムシが、かごの中の空き缶を突きまくっている姿を目撃したのだった。
明けて翌日、一色少年は友人たちが「夜中に変な音を聞いた」と話しているのを耳にした。
「それカブトムシの音だよ」と言いそびれてしまった。
すると翌々日、友人たちが「丑の刻参りみたいな音を聞いた」と話しているのを耳にした。
夏休み明け、友人たちが「白装束の女が歩いていくのを見た」と話しているのを耳にした。
2学期の終わり、インフルエンザで学級閉鎖になったのは「丑の刻参りを見た呪い」になっていた。
なんてこった…この一連の出来事によって一色少年の世界はひっくり返ってしまったのだった。
「はーい、heちゃんもこども会に入っていたよ!
こども会ってラッパを吹く集まりだと思っていたんだけど、キャンプに行ったりもするんだね!!」
「heちゃん、【地元特定されちゃうよ】ってコメント来てるよ。
なんか、法被とかワッペンとか詳しく話しちゃだめらしい」
「りょ」
話を戻しますね。
今日は、追いかけっこをする幽霊
追いかけっこというか、
逃げる幽霊とそれを追う幽霊の噂話です。
最近、学校でちらほら聞くんですよー
構内の薄暗い坂道、ここを下っているとですね…
いつまで経っても下に着かない
あたりがいやに暗く感じる…
すると、道を外れた茂みの中を何かが駆け抜けていく…
「待ってよ…ずるいよ…ちゃんとわたしを入れてよ…」という女の声と
「待たないよ」という女の声
気になるからって、茂みに踏み込んだり、話しかけたりしたら…だめですよ?
黙って、何も見ないで真っすぐ道を下っていけば、いつもの道に戻れますから。
「『狐に化かされて道に迷う』って昔話があるけれど、リング・ワンダリングっていって方向感覚を失うと、真っすぐ進んでいるつもりでも、その場でぐるぐるまわっているってことがあるんすよ。
あと、学校猫が移動して茂みががさごそなっていることもあるし、
位置関係的に、下の学部棟あたりの声が響いてくることもありそうっすしね。
まあ、常識的に考えて、道から逸れた茂みとかあぶねえっすから、
オカルト好きだからって、むやみに突っ込むもんじゃないっすよ。
それにしても、うちのばあちゃんの千枚漬けは最高」
学生生活課 大谷の仕事
学生生活課の仕事は学生生活全般のサポートから、外部から学生へのクレーム対応まで多岐にわたる。
ちくしょう、この野郎とか、このガキどもとか思うことも多々あれども
基本的にはかわいい良い子たちだと思っている。
特に、自分の子供が中学生くらいになった頃からであろうか、こどもの未来の姿を重ね見て、学生たちに対して肩入れするようになってしまった。
昨日からお守りばかり落ちている構内にうんざりしながら、
事務室に戻った大谷は、一息つく間もなく、飛び込んできたすごい姿の学生の言葉に飛びあがることとなった。
まずは飛び込んできた学生のボロボロのワンピース姿に「すわ、事件か」と肝が冷えた。
一連のプロセスが頭を駆け巡る。
最悪のケースであっても、今日と言う日ならば、まだぎりぎり…と一瞬で算段を付けたところで、
あちこち破れた服のその学生が「人を突き落としてしまいました」とつっかえつっかえ言葉を絞り出した。
人を突き落としてしまいました…
「どこからですか!?」
突き落としたという場所が、どこぞの建物の上階ではなかったことに安堵しつつ、
「こっちです」と先導する学生の後に続く
先ほどは女子学生だと思ったが、この子が男の子であることに道中気が付いた。
この子、真くんじゃないの
全ての学生を把握している訳ではないが、諸々の手続きでやり取りが多いため顔と名前が一致する学生もいる。
彼もその一人であった。
珍しい名字というのは、ことさら記憶に残るのだ。
「ここから、わたし…人を突き飛ばしてしまって」
ここと示された場所は、道の脇の急な傾斜地だった。
のぞき込むが誰かが倒れているかはよく分からなかった
「誰かいますか!?」
呼びかけにガサガサという枯れ葉を動かすような音と小さな声らしきものが聞こえた。
真くんがびくっと肩を震わせる。
もう少し下を見渡せそうな場所へと移動する。
見えた!
樹々の間から、誰か…長い黒髪の女子が倒れている。
「鰻池さん!?」
後から考えると顔も見えていない、この状態でなぜ倒れていた人物を鰻池雛だと思ったのか分からない。
でもこの時はするりと名前が出てきたのだ。
大丈夫ですか、鰻池さん!と呼びかけると、その人物は倒れたまま弱弱しく片手をあげた。
意識はあるということかな、でも返事が聞こえない。
一人では彼女を運べそうにないので、業務スマホで応援を呼ぶ
わっと泣き出している真くんもなだめる
「落ち着いて、真くん」
真くんが涙を流したまま私の顔を凝視する。
「あの…いま、わたしのこと」
「真くんでしょう?
私、奨学金の手続きとかで、真くんとは何回か会っているのよ」
そうなんです。わたしは…ぼくは…真なんです。
わあわあ泣き出してしまった真くんに気を取られていた時間は、そう長くはなかったと思う。
でも、彼をなだめて、鰻池さんのもとへと駆けつけた時、
確かにそこに倒れていたという場所には、誰一人いなかったのだ。
なんとなく、枯れ葉が人型にくぼんでいるような気がするが…
「どこに行っちゃったの!?」
人っ子一人いない
ペットボトルとかお菓子のプラ容器がまばらに落ちている
そして…あら、こんなところにまでお守りが落ちているの
半分破れたようなそれは、落とし物というかゴミの一種であると認識して、
大谷の意識からは締め出された。
それよりも、いなくなってしまった鰻池さんである。
応援にきてくれた同僚と顔を見合わせる。
真くんは、まだ泣いている。
女子学生による23日の証言
わたし、あの騒ぎがあったアパートに住んでいるんですよ。
しかも同じ階です。
友だちと夕ご飯を食べて帰って来たら、扉の前で大勢で無言でスマホいじってるんです。
20時くらいだったかな?
まじ、じゃまでした。
私の部屋、あの部屋の奥なんですよ。
あんなに広がられてたら、通りにくいじゃないですか。
普通、気が付いて退くでしょう?
全然気が付かないんですよ。
瞬きしてます?ってくらいにスマホぽちぽちしててさ
あのLINEの爆撃、あの人たちなんでしょう?
「どいてよ」って言おうか迷ったんですけど、
なんか異様だったから、話しかけたくなくって…
誰かに泊まらせてもらおうかなって諦めかけた時に、来たんですよ!
ピザ屋さん
あの部屋が注文していたみたい。宅配ピザなんて贅沢。
それで、ピザ屋さんもドン引きしてたんですけど
あの部屋の人が、突然普通にピザ受け取って、すーっと部屋に入ってピザ置いて戻って来てまたスマホぽちってるんです。
私?
ピザ屋さんのおかげで隙間ができたので、ささって通り抜けました。
その後、私のところにもキモイLINEが届いてましたよ。
まじ、最悪です。
それで、部屋に入って2~3時間くらい経ったかな
コンビニ行こうと思って、ドア開けたら…まだやってたんですよ!
私の地元に比べれば、全然冬とは言えないけど、12月ですよ。
寒くないの?あんたたち?って思いましたね。
スマホいじってるだけなら、中でやれよ。
まじで、きも!!ってすぐにドア閉めました。
それからすぐかな、救急車と警察が来たの。
あんなに近くで見たの初めてです。
倉戸は事実を述べただけである
クリスマスが終わった…
明日も明日で土曜日という戦場が待っているのだが
クリスマスを無事に戦い抜いたという高揚感よ
老舗ホテルのラウンジスタッフである倉戸のもとには、今日も今日とて後輩のうなちゃんがお泊りしている。
本日は帰宅早々に就寝…した途端に、電話が鳴り響いたのだった。
率直に言って無視したい。
非常識な時間である。
しかし、こんな時間にかかってくる電話というのは非常事態であるともいえる。
しぶしぶと起き上がると表示されている番号は、職場のそれであった。
「はい、倉戸です
うなちゃん?私の隣で寝ていますが?
いえ、本当に
…はい
はあ!?
ええー、…うなちゃん、夕方からずっと働いていましたよね。
はい、実家に電話してもらえばいいんですね。わかりました。」
通話を終えた倉戸は、着信音と続く会話をものともせずに眠り続けている後輩を揺さぶった。
寝ぼけ眼で起き上がった後輩に向けて倉戸が告げる。
「うなちゃん、よく聞いて
うなちゃんが12月25日、夕刻、大学構内で崖下に突き落とされて行方不明だそうです。
お心当たりはありますか?」
「はあ?」
「ある訳ないと思いますので、まずはご実家に電話をかけて下さい。
お母さんが心配しているそうです」
鰻池雛には心当たりは何一つない
いえいえ、突き落とされていませんよ。
そうですね、ゼミ室までは行きましたが…
普通に行って、普通に帰りました。
ああ、帰ったというかバイトに行って、大忙しだったのでスマホ見る余裕がなくてそのまま眠ってしまって。
あのなんで私が突き落とされたということになっているのでしょうか?
はあ、倒れていた私を目撃
突き飛ばしたという子も私を突き飛ばしたと言っている…
あ!
待ってください!!
その日、私よりちょっと早い時間に女の子が1人でその道を通っているんです
あの、瀬名ちゃんっていう子なんですけど
あれ、あ…すみません。
瀬名ちゃん無事に帰ったってメッセージがきていました…お騒がせしました。
【無事に実家に着いたよ!うなちゃんのお守りのおかげかな、ありがとう】
【また休み明けにね】
小鹿、バイト先にて
お人形のポイントをどこに置くかは人それぞれだと思うのだけど、
小鹿は断然、髪の毛である。
瞳とか肌感は、心をこめて作れば、ちゃんと心がこもったものになるのだけど
どうにも髪の毛だけは思い通りにいかない。
自分のものを使ってもなんだかしっくりとこない。
これは小鹿にとって、とても大切なことであるので、彼女のポリシーに則って誰かに相談するということはできなかった。
口に出してはいけないのだ。
バイト先のホテルに月見里なる女がやって来た時、レストルームでそいつと鉢合わせたのはただの偶然であった。
月見里は慌てていたが、小鹿は別に気にしなかった。
こんな、誰でも入ってこれるような場所でやっていることは、秘密でもなんでもない。
小鹿にとって大したことではないし、翻って、そいつにとっても大したことではないのだ。
だから、さっさと立ち去ろうとしたのだが、呼び止められてしまった。
その時、月見里が持っていたバカでかい鞄の中にソレが見えたのだ。
「それ!!」
びくりと肩を震わせた女に小鹿は詰め寄った。
「その首、すごくすごく素敵です!
どうやって作るのか教えてください!!」
頭のことを首っていうのおかしくない?と思っていたのだが、
するりと出てきた言葉はこれだった。
あ…口にしちゃった……
やばい、失敗したかも
青ざめる小鹿に月見里はぎこちなく笑みを浮かべた。
「これ?」
手に取ったソレを使った早変わりは変身のように見事だ
小鹿は感心した。
「髪の毛の付き方が本当にいい…私の理想です。
教えてもらえませんか?」
一度、口にしてしまったのだから、ダメでもともとだと小鹿は言葉を重ねる。
すると、首をかしげた月見里はこう言った。
「いいですよ…
ただし……」
小鹿は一も二もなく頷いた。
そして、小鹿にとってのどうでもいいことは、いつも通りに様々な人に伝えるのだった。
真は誰かに気付いてほしかった
まこととの同居が始まって数か月
シェアハウスの住人は未だ増えないままであった。
大家さんのお眼鏡にかなう人がいないとのことであったが、早く誰か増えてほしい。
この際、女子が増えるのでもいい。
大家さんは旦那さんとマンションに住んでいるとかで、いつもいつも洋館にいる訳ではなかった
特に6月になってからは、用事が立て込んでいてしばらく戻れないと連絡があり、
実質的にまことと真の2人暮らしのような有様であった。
そんなある日、まことが「真はコスプレしたことある?いっしょにやろうよ」と言い出した。
興味がないわけではないが、そこにかける金はないと断ると
全てまことが持つと言う。
それなら…と流されてしまったことから、女装コスにまで行きついてしまったのであった。
女装コスが板に付いてきた頃、とあるイベント会場にて知り合いがいることに気が付いた。
かつて同じ寮に住んでいた先輩である。
彼女は女子寮、こちらは男子寮で、特に交流があったわけではないので、知り合いというのはおかしいかもしれない。
鰻池という初めて聞くタイプの名字だったから、一方的に顔と名前を知っているのだ。
「UNACHAN先生」とまことが黄色い声で話しかけているのを横目に、鰻池さんもこっちの人だったんだと軽い驚きを覚える。
去り際、鰻池さんとかちっと目が合った。
きらきらしい純粋な好意の視線に面食らったけれど、ただそれだけ。
「UNACHAN先生は眼鏡フェチ」とかいうまことのどうでも良い言葉を聞き流しながら歩きだすと
後ろから鰻池さんの独り言が聞こえた「よし、ちゃんと片付けて頑張るぞ」
ただの独り言、自分に向けられたものでもなんでもないが、
なんとなく、その言葉が心に残った。
やっぱり、他の家を探そう。
まことともちょっと距離を置きたい。
大家さんに「申し訳ないけれど…」とメールを打った
その晩のことである
確かに施錠した筈の部屋で、まことにのしかかられたのは…
学生生活課 大谷は困惑している
「鰻池さんを突き飛ばしてしまった」から話がぐるぐると回って、たどり着いた先は
「夏休みの終わりにシェアハウスの同居人を殺してしまった。
遺体はバラバラにして冷蔵庫に入れて少しずつ処分していた」であった。
同居人もこの大学の学生で月見里という女子とのことだった。
職員同士で顔を見合わせる。
月見里なる学生の学生証の履歴を調べると夏休み明け以降も動きがあるが、
真は「それは自分が使っていた」と言い張る。
途中で23日のLINE騒動に話が飛び火したのだが、打って変わってそちらは「知らない」の一点張りであった。
これは、もう自分たちの領分を越えている。
仕方がないので、簡潔な3つの数字を打ち込み、電話をかけることにした。
真はようやく安心できた
警察にお世話になる日がくるとは思ってもみなかったが、
2人の刑事さんは、それぞれ優しかった。
まず鰻池さんが無事であるということが分かり、真はほっとした。
まことを殺してしまった日から、記憶が曖昧になることがあったが、ここ数日は特にひどかった。
ただ、鰻池さんを追いかけている最中、ふと我に返ったのだ。
こんなところで女の人を追いかけまわしているなんて、冗談じゃない。洒落にならない。
とにかく、止まって、逃げ…いや、謝らないと
そう思ったのに、勢いづいた手は彼女を突き飛ばしてしまっていたのだ。
本当は、もっとずっと早くにばれると思っていた夏休みの人殺しについて、とうとう自分からばらしてしまった。
大学の職員のおじさんおばさんの愕然とした顔
その顔を見たとき、真はようやく安心できた
もう訳の分からない演技をしないでいいと肩が軽くなり、
憑き物が落ちたように思考がすっきりとしてきた。
自分は、なんなら初日に「何やってんの、真?」とバレることを期待していたのかもしれない。
大学のおじさんおばさんには流石に言えなかったことも、刑事さん達には素直に話すことができた。
「殺してバラバラにした後、冷蔵庫の遺体は少しずつ食べて処分していました。
まだ結構残っています」と。
なのに、3人目の刑事さんが部屋に入って来て言うことには…
「まことが生きている?」
月見里まことの実家に確認すると
「娘は夏休みの終わりに突然帰って来た。
彼氏と喧嘩をしたと言っていた。
彼氏につきとばされて頭を打ったけれど、先に乱暴をしたのは自分だから
お互い様だ」との証言がとれたというのだ。
「あの、心臓が…動いていなかったんですよ!」
あと頭からも血が出ていた。
「心臓が動いていないってどうやって確認したの?」
「こう、胸に耳を当てたり、脈をとったりです…」
「脈拍の確認って結構難しいんだよ。気が動転していたなら尚更勘違いするかもしれない」
「でも、あの…僕はその後」
遺体を…
仮にまことがあの時、生きていたのだとしても、
あんなにしたなら、その時に…
「じゃあ、一緒に見に行ってみようか」
刑事さんの一人がそう言った。
パトカーなのかと思ったら、普通の車でほっとした。
道中で「男の子でも被害者になることはある」「その時は平気だと思っていても後から心の傷がぶりかえすこともある」等といったことを優しく話される。
見当違いも甚だしいが、ぼんやりとした警察のイメージとは違って優しい2人であることには違いなかった。
今日も大家さんは不在のようだ。
まことがいる訳もないから、洋館のなかは当たり前だが静まり返っていた。
キッチンの冷蔵庫は共用だからかなり大きい。
刑事さんが「でっかいなあ」と感嘆の声をもらした。
「業務用なんですって、たくさん入りますよ」
それこそ人が1人余裕で入ってしまったのだから。
「あの、開けるの…お願いしていいですか?」
はいよと軽い返事とともに、銀色の扉が開かれる…
「え……、いない……」
ぎっしりと詰め込まれたタッパーをかき出す
詰まっているのは、スコーンやサンドイッチ、ケーキ……
下段には大量の赤いジャム
いちごと大家さんの薔薇ジャムもあるかも、ああ、いやそんなのはどうでもいい
「なんで、ないんだよ!?」
冷凍庫も開け放つけど、同じようなタッパーが重なっているだけだった。
その後、僕は家中をひっくり返して探し回った。
鍵の開いている場所や、鍵が取り出せる場所はすべて探した。
刑事さんたちは、そんな僕に辛抱強く付き合ってくれた。
ようやく、この家のどこにも、あの遺体がないということを僕は事実として受け入れた。
「だからね、月見里まことは生きているんだよ。
つまり、君は彼女を殺してなんかいないってことだよ。」
「死んでいない、あれで…?
僕は、殺していない…?」
さきほどの心の傷があとからぶり返すこともあるとかなんとかの話しが繰り返されて、
警察の相談窓口とか、学校のそれとか、刑事さんの名刺とかまでもらって、
そうして、これは事件でもなんでもないと終わりになった。
気が動転した僕は、気絶したまことを死んでしまったと勘違いして、
まことが出て行ったことにも気が付かず、すっかりおかしくなって、
彼女をバラバラにして調理して食べるという妄想にとりつかれていた。
そういうことらしい。
持っているつもりだったまことの学生証もなくなっていた。
ぜんぶぜんぶ僕の頭の中だけの出来事だった…
でも、本当に?
アフタヌーンティーのご予約はお一人様から承ります
年が明けて、月も改まる頃、
アルバイト先のホテルラウンジのアフタヌーンティーがお一人様対応を始めた。
英断である。いや、経営的なことはよく分からないけど、ぼっちな私には朗報である。
早速、お一人様のご予約が入っている。
お名前は月見里さま…
ううむ、クリスマスにかけての出来事を思い出してしまう。
ちょっと緊張していたのだが、予約の時間に現れたのは例の月見里さまではなくて、小鹿ちゃんであった。
今日も可愛い、そして荷物が大きい。
やっほうと小さく手を振ってくる小鹿ちゃん
違う名前で予約していることは、まあ別にいいか。
個室希望の小鹿ちゃんをご案内すると、扉がしまった所で
「うなちゃんのバイト先、ここだったんだね!
私、ぬいどりみたいなのしているからびっくりしないでね!」と声をかけられた。
「小鹿ちゃん、ぬい持っている人だったんだね。
お茶とか私が運んでくると思うから、楽しみだなあ」
「えへへ、お披露目初めてだよ」
はにかむ小鹿ちゃんは可愛かった。
お運びしているチョコレートフレーバーの紅茶の香りも素晴らしかった。
しかし…、デフォルメのきいた柔らか素材なぬいぐるみをイメージしていた私は、めちゃリアルなドールに「ぴぎゃ」と叫んでしまうのだった。
ティーコゼーの模様に目線を落として、いったん心を落ち着かせることにする。
モノトーンの薔薇の数をひーふーみーと数えて13本目くらいでようやく気持ちが落ち着いた。
やや長くかかってしまったのは、なんていうか、ものすごい迫力の人形だったからである。
だというのに、小鹿ちゃんは朗らかに話しかけてくる。
「この子どう思う?」
「なんていうか…すごくリアルだね。
えーと、どことなく小鹿ちゃんに似ているような?
髪形とか、冬休み前の小鹿ちゃんにそっくりだね。」
「うん、心をこめて作っているからね」
黒と銀のレトロなカメラを構えて、小鹿ちゃんの唇がニイッとつりあがった。
ご満悦ですな。
微妙にずれたコメントは、マニアの人にはよくあることだから、まあ別にいいか。
それでは、ごゆっくりお楽しみください。
私は静かに扉を閉めた。
「倉戸さんたちにドールのこと言っておかないと!」
このままだと悲鳴を上げる従業員が出かねないので、ご注進に走るのであった。
冬休み明け、人が変わったように皆のキャラクターが変化していた。
小鹿ちゃんもその一人だが、
まあ、20歳そこそこの学生ならよくあることだよね。
いつかの大学構内にて、誰かの会話
「あれ、真じゃん」
「一色」
「あれはもうやんないの?『わたしのこと分かりますか?』っての」
「やめてくれよ」
「あー、なんか、ごめんな。もう言わんよ。」
「一色さ、前に動画で…血の跡が光るっていう実験やってたよな?」
「ルミノール反応?やったよ大根で」
「あれってさ、普通に買えるの?」
「amazonで余裕」
「…ネットじゃなくて、その辺の店は?」
「その辺の実店舗?うーん、ハンズとか…自由研究コーナーとか…ああ、科学館とかにはあるかもな」
「そっか、みてみるわ」
「なんだよお前履歴に残せないようなことやったの?
うわ、冗談だよ。怒るなよ
え?
昔の血液にも反応するかって?
なんか、上手くいけば数十年前のやつも反応が出るってさ」
「そっか、サンキュ」
「どういたしまして」
つまるところは…
怪異はあなたのすぐ近くにあるのかもしれない
けれど、あなたがそれに気が付かないのならば
あなたの世界は平穏であることでしょう
おわり
【第1話】
【第2話】
【第3話】
前回の話【第4話】
本作 【第5話】
【あとがき・登場人物紹介等】
※2026.4.17 一部加筆いたしました。
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あらたなレーズンサンドっぽいものを探しに旅立ちます