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【創作怪談】アフタヌーンティーのご予約は2名様から承ります【第1話】

<あらすじ>
「その客は、一人二役。本当は一人だけだよ」

眼鏡を愛する大学生、鰻池雛の平穏な日常は、バイト先に現れた謎の女子大生・月見里によって軋みをあげる。

大学を席巻する不可解なLINE爆撃と、次々に倒れていく学生たち。

華やかな少女の「秘密のポリシー」と鏡合わせのように現れたのは「人ならざるもの」なのか。

「わたしのこと分かりますか?」

「お人形をなおしたい」

「名前を言い当てることが鍵」

「関わらないのが一番」

正しい選択は存在するのか、それさえも曖昧なまま

クリスマスの煌めきの裏で、名前と顔を失ったのは誰なのか。

あなたがそれに気が付かないのなら、あなたの日常は平穏なままでしょう。
例え、怪異がすぐ隣にあるのだとしても…



そして誰もいなくなった…訳ではないけど友人はいなくなった

昔からこうなのだ。
そう子供の頃からのことである。
仲良くなった友達や「この子とは気が合いそうだな」と思った子は、暫くすると引っ越してしまうのだ。
文通から始まって今ではLINEに引き継いだやりとりが続いている子がほとんどなのだが、
とにかく目に見える範囲、日常の生活の中に心許せる大親友はいない
…あるいは、いてもすぐに物理的な距離ができてしまう。
そんなことばかりだった。

地元を離れて、隣県の大学へと進学した時、
最初の住まいとして学生寮を選択したのは偶然だった。
後期試験の合格発表を見てからの物件選びがタイトだったので、
「とりあえず寮に入って、それからゆっくり吟味しなさい」という母親の勧めに従ってのことだったのだ。

その寮で友人が何人もできて、先輩も気の良い人ばかりで実に幸せな日々を過ごしたのだが…
進級につれてキャンパスが分かれたり、
別大学への転入、留学、卒業、駆け落ち等々が立て続けに起こり、
最終的に寮自体が閉鎖になり
気が付いたら私はぼっちになっていた。

講義等で行き会えば話をする知人はいるのだが、
約束をして遊んだり、部屋を行き来したりする友人と呼べる相手はいない、みたいな…慣れ親しんだ状況に逆戻りしてしまったのである。

アルバイト先はホテルラウンジ、アフタヌーンティー始まりました

アフタヌーンティーは予約制となります。
前日までにお申し込みください。
1組2名様から承ります(3名様、5名様等の奇数でのお申込みは可能です)。
アレルギーをお持ちの方はご予約の際にお申し出ください。云々…

「何度読んでも、ぼっちには厳しいシステムだわ」
アルバイト先のホテルラウンジがアフタヌーンティーを開始した。
素晴らしいことである。

パリッとしたスーツに身を包んだスタッフ
老舗ホテルの貫禄漂うレトロでクラシックな趣きの館内

薫り高き紅茶、珈琲、こだわりのソフトドリンク
きらびやかなティースタンドにはマッチョなシェフ中島さんと板さんみたいな外見のパティシエ紺屋さんが手がける繊細で美麗な料理の数々が宝石のごとく鎮座ましましている。
見た目の美しさだけではなく、味わいも抜群の自慢の一品である。

現在、近隣美術館とのコラボレーション企画による限定メニューを提供中

私の胸をときめかせるために存在しているような空間である。
惚れ惚れしてしまう。

パリッとしたスーツに身を包んだ自分がスマートに給仕をこなす姿は我ながら決まっていると思う。
出来ることならば、サーブされる側にもなりたいものだが、親元離れて一人暮らし中の大学生の懐具合などたかがしれているもの。
おいそれとヌン活に手は出せないのである。

何よりも最大の壁「お二人様から」を前にすごすごと引き下がるしかないのであった。

現在時刻は13:00。平日も平日の水曜日

数年前、JKだった頃には想像もつかなかったことに昼下がりのラウンジにはそれなりの賑わいがある。
そして本日もアフタヌーンティーのご予約が数件入っている。
ネット予約は予約を受ける側にとっても便利極まりない良いシステムだと思う。

今日のお客様はお二人様が数組と14時スタートの大所帯が一組

うちのホテルはドレスコードがある訳ではないけれど、
アフタヌーンティーに訪れるお客様はだいたいおめかしをしてやって来る。
大きな声では言えないが、私はこういう人間観察が好きなのである。

最大の見せ場は席に着いてティースタンドがセットされて1時間も経った頃だ。
マジもんのセレブみたいな奥様も、
ママ友集団も
有給使って来ちゃったOLも
皆一様に崩れて盛り上がってくるタイミングはこの辺り

ますます他人様には言えないが大好物である。
守秘義務は守るし、ボッチだから話す相手もいないので許していただきたい。
最近のヒットは職場の同僚らしき二人組の片方が力説していた「時はシール戦国時代なんですよ!」という台詞である。

脳内で「大海賊時代」が湧き上がってきてドリンクを持つ手が震えた。
後ほどググって「ボンボンドロップシール」の存在を知り、街で見かけた行列の謎解明に至ったのであった。

ためになったなあと思ったのはママ友らしきグループによる「起立性調節障害」の解説
10代に多くみられる朝起きることが難しい自律神経の不調とのこと。
怠け者ではなくれっきとした疾患…もしかするとあの子もそうだったかのかなと思い当たることもあって、自分の見識の狭さを思い知るのであった。

趣味で書いている小説の糧になればと日々観察を続けている。
とても楽しいのだが、私が書いているのは転生とかなしのガチ異世界のBLなので今のところ活用できたためしがない。
守秘義務とか倫理の面から見ると活用できないことは幸いかもしれない。

ガラスから差し込む冬の日差しは柔らかい
2Fから見下ろす街の人々は首をすくめて寒さを耐えているが、
空調で暖められた室内は寒さとは無縁で光だけを享受している。

さて、これも数年前には実感がなかったことなのだが、
街は24時間365日休みなく動いている。
朝だけが始まりではないし夕方だけが終わりではないのである。

13:30にはまだ早いという頃になると、遅番の社員さんが出社してくる。
今日のシフトは倉戸さんという黒髪お団子ヘアの美人である。
眼鏡美人である。
眼鏡が大好きな私は当然倉戸さんのことも好き。
某イベント会場でばったり出会って、互いに趣味の物書きであることを知って以来、好きは大好きへと膨れ上がったのであった。

ただイベント会場での倉戸さんが眼鏡でないことだけは頂けないと思っている。
倉戸さんによると眼鏡は仕事のオン・オフスイッチとのことで、オフ時の眼鏡装着については交渉の余地なしとのことである。
無念。

同志よ!と盛り上がって仲良くしてもらっているけれど、
倉戸さんは書籍化実績もある殿上人にして「物書き一本じゃ食っていけない」という現実を教えてくれる先達でもある。
幸いにして倉戸さんとはジャンル違いなので、嫉妬が湧き起こることもない。

ほんの少しの雑談なら大目に見てくれますか、仕事はしていますゆえ

昼だろうが夜だろうが出社の挨拶は「おはようございます」
ビジネススマイルを交わした後で、お客様が途切れるタイミングで倉戸さんがつつつっと歩み寄ってくる。

「うなちゃんの新作読んだよ。新キャラめっちゃ可愛い」
「ありがとうございます!眼鏡キャラのメイキング聞いてくれます」
うんうんと鷹揚に頷いてくれる倉戸さんに私は滔々と語りだす。

目線はお客様が入って来る導線、
1Fから続く螺旋階段およびエレベーターを捉えているので、雑談は大目にみてほしい。
内容も多めにみてほしい。

「我が学校内の女子眼鏡比率の低下は由々しき事態なんですよ」
「うなちゃんBL畑の人なのに、話題は女の子が多いよね」
「男子眼鏡比率は安定していますし、軒並み観察し尽くしたので…
そんなところに彗星のごとく現れたんですよ眼鏡っ娘のまことちゃんが!」

クラシカルなお洋服がよくお似合いの可愛いお顔
でも声は結構低いというギャップ萌えの眼鏡美少女
1日の内に何度も服装が変わったりする不思議ちゃんでもある。
まことちゃんとはこれといった接点がないので、目が合ったら会釈するのが精いっぱいである。
多分養殖の可愛さだと思うのだけど、可愛さは演じるものでもあるので全然OKである、あの「きゅるん」としたところを大いに参考にさせてもらった。
ちなみにフルネームさえ知らない仲である。

お帰りのテーブルのお皿を下げたり、精算をこなしたりしつつ眼鏡…もとい
まことちゃんについてを語りまくる。

元眼鏡男子の道岡さん、妹さんが漫画を描いているらしい

「知り合いレベルの後輩のことで、よくそんなに語れるな」
厨房の道岡さんがジトッとした生温い目を向けてくる。

道岡さんはすっきりした顔立ちの「元」眼鏡男子
数ヶ月前に突然の長期休暇を取ったかと思うと、レーシックを受けたとかで眼鏡まで取ってしまった罪深きおひとである。
コックコートと眼鏡の組み合わせが最高だったのに、なんていうことをしてくれたのでしょう。

道岡さんは妹さんが趣味で漫画を描いている人とのことで、
こちらの世界との距離の取り方が上手くて好感度高めの男子である。
なんていうか、「何をしているかだいたい分かっているけど、自分は中身は見たくありません。」みたいな距離感なのである。

そんな道岡さん曰く
「休みが明けたら、うなが道端の石ころを見るような目で俺を見るようになった」とのことであるが、まったくもってその通りである。

「眼鏡じゃなくて中身を見ろよ」と言われても、何のことだかちょっと分かりません。

レーシックを受けて眼鏡を捨てた途端に、
視力が回復したり、お肌がきれいになったり、ちょっと筋肉がついたり、
あまつさえ顔立ちまで整ったような気がして、
とどめとばかりに彼女もできて同棲しちゃってるような人の言うことなんて何も理解できません。

「そんな広告を出したら道岡さんを恨んでしまう」
「会話をしろ、出さねえし、中身を見ろ」

ぼやきながらの道岡さんによって配膳台に置かれたメニューは「オムライス デミグラスソース」
とろとろの黄色い玉子と赤味を帯びたブラウンが輝く一品です。
スプーンの鈍い光沢も素敵
カトラリーも大好きである。いつか本当の銀食器を使ってみたいなあ。
そんなことを考えながら、オムライスをお客様のもとへと運ぶ。

この芸術品を前に「わあ」みたいなお顔をしてもらえると何だかこちらまで嬉しくなっちゃうのである。

トレイで運ぶ姿が大好きでアルバイトに入りたての頃はひたすらトレイスタイルで運んでいたのだが、指から手首から肩まで痛めてからはワゴン愛好家に転身しました。
ちなみに先輩たちは「ワゴン使いなよ」と最初から言ってくれていました。

そこまでレトロじゃないごく普通の木目調のワゴンを静かに転がし、再び厨房へと戻る。

さて雑談再開だ。

「うなちゃん的に眼鏡をかけてない人間は無価値なわけ?」
倉戸さんがぷるぷる笑いながら聞いてくる。

「いいですかお二人ともこの世には二種類の人間がいます。」
ビッと2本の指を二人の前にかざして続ける。

「眼鏡をかけている人間とかけていない人間です!」
「やっぱり無価値っていうやつだコレ」と笑い出す倉戸さんに待ったをかける。

「いいえ、眼鏡をかけていない人間には可能性があります」
「これから眼鏡をかけるかもしれないという可能性が!」

道岡さんの目が死んだ気がするけど、気にせずに続ける

「そして道岡さんにはまだ老眼という道がありますので、これからのご活躍に期待しております!」

倉戸さんは「打ち切り漫画家かい」と笑い
道岡さんは「俺は老眼になるのか…なれるものなのか?帰ったら聞いてみよう」などというピントのずれたことを言っている。
なんで貴方が老眼になるかならないかを彼女に聞くのか問いただしたい。
これだから眼鏡を捨てた人間は困る。

ワゴンの上から食器を下げて、さっと拭き上げる。
次の出番はいつかなあ。

「そういえば、うなちゃん。アフタヌーンティー社割OKだって。予約入れるなら教えてね」
「え、うなが一人で二人分食べるの?無理じゃないか?」
私がぼっちということは知れ渡っているので、道岡さんがすぐにツッコミを入れる。

「それがですね、ゼミの子たちとちょっと打ち解けられそうで!」
「眼鏡トークで?」
「断腸の思いで自重しております。
その子もバイト先がホテルだったんですよ。
それで、そこもアフタヌーンティーをやっているそうで、あれいいよねっていう話になったんですよ」

同じゼミには親切な子がいたもので、
ギャルは苦手と勝手にしり込みしていた私相手にも諸々の連絡事項をきちんと伝えてくれたりするのだ。
伝達が曖昧になっている割に重要な情報って結構あるから、本当に助かっています。
私は情報の最末端で、ともすれば知らないことさえ知らないままに終わってしまうので、マジで女神です。

先日なんとなくのお喋りの中でバイト先の話題になって、
バイト先でのあれこれをお客様の個人情報に触れない範囲で話したり聞いたりしている内に
「うなちゃん、話してみるとこんなに面白いのね。」との評価を頂きました。

「どんな子なの?うなちゃん2号みたいな子?」
「眼鏡はかけていません」

「眼鏡以外の情報がほしい」
「えっと、ギャルです。そして親切ないい子です。」

「ギャル…うなと会話になるか?大丈夫か?お互いに」

「大丈夫です。小鹿ちゃんは本当にいい子なんです。飲み会でマジゲロした女子を女子しかいない場所でもゲロが付くのも厭わずしっかり介抱していたので間違いありません。」
「ゲロ連呼するなよ」

「…うなちゃん、まさかそのゲロッた女子というのは」
知人の話ですよ。いやマジで知人のことです。

「その子のバイト先ってどこのホテル?」
「駅前のAホテルです。あそこのアフタヌーンティー、高級感があっていいですよね。
そうそう一人でアフタヌーンティーと言えば、小鹿ちゃんからの話しで、一人二役で利用しに来た人がいるっていうのを聞きました。」

「お前らあまり面白おかしく話してるんじゃないぞ」
「あー、気を付けますね…その人のメイク技術がすごいって趣旨の話しだったんですが」
「それでも止めておいた方がいい」
「ですよね、気を付けます」

ホールからは見えない、でもこちらからはホールの様子が分かる、そんな場所でのいつものやりとり

ふいに倉戸さんと道岡さんが入り口へと顔を向ける。
いつの間にか二人は真顔である。

アフタヌーンティーの提供時間は13:00~17:00となります

時間にして数秒だろうか、
我らが老舗ホテルにふさわしいクラシカルでかわいらしいエレベーターが硬質な到着音を響かせる。

流石は先輩たち、私にはよくわからないエレベーターが動く気配を感じ取ったらしい。
虫の知らせ…は違うか、第六感みたいなものが働くのかもしれない。
私も何か分かるものはないかなと、あるのかないのか分からない超感覚でまだ開かない扉を見つめて、「よし複数人が乗っているとみた」とあたりを付けて受付カウンターへと移動、お出迎えスタンバイである。

このエレベーター、今時珍しい外観をしていて、とっても素敵なので乗り込みたくなるお客様が多いのだが、
その古さにふさわしくとても小さい、二人乗るとそれだけで手狭感が出てしまうのだ。

「かわいいー、でもきつーい」と出てくる女性数名をイメージしたのだが、開く扉の向こうにいたのは一人だけであった。ちなみに眼鏡はかけていない。
エレベーターの到着によって空気が動いたのか、ひんやりとした風の流れを感じる。
予想は外れてしまったが、別にどうということもない。

「いらっしゃいませ」とできる眼鏡スマイルを浮かべる私に、
「ここからどこへ行ったらいいかしら」という様子であった女の子がパッと顔を向けて「ああ、あそこが受付なのね」と歩み寄って来る。
ゆるふわブラウンのロングヘア―が柔らかく揺れるさまが良きかな。

同い年くらいであろうか、
10代後半のおそらく学生、
ホテルラウンジには慣れていなそうな緊張した様子
背伸びしたお嬢様風おめかしファッションに合わせたレトロな手持ちバッグ…メアリーポピンズみたいで非常に素敵である。
お茶をするにしては大きすぎる、旅行に行けそうなくらいのサイズであった。

「アフタヌーンティーの予約をしている『やまなし』です」
緊張がそのまま反映されたようなうわずった声、うわずり過ぎてアニメ声になっているのがまた良い。
自分でも何を言っているのかよく分からないけど、良いことが多いのは良いことだから、押しなべて良いのである。

予約一覧表を見た時から気になっていた「月見里」さまのお越しだ!
WEB予約にフリガナ欄を設けておいて良かったねと思うお客様の一人である。
あまりにきれいすぎる名前だとPNならぬATN(アフタヌーンティーネーム)の可能性もあるが、別に実害はないので構いはしない。
数年後にご本人が思い返してじたばたするかもしれないことまで含めてPNと同じである。

ATNは今この瞬間に私が思いついただけの言葉なのであしからず。

「はい、月見里さま。ご来店ありがとうございます
『アートで彩るクリスマスアフタヌーンティー』2名様、個室のご予約で承っております」

近隣美術館の特別展クリスマスアートとのコラボメニューである。
いちごサンタがずっきゅん可愛いのでご期待あれ月見里さま!

それにしても、先ほどからちょっと寒い。
空調調整しないといけないかな…なんて思っていたら、なぜか両サイドに倉戸さんと道岡さんがやって来た。
ぬくもりを感じて良いことですが、なぜ道岡さんまでやって来ますか?
ぬくもり感じちゃう距離感は女子と男子として適切でしょうか?
ラウンジの受付カウンターは1Fホテルチェックインのそれとは違って小ぶりなので、3人だとはみ出してしまいます。

ぎゅうぎゅうの受付も私の脳内も月見里さまには関わりないことなので、
ぷるぷる小鳥のように緊張しながらお口を開かれた。

「あの…、もう1人の友だちが少し遅れてくるのですが」
おうけいです。おーるなっしんぐですとも。

「かしこまりました。では、先にお部屋にご案内させていただきます」
私の慈愛の眼鏡スマイルに月見里さまも釘付けである…
いや違うな…
釘付けの場所が眼鏡でも口元でもなく、もう少し下方だ。

もし月見里さまが殿方だったら、完全アウト
お嬢さんでもややアウトよりのガン見の箇所は、はっきり言ってしまいますと「私の胸」である。

はい、違います。巨乳ではありません。
より正確にいうと左胸のネームプレートである。

私はちょっと珍しい名字をしているので、他の人だったらセクハラ一発退場のレベルのガン見でも許容せざるを得ないと思っている。

いつまでも固まっていてもしょうがないので、視線を引き剥がすべくご案内に移…
移れない
右に倉戸さん、左に道岡さんのみっしり陣形で動きがとれない。

「ちょっとー、道岡さん退いてください」という私の心の声は届かず、道岡さんは微動だにしない。

ささっとレザー風合皮の伝票バインダーを携えた倉戸さんが「こちらへどうぞ」と月見里さまをご案内していってしまったのだった。

二人の背中が見えなくなり、「なんなんですか」と道岡さんに言ってやろうと思ったところに、
がやがやと大勢の話声が響いてきた
ラウンジのある二階への移動手段は、先ほどのエレベーター2基と螺旋階段の二つである。
前述のとおりエレベーターは小さいので、団体さんが一気に全員移動するのは不可能である。

到着音が一気に2つ鳴り響き、みしっと詰まったマダムたちが雪崩出てくる。
やや遅れて螺旋階段からは「この階段急だわあ」「エレベーター待っていればよかったわあ」と息を荒げたマダム第二弾のお目見えである。

「いらっしゃいませ!」
気持ち大きめに声を張り上げるのだが、エレベーター前でお喋り大会が開催されている。

くっ、行くか…

「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」
近距離からの大声に奥様その1を振り向かせることに成功した。
奥様その1の視線が私の顔を捉えた後、上から下まで一往復して、胸元でぴたっと停止する。

あ、やばい。

「まああ、あなた『うなぎいけ』さんっておっしゃるの!?珍しいお名前ね!!」
「どんな字を書くのかしら?鰻の池?初めて聞いた名字だわ」
「変わってるわね」
「そういえば、私の知り合いにも珍しい名字の人がいるわ」

私の名字を起爆剤に収拾がつかなくなってしまった。
どうしたものか

「養鰻業のお家なの!?」
ちがいます
「下のお名前はなにかしら?
ひなさん、可愛らしいわねえ!」
はい、鰻池 雛(うなぎいけ ひな)が私のフルネームです。
個人情報がどんどん明かされていきますね。
もうどうにも止まらない…

大きな宝石の指輪を見ると魔法石だと思ってしまう私はファンタジー好き

マダムたちの大きな指輪を見つめて、「これ絶対魔法が出てくるやつだわ」と現実逃避を始める私
自然鎮火するまで待とうかなと思い始めました。

「いらっしゃいませ、ご予約の黒金さまでしょうか?」
ヘルプに来てくれたのか道岡さんの良い声が響く。

珍しい名前談義で盛り上がっていたマダムたちが吸い寄せられるように道岡さんを見つめて、「ひゃい」みたいな声をもらす。

マダムのお顔がかなりマジ目にぽーっとしているのが解せない。
眼鏡をかけていない云々ではなく、
道岡さん、そこまでの美形とは思えないのだけど、
例の連休明けから彼に一声かけられるとこうなるお客様が続出なのである。

マダムたちこと黒金さまご一行は道岡さんに引き連れられて、
奥の広めの個室へと去っていった。
ぽーっと歩くその様にリビングデッドという言葉が思い浮かぶ。
物の例えだけど。
ちなみに眼鏡率は1/3くらいであった。

さて、道岡さんが行ってしまい、戻って来た倉戸さんが厨房へ入ったので、今度こそ受付は私一人となる。

静かなBGMが流れる中、マダムたちの熱気にあてられて温まった室内の空気がふわりと動いたような気がした。

螺旋階段から一人の少女が現れる。
シンプルな薄手のワンピースで大きなトートバッグを肩にかけている。
光沢のあるシンプルなバレエシューズに包まれた足が静々と私のいるカウンターを目指す。

「いらっしゃいませ」
「あの、月見里の名前で予約してあります。友人が先に来ていると思うのですが…」

今日は私の名札に反応するお客様が続いていたけれど、今度の子はスルーであった。
尤も、全員が気付く訳ではないので、気にするほどのことでもない。

「はい、先にいらっしゃっております。お部屋にご案内いたしますね」
月見里さま同様に私と同じくらいの子であろうか、ボブカットでちょっと低めの声の女の子である。ちなみに眼鏡はかけていない。

先に立って個室へとご案内をする。
動いたせいだろうか、首筋にひやりとするものを感じた。
やっぱり空調をあげた方がいいのかな。

「こちらのお部屋になります」

ドアの向こうは英国クラシックスタイルみたいな素敵空間
つややかな光沢のあるテーブルと
同じ素材の布張りの椅子
こちらの椅子が本当に重くて、座り心地もそこまでは良くないのだけど、とにかく素敵だから±すると+なのである。

さて、個室の中は無人であった。
月見里さまはどこに?

アンティークなコート掛けにはチェックのコート
椅子の上には特徴的な柄のボストンバッグが留め口が緩んだ状態で置かれている。
お手洗いにでも行っているのかな。

お連れ様にメニューの説明をしていると、静かなノックと共に倉戸さんがワゴンを運んできた。

「アフタヌーンティーの準備を始めさせていただきます。こちらウェルカムドリンクとなります。」

赤と白の二層が美しいカクテル風のソフトドリンクである。
是非お友達同士(推定)で乾杯して盛り上がってほしいところなのだが、
お連れ様も「あの…お手洗いの場所は」と去って行ってしまった。

紅茶のオーダーと準備を進めていい旨の許可をもらったので、
粛々とテーブルを整える私と倉戸さん
私一人でもできるんだけどなあ?と思っていると倉戸さんがなんと舌打ちをするではないですか

「従業員通用口のセキュリティ、どうにかしないとな」
「え、奥の階段ですか?」
「そう。避難階段も兼ねてるアレ」
この個室のさらに奥、先ほどの黒金さまご一行の大部屋を越えると、レストルームがあり、
その先にはひっそりと従業員通用口と言う名の非常階段がある。
もっとも従業員にもあまり使用されていないのだけど。

「セキュリティを上げちゃうと、いざという時に避難できなくなってしまうのでは?」
「それはそうなんだけど、好き勝手に出入りされ放題じゃ困るんだよ」
「え?不審者が?いつの間に??」

「不審者っていうかなんていうかまだよく分からないんだけど」
うあああんという様子で額を抑える倉戸さんであったが、
ドア横の擦りガラスの向こうに人影が見えたことでぴたっと口を閉じる。
月見里さまが戻って来たようである。

つま先から足元までナチュラルは作りこむもの

ドアが静かに開かれると冷気が入り込んできたためか、
ぞわっと鳥肌が立った。
コートを脱いだ月見里さまが佇んでいる。
小ぶりなメイクボックスだろうか、淡いベージュのボックスバッグを携えている。
これが入っていたとすると大き目な鞄をお持ちであることも納得である。

彼女よくよく見ると見事なナチュラルメイクである。
「ノーメイクとナチュラルメイクは違うのよ」という教材になりそうな出来栄えである。
それにしても美少女には風まで従うのか、登場時にはいつもロングヘアがふんわり演出をするのもまた見事である。

かわいい女の子二人による「わあ、素敵」「サンタさんかわいい」から始まる撮影大会が見たかったが、
残念なことに二人は入れ違いになってしまったようだ。

月見里さまにお連れ様が見えたことを伝え
「失礼いたしました。ごゆっくりどうぞ」と部屋を後にする我々だが

礼を戻して頭を上げると、こちらをじっと見つめる月見里さまと目が合った。

「何か御用が?」というニュアンスで首をかしげると目を逸らされてしまった。

それでは、ごゆっくりお楽しみください。

静かに扉を閉める。
月見里さまの姿が扉の向こうへと消えていく最後
厚手のカーペットに沈み込む、大きな飾りのついたバレエシューズが目に入った。
キラキラのリボン…
あれはクリップでアクセサリーかな、可愛いなあ。

扉の向こうで食器の触れ合うと音とパシャリという軽いシャッター音が響いた。

続く

次の話 【第2話

第3話
第4話
第5話
あとがき・登場人物紹介等


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asuka@夏休み進行中につき諸々滞っております。 あらたなレーズンサンドっぽいものを探しに旅立ちます

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