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【創作怪談】アフタヌーンティーのご予約は2名様から承ります【第4話】


クリスマス期間のディナーはコース料理のみとなります

木曜日のディナーとくれば、本来は落ち着いているものなのだけど、
クリスマスイヴにはそんなことは関係ないらしい。

お高いコース料理一択のみでもご予約のお客様で満席、
かつ、キャンセル待ちも発生している盛況ぶりである。

そして、張り切って予約してくれたお客様にもそれぞれの事情があり、
キャンセル料100%だとしても当日キャンセルが発生することもあるのである。
ここまでくると、キャンセル待ちの方もキャンセル待ちをキャンセルされて、結果、空席が生じてしまうという悲しい事態になるのだが、
今年は「何時でも構わないので、キャンセルが出たら絶対に連絡して」という猛者のおかげで、満席御礼です。

「黒毛和牛フィレ肉のパイ包み焼きでございます。」
ブランド化を目指している地元和牛です。
早く一目置かれるようになるといいね。

電話連絡、快諾、その後驚きのスピードで到着された黒金さまがパチンとウインクを飛ばしてくれた。器用である。
今夜、道岡さんはホールに出てこないと思うのですが、それでもいいのだそうです。

黒金さまは相変わらずの素敵なお着物である。
そして相変わらず、魔法石と呼びたくなる素敵なアクセサリーを付けていらっしゃる。
翡翠と珊瑚でクリスマスカラーを演出されていて、眼福眼福。

「うなちゃん、今日のオーナメントはベルなのね。いいわねえ『導きの鐘』」
サーヴの際に、名札横のオーナメントが昨日と違うことを目ざとく気付いた黒金さまがそのように仰った。
えへへと愛嬌笑いで返す私、
黒金さまには、かちこちのビジネススマイルよりこちらの方が好ましいかと思ったのである。

話しの流れで、昨日まで私が付けていたジンジャーマンくんのエピソードや倉戸さんのキャンディケイン、赤と白のぐるぐるステッキの意味なども教えてもらった。

ほほう、ためになりますなあ。

ぐるぐるステッキは羊飼いの杖ですか。
確かに倉戸さんは道しるべみたいな先輩であります。
そして、ジンジャーマンくん、君は食べられたくなくて逃げ回るのか…
そんな童話を読んだことがあるような、ないような。

お食事の進み具合を見定めるとか色々な気遣いはあるのだけど、
メニューが一律に決まっていると負担が軽い。
しかし、その負担軽減を吹っ飛ばしてあまりある忙しさである。

「おはようございます」と出勤した途端に始まった怒涛のループ
運ぶ、下げる、運ぶ、下げる、お会計…
「よし、いまだ!休憩に行ってきます!」と銃火が途切れたタイミングで休憩をまわして
また下げる、運ぶ、下げる、お会計…
「いまだ、うなちゃん!30分休憩とってきて!!」
倉戸さんに合点承知と返事をして戦列を抜ける。
休憩室への移動は…うん、無理は禁物、階段はやめてエレベーターにしよう。

さて、休憩室は屍の山であった。
屍とは比喩表現であり、実態は疲れ果てた従業員諸君のことである。

お客様がわんさか押し寄せているのは、ラウンジに限った話ではないので、
どこの部署も同じような戦況なのである。
繁忙期の賄いは、大皿オードブルから各自で取り分ける形式、
いつでも途切れることなく山盛りな所に愛を感じます。

貴重な休憩時間を皆どのように過ごしているのかというと…

「Here’s Johnny!」
斧も怖いが、それ以上に顔がめっちゃ怖い…

ぼろぼろに疲れ果てた心と身体を癒すはずの休憩室は、なぜかホラー映画の連続上映会場と化していました。

なんでだよ、シスターが愛の歌を歌ったり、置き去りにされた子供が知恵を駆使して泥棒を撃退する映画だろう、普通…

新たに休憩室を訪れた従業員が「なんですかこれ!?」と叫べば
その前に休憩室にやってきた従業員が「なんか、早朝勤務の人からスタートしたみたいで…、悪魔祓いから、井戸から這い出るあの女性まで、聖夜が明けるまでノンストップで流すつもりらしいですよ」と説明をする。

一応、本気で嫌がる人がいたら止めるとのことだったが、
今のところみんな普通に見ている。あるいは見ていないか。

「だって、休憩時間30分ですよ。見終わらないじゃないですか!?」
まったくもって、その通りなのだけど、今のところ上映ストップの気配は見えません。

そんなものを流しているせいか、聖夜なのに皆の話題は怪談めいている。

「こういうのってさ、幽霊一体が憑りつけるのって、やっぱり一人だけなのかな」
「別々の場所にいる複数の人間の前に同時に化けて出ることってできないのかなー、幽霊も一人だって考えると、順番に会いにいくしかできないのかな」
「だいたい一人ずつ消えていくよね」
「あいつがヤラれた、次は自分だ。みたいな焦燥感が物語のエッセンスだよね」
「このやられていく順番って幽霊サイドにとっては絶対なのかね、
こいつは手ごわいから、後にしようみたいな臨機応変な対応はできないのかね」

休憩時間を計るタイマーが音を立てると一人離脱
そうこうしている内に、別の誰かが加わって…うーん、ちょっとした百物語みたいかも

リリリリ…

さて、私も戻らなくては

大勢いるから怖くないというのに加えて、心に余裕がないと恐怖も湧かないというか…

怖い話は苦手だと思っていたのだけど、案外平気であった。

ホラー映画も怪談話も怖さの本番は当日の夜

「お…終わったあああ!!」
「24日を乗り切ったぞ!とりあえず今日を生き延びた!!」
満身創痍で今日というイヴの一日を戦い抜いたことを称え合うラウンジ一同

ホテル部門の1日はまだ終わっておりませんが、そこはそれ。
「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!」という名台詞がくりだされるディスプレイを背に
「お疲れさまでした」と職場を後にするのでした。

さて、昼間や人といる時はまったく平気だったホラー映画が夜一人になった途端に恐怖の記憶に様変わりしてしまう現象、お分かりいただけるだろうか?

夏休みに怪談本を読んでいた小学生の時からまったく進歩していない気がするが、そういうことである。
壁に背中をくっつけて背後の隙間を埋めておかないとトイレまで行けなくなっちゃうあの現象です。
お布団から足を出していると引っ張られそうで怖くて、暑くても全身ぴちっとくるまっている現象でもあります。
するよね、そういうこと?

挙動不審な私を見かねた倉戸さんから「もう、今日も明日も泊っていきなよ」とのお声を頂きました。
嬉しい。
「白と黒も、うなちゃんはしばらく泊った方がいいって言っていたし」
「なんと、ワンちゃんニャンちゃんに招待されるなんて生まれて初めてかもしれません」
本当に二匹は天使である。飼い主は女神様。

どんなに疲れ果てていても、仕事帰りにお花を買うことを欠かさない道岡さんによって、今日も我々はお花屋さんに来ています。

「LINEはあの後落ち着いたの?」

そういえば…忙しすぎたのと、休憩室が意味不明すぎたことで、スマホに全く触っていなかった。
道岡さんの様子を伺うと、まだお花を吟味しているところであった。

もう暫く時間がかかるかな

とりあえずホーム画面を開いてみたが、昨夜のような異常事態にはなっていなかった。
もちろん、スマホから謎の霊が這い出てくることもなければ、
自分からの着信もナシ。

「大丈夫そうです。
あのLINE、他の学生にも同じようなのが届いていたみたいで、講義室がざわざわしてたんですよ」

ガーベラ、トルコキキョウ等のお花を無造作に右手に持った道岡さんがやってくる。
お会計が終わったようである。

道すがら、一色さんのお話も加えて昨日の顛末を二人にお伝えする。
昨日以上に遅い時間であり、疲れ具合も昨日以上なのだが、
ランナーズハイみたいな高揚感に包まれている我々は、今日も城址公園のライトアップを見て帰るコースを辿る。

心なしか、昨日以上にムーディーな雰囲気である。
イヴの効果であろうか。
職場の3人組である我々にはムードがあってもなくても関係ないので、雑談の中身もムードとはまた無縁のものであった。

「耐久映画上映会は繁忙期の恒例だけど、誰がホラー映画なんて選んだんだ」
「お盆にやるとシャレにならないかもしれないから、クリスマスにしたって小耳に挟んだよ」
「どっちにしても、通しで見ることができる人なんていないのに、どうしてそんなことをするのでしょう」
さあ?と首をかしげる倉戸さんと道岡さん
二人が入社した時にはもう恒例となっていたとのことである。

「私は霊感ゼロだから、いままで『怖!』って思った出来事も全部勘違いとかだったんですけど、お二人は何かあります?」
何故か遠い目をするお二人、横顔がライトアップに照らされて緑色である。

「まあ、ホテルなんかにいると変な話もあるような、ないような…」
「深夜に帰宅なんてしていると、妙な気配があるような、ないような…」
うつろな声である。

「それより、うなちゃんが言う勘違いって何よ?」
「えー…そうですね、この前のお盆に帰省した時なんですけど、夜中に喉が渇いて台所に行ったら、こどもの笑い声が聞こえてきたんですよ。
『きゃぁはぁあ』みたいな、
甲高い、ちょっと変な感じの声」
「こわっ」
「子供の声ってのがまた…怖い」

「空調とか風の音かな、気のせいかなって思ったんですけど、
何度も聞こえてくるので
これはヤバい、
でも本物のこどもだったらそれはそれでヤバいって思って、音のする方に行ってみたんですよ」

「行ったのかよ」
「善良さが沁み出ているけど、行っちゃうのね」
「そしたら…」

ごくりと生唾を吞むオーディエンス

「お父さんの鼻息でした」

「…!!!」

「お父さんの鼻息だって思って聞いても、子供の笑い声に聞こえました。
でも発生源は間違いなくお父さんの鼻。
夜中に外を彷徨う幼児がいなくて本当よかったです」

お二人には割と笑って頂けました。
ついでに昨夜のスマホから現れる霊と謎の声の話しもしたところで、倉戸さんのマンションの前に到着した。

「うな、お守り落としている」
道岡さんの指摘に足元を見ると、身代わりお守り君が落っこちていた。

「君はよく落ちるねえ、ジンジャーマン君はまったく逃げないというのに」
表面を撫でて汚れを払い、もう一度きつく結びつける。
昨晩に続いて2回目である。

「そういえば、お守りっていつが替え時なんだろうね?」
倉戸さんの言葉にちょっと考える。
「初詣の時ですかね、それまでは落っこちちゃっても結びなおしています」
「お守りが落ちるってちょっと不吉な感じがしないか?」
「全然気にしません。手元にある限り守ってくれると思っています。根拠はありませんが」
「おそろしく前向き、まあ『信じる者は救われる』か」

「それはキリスト教じゃない?」
「仏教も同じだろう」
「あ、このお守りは紺屋さんプレゼントなので、神社です。」
「神道はどうなんだろうな?」

道岡さんはなんだかんだで今日も、私達が玄関を無事通り抜けるまで見守ってくれていた。
行動がイケメンである。眼鏡をかけていないことが惜しまれます。

私をご招待してくれた黒と白とご対面
威嚇からのもふもふタイムは定番です。

昨夜の反省をいかして、今夜のまったりタイムのお供はハーブティーにしました。
ノンカフェインがポイントである。

「うなちゃんは明日も集中講義?」
「そうなんです。そろそろレポートにも取り掛からないといけなくて
明日はバイトが終わってから、頑張らないと」
「アパートまで帰るのも結構時間がかかっちゃうでしょう?明日も家に泊っちゃいなよ」
左右に白黒を侍らせた倉戸さまがマジ女神である。

「い…いいのですか?
しろさんとくろさんもOKなのですか?」
ふんと鼻を鳴らすようにお返事をくれる二匹、なんとなく許可を得られた気配がする。
うぅ、お言葉に甘えさせて頂きます。

さて、眠る前に行っておくべき所といえば、お手洗いである。
この重要性、お分かりいただけるだろうか。

意を決して、お手洗い方向、つまり玄関方向へと視線を向ける。

扉が立ちはだかっている。
擦りガラスの向こうの廊下は暗い。

「うなちゃん、その動きは一体?」
壁に背中をくっつけてずりずり移動する私に倉戸さんが唖然としている。

「あはは…今頃になって、休憩室で見たホラー映画の怖さが身に沁みまして」
「ああ、忙しい時って怖さを感じないもんね」

付き添ってあげようか?という倉戸さんのお誘いを断腸の思いで断り、
扉開けっ放し、廊下の照明つけっぱなしの許可を頂く。

ふう、シャワーは帰って来てすぐに浴びたから、まだ平気だったんだけどなあ。

このままでは倉戸さんの中での私のイメージがどんどん幼児化していってしまう。

所用をすませて、素早くリビングへ戻る。
勇気を振り絞って廊下の電気も消して参りました。
倉戸さんに幼児だと思われていても、私は立派な成人ですからね。

「あ、しろさんくろさん、何しているの!?」
リビングでは、しろさんが私の鞄を、くろさんが私のスマホをそれぞれ抱えていた。

「返してよー」とお願いしても、そっぽを向かれてしまう。
くろさんはスマホを下敷きにしてしまうし、
しろさんは鞄をもてあそんでいる。
振動でジンジャーマン君とお守りが震えているではありませんか。

こうなるとしばらく返してくれないとのことで、
「あとで取り返しておくよ」という倉戸さんの言葉に従い、いったん眠ってしまうことにした。

お手洗いに行くのは怖いのに、ベッドに行くのは平気なのかという疑問についてですが、倉戸さんがご一緒なので無問題なのでした。

おやすみなさい。

夢と昔話は荒唐無稽なもの

あけて翌日
今日も午前から集中講義を受ける私でした。

さて、昨晩も妙な夢を見た。
その前の悪夢めいたものとは違うが、引き続きワンとニャンだふるが人の言葉を話しておりました。

黒はスマホに向かって、白は鞄に向かって
「わしらのシマで何しとんじゃ、わりゃあ」とドスをきかせておりました。

え、ガラ悪いんですけど?

着信とは異なる震えを見せるスマホ…NOぉお!画面にヒビが入っているんですけど!?
私のスマホ!!

そしてものすごい勢いで震えるジンジャーマン君と我関せずなお守り君
まあお守り君がジンジャーマン君にぶつかられて、心なしか迷惑そうである。

「おとなしくしとかんかい」
今度は縦に震えるスマホとジンジャーマン君
何これ?

目が覚めた時も、くっきり記憶に残っていた。

ちなみにスマホはまたもや充電器の上、鞄はソファの上に鎮座していました。
スマホにひび割れはありませんでした。心の底からよかった。

朝食時に倉戸さんに切り出してみた
「倉戸さん、一つお尋ねしたいことがあります」
デジャブみたいな台詞
「白と黒のことなんですけど」
既視感ありありの表情で固まる倉戸さん

「この二匹、筋者ですか?」
倉戸さんはコーヒーを吹いてしまったので、
申し訳ないことをしたなあと反省しています。

そういえば、答えは聞けずじまいであった。
まあ、犬と猫に筋も何もないのだけど、妙に気になってしまったのだ。

さてさて、おじいちゃん先生の話しは今日も絶好調に脱線している。
クリスマス当日だけど、教授の話しにも講義室にもクリスマスらしさは皆無である。

「浦島太郎に見られる時間の流れのずれは、物理学で『ウラシマ効果』として知られています。
速度による時間の遅れというSFのような話しですね。
亀が宇宙船だとする説、僕はかなり好きです。
また、竜宮城を異界と捉えることで、現世と幽世の時間が異なるととらえる向きもあります」

基本的に講義の大部分は真面目なおねむな話なので、
脱線は寧ろ眠気防止のための一服の清涼剤でもある。

「また玉手箱についてみなさんどう思いますか?」

変な土産を持たすな。理不尽だと思います。

「理不尽だと思いますよね。」

教授、私の心を読みましたか!?
なんてね、よくある感想ですものね。

「しかし、乙姫は『開けてはいけない』というルールを提示しているのです。
どれだけ理不尽なものであっても、玉手箱を受け取った時点で、明示された条件を吞んだいうことになるのです。
そして、そのルールのもとで禁を破った浦島太郎には老いが待っていると…」

玉手箱を受け取らなければいいのか、それとも条件を聞かされなければ、そのルールから逃れられるのか…
でも、昔話の禁止事項って絶対に破られるからなあ

「雪女や鶴の恩返しの『見るなの禁』の悲しさや奥ゆかしさに比べ、
最近の祟りものは物質的な罰の側面が強調されている気がします。
これも時代の変化を映してのことでしょうかね」

多分だけど、先生けっこうホラー好きなのかな?

それにしても、この講義の雑談は一色さんが喜びそうな内容であるが、
分野違いすぎて…流石に一色さんの姿は見当たらなかった。

山は異界への入口なのだそうだ
集中講義を終えて、私が何をしているかというとファイト一発と
叫びたくなるくらい山を駆けのぼっています。

私の大学が山であることはもうお伝えしたと思いますが、
私の学部はその中でも最も最上部に位置していまして、マチュピチュとか竹田城も呼ばれる天空の城が我等が学部棟なのです。

傾斜が緩やかな中央コースを避けて、急勾配なショートカットコースを選んだことは失敗だったかもしれない。

それでもゼミ室目指して、限界を訴える足を奮い立たせる。

集中講義というものは数日間で単位が取れる代わりに、
みっしり詰まった授業に加えて、課題もしっかりとこなす必要があるのです。

そのための資料が、部屋になかったのである。
取りに行くの週明けでもいいじゃんと頭の中で誘惑の声が響くが、
それでは間に合わない気がする。

「僕はレポートの内容しっかり見ますからね」
教授の眼鏡がきらんと光ったこの台詞、やっつけレポートでは不可をくらう予感がするので、しっかり取り組まないとと身が引き締まります。

それに、ここまで登ってしまった以上、
引き返すのは今までの努力が水の泡になるみたいで、もう引くに引けない。
人間ってこうして深みにはまってしまうのかもしれない。

中央コースは、他学部の建物の間を縫っていく文明的な道だが、
ショートカットコースは右も左も自然に囲まれた獣道と揶揄される薄暗い急勾配である。
いや、ちゃんと舗装はされているのだけど、所々が緑に浸食されている。
時々、がさごそっという音が聞こえると正直怖くなる道である。
大抵が大学内に住み着いている野良猫で、動物は私から逃げていくので、
がさごそ音は逃走音だと思って間違いないくらいなのだけど、
このご時世、熊だったらどうしよう、冬眠しなかった熊だったらどうしようと考えるとちょっと怖い。

そしてこうも思う「熊にまで逃げられたら、別の意味でどうしよう」

標高が高くなって酸素が薄くなってきたのか、とんでもなく苦しい。
「酸素が薄い」はもちろん冗談だけど、上り坂で苦しいのは本当である。
冬でも鬱蒼と茂った木々のせいで非常に薄暗い。

おや、上から誰か降りてくるぞ。

忙しそうに降りてきたのは学生課の職員さんであった。
以前、アパートの鍵を落とした時にお世話になった女性だから覚えている。
大谷さんである。
ちなみに老眼鏡を装備していらっしゃる。

ぺこりと一礼してすれ違う…と「鰻池さん!また落とし物!!」と背中から声がかかった。
振り返れば、お守り君とジンジャーマン君を拾った大谷さんがいる。
「また」と言われてしまった。
大谷さんの中で私は「落とし物の鰻池」になっていることに違いない。
名前もばっちり覚えられていました。

「てへへ、ありがとうございます。」
「気を付けるのよ」
お約束のやりとりをして、再び上り坂と向き合うが、
だめだ、一度立ち止まってしまったら、もうあのスピードには戻れない。

「もう、今日はお守りばっかり落ちているんだから」とぼやく大谷さんとの距離がゆっくりと開いていく。
ほー、お守りの大量落とし物とな。不思議なこともあるものですね。

なんとか辿り着いたゼミ室にて、握りっぱなしだったお守り君とジンジャーマン君を長テーブルの上に置く。

よろよろとロッカーを開けて、必要な資料を鞄につっこむ
スマホ、タブレット、財布に鍵にポーチ等の常備品、連日のお泊りセットに加えて、重量級の資料たち
鞄の悲鳴が聞こえるくらいぱんぱんに膨れ上がってしまった。

これをもって、今度は下り坂か…
ちらりと時計を見る
バスの時間をチェックする

よし、少し休憩できそうだ。

どこにでもお茶がある大学と言われるだけあって、ゼミ室にもポットと急須と茶葉がある。
必要な分だけお湯を沸かして、消し忘れないようにすぐ片付けようとしたところで、

バタンと大きな音を立ててゼミ室の扉が開かれた。
びっくりしてお湯をこぼしてしまうかと思った…

飛び込んできたのは同じゼミの瀬名ちゃんであった。
いつもは見事に巻かれている赤い髪が今日は乱れている。
瀬名ちゃんは入って来た勢いそのままに扉を閉める。

悲鳴を上げるように音を立てた古い木製のドアに寄りかかって、
肩で息をしている。

なんとかガールとかなんとか女子という呼び方はあまり好きではないけど、つい使ってしまう

「瀬名ちゃん?」
名前を呼ぶと、短い悲鳴をあげて、がばっと顔をあげる
なにごと…?

「……うなちゃん」
はい、私です。
妙にびくびくしている瀬名ちゃんをとりあえず座らせて
彼女の分もお茶を入れる。

湯呑を受け取り、お茶に視線を落とすと瀬名ちゃんは微妙な顔をする。

瀬名ちゃんはこの県出身だったかな
地元の人はお茶葉の量がびっくりするくらい多いんだよね。
私の感覚で淹れると「薄い」と逆にびっくりされてしまうのである。

「お茶うすかった?ごめんね」
「ううん、大丈夫。そういえば、うなちゃんは県外の人だったね
逆にこっちの人が淹れると濃すぎない?」
「いやー、濃いっていうか美味しいよ。お世辞じゃなくて本当に」
ちょこっとだけ瀬名ちゃんの表情が和らいだ。

「何かあったの?」と聞いてみると、瀬名ちゃんは明るい山吹色のお茶に視線を落としたまま
「実は、おとといね…」と話し始めた。

「あのね、おととい、小鹿たちと一緒にいたんだけど…
夜に出回った変なLINEのこと、うなちゃんは知っている?

うん、やっぱり届いているよね

ちょっとだけ見たけど、電源OFFにしちゃった?
それ正解だと思う」

「翌朝にはほとんど取り消しされていたんだけど、あれ何だったんだろう?」
首をかしげると瀬名ちゃんがひゅうっと息を吸った
そして吐かずにまた吸う
過呼吸になってしまわないか、はらはらした私は彼女の背をさする。
こんなときに思うことではないけれど、
もこもこのファーベストはお洒落アイテムというよりもお祖父ちゃんのチョッキを思い出させる。

なんとか呼吸が収まった瀬名ちゃんが言葉を続ける。

「あのLINEの出処…私たち……みたいなんだ」

忙しなく組み合わされる指先はきれいに整えられているけれど、ネイルは載っていない。
手首ではブレスレットが鈍い輝きを放っている。
ブレスレットというか数珠である。
ベスト=チョッキと同様にお年寄りを彷彿とさせるけど、これは私の感性の問題であって、実物はおしゃれな数珠ですよ。

クラッククォーツなのかな?
ひびがまた素敵、
真ん中の一際大きな石だけは傷一つなくつるりと輝いている。

瀬名ちゃんは御朱印ガールという界隈の人らしくて、
バッグに山盛りにお守りをつけていたり、
多種多様な数珠を持っていたりするのである。

昨年、地元の小さなお祭りの時にしか出ない御朱印の話しをしたら、
瀬名ちゃんに拝まれたのは懐かしい思い出です。
電車とバスを乗り継いで、本当に行って来たというのでガチ勢なんだと思う。
私は面倒くさがって中々帰らないというのに…

そうだ、もう一つ、最大の重要事項なんだけど、瀬名ちゃんは眼鏡ではありません。残念。

私の思考が脱線している間に瀬名ちゃんの口は滑らかになっていった。

一昨日は小鹿ちゃん宅にて、クリスマスイヴイヴのピザパーティーが行われていたらしい。
お酒は飲んでいたけど1人1缶空いてないくらいとのこと。
「本当の本当、私あれ以来、怖くて1缶以上飲めないから…」
ああ、あのマジゲロ事件…

「それでね、チャイムが鳴ったからピザの追加注文だと思って、ドアを開けちゃったんだよ
その時、小鹿はピザをカットしていたから。

宅配ピザだから、もう切れているんだけどね
小鹿がピザカッター使ってみたいとか言って、なんかすごい切れ味のやつを持ってきたんだよ。
それでマルゲリータをみじん切りにしてたの…」

そういう意味不明な好奇心と行動、わかりみです。
私も先日、駐車場の銀のポールを見ていたら、
その上でくるっと一回転してみたくなって、やってみたなんていうことがありました。
誰もいないと思っての行動だったんだけど、お散歩中のご夫婦にばっちり目撃されていました。
そしてそのご夫婦は最寄りのコンビニのオーナーだったという…
顔を合わせるたびに言われちゃっていますよ。

「でもさピザ屋さんじゃなくて、なんか女の子が立ってるんだよ。
知らない子が」
ピンポン間違い、学生街では割とよくあることである。
表札なんて誰も出してないからね。

「誰?ってなるじゃない。
でも小鹿って、あちこちで友達増やすから、そういう子なのかなーって思って、
呼んだのよ『小鹿ー!誰か来たよー』って
そしたら、小鹿のやつ、ケチャップとチーズでべっちゃべちゃの手にピザカッター持ったまま出てきたんだよ」

絵面を想像すると小鹿ちゃんの姿は結構なホラーかもしれない。

「小鹿はその子のこと知っていたみたいで、名前を呼んだんだよ。
えーと、なんだっけお月見みたいな…」
「つきみさと?」

「それだ!『つきみさとちゃーん』って言ってた。
それで、他の子たちも何かなって感じで玄関の方に出てきて、
『えー、誰?』みたいな空気になったんだけど、
小鹿が『みんなも一緒に考えてよ』って言い出して
名前あてクイズみたいになったんだ…
その子、つきみさとちゃん?
『みんなでいいんですね?みんなは私のこと知っていますか?』ってすごく笑ってて
この子電波かなって思って、
怖くなっちゃったから、ちょっと離れたところで見ていたの」

名前当てクイズかあ『私のこと知ってますか?』と聞かれたっていう一色さんの話しと被るなあ。

月見里まことさんも真くんも実在の一学生なのに、ホラーの登場人物みたいになってしまっているなあ。

もっとも、私もお客様だった二人(一人?)とこの子たちが同じ人だったら、なんか怖くて嫌だなあと思い始めているのだけど。

もうこれからは構内でまことちゃんを見かけても、前みたいにキラキラ見つめることはできない気がする。
目を逸らしちゃうよね。

「だから、はっきりとは分からないんだけど…
その子が『はい、外れです』とか答えてて、
小鹿が割としつこく『もう1回』とか『みんなも考えて』とか言っていて
それで、最後に『もう降参』って言ったんだ。
そしたら、小鹿が突然ばったーんってひっくり返って…

結局ね、先に結果だけ言うと、倒れて頭をぶつけただけだったの。
それ以外に大きな怪我をした人はいなかったし
睡眠不足とアルコールの影響で集団パニックになったんじゃないかって言われたの。
その通りだと思うんだけど…」

そこで言葉を切った瀬名ちゃんはお茶を一気に飲み干して、言葉を探すように口をパクパクと歪ませた。

「私いまから変なこと言うんだけど…いい?」
思い詰めた表情の瀬名ちゃんに、生唾を飲みこんで頷きを返す。

「あのね、小鹿が倒れて、慌てて駆け寄ったときにね。
つきみさとって子が『降参ですね。それじゃあ、私の番ですよ。
こじかさん、おしかさん、おしか さちさん』って言ったんだ」
おぉ、小鹿(こじか)ちゃんの呼び名三連発
綽名、名字、フルネームの順である。

「小鹿、倒れちゃってるのに『みっつ言えたね』って答えてて、
その子は大きな口で笑ってて、『じゃあ、あなたもお口を広げて』って言うの…
そしたらね、小鹿が、持ちっぱなしだったピザカッターで…」


昨夜のグロ画像がよみがえる。
でも…「あの、瀬名ちゃん…誰も怪我していないっていう話は」

「うん、誰も怪我はしていない。
だから全部見間違いとか夢とか…そういうことになるんだけど
…でも、すごくはっきり覚えているの
小鹿を止めようとしたんだけど、全然止められなくって
口から赤いのとか白いのとか、ちょっと訳分からないくらい出てきてるし…」

そんな状態なのに、その子が『あなたはわたしのこと知っていますか?』って聞いてくるから、気味が悪いよりも頭にきちゃって
『知らないよ!後にしてよ!』『手伝ってよ!救急車を呼んで!!』って怒鳴ったの」

正論だけど強いね瀬名ちゃん。

「そしたら『じゃあ、あなたは後ですね』『わたしも手伝うのであなたも手伝ってください』って言うの。
ちょっと意味わからなかったんだけど、
小鹿がやっとピザカッターから手を離してくれたんだ。
良かったって思ったら、ポケットからスマホを取り出してさ

その…口からね、カッターを吐き出して

ぐちゃぐちゃなのに普通に話してるんだよ

『救急のほうです。
お酒を飲んでいたら友達が倒れてしまいました。
はい
20歳の女性が……名、男性が……名
呼びかけに反応はありません
はい
住所は……』」

え、小鹿ちゃんが電話してるの?
ああでも実際には怪我はないんだっけ?
それにその人数は?
え、他の子たちも倒れてたの!?
でも、怪我人はいない…それは良かったけど

「口がぐちゃぐちゃなのに、AIみたいな澄ました声で話してるんだよ。
救急車の電話が終わったところで、
その子がね、ひょいって小鹿の手からスマホを取ったの。
それで勝手に電話かけてまた言ってるの…」

『私のこと分かりますよね』って?

「うん?なんで分かったの?
わあ、うなちゃん真っ青だよ!
気持ち悪い話聞かせてごめんね」

先ほどとは反対に瀬名ちゃんが私の背をさすってくれる。

「私のところに昨日の夜、小鹿ちゃんから電話があったんだ…」

瀬名ちゃんと2人で顔を見合わせる。

「小鹿ちゃんだと思ったから、『分かる?』って聞かれて、小鹿ちゃんって答えたんだけど、
そのまま電話が切れちゃって」
ぞわぞわっと震えが走る。
そして今日の講義の雑談が蘇る「ルールを提示」「禁を破る」
んん?私ルールとか聞いたっけ?
いや、そもそも一学生のいたずらだっけ?

「それって何時くらいのことだろう?」
えっとね確か23時は過ぎていたかな…

kojikaのトーク画面を開くと
「見てもいい?」と前置きした瀬名ちゃんが隣に移動してのぞき込んでくる。
「小鹿ちゃんのLINEだよね」
「うん」
スマホをのぞき込んだまま、瀬名ちゃんが23時と呟く。

「時間がどうかしたの?」
「あの…うなちゃん、一昨日のメッセージ、もう少し前のやつも見せてもらっていい?
個人じゃなくてグループのがあればなんだけど…」
「別にいいよ。学部とゼミに届いていたけど、両方見る?」
「うーん、とりあえずゼミを見せてくれる?」
グループトークの画面を開いて、スマホごと瀬名ちゃんに渡す。

瀬名ちゃんは私にも見える角度を維持しつつ、トーク画面を遡っていく。
大量の【メッセージを取り消しました】
あらためて見てみるとkojikaに混ざって、senaもちらほらと見受けられる。

瀬名ちゃんの指が止まる。
【メッセージを取り消しました】の羅列がようやく終了したようだ。
のぞき込んでみると、あの大量送信は20時くらいから始まったようである。

瀬名ちゃんが項垂れる。
「私、なんでこんなことしちゃったのかな。
あの子に『手伝って』って言われてから、
それから頭がぼーっとしちゃったと思っていたんだけど…」

瀬名ちゃんはか細い声で「なんでこんな時間から…」と呟いた。

なんとなく、もう一杯お茶を注ぐ私
湯呑を瀬名ちゃんにそっと渡す。

ゆっくりとお茶を飲んだ瀬名ちゃんは、自分の頬をぱんと叩くと席を立った。
「うん、私、今年はもう実家に帰ることにするよ。
集中講義も前半出られなかったし、諦めちゃう」
気持ちを切り替えるように言葉を紡ぐ瀬名ちゃん。

彼女の視線が、テーブルの上のお守り君とジンジャーマン君で止まった。
「これ、駅前のO神社のお守り?うなちゃんの?」
「うん、そうだよ」
瀬名ちゃんがちょっとため息を吐いた。
「私、一昨日から荷物を落としまくりで…お守りも落としちゃうし、あちこちぶつけたのか数珠にもひびが入っちゃうし、とにかくついていないんだ」

ああ、ひびはお洒落じゃなくて、破損だったのか。
ずーんと落ち込む効果線が見えそうな瀬名ちゃんに、思わずこう言っていた「あの、瀬名ちゃん
良かったら、これ持っていって!」

勢い余って、ジンジャーマン君まで渡してしまった。

「えっと…いいの?
えーと、これは?」
前半はお守り君、後半はジンジャーマン君を見ながらの言葉である。

「うん、良かったら…ふたつとも持って行って
えーと、ほら、今日はクリスマスだし!」

割と強引な理屈だったけど、瀬名ちゃんは受け取ってくれた。

「なんか可愛いね、ありがとうね」

瀬名ちゃんは実家に帰るにあたって、いくつかテキストを持ち帰ろうと思ってゼミ室にやって来たとのことであった。
実家は市内の結構遠い所とのこと。

大合併した市だと市内でも場所によって1時間以上かかるもんね。
分かる。私の地元でもそういうところあるよ。

そんなことを話しながら、お守り君とジンジャーマン君を鞄に結びつける瀬名ちゃん
勝手に譲ってしまってごめんね、瀬名ちゃんをよろしく頼むよ。

急須と湯呑を気にする瀬名ちゃんだったが、
バスの時間が迫っているようだったので、私が片付けておくよと引き受けた。

ドアの所で、瀬名ちゃんが「あのね…」と口を開いた。

「私、昨日も学校に来たんだけど、その『つきみさと』って子が話しかけてきたんだよ。
他の人にも話しかけてて、気味悪がられてた…
うなちゃんも帰る時、気をつけてね
片付けありがとう!」

早口でまくし立てるとダッシュで飛び出す瀬名ちゃん
窓から顔を出すと、ショートコースを駆け下りる瀬名ちゃんの赤い頭が見えた。

瀬名ちゃんの鞄で揺れるジンジャーマン君が「任せておきなよ」と笑ったような気がした。

まあ、この距離で見えるわけがないので、全部私の妄想なんだけどね。

続く

    【第1話
    【第2話
前回の話【第3話
本作  【第4話】
次の話 【第5話
    【あとがき・登場人物紹介等

次回でラストの予定です。
主人公以外の視点も入ります。

2026.4.17 一部加筆いたしました。

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asuka@夏休み進行中につき諸々滞っております。 あらたなレーズンサンドっぽいものを探しに旅立ちます

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