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海を読めーージョホールバルの波に聞く

見渡す限りの水平線

今年のラマダーンも後半に差し掛かろうというこの日。ジョホールバル(Johor Bahru)[1]の海を見渡せるベランダの長椅子で、喧しいほどの波音を連れてくる風に吹かれている。クアラルンプールから入国手続きに手間取って、一便遅れの国内線に乗り換えて昼過ぎにようやく到着した。
「アスコーナの風」関連のプロジェクトの打ち合わせに訪れたのだが、代表者のご厚意で思いもかけぬリゾート気分である。
「ジョホールバル」。聞きなれない地名かもしれないが、サッカーファンの方であれば、1997年、初のワールドカップ本戦出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」[2]を思い出す方も少なくないはずだ。
かつてスルターン王朝が治めていたこの一帯を指すこの地名。実はアラビア語起源の言葉である。頭から直訳すれば「宝石の海」。視野を超えて延び行く水平線の下、エメラルドに輝く見渡す限りの海をいただくこの場所が、そう名付けられるのもうなずける。

二つの海:バハルとラウト

もう少し補足しておこう。「ジョホール(Johor)」が、アラビア語では「ジャウハル( jawharجوهر)」で、「宝石」のこと。「バル (Bahru)」が「バハル(baḥr بحر )」で、「海」を指す。現地語表記に「h」の文字が入っているのは、「海」の名残。
より厳密に言えば、アラビア語では通常、後ろの名詞が前の名詞にかかる。したがって意味は「海の宝石」となる。オスマン帝国にまでつながりうるイスラーム教徒の海である。
ところで、アラビア語の伝来以前から使われていた「マレー語」では、「海」は「ラウト(laut)」である。「オラン・ラウト(orang laut)」と言ったら、水上生活者、漂海民のこと[3]。対岸のボルネオ島はもちろん、遠くインド洋も超えてマダガスカルあたりにまでつながっていた海洋民族の海でもある。
今、眼前に見渡す海は、「ラウト」であり、「バハル」であり、南シナ海の一部であるから「オーシャン」でもある。どうやら、いろいろなことを知っている海に違いなさそうだ。

海に飲み込まれる

海からの轟音を運んでくる風に吹かれながら読んでいたのが《クルアーン》の「蜘蛛章」だった。ムーサ―が明証を届けているにもかかわらず、地上で欲しい儘に傲慢であり続けたカールーン、フィルアウン、ハーマーン。彼らの一部を海に沈めたとある(《クルアーン》29章39節以下)。
残念ながら、ならず者は彼ら三名に限らないし、海もまた、フィルアウンとその軍勢を飲み込んだあの海に限ったことでもないはずだ。
そうなれば、光の織り成すエメラルド色のこのバハルの底にも、また、人間のこの世の栄誉と栄華を求め続ける強欲、傲慢が呑み込まれているのかもしれない。
ただ彼らに酷いことをしたのは、アッラーではない。彼ら自身である(《クルアーン》29章40節)。
そして、アッラーこそが諸天と大地を真理によって創造されたのであり、そこには、信じる者たちのための徴(アーヤ (āyah)  آية )がある(《クルアーン》29章44節)。
宝石に目が眩んだ者たちの末路を示してくれる徴。クルアーンがいく度となく、人間たちに対して、アッラーの降した懲罰がいかなるものであったのかを、その目でしかと見よと命じている徴である。

海が語り出す前に

そう考えると、目の前の海は、アッラーの徴としての海でもあるということになる。しかも、見て、意味を読むことが求められる種類の徴である[4]。なにしろ、クルアーンの中の海は、いよいよこの世が終わろうとする時に、たとえば、大爆発し、あるいは高熱を伴って溢れかえるとされる[5]。しかし、こうなってからでは手遅れだ。すでにその兆候はそこかしこに顕れている。決定的な破局に見舞われる前に、徴を読み解く努力が求められる。
ジョホールの元のアラビア語ジャウハルには、宝石のほかに、本質や実体という意味もある。つまりジョホールの海は宝石であると同時に、飲み込まれていった人間たちの強欲や傲慢の徴を秘めてもいる。この秘められたるものと、海の無言の間が大きいからこそ風が吹く。時に唸り声をあげ、すべてをなぎ倒してしまう勢いで。それらもまた間違いなくアッラーの徴である。

轟音の正体

ジョホールバルで感じた風は、「カーリア」(『クルアーン』101章)[6]を思わせる轟音を響かせていた。波打ち際からはかなり離れているにもかかわらず、こんなに波の音は大きかったかと思わせる、心をざわつかせるような大きさなのだ。
帰国予定の日の朝。数時間後に搭乗予定の国内便のフライトのキャンセルの連絡が入った。次便を待っていたのでは、車の駐めてある羽田への乗り継ぎができない。帰国日を後ろへずらす余裕もない。胸騒ぎが当たった格好である。
コースを変え、航空会社を変えて、なんとか見つけ出したチケットも、予約確定が間に合わず、手配できない。それでも、プロジェクトホストおよびスタッフの皆様の迅速かつ的確な手厚いご支援をいただき、何とか10時間の遅れで成田着の便を押さえることができた。この場を借りて心より感謝を申し上げたい。
道中、さらにいくつもの天使的行為に助けられて、シンガポール、ホーチミン、成田を経由しての羽田へと、戻ることができた。アルハムドゥリッラー。
ただ、ジョホールバルの轟音のもたらした浮かない心持ちは晴れ渡ってはいない。アジアの西の海が大荒れだ。「海が語り出す前に海を読め」。「宝石」の警告は、決して軽くない。引き続き徴の意味を探究し続けていきたい。アッラーフ・アアラム(アッラーはすべてを御存知)。

脚注

[1] 「ジョホールバル」は、マレー半島最南端に位置するマレーシア・ジョホール州の州都。クアラルンプールに次ぐ同国第2の都市
[2] 「ジョホールバルの歓喜
[3] 「オラン・ラウト」
[4] 読まれる徴と降された徴という2つの徴については拙稿「なぜ人々は潰されるのか――クルアーンが警告する二つの傲慢」とくに「二つの啓示」の項を参照のこと。
[5] 海の爆発、あるいは、高熱の溢れだしについては、拙稿「天空の裂け目が見えますか?:《聖典クルアーン》「インフィタール章」第1-4節」「「その日」は今日のことーー《聖典クルアーン》「タクウィール章」「インフィタール章」の天変地異」を参照のこと。
[6] 「カーリア」については、拙稿「「アル=カーリア」の呻き(前編):《クルアーン》「アル=カーリア」章をめぐって」アル=カーリアالقارعة の呻き(後編):《クルアーン》「アルカーリア章」をめぐって」を参照のこと。

Special Thanks to: ChatGPT

タイトル画像:

「ジャウハル・バハル」著者写す(2026年3月11日)

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