天空の裂け目が見えますか?:《聖典クルアーン》「インフィタール章」第1-4節
四つの天変地異
「インフィタール章」は、最後の日に起こるとされる4つの事象から始まる。いずれも「イザー(~した時)」の条件詞で始まる啓示だ。
إِذَا ٱلسَّمَآءُ ٱنفَطَرَتۡ (1) وَإِذَا ٱلۡكَوَاكِبُ ٱنتَثَرَتۡ (2) وَإِذَا ٱلۡبِحَارُ فُجِّرَتۡ (3) وَإِذَا ٱلۡقُبُورُ بُعۡثِرَتۡ (4)
天空が裂けた時、そして星々が散り散りになった時、そして海が爆発した時、そして墓がひっくり返って(中身が暴かれた)時
アラビア語を拾っておこう。「天空が裂ける」では「インファタラ انفطر」。「ファタラ فطر 」という動詞の第7形(ひとりでに~する)を表す語形だ。天空が勝手に裂ける時ということだ。「星々が散り散りになる」では「インタサラ انتثر 」。もとは「ナサラ نثر 」という動詞。秩序だったものが突然バラバラになるという語感を持つ上に、それが意図的に精力的に行われるというニュアンスがある語形(8形)であるから、星々が盛んに飛び散っていく感じだ。さらに、「海が爆発する」は「ファッジャラ فجّر 」という言葉の受け身が使われている。もとは「ファジャラ فجر 」(湧き出させる)だが、これが2形の「ファッジャラ فجّر 」となるとこのケースでは意味が強められ「爆発する」。本節で使われているのが、その受け身「フッジラ فُجِرَ 」。しかし、一般的にあてられる訳語は「割られる、裂かれる」。「墓がひっくり返る」は、暴かれた中身が「撒き散らかされる」。動詞「バアサラ بعثر 」の受け身「ブアシラ بُعثر 」だ。
「天空が裂ける」とは
天空と訳してある元の言葉は、「アッサマー السماء 」である。「空、天空、大空、上空」と言った実際に見上げた時に目に入る「空」と指すこともあれば、比喩的に「空」や「天」を指すこともある。さらに、天国や、楽園を指すことまで。しかし、ここで「裂ける」のは、見上げた時の「空」であろう。「空が裂ける」とは、しかし、一体どのような事態なのであろうか。こうした形で啓示が降っているということは、それをこの世に生きる人間の目に確かめられるということである。単に「天の裂開」にとどめるのではなく、科学的知見に尋ねてみよう。
たとえば、オゾン層の穴に見られるような大気圏の破壊[1]。あるいは、偏西風の極端な蛇行[2]に象徴されるような、成層圏の不安定化。さらには、線状降水帯やゲリラ雷雨および突風・竜巻の頻発などをともなう異常気象[3]も「天空が裂けること」に伴う現象として読むことが可能ではないか。
星々の散乱
地球から観測することのできる天空に比べると、宇宙の動きはさらに激しさを増す。稀有な出来事であるかに読みがちな、星々の散乱であるが、実際には、想像をはるかに上回るペースで、発生し続けている。アッラーご自身はとっくに御存知だったことだが、人間の気づきあるいは観測がそのレベルに及ばなかったという事実を受け止めなければならない。
たとえば、星が寿命を迎えた際の超新星爆発やそれに続く中性子星・ブラックホールの形成が「インタサラ」と重なる。現代では、ロボット望遠鏡や全天サーベイにより、1年に数百から千個単位の超新星[4]が検出されるという。つまり、人間の目にとどかない遠方の銀河で毎日のように爆発、つまり星々の散乱が起きており、いわば常態として宇宙のどこかで「星の死」つまり「インティサール」が進行しているのだ。
それらに加えて、人間が散らかした、スペースデブリ(宇宙ゴミ)も地球の軌道に散乱している。人工衛星やロケットといった人間の造り出した星の破片。こちらの数も無秩序に増加の一途である。
海の爆発
「海底火山の爆発」で、了解されそうなものだが、たとえば、サーブーニーは、塩水と真水の境のバルザフが開いて両者が混じり合うこと、という注釈をつけている[5]。アッラーズィーもバルザフが取り除かれ一つの巨大な海になってしまうことや、爆発によって海水がすべて流出してしまうこと、あるいは逆に干上がってしまうことといった解釈を紹介している[6]。いずれにしても、そこに、海底の火山が爆発して津波が生じて、地上にあるものまで飲み込んでしまうという解釈を見出すことはできない。
「ファジャラ」が湧きださせること、そして「ファッジャラ」が爆発させることというもっとも基本的な意味を踏まえてみても、海の爆発は、海底火山の爆発であり、それによって引き起こされる津波なども含めた事象と読むことができそうだ。また「湧き出させる」ということで言えば、地球温暖化による氷河の融解と海面の上昇もまた、海の爆発の一環に含めることができるかもしれない。
墓の暴露
地球温暖化がいっそうの現実味を与えているのが、墓の中身の露出であろう。ツンドラの融解によって、それまで氷の下に眠っていた古代の遺物や墓が現われる現象は、ノルウェー、カナダ、シベリアなどで確認されている[7]。
先述通り、墓の暴露に用いられているアラビア語は「バアサラ」(散らかす、散らせる)の受け身「ブアシラ」。「撒き散らされる」とでも訳せようか。つまり、「散乱」。暴露された墓場から散乱するのは、墓の中身だけではない、永久凍土に閉じ込められていたCO₂やメタンが大気中に放出され温暖化の原因となり、微生物や古代の病原体もまた再生の機会を得て、新たな感染症の原因となる可能性もでてくる。
地盤沈下や沿岸の浸食は言うに及ばず、この「墓の散乱」は、生態系、漁業、インフラさらには人類の健康にも深刻な影響を及ぼしかねないのだ。
もちろん、墓の暴露は、永久凍土の融解に伴なうものばかりではない。大地震や大洪水によっても引き起こされる。決して珍しいことではないのだ。
コトバは響いているか?
見上げれば、天空は裂け、星々は無秩序に散らばり放題。足元はと言えば、海は爆発し、たとえば溶け出した凍土から環境にも身体にも悪影響が散らばり放題。このいかんともしがたい状況を前にした人間自身の受け止めはいかなるものであろうか。アラビア語の3語根をもとに考えてみよう。
「天空が裂ける」の「インファタラ」の3語根は「ファタラ」。「裂ける」「破る」というニュアンスを持つ。断食状態を破る朝食は「ファトゥール」であるし、ラマダーン月の断食破って日没後に食べ物を口に入れることを「イフタール」という。
「ファタラ」には何かがそこから出てくるというニュアンスもある。「キノコ」を思えばいい。この3語根で「フィトゥル」である。そもそも、定冠詞をつけて「アルファーティル」と言ったら創造主のこと。人間に即して言えば、自分自身の中からも自分を破った新しい自分が生まれることを示唆しているとは言えないか。
朝の光に
「星々が散乱する」の「インタサラ」の元の「ナサラ」は「引き裂く」、つまり秩序は崩壊してしまう。
「海の爆発」の「ファッジャラ」は、「爆発する」だった。津波の例を引くまでもなく、ここでも秩序は崩壊だ。
だが、「ファジャラ」は、湧き出させること。聖典クルアーンの中でも「泉を湧き出させる」という意味でこの語が降されている(《聖典クルアーン》「夜の旅章」17章90節)[8]。
《泉を湧き出させられないのなら、私たちはあなたを信じない》と言われている。
アッラーは、海を爆発させ、津波を起こすかもしれないが、人間には、行動やその勇気を湧き起こさせるのかもしれない。秩序の崩壊は、新たなる構築の契機になりうるからだ。
「ファッジャラ」と同じ3語根の「ファジュル」は、「夜明け、黎明」のこと。そう、これから「生き直し」の朝が始まる[9]。
終末論の果てに
「墓の暴露」の「ブアシラ」もまた、秩序を壊してバラバラにしてしまうということだった。永久凍土の融解は、たしかに地球環境にとっても人間にとっても様々悪影響を及ぼし得るものであった。だからこそ、これらの天変地異を、恐怖の兆候であり、終末の混乱であり、裁きに対する脅威・恐怖としてだけ捉えたのでは、打ちのめされるばかりだ。
むしろ、意識を覚醒し、内的な秩序を組み替え、そこから学びうることは何なのか、そこから、それでも地球を、人間社会を、いやまず自分自身を立て直すためには何をすればよいのかを考える。4つの天変地異、実は日常茶飯事。にもかかわらず自分が生き続けているのであれば、立ち直し[10]の努力の可能性が残されているということではないか。
希望としての裂け目
これら4つの天変地異を引き合いに出して、その応答部でアッラーがおっしゃったのは、「人間は、その日、すでに行ったこと、そしてやり残してしまったことを知る」(第5節)であった。
「その日」がまだ来ていないから大丈夫と思うのはきっと暢気すぎる。来ていないのではない。知ろうと、気づこうとしていないだけの話だ。成層圏の異常も、星の散乱も、太陽のフレアも、地球温暖化も、日々刻々進行している。だから、天空の裂け目に垣間見えるものは、見ようと思えば、感じようと思えばこれもまた自分のことを待っている。
身体に刻み込まれているはずのアラビア語は、生きている人間たちに、これらの事態への前向きの共鳴を引き出し、むしろこの世で日々生まれ変われと示唆しているのではないか。見上げた空に裂け目を感じたら、空を作った創造主の恩恵に思いをはせて、積極的に生き直す。地獄の火に怯えていても何も始まらない。毎日が「その日」だからだ。生きている限り最後の審判にはまだ時間がある。アッラーフ・アアラム(アッラーは、すべてを御存知)。
脚注
[1] オゾン層の破壊については国立環境研究所のHPに優しい解説がある。
[2] 偏西風の極端な蛇行と異常気象の関係については京都大学防災研究所のHPを参照。
[3] 日本における異常気象の実際の事象については、国土交通省のHPに2023年までのまとめがある。
[4] 「超新星」『天文学辞典』(公益社団法人日本天文学会)
[5] صفوة التفاسير لالشيخ محمد علي الصابوني، بيروت: التكتبة العصرية، 2002، ص. 1654
[6] كتاب تفسير الرازي
[7] たとえば、以下の記事を参照。万年氷が解けて古代の遺物1000点出現、ノルウェー/カナダ東部北極地域で永久凍土に保存された前期更新世の氷河氷を発見/シベリアの「冥界への入り口」と呼ばれる世界最大の永久凍土の穴は、さらに拡大を続けていた
[8] 明文の全体は以下の通り「彼らは言う、「あなたがわたしたちのために大地から泉を湧き出させるまで、われわれがあなたを信じることはない。
-- وَقَالُواْ لَن نُّؤْمِنَ لَكَ حَتَّى تَفْجُرَ لَنَا مِنَ الأَرْضِ يَنبُوعاً (Qr:17-90)」
[9] 「朝の光」にかんしては、拙稿「クルアーンの中のグラデーション:《インシカーク章》16節をめぐって」、「明けない夜はない:《クルアーン》「朝章」(93章)第1・2節をめぐって」も参照のこと。
[10] 「タクウィーム」を意図してあえて「立ち直し」とした。詳細は、拙稿「アッラーは本当に「神は人間をもっとも美しい姿に創造した」とおっしゃったのか?」を参照のこと。
Special Thanks to: ChatGPT-4o
タイトル画像:
Special Thanks to: WikiMediaCommons
Remnant of Kepler's Supernova SN1604(ケプラーの超新星 SN 1604 の残骸) /NASA/ESA/JHU/R.Sankrit & W.Blair, Public domain, via Wikimedia Commons
